メタボリックがとまらない ver.5 大阪出戻り編

副題 : 粉もんの誘惑に勝てるか?


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ゴルフ改革会議が、ゴルフスタジアムなる会社を攻撃し始めた。
なにやら詐欺だ何だと騒いでいるのですが、そんな事はさておき、そういう事に首を突っ込むのも、ゴルフ改革なんだろうか?




「ゴルフ改革」って言葉を聞くと、なんかゴルフ界に改革が必要な気がしてくるけど、どこいらへんに改革が必要なのか考えてみると、意外と改革が必要な事項が見えてこない。
将来のゴルフ人口の減少が、今のところ一番大きな問題だろうが、そもそも人口自体が減少するのであって、ゴルフ界が改革したからゴルフ人口が増えるのかと言えば、そんな事は無いだろうと思う。
そのように考えると、「ゴルフ改革」という言葉は、あまり意味を持たないのではないか?




正直なところ、「ゴルフ改革」という言葉に、かなり胡散臭いものを感じていまして、今あるゴルフ界を守る事が、日本ゴルフ改革会議の主張な気がする。
全体的な人口が減少し、それと比例してゴルフ人口も減少するのが目に見えてるなら、既存のゴルフ場の数が適正なのか、実は今でも多すぎるのかを検証すべきだと思うのですが、そのような自身が傷付くような議論には発展しない。
良く言えばリーズナブル、歯に衣着せぬ言い方をすれば、値下げ地獄に陥った今の日本のゴルフ場経営について、どのような料金設定が健康的なのかについても、やはり彼等は議論しようとしない。
「今のままで、みんなが喜ぶ」というのを、彼等は目指しているのかも知れないが、だったら改革しない方が時間を有効に使えるだろう。




ゴルフスタジアムの問題は、確かに問題だと思うんだけど、これが日本ゴルフの改革に直結するかと言えば、私にはそう思えない。
300万近い機材を買って、それを広告費収入でゼロにするなんて事が、果たして可能なのかと言えば、私には眉唾にしか思えないんですけど、この問題はゴルフ改革の問題ではなく、安具楽牧場の問題に近いものでしかない。




そのような問題に対してしか、日本ゴルフ改革会議が首を突っ込めないのだとしたら、「ゴルフ諸問題連絡会議」と名を変えるべきだろう。





わざわざ大風呂敷を広げた名前を名乗る必要はない。
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今月は3週連続でラウンドと、今まで経験した事の無い事態となりましたが、お陰でバンカーショットが得意となった。
まあ、日頃からマットの上で練習してたけど、ある事をきっかけに苦手意識が無くなったのだ。




それは1週目のラウンドでの出来事で、グリーン脇の、やたらと深くて壁の高いバンカーに入ってしまったのですが、ここで結果的にはホームランになってしまったけど、高さも距離も出せたバンカーショットが出来た。
なんかあれで、バンカーアレルギーが払拭出来たみたいで、2週目と3週目のラウンドでも、当然のごとくバンカーには入ったが、それぞれ1発で出せるようになったし、出すだけだったら大して難しくないものだと思うようにもなった。
自信というのは、このようにして生まれるのだろう。




バンカーショットの練習は、マットの上からでも出来ると思っている。
まずは、地面にソールしないで構える事に慣れる事が先決で、次にハンドファーストに構えない事に慣れ、最後にガツッと打ち込まず、ソールを滑らせる感覚を体感するのが、マットの上で出来る練習だと思う。
特に、地面にソールしない事に慣れるのが大事で、慣れてないからグリップが無駄に強くなるし、グリップが強くなりすぎるから、無闇にハンドファーストになってしまう気がする。
無闇にハンドファーストになれば、それはガツッと打ち込みやすくなる訳で、それでは砂に突き刺さるか、低いボールしか出なくなるだろう。




それ以外に私なりの儀式はあるけど、これはフェースの開き具合とかなので人それぞれ。
ウェッジの違いも影響してるだろうから、その人なりの感覚で覚えるしかないと思う。
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霞ヶ関CCが、女性会員の制度を導入するそうですが、日本ゴルフ改革会議のFBで、その事について批判的な意見がUPされていた。
それについて、「変更出来たのだから良いのでは?」と書いたところ、「その他にも問題がある」というコメントが、すぐに日本ゴルフ改革会議から出されたのですけど、なんかトンチンカンな物を感じてしまった。




日本ゴルフ改革会議の言う、その他の問題点や提言の中に、レジェンドである岡本綾子さんが若洲を設計してるのだから、というのがあった。
底意地が悪くなっている私からすると、今回の会場問題にあたり、設計した岡本綾子さんの意見を目にした事が無いので、日本ゴルフ改革会議に対して、「岡本綾子さんがどのように考えているのか教えてください」と書いたのですが、今のところ回答がない。
若洲を設計したレジェンドとして、岡本綾子さんの名前を出して若洲推しをしてるのだから、設計者である岡本綾子さんに、会場改造の話ぐらいしてると思うので、すぐさま回答が出ると思ったのですけど、華麗にスルーされてる状況である。




「最初から霞ヶ関ありき」と、日本ゴルフ改革会議は批判したいのだろうが、無関係な私からすれば、日本ゴルフ改革会議は「最初から若洲ありき」であって、相手の姿勢を責められる立場ではない。
「東京で行うオリンピック」を主たる意見とするなら、他の地域で行う競技に対して、同様の批判をすべきだろうが、なぜかゴルフという世界の中に閉じ籠っている。
1つ1つは筋が通っているように見えるけど、トータルすれば筋が通ってないというのが、日本ゴルフ改革会議の姿勢だろう。




何がしたいのか分からない集団である。
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関西ローカルでは、暴れん坊将軍とか桃太郎侍とかが再放送されてますが、見始めると最後まで見てしまうのが困り者。
こういった感じの時代劇って、最近では非常に少なくなってしまいましたが、やっぱり面白いし、殺陣もしっかりしてるし、何より時代劇スターというか、脇の人達も含めて、時代劇というものが確立していたのだなあと感じる。




こういった時代劇が、今の世の中に受け入れられるのかと言えば、ネットで評論しちゃう視聴者が多いし、ドラマに隠された何かを見つけようとする、面倒臭い視聴者も増えてしまったりと、ちょっと生き残れない時代なんだろうなあと思う。
切った張ったの殺陣よりも、細かい設定が評価されるような時代だから、全員叩き殺してプハーとやる桃太郎侍よりも、巻き散らかした紙を拾い集める桃太郎侍の方が、多分だけとウケてしまうだろう。




今では越後製菓のCMでしか、高橋英樹のチョンマゲ姿は見られないけど、やっぱり高橋英樹には、時代劇で活躍してほしいなあと、しみじみ思うのであります。
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あくまで雑感。




たまにバラードが聞こえてくるのは好きですが、優しさいっぱいの歌が持て囃される今の風潮は嫌いです。
人に寄り添いたいと言う人は沢山いますが、寄り添いたいと望む人って、他人からすれば面倒な人だと思いますので、そりゃあ誰も近寄ってこないわなと。
優しさを求める人も同様で、そんな面倒な人には、誰も近寄ろうとしない。




昭和て楽しさ追求な時代だったと、平成の世から振り返ると思う。
楽しさを追求すれば、つまらない事からも楽しさを見出だせる訳で、そのように楽しさを全員が追求すれば、現実が辛い状況だったとしても、世の中の風潮的には明るくなるし、人の気持ちにも余裕が出てくる。
バラードや悲しい歌も人気があったけど、自分の辛さや悲しみを再認識できるから人気があっただけで、優しさを求めて人気があった訳じゃない。




昭和な人の考え方って、「なんだかんだ恵まれてる」といった物があったと思う。
今では差別と言われるかもしれないけど、例えば五体満足なんだからと言われると、言われてみれば恵まれてるなあと、今の辛い状況が全てでは無いと思えた訳で、自分にも良い事が残っていると思い返せば、それなりに我慢できると知っていた。
そのような意識転換が、今の世の中では忘れられてる気がするし、そのような意識転換を、今の世の中は否定している気がする。




自分で恵まれてると意識転換できない時代では、他人に優しさを求めざるを得ないのだろうけど、そんな都合の良い社会になんか、当然だけどなる筈がない。
優しい歌を聴いて、感動の涙を流すのは勝手だけど、それは自分が解ってもらえないという、ナルシズム的な感動であって、ナルシストの結末は、池に映った自分に向かって飛び込むだけだ。




優しさ礼賛な歌を聴くたびに、不健康な世の中だと腹立たしくなるのですな。
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3・11から6年が経過しましたが、福島に関するイジメという問題がクローズアップされている。
正直なところ、あれから6年の間、原子力利用に関する教育は進んでおらず、逆に原子力利用全般について話す事がタブーとなっているのが、6年間の日本を振り返った実状ではないだろうか?




3・11以前も、日本の中に原子力アレルギーは存在してたが、それは核兵器アレルギーから生じたものであって、今のような原子力利用全般に対するアレルギーは、それほど無かったと思う。
核反対を叫ぶ人や、それを報道するマスコミも、原子力利用が核兵器に結びつくみたいな論調であって、原子力利用が核兵器に結びつかなくさえすれば、原子力は夢のエネルギーという風潮だったような気がする。
鉄腕アトムも原子力ですし、ドラえもんも原子力と、将来的には原子力を人類がコントロール出来ると信じてきたのが、3・11以前における、私も含めた日本人の考え方だった。




3・11以前を、原子力に対する不感症の時代だったとすれば、3・11以降は、原子力に対する過敏症の時代と定義できるだろう。
しかしながら、原子力に対する日本人の知識は、昭和20年の原爆投下後の風評からさほど進歩せず、原子力に対して過敏症となったが故に、よりいっそう風評被害が大きくなっているのではないか?
6年もの間、福島第一や第二の状況は報道しても、原子力に対する知識向上に向けた、オフィシャルな情報は増えていないし、そのように知識の向上を目指す人も出てこない。




福島からの避難者に対するイジメが、後を絶たない事を憂いる人は多いけど、原子力に対する無知に対して、危機感を持つ人は少なすぎる。
イジメの温床が、原子力に対する無知だと知っているのに、原子力について語る事をタブー視している現状について、イジメを批判する人は口を閉ざしたままだ。
原子力に関する知識を増やし、どのような物なのかを理解する事が、イジメを減らす為の絶対条件ではなかろうか?




決定版が今は出せない以上、肯定派と否定派の、どちらの意見も併記すれば良いではないか?
研究が進み、大きかったギャップが、小さなギャップへと変化していけば、原子力という物に対する知識が深くなっていくだろうし、それこそが無知によるイジメを減らす土台となるだろう。




3・11から6年経ったが、この事は手付かずのままだ。
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地方自治と国政は、パッと見は似ているように思い込んでいるけど、三権分立されてない時点で、実際は似て非なるものだ。
行政と議会の対立構造は存在するけど、行政と議会の癒着を牽制する存在が無いので、国政以上に不透明なものとなる。




韓国と同じ経済規模を誇る東京で、豊洲だオリンピックだと問題が出た。
豊洲の問題では、100条委員会に石原慎太郎が呼ばれましたが、本当の意味で豊洲問題の検証がされるかと言えば、圧倒的に巨大な行政機構を東京都が持ち、なおかつ司法的な物で牽制されてこなかった以上、行政が持つ資料の全てを引っ張り出せないだろう。
市民オンブズマンなんて存在は、司法権を持たない存在なので、ある程度の監視は出来たとしても、強制的に資料を引っ張り出せる存在ではない。




地方自治における議会とは、巨大な権限を持つ行政に対して、ごまめの歯軋りをする存在であるか、同一化を図る存在でしかない。
知事や市長の持つ権力は、狭い範囲内ではあるが、総理大臣の持つ権力より強いものとなるし、それを外部から牽制するはずのマスコミも、国政に対して持つような熱心さも無い。
何より問題なのは、全ての地方自治体に三権分立が存在しない事だが、そのようなツッコミを入れる人がいない事だ。




100条委員会に石原慎太郎を召致しても、泰山鳴動ネズミ一匹な結果しか出ないだろう。
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本日から、プレミアムフライデーとやらが始まったそうですが、どのようになるのやら。
なにせ日本人の考え方や、それを元とした日本型経営の考え方にまで踏み込むのだから、面白い事になるだろう。




今の日本型経営の主流は、売上至上主義だと思う。
たまに、利益至上主義が顔を覗かせるけど、それは利益が低下した時に思い出される程度で、全体の流れとしては売上至上主義だろう。
なぜ売上至上主義なのか?と言えば、日本人が売上至上主義を喜ぶからで、ではなぜ喜ぶのかと言えば、売上の目標達成こそが日本人にとって快感だからだ。




「利益の目標達成だって達成だろ?」と言われそうですが、達成感って奴を考えてみると、何かを積み上げるから達成感が生まれる訳で、差し引いた物から達成感は生まれない。
例えば強敵の鎧を貫くために、修行して強力な武器を手に入れるのは達成感がありますが、自分の武器の質に合わせるために、強敵の鎧に硫酸をかけて脆くするのは、これっぽっちも達成感を生み出さない。
強敵を打ち倒すという目的から見れば、相手の鎧を貫きさえすれば良い訳で、強力な武器だろうが、硫酸で鎧を溶かそうが、本来どっちでも良いはずなのだが、日本人は修行して強力な武器を得る事に達成感を見出だす。
言うなれば、日本人は達成感ジャンキーな訳で、生産性に快感を覚えず、達成した成果を見て快感を覚えるのだ。




「サービス残業が無くならない」「サービス残業は悪だ」というのが、今の日本の風潮だけど、目標達成に快感を感じる日本人にとっては、サービス残業が悪なのではなく、目標未達こそが悪だ。
「高い生産性をクリアし、目標達成も同時にクリアする」というのが、頭の良い人の考える未来像だろうけど、高い生産性をクリア出来ないが故に、目標達成も同時に出来ない人の存在を忘れてはいないか?
多様性を認める社会と言いながら、1つの基準で人の価値を決めるのだとしたら、それこそ生産性地獄を導きだしてしまうのではないか?




今一度、日本型経営の長所と短所を検証すべき時代が来たと思う。
日本型経営は、日本人の価値観から産まれたものなのだから、安易に他国の価値観から産まれた経営手法を採り入れても、失敗する可能性が高いのではなかろうか?
それも、経費削減という命題のみで採り入れる可能性が高い実情から言えば、より混乱する可能性が高いと思う。
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JGAのお偉いさんが、このような発言をしたそうな。
日本ゴルフ改革会議が、左翼的ロマン主義だとしたら、JGAのお偉いさんは、古典的ロマン主義と言えるだろう。




オリンピックの会場選びに、「レガシー」という要素は必要だろうか?
めちゃめちゃ簡単な事だけど、「レガシー」なんて要素は、優先順位として相当低い要素であって、まず優先すべきはコースの難易度と距離、次に優先するのが観客を入れるキャパシティ、そして選手や観客の交通手段の確保の難易度である。
同じ会場で、アマチュアが将来的にプレー出来るかどうかなんて事は、オリンピック会場の選定において考慮する必要は無い。





JGAにせよ、日本ゴルフ改革会議にせよ、経営者や運営者としての視点が無さすぎる。
論点を複雑にするのが、日本ゴルフ改革会議の目的なら話は別だが、霞ヶ関や若洲の利点や欠点について、数値や数量を比較しながらの議論をせず、レガシーになるかどうかの主張を繰り返している。
正直なところ、どちらがオリンピックの会場になっても、今のままならゴルフ人口の減少を止められないのだから、レガシーもヘチマも無い。




どちらも綺麗事を言ってるけど、どちらもゴルフの大衆化を考えていない。
どちらも「古き良きゴルフ」を夢見ながら、ゴルフの衰退を嘆き続ける事だろう。
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霞ヶ関CC内部で、話し合いをもたれているようですが、若洲一派に全てを放り投げてしまえば良いと思っている。




リオ五輪で112年ぶりに復活したゴルフですが、112年28回もの時間が経てば、社会の状況は変化していて当然だ。
気候だって変化してるし、男性会員のみの運営というのも、時代の変化の中でオカシイと言われているだけであって、なにせ復活して2回目のゴルフなんだから、全ての事が想定外だろう。
時代の変化、時代の変化と言うけど、ゴルフという競技自体が、オリンピックで求められているような競技かと言えば、かなり疑問を感じる競技だと思う。




霞ヶ関が、純然たる女人禁制のゴルフ場だとすれば、若洲一派の言う事に正当性があるだろうが、残念ながらそうではない。
では若洲一派が、女性もプレー出来るゴルフ場だと言っているかと言えば、これまた残念な事に口をつぐんでいる訳で、そのような姿勢が私は大嫌いだ。
夏場の気温についても言っているが、真夏に開催するよう変更したのは、国際オリンピック委員会であって、前回の東京オリンピックみたいに、10月開催させろと言うならともかく、霞ヶ関の立地のみに文句をつける態度も気に入らない。
選手やギャラリーの体調を気にするなら、北海道開催を訴える方が、よっぽど筋が通っている。




若洲の具体的な改造費用も言わず、ただ陰謀論みたいに霞ヶ関開催を批判する態度は、どこぞの国と同じだろう。
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