会長先生のお言葉に学ぶ


『一番有り難いこと』


仏さまの教えを頂いて、私たちが一番有り難いこととはどういうことなのでしょうか。それは、なかなか有り難いという気持ちになれず、頭の下がらない私たちが、仏さまの教えによって頭が下がるようになることではないかと思います。
仏さまは私たちに、生きているのではなくて、生かされているんだ、ということを教えてくださっています。このことを本当に分からせて頂くと、自発的に頭の下がる人間にならせて頂くことができます。
現代的な言葉で言うと、結局、謙虚な人間にならせて頂くということであります。

『佼成新聞』より

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開祖さまのお言葉に学ぶ

『腹をすえる』


「この不況で、お先真っ暗だ」といった弱気が、いちばんの大敵です。指導者とは、指さし導く人と書くように、困難に直面した時こそ「ここを乗り越えるのだ」「必ず乗り越えられるんだ」と、まず自分を奮い立たせることが大切です。

リーダーは常に先行きを考えていなければならないのですから、人一倍心配や不安があって当然なのです。しかし、たとえば野球でも、監督が「このゲームはだめかもしれない」と思ったら、勝てる試合も勝てなくなってしまいます。監督が必ず勝てる、という信念を持っていてこそ、選手がピンチに力を振り絞るのです。

安楽というのは平穏無事の楽しみではなくて、困難にも喜びを持って対せることなのですね。佼成会も今日にいたるまでには、さまざまな困難がありました。しかし、何がこようと逃げるわけにはいきません。「すべては私の責任だ。ようし、どこからでもこい」と腹をすえてしまうと、「次は何がくるか」と、両手を広げて待ち構える余裕ができてくるのです。リーダーの役目は、人びとに希望を与えることです。希望を持てば、人はへこたれるものではないのです。

庭野日敬著『開祖随感』より

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開祖さまのお言葉に学ぶ

『習慣の力』

信仰者らしい人になる第一歩は、まず、朝起きたらご宝前のお給仕をして、お経をあげてお勤めをすることから始まります。

それが、ごくあたりまえのことになって、毎朝、ちゃんとお勤めをしてから会社に出かける、家の仕事を始めるというように、信仰者としての生活の形をつくってしまうことが大切です。その形が整ってくると、自然にいつも気持ちが穏やかで、がんこを通して人に逆らったりするようなことがなくなり、だれとでも和やかに話ができるようになってくるのですね。形に心がついてくるわけです。

よい習慣にせよ悪い習慣にせよ、いったんそれが身についてしまうと、無意識のうちに、それが自分の考え方や行動を決めてしまうようになってきます。自分の意思だけでは簡単に変えられない力になるのです。その習慣が、繰り返しによって形づくられていくわけです。

信仰者の毎日の行は、そのよい習慣づけのためです。そこが分かると、教えどおりに具体的な行動を毎日積み重ねていくことがいかに大切か、分かってくるのですね。

庭野日敬著『開祖随感』より

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開祖さまのお言葉に学ぶ

『ピンチに内を固める』


「この不況はいつまで続くのか。早く手を打ってほしい」という声が高くなっていますが、ここで腰をすえて「いまこそチャンス。いまだからこそできることを」と考えてみてはどうでしょうか。

昭和の初めの大恐慌で松下電器がピンチに陥ったとき、社長の松下幸之助さんは、「どんなに在庫を抱えようと、社員の首は切れない。工場の従業員には給料を払って半日休んでもらい、店員全員で在庫を売り歩こう」と呼びかけて、危機を乗りきったそうです。そうして全社員が一丸となって難関を乗り越えたことで、考えられないような力が生まれ、それが松下電器の発展の原動力になった、と話しておられます。

好景気で会社の業績が順調に伸びているときには、全社員が心を一つにするということが、できそうでいてなかなかできないものです。ピンチの時こそ、内を固める時です。じっくりと人育てに取り組み、互いに協力し合うことで社員同士の信頼感を培っていく。ただ手をこまねいて待っているだけでは、また次のピンチにさらされてしまいます。不況の時こそチャンス。バブルでゆるんだ体質のままでは発展は望めません。

庭野日敬著『開祖随感』より

開祖さまのお言葉に学ぶ

『互いにほめ合う夫婦』


豊臣秀吉は主君・信長の長所を見て、「うちの殿は偉い人だ」と心から思い、いつもそれを口にする。それに対して明智光秀は、信長の欠点を黙って見ていられず「天下人になられたら徳を具えていただきたい」と進言し、主人の欠点を直そうとして不興を買い道を誤ってしまった、という説を聞いたことがあります。これはさまざまな人間関係にあてはまるように思います。

たとえば夫婦円満の秘訣も、そのへんにあるのではないでしょうか。いったん結婚した夫婦は、そう簡単に別れるわけにはいきません。とはいっても、夫婦として三百六十五日、朝から晩まで鼻を突き合わせている者同士、互いにアラを数えだしたら、きりがなくなってしまいます。そこを直してほしい、ここを変えてもらいたいといっても、夫婦の間柄では、なかなか素直に聞けないのですね。

夫婦の相性とは、ただ気心が合うというだけでなく、互いにパートナーとして、より力を発揮できるようになることが大切です。そのへんの機微が、このあたりにある気がするのです。欠点を直そうとするよりも、互いによいところをほめ合う習慣をつけたほうが得策だと思うのです。

庭野日敬著『開祖随感』より