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2016年12月03日 16時41分40秒

ザバダックと俺 その14~名古屋・健康フェスティバル93

テーマ:Diary

ZABADAKから上野さんがいなくなる、という宣告は、夏の間ずっと、心に重くのしかかった。
大学に入って初めてのその夏には、いくつか忘れられない出来事がある。
七月の半ばに愛犬が死んだ。体重が優に30キロはある、白くて大きな秋田犬だった。
秋田犬にとっては決して快適な環境とはいえない東京で十年以上生きたのだから、平均的な寿命と言えるのだが、この時の喪失感、救いのない感覚は、今でも思い出すたびに胸を締めつけられる。
ZABADAKに出会ってからは、夜毎イヤホンでその音楽を聞きながら散歩をしたので、自分にとっていくつかの曲はこの犬の思い出と共にある。
Noren Wakeのチケットは、高校写真部の後輩たち、大学合唱部の同級生たちと力を合わせて取った。
夏休みに入ってからは、浪人時代と同様コンサートスタッフのアルバイトに明け暮れた。
そして八月の半ば、福島県は南会津地方に『ペルセウス座大流星雨』を観に行った。
毎年同じ時期にある流星群だが、この年は「70年に一度の」流星雨ということで、本州で最も暗いとされる空から大きな流星が次から次へと降り注ぐ光景に目を見張るばかりだった。
大流星雨の翌日は近くの湿原を散策し、ヤマメ釣りなどをして、真夜中に千葉県の友人の家まで帰った。
そのままほとんど眠ることなく、当時晴海で行われていたコミックマーケットに初出撃した。
高校の後輩Hがそこで「ザバ本」を販売することになっていたのだ。
初めての「コミケ」は刺激的で、ついつい周囲のザバサークルの「薄いザバ本」に散財してしまった。
今読むと全く見当違いで吹き出してしまいそうな、吉良さんと上野さんのバンド物語、曲を元にした創作小説などいろいろあったが、みんなZABADAKが大好きなんだなあとしみじみ思った。

そうこうしている間にも『Noren Wake』の日は刻々と近づいてきて、気持ちの整理は全くつかなかった。
『Noren Wake』の六日前、9月19日(日)に名古屋市栄のパルコ東側、光の広場で『健康フェスティバル93』というイベントが行われ、そこでZABADAKの無料ライブがあった。
おそらくは貴重なライブになるだろうと、Hと共に名古屋まで出かけることにした。初めての「ザバ遠征」である。

青春18きっぷはもう期間外だったが、節約のため行きは名古屋まで鈍行で行くことにし、早朝5時20分に東京駅でHと待ち合わせることに決めた。
ところが自分はこの前日、午前中に水泳、午後にサッカーの試合という活発な過ごし方をしてクタクタになり、「人生最大の大寝坊」を犯してしまうのである。
普段は小心者で、新幹線なら出発30分前には駅に、飛行機なら2時間前には空港にいる自分としては一生の不覚である。
しかも携帯電話はおろかポケベルすらない時代だから、Hと連絡の取りようもない。

この日の日記。

6:38 ふと目覚めて大寝坊に気付く
6:58 自宅出発
7:07 荻窪駅から快速東京行きに乗車
7:42 東京駅からひかり103号岡山行きに乗車
9:14 浜松駅到着
9:43 本来乗車していた筈の、静岡発の普通列車が浜松駅に到着。しかしHは現れず(後で聞いたところ、その列車に乗っていたにも関わらず眠りこけていたらしい)
9:44 静岡からの列車の接続を取った普通大垣行きで浜松を発車
10:18 豊橋駅到着
10:23 豊橋始発快速米原行きに乗車。発車後すぐに名鉄の急行と競争になるも、こちらが圧倒的に早い
11:15 金山駅到着

名古屋市営地下鉄に乗車し、矢場町駅下車。パルコの中をうろうろし、ローソンで昼食などを買う

11:45 現地到着
ステージ上手側の最前列を確保。
ステージ上では「健康怪獣ビゴラ対不健康怪獣ウコンケ」のショーが行われていた。健康警備隊長が観客の子どもの中から「キッズ健康警備隊」隊員候補を募り、クイズをする。一人目の子が泣いてしまい、警備隊長困る。
クイズ「インフルエンザなどにかからないようにする注射を何というか」
1.予防注射 2.違法駐車 3.昨日チューした

12:40 ステージの横に吉良さんと上野さん現れる
12:48 吉良さん、一人でブラッとどこかへ出かける
13:00 Hが無事に到着
13:40 ステージ上で公開リハーサル開始
14:04 吉良さん、ギターで『水の踊り』の一部を弾く。観客席は大いに盛り上がり、大拍手。吉良さん、立ち上がって「どうも」とおじぎをする。
吉良さんはさらにマイクテストで「Around the Secret」のコーラスパートを歌い、大喝采。

と、グダグダと日記は続いているのに、肝心な本番については全く触れていない。
興奮の公開リハーサルののち、本番は16時10分に始まったようだ。
メンバーは、吉良さん、上野さんのほか、藤井珠緒さん、丸尾めぐみさんも参加されていた。
このライブはNoren Wakeの予行演習的な意味合いも強かったようで、演奏曲目はすべて六日後、日比谷野外音楽堂でも演奏された。
ライブが始まって開口一番、吉良さんが「健康怪獣と不健康怪獣のスペクタクルはお楽しみ頂けましたでしょうか、あれは僕の高校の同級生のサコウくんが脚本を書いたんですよ」とおっしゃって笑わせていたが、この方こそ今年の郡上八幡でのZABADAKライブに尽力された方だと推察する。
名古屋圏では「最後の二人ザバダック」ということもあってか、たくさんのファンが訪れ、特別な雰囲気のあるライブだった。生では初めて聴く『風の丘』にゾクゾクした。
遠くまでやってくるだけの価値はある素晴らしいライブだったが、翌週には上野さんが離れてしまう、という実感は最後までどうしても湧かなかった。
帰りも節約のため、豊橋まで在来線の快速を利用した。ナゴヤ球場から帰るドラゴンズファン達で車内は混雑していた。ドラゴンズはその年、優勝争いをしていた。
豊橋からは『ひかりの人』となり、一気に東京まで戻った。
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2016年12月03日 14時11分12秒

ザバダックと俺 その13~SEVEN DAYS SPECIAL 93、そして…

テーマ:Diary


大学入学は、それまでの人生の中でも最も大きな変転の瞬間だった。
日常も環境も人間関係もすべてが変わり、刺激的で充実した日々でありながら、五月になると慢性的に疲労を感じ、食欲不振に陥った。
小学校の途中から高校卒業まで八年以上、一度も学校を休まなかったほど丈夫な体だけが自分の取り柄だっただけに、この変調にはやや不安を感じた。
ようやくそんな日々に馴染み、体も楽になってきた六月の下旬、日比谷野外音楽堂で『SEVEN DAYS SPECIAL 93』というライブイベントが開催された。
出演者はZABADAK、GONTITI、マルコシアスバンプ、小川美潮、真心ブラザーズ、花田裕之、小沢健二 with 東京スカパラダイスオーケストラなど、大変豪華な顔ぶれだった。
梅雨時にも関わらず、なかなかの好天だったと記憶している。
イベントは15時に開演。チケットにある通り、こんなすごい出演者の中でもZABADAKの名前が一番初めに出ている。つまりメインアクトで、順番はZABADAKが最後だった。
これだけの豪華メンバーだから、それぞれのバンドの演奏も大いに楽しむことができた。
ZABADAKファンにも人気の高い小川美潮さんのステージはもちろん、GONTITIも素敵だったし、小沢健二 with 東京スカパラダイスオーケストラはとてもかっこよかった。
その二年前くらいに大ブレイクしていたマルコシアスバンプは、ファンも熱かった。
そしてZABADAK。ようやくお目当てのバンドの出番が来て、夜になるまでずっと待たされたザバファンたちの興奮は一瞬にして最高潮に。

この日のサポートメンバーは

渡辺等(ベース)
太田恵資(バイオリン)
丸尾恵(キーボード)
藤井珠緒(マリンバ、パーカッション)
外山明(ドラムス)

曲目は
1.Poland
2.Psi-trailing
3.百年の満月
4.五つの橋
5.easy going
6.遠い音楽

この日の『Psi-trailing』ではバイオリンとマリンバが際立っていて、おそらく自分がこれまでに聴いた中でも最高のものだったと思う。
『五つの橋』では他のバンドで演奏されていた仙波清彦師匠がトライアングルなどで飛び入り参加。大いに盛り上がった。
そして、初夏の野外ライブという開放感も手伝ってか、『五つの橋』からの勢いのまま突入した『easy going』は、それはもうすごかった。
黄金メンバーの演奏に乗せられて、客席であんなにたくさんの人が飛び跳ね、踊っていたのは後にも先にも記憶がない。その根底に渡辺等さんのベースのうねりがあったことは言うまでもない。

長い長いライブ、ZABADAKとしては30分ほどの演奏ではあったが、大満足で、とても幸せな気分で帰宅した。
家のドアを開けると一枚の葉書が目に入った。
行ってきたばかりの日比谷野外音楽堂で9月25日にZABADAKのワンマンライブがあること、そのライブをもって上野洋子さんが脱退すること、すなわち『Noren Wake』の通知葉書だった。
この時の衝撃を言い表せる言葉はない。
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2016年12月01日 21時32分12秒

ザバダックと俺 その12~大学入学のころ

テーマ:Diary
ザバダックとバイト三昧の浪人生活の末、1993年4月、辛くも某大学の観光学科に滑り込んだ。
ゼミの初顔合わせの時、「ザバダックというバンドが好きで、今興味があるのはバイオリンやマリンバの入った音楽の多重録音です!」などと自己紹介して教授や他の学生からポカンとされるほど、いろいろ重症だった。
それまでは社会科と音楽以外の授業には不熱心で、すこぶる不出来な生徒だったのだが、大学での学業は絶好調だった。
緊張感溢れるライブ鑑賞の連続で、かつてない集中力が付いていたのは確かだ。
講義ではライブと同様、常に前方席を確保し、板書以外のことまでノートを取っていたため、試験前になると友人たちに重宝された。     
このまま学問に邁進してノーベル賞でも獲れば、受賞会見で「ザバダックが自分を変えたんです」なんて言えたかもしれない。
一方で何か真剣に音楽をやりたくて、合唱部に入部した。
それまでまともな合唱経験はなかったが、小中学時代の音楽の先生に厳しく指導されたこと、音楽の成績だけは良かったこと(筆記試験を除く)から、不安はなかった。
前年に作られたばかりの部で、先輩は創部メンバーである四年生ばかり。辛うじて合唱ができるかどうかの人数しかいなかった。
しかし大学の強化指定部だったため、週に一度、仙台から合唱連盟の重鎮の先生が教えに来て下さっていた。
ここでも自己紹介の時に「ザバダックというバンドが好きで…」と口走ったところ、そこに福島県出身で同じ一年生、かなりのザバファンであるNさんという女性がいた。「まさかあそこでザバダックの名前を聞くとは思わなかった」と驚かれた。
同志がいれば話は早い。それから布教活動を開始したところ、一年生部員のほぼ全員をザバダックの音楽に引きずりこむことに成功した。
そのうちの一人、ソプラノのMさんはのちに某プラネタリウムの星のお姉さんになり、十数年後にはキラリンカン(吉良知彦&木村林太郎&菅野朝子)によるプラネタリウムコンサートを手がけてくれることになる。

創部間もなく、合唱経験者も少ない部で、活動は決して順調ではなかった。
それでも声の良いメンバーが何人かいて、少しずつハーモニーが形になっていった。
地域の大きな合唱団が「せっかく地元の大学にできた合唱部、ぜひ応援しよう」と練習に招いて下さり、それから定期演奏会や音楽祭に出演させて頂いたりした。
その合唱団では素晴らしい指導者にめぐり会い、人生の大先輩たちと声を一つにして、とても貴重な出稽古になった。
まだ『もののけ姫』を歌う前のカウンターテナー、米良美一さんにお会いしたのもその頃、別な合唱団との交流の中でのことだった。

さて、この当時の自分はとにかく吉良さんのような男になりたくて、できることは何でも真似ていた。
後ろ髪をちょこんと結び、いつも茶色のヘアーバンドをしていた。
吉良さんがライブでコンバースのスニーカーを履いていれば、自分も同じものを買った。
ファンクラブの会報で吉良さんの好きな雑誌が『フィールド&ストリーム』と知ると、書店で探したりした。
高校の保健の授業で習う「同化の欲求の充足」というやつだ。実際には同化ではなくどうかしていたと思う。こんな具合だから、彼女などできる筈もなかった。

高校時代同様、大学にもギターを持ち込んでいたので、合唱部の練習の合間には同志でザバダックばかり歌っていた。
先輩方も時には我々に優しく付き合って下さって、いつしか『Psi-trailing』は合唱部全員で歌えるようになっていた。
合唱にするには甚だ難しい曲だが、声を合わせてシンプルに二部合唱するだけでも充分に幸せだった。
こんなおめでたい感じで、我が大学生活は過ぎていった。






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