4歳になり、 『元未熟児』 と思えないほど
元気なボンですが、3歳までは風邪をひくたび
入院していました。
<鼻が出る → 熱が出る → 咳が出る → 肺炎>
が、いつものパターン。
熱が出た地点で、いつもハラハラしていました。
今までで一番怖かった入院が、ボンが2歳の夏。
週末、実家(自宅から車で30分程度)に泊まっている時に
発熱。
↓
月曜日、私は仕事に行き、ボンは、そのまま実家の母に
看てもらうことに。
↓
夕方頃、母から会社に電話が入る。
とても慌てた様子で、
『ボンが今、救急車で運ばれて病院にいる』
...と。
↓
もう少しで就業時間だったけれど、早退してボンが運ばれた
病院へ向かう。
↓
『ボンは?』
ロビーにいた母、ボンの姿はない。
『今から検査が始まるけれど...どうしよう、どうしよう...』
青ざめた母の顔、震えた母の手を初めて見た。
↓
(母の説明)
朝、熱はあったけれど、元気にしていたボン。
ボンの昼寝の時間、汗を掻かせて早く熱を下げようと、
母は、ボンに大量に布団をかぶせていた。
(私も、小さい頃は、この方法で熱を下げていた)
夕方、様子を見ると、ボンの様子がおかしい。
体はガクガクと小刻みに痙攣し、
『ボンちゃん、ボンちゃん!!』
何度呼んでも、意識がない。
白目を剥いていて、口から泡が出ていた。
そこで、慌てて救急車を呼んだ...と。
↓
『熱で脳がやられているかもしれない』
『体中に菌が回っているかもしれない』
『脊髄から髄液を取って検査する。』
お医者さんの説明を、一人で受けていた母。
きっと、心細かっただろう...。
↓
母の説明を聞いているうちに、小さなボンが看護士さんに
抱き抱えられて、私の目の前を通った。
『さかなさかなさかな~...』
『おさかな天国』 を歌うボンの声が、廊下中に響いた。
(うわごとだったのか、怖さを紛らわせるために歌ったのか...)
↓
子どもが注射をする時や治療をする時は、たいてい母親が
側に付き添って、体を押さえつけたり、手を握ってやったり
するものだけど、
『付き添いは、いりません。検査が終わるまで廊下で待って
いてください。』
と、言われた。
↓
『母が心配する。...私がしっかりしなきゃ。』
そう思っていたけれど、
程なく治療室から大きく泣き叫ぶ声が聞こえて、私も廊下で
泣き崩れてしまった。
↓
検査が終了して、先生の説明を受ける。
とりあえず、体の中に菌は入っていなかったと聞いて少し安心。
...でも、これから長期間熱が下がらなければ、脳にとって良く
ない状態であることは確か。
特効薬でもあるのかと思っていたけれど、熱を下げるのは、
時間と体力の問題だと言われた。
↓
病室に運ばれたボンを見て、ショックを受けた。
薬が効いているのか、ずっと眠った状態のボンは、熱のせいか
顔が真っ赤に腫れていて、涙と鼻水でグジャグジャになっていた。
『髄液を取るなんて...
大人でも辛いのに、こんな小さな子に味わわせてしまった』
『母は、痙攣中のヒドイ状態を見ていて、もっと怖かっただろう』
↓
そこからは、熱との戦いでした。
38℃から42℃を行ったり来たりの毎日。
(子どもは、大人より熱に強いみたい)
2~3日、ボンは眠ったままの状態だったけれど、次第に意識が
ハッキリして、ようやく安心できた。
...もう二度と、こんな思いはしたくないです。
<余談ですが、子どもの発熱について...>
ほとんどの方がご存知だとは思いますが...(私は知らなかった)、
子どもが発熱したら体を温めるより、氷枕などで体の熱を外へ
逃がしてやること。(発熱直後、子どもが寒がるようなら、布団を掛けて
あげた方がいいみたい)
私が子どもの頃は、汗をたくさん掻かせて熱を下げるのが主流でした。
医療も育児も、時代と共に変わっていくもの。
常に勉強しなければいけませんね...。