合理性と非合理性


合理的になりたいのであれば、もっとも非合理的な気持ちを包含することが必要である。

他人を受け入れがたいのは、相手が話している内容なのではなく、相手の話す態度に違いないと感じる。

養成講座で感じることは、やはり、あまりに合理的に教えようとするから、反感を招いて返って合理的になっていないと言うことである。

人間はそれぞれ生きてきた過程が違えば、やってきた経験も違う。

考えることが人それぞれであれば、感じることも人それぞれである。

訊かれていないことや、ずれたことを言うのが人間であり、これがその人が本来持つ個性を表現する人間味であると思っている。

そこを許容して、ことの本質に近づけようとするのが、自己一致したカウンセラーのはずである。
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