大丈夫です。
テーマ:Yoga, Spiritual浜田バラ園の、「アンティークレース」
長いことブログの更新ができず、ご心配おかけしてすみませんでした。
ブログを読んでくださるみなさんに
少しでも元気と幸せのおすそ分けをしたいと思っていただけに、
自分自身に元気がなく、ポジティブになれない間は
ブログの更新をすることができませんでした。
以前、『シュウコ』さんから
「里奈さんにも色々と悩みがあると思うのですが、
そういう気持ちがブログに出ないのはなぜなのでしょう?
いつもブログから元気をいただいています」
という、嬉しいメッセージをちょうだいしましたが、
それは、「私がマイナスなことをブログに書かないから」。
それだけなんです。
ブログに書いていること、雑誌のインタビューに答えていること、
放送で話していること。それらは確かに私の一部だけれども、
私の全てではありません。
言霊を信じて、幸せや、優しさや、ポジティブをこめて
何かを発信することによって、実は自分自身に言い聞かせ、
奮い立たせ、確認しているのかもしれません。
当たり前のことですが、嫌なことや悩みやショックなことも
あります。そんな時は普通に落ち込んで、元気がなくなって
しまうわけなんですが、なんとか気持ちを切り替えて
仕事をしたりするわけですね。
きっとみなさんと一緒です。
ここのところのお天気のせいもあるのでしょうか。
たまたま「気持ちを切り替える」ことができなくて、
ちょっと立ち止まってしまいました。
というより、自分の中だけで消化できないものだったから
時間がかかったのかな。
改めて色々なことを考えさせられて
自分の真ん中を見つめなおした時、
自分の嫌なところや、駄目なところ、ズルイところといった
ドロドロしたものを直視しなくちゃいけなくなって、
「ハァ~ッ・・・・」と大きなため息をつきつつ
ぐるぐると同じ質問をしては、出せない回答に苦しんでいたのです。
もう、その間はホントにダメ人間です。
家の中でも、ベッドとお手洗いしか往復できないし、
お料理なんかする気にならないし、ゴミ捨てもできないし、
換気もできないし、洗濯もできない。
宅急便が届いたって、出る気になんてなれません。
部屋の中は自分自身を表すといいますが、本当ですね。
いやぁ、ひどかった。
私の悩みのひとつでもあるんですが、
極端に人に甘えるのが苦手です。
本当はすごく甘えたいのに。
どうしてなんでしょう。
全て自分で処理しようとするんですね。
おそらく、甘えて拒絶されるのが怖いんだと思います。
結局、傷つくのが嫌なんです。
だから、
手がつけられないくらい思い悩んだりすると、
ひとりになってダメ人間にならないと復活できないんです。
子供の頃は、よく仮病をつかって保健室に行っていました。
昔から、そういう子供だったんですね。
ここのところ眺めていた自室の天井は、
子供の頃眺めた、保健室の天井に見えました。
答えの出ない質問をぐるぐるめぐらせていても、
最終的にいつも行き着くのは、
「それでも、生きなくちゃ」
と、
「現状に感謝しなくちゃ」
なんです。
「感謝なんかできるか、バカヤロー!」と思っている自分も
もちろんいるんですけど。
目の前に出された課題を、ひとつひとつ
面倒だけれど逃げずにこなしていかないと、
いずれまた違った形で、目前に出されるはずです。
だって、クリアしてないんだもの。
いくら話を聞いてくれる友人に愚痴ったところで、
その人が代わりに私の人生を生きてくれるわけじゃないし。
そして、課題をひとつこなして
「やっと、こなせた・・・ゼイゼイ。」
とホッとしたのもつかの間、あっという間に
新たな課題を目の前に突きつけられるものです。
みなさんはどうでしょう。
少なくとも私は、しょっちゅう課題をつきつけられます。
・・・という気がしています。
「えぇっ?!またぁ???」
と、嫌気が差すんですが仕方がない。
連日ダメ人間をやって、
それでもお手洗いに行ったり、お腹が空いたりすると、
「からだは復活しようとしてるなぁ」
って思ったりしました。
そういえば、以前白石康次郎 さんから
教えていただいたことがあります。
『諦める』という言葉、マイナスのイメージを持たれてませんか?
実は、この言葉は仏教起源なんだそうです。
「諦める」は「真実を明らかに知る」「さとる」ということ。
(あきらめる=あきらかに、見極める)
真実をさとれば、ああもしよう、こうもしようとして、
あくせくすることもなく、何が起きてもジタバタすることがない。
そういう意味なんだそうですよ。
そうかぁ。
と、教えていただいた時も思ったのですが、
なんというか、今日になってやっと
『諦めがついた』とでも言うのでしょうか。
真実は何か分からないし、さとってないし、
結局な~んにも答えは出てないんだけど、
このウジウジしていた時間は、
やっぱり必要だったのかもしれない。
今日は、天気が良かったのが嬉しかった。
今日は、ヨガをしながら楽しめた。
今日は、久し振りにがっつり「牛」を食べたくなって買ってきた。
今日は、お花の水をかえるのがおっくうではなかった。
今日は、鼻歌を歌った。
ふふふ。
もう、復活です。
長いこと、ブログ更新できなくてご心配おかけしたので、
言い訳がましく、ダメな私のことを書いてみました。
ありがとう。
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フェリス女学院大学卒業。
