2007-11-13 10:59:24
~クルナ村 貴族の墓~ 2007.8.19
テーマ:ドイツ・ケニア・エジプト
クルナ村、貴族の墓、ラモーゼ、、センネフェル、レクミラ、ルクソール、西岸観光、エジプト、旅行記、rikumado
ふぅ、やっとディル・アル・メディーナが終わって、墓巡り最後の貴族の墓へ(笑)
貴族の墓の多くは、西岸のクルナ村、別名“どろぼう村”にある。
何で“どろぼう村”なのかは、周知の事実。
ここの住人達は、墓の上に住居を築き倉庫やトイレ代わりに使うだけでなく
秘かにトンネルを掘り、墓の副葬品やミイラを売り飛ばして生計を立てていたからだ。
正確に言えば、今現在もまだ、ここには代々受け継がれたトンネルから不法に
海外の収集家へ遺物が闇のルートから渡っている。
まぁ、彼らのお陰で、ロイヤル・カシェ(王家のミイラ)が大量に見つかったのだから
これを貢献というべきかどうかは悩ましいところだ。
詳しいいきさつは、こちらへ
ここは、全く写真がない。
ディル・アル・メディーナのように、せめて絵はがきぐらい売っていれば良いのに・・・

写真は、前回のガイド(達筆で名前判読不可)と息子。
ディル・アル・メディーナで、終わりと思っていた息子は、観光がまだあると知って、
文句たらたら(笑)。ここで、やっとヒヤロンの使用を許可する。
●ラモーゼの墓入口
前回は、泣き女のレリーフで有名なラモーゼの墓と
かなり荒れたカーエムハトの墓を観たので、
今回のお目当ては、センネフェルの墓だ。
ところが、ガイドはこの墓を知らず、王家の谷でも
ガイドに出会う度にセンネフェルの墓を尋ねても、
誰も知らないようで、チケットを買うまで
本当に辿り着けるのかとても不安だった。
クルナ村の百戦錬磨の住人に聞いても、その場所はようと知れなかった。
こんなに有名な墓なのにどうしてだろう?それとも、自分の墓に入れたいのか??
ようやく、何人目かで凡の場所が判明し、小さな女の子の案内でセンネフェルの墓へ
行ける目処がついた。
しかし、暑い!
息子のヒヤロンを取り上げ、一瞬の涼を得ても焼け石に水状態である。
そして、ここクルナ村は最初の写真の通り、小高い丘(というか山に思えた)で
地面は石灰岩のため靴はあっという間に真っ白になった。
丘を半分以上登ったところで、ガイドが立ち止まったのでようやく辿り着いたかと思ったら
考えが甘かった~
そこは、もう1つ観る予定のレクミラの墓で、後で観ましょうって言われガックリ・・・
そしてセンネフェルの墓は、何とこの丘の一番上の奥であった!!
センネフェルはこんな人
・エジプトが絶頂期目前の第18王朝アメンヘテプII世時代のテーベ市長
・同時にナイル流域の港湾管理、税の徴収、政権の行政、神殿や墓の建造責任者など多岐の業務
・王から絶大な信頼を得た政府高官
・6人の妻を持つ等々
とにかく、肩書きがすごい(笑)。
そのお陰で、この素晴らしい墓を造ることが出来たのだ。
●崩れかけた墓の入口からは想像できないほど、素晴らしい内部

天井も岩盤のデコボコをそのまま活かして、ブドウの絵を描くなど趣向が凝らされていて
過去に観た中では、一番素晴らしい墓だった。
貴族の墓は、来世での様子を描く王や職人の墓と比較すると圧倒的に現世での出来事が多い。
私は、何々をしたという自慢から生前の暮らしぶりを描いた絵が多いのが特徴だ。
今も昔も地域のさなく、役人や官僚というのは同じような思考回路をしているのだろうか?
墓の詳しい説明と内部の壁画の様子は、ぽんちゃんのHPと英語版でどうぞ。
墓の中では、例によって番人がピッタリ付添い、“Sennefer and his wife”とか“Grapes”等と、
誰でも観れば判る説明付である(笑)。
その他、事前情報通りに20cm四方位に切った段ボールの切れ端を、団扇として貸してくれたり
彼らが仰いでくれたりする。
職人の墓に較べ、前室もあり格段には広いが蒸し暑さは変わりない室内ではとってもありがたい。
ということで、バクシーシも2倍払う羽目になった。
外に出ると、照りつける太陽に本当に干からびてしまいそうだ。
ヒヤロンもほんの10分ほどで、全く効果がなくなり、ぬるくてグニャグニャになってしまった。
続いてはやっとの思いで最後の力を振り絞り、レクミラの墓へ向かう。
センネフェルより少し前の時代の人で、やはりテーベ市長など要職についた高官である。
墓の構造は、当時の主流であるT字型をしている。
実直な仕事人間だったのか生前の自分の仕事ぶりを描いた絵が多いのが特徴だ。
センネフェルの墓を先に観てしまうとその保存状態や色彩など及ばないが、当時のエジプト人の
真面目さを知る数少ない証拠を提供してくれる貴重な墓である。
詳しい墓の説明は再びぽんちゃんのHPへどうぞ。
今朝は朝食を食べなかったし、レクミラの墓を見終わったところで、気力・体力ともに限界。
ガイドは昼まで雇っていたのだが、とてもルクソール博物館へ回る元気もなく、
そのまま予定を1時間ほど早く切り上げ、ホテルへ帰ったのであった。
恐るべし、夏のエジプ!
さすが、50℃近い気温と墓内の湿気のダブルパンチで見事やられました。
夏に行かれる方への申送り
・ヒヤロンは3~4個/人、必要
・ミネラルウォーターは最低1リットル/人も忘れずに~
・朝ご飯は、絶対食べてから出かけよう!
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ふぅ、やっとディル・アル・メディーナが終わって、墓巡り最後の貴族の墓へ(笑)
貴族の墓の多くは、西岸のクルナ村、別名“どろぼう村”にある。
何で“どろぼう村”なのかは、周知の事実。
ここの住人達は、墓の上に住居を築き倉庫やトイレ代わりに使うだけでなく
秘かにトンネルを掘り、墓の副葬品やミイラを売り飛ばして生計を立てていたからだ。
正確に言えば、今現在もまだ、ここには代々受け継がれたトンネルから不法に
海外の収集家へ遺物が闇のルートから渡っている。
まぁ、彼らのお陰で、ロイヤル・カシェ(王家のミイラ)が大量に見つかったのだから
これを貢献というべきかどうかは悩ましいところだ。
詳しいいきさつは、こちらへ
ここは、全く写真がない。
ディル・アル・メディーナのように、せめて絵はがきぐらい売っていれば良いのに・・・

写真は、前回のガイド(達筆で名前判読不可)と息子。
ディル・アル・メディーナで、終わりと思っていた息子は、観光がまだあると知って、
文句たらたら(笑)。ここで、やっとヒヤロンの使用を許可する。
●ラモーゼの墓入口
前回は、泣き女のレリーフで有名なラモーゼの墓とかなり荒れたカーエムハトの墓を観たので、
今回のお目当ては、センネフェルの墓だ。
ところが、ガイドはこの墓を知らず、王家の谷でも
ガイドに出会う度にセンネフェルの墓を尋ねても、
誰も知らないようで、チケットを買うまで
本当に辿り着けるのかとても不安だった。
クルナ村の百戦錬磨の住人に聞いても、その場所はようと知れなかった。
こんなに有名な墓なのにどうしてだろう?それとも、自分の墓に入れたいのか??
ようやく、何人目かで凡の場所が判明し、小さな女の子の案内でセンネフェルの墓へ
行ける目処がついた。
しかし、暑い!
息子のヒヤロンを取り上げ、一瞬の涼を得ても焼け石に水状態である。
そして、ここクルナ村は最初の写真の通り、小高い丘(というか山に思えた)で
地面は石灰岩のため靴はあっという間に真っ白になった。
丘を半分以上登ったところで、ガイドが立ち止まったのでようやく辿り着いたかと思ったら
考えが甘かった~
そこは、もう1つ観る予定のレクミラの墓で、後で観ましょうって言われガックリ・・・
そしてセンネフェルの墓は、何とこの丘の一番上の奥であった!!
センネフェルはこんな人
・エジプトが絶頂期目前の第18王朝アメンヘテプII世時代のテーベ市長
・同時にナイル流域の港湾管理、税の徴収、政権の行政、神殿や墓の建造責任者など多岐の業務
・王から絶大な信頼を得た政府高官
・6人の妻を持つ等々
とにかく、肩書きがすごい(笑)。
そのお陰で、この素晴らしい墓を造ることが出来たのだ。
●崩れかけた墓の入口からは想像できないほど、素晴らしい内部

天井も岩盤のデコボコをそのまま活かして、ブドウの絵を描くなど趣向が凝らされていて
過去に観た中では、一番素晴らしい墓だった。
貴族の墓は、来世での様子を描く王や職人の墓と比較すると圧倒的に現世での出来事が多い。
私は、何々をしたという自慢から生前の暮らしぶりを描いた絵が多いのが特徴だ。
今も昔も地域のさなく、役人や官僚というのは同じような思考回路をしているのだろうか?
墓の詳しい説明と内部の壁画の様子は、ぽんちゃんのHPと英語版でどうぞ。
墓の中では、例によって番人がピッタリ付添い、“Sennefer and his wife”とか“Grapes”等と、
誰でも観れば判る説明付である(笑)。
その他、事前情報通りに20cm四方位に切った段ボールの切れ端を、団扇として貸してくれたり
彼らが仰いでくれたりする。
職人の墓に較べ、前室もあり格段には広いが蒸し暑さは変わりない室内ではとってもありがたい。
ということで、バクシーシも2倍払う羽目になった。
外に出ると、照りつける太陽に本当に干からびてしまいそうだ。
ヒヤロンもほんの10分ほどで、全く効果がなくなり、ぬるくてグニャグニャになってしまった。
続いてはやっとの思いで最後の力を振り絞り、レクミラの墓へ向かう。
センネフェルより少し前の時代の人で、やはりテーベ市長など要職についた高官である。
墓の構造は、当時の主流であるT字型をしている。
実直な仕事人間だったのか生前の自分の仕事ぶりを描いた絵が多いのが特徴だ。
センネフェルの墓を先に観てしまうとその保存状態や色彩など及ばないが、当時のエジプト人の
真面目さを知る数少ない証拠を提供してくれる貴重な墓である。
詳しい墓の説明は再びぽんちゃんのHPへどうぞ。
今朝は朝食を食べなかったし、レクミラの墓を見終わったところで、気力・体力ともに限界。
ガイドは昼まで雇っていたのだが、とてもルクソール博物館へ回る元気もなく、
そのまま予定を1時間ほど早く切り上げ、ホテルへ帰ったのであった。
恐るべし、夏のエジプ!
さすが、50℃近い気温と墓内の湿気のダブルパンチで見事やられました。
夏に行かれる方への申送り
・ヒヤロンは3~4個/人、必要
・ミネラルウォーターは最低1リットル/人も忘れずに~
・朝ご飯は、絶対食べてから出かけよう!
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1 ■rikumadoさん、こんにちは♪
貴族の墓にも行かれたのですね。
クルナ村っていう名前だとは、知りませんでした。 しかも別名が「どろぼう村」とは(苦笑)。。。
rikumadoさん、歴史と言うかエジプトの遺跡に詳しいですねー!
我が家は3月に行って、何を見てきたのかとがっくりしました。
殆ど、ガイドブックに載っているところばかりです(笑)。
そうそう、センネフェルの墓の絵葉書、駐車場?付近の家のおじさんが 「コレコレ、ここの」って感じで売っていました。
10枚くらい、つながっている長い絵葉書です。
墓の中では段ボールの団扇、扇いでくれてました(笑)♪
8月のエジプトって暑そうです!