ふじとうさくしゅうのブログ

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妻は、彼女にとっての大敵であるムカデに足を刺された。彼女はその事態を『自然界の洗礼を受けた』と表現し、僕は彼女に、山奥に潜伏する隠れキリシタンの姿を重ね合わせた。それは、彼女が若い頃エホバの証人だったという事実をずっと以前に彼女の口から聞いたことがあったためかもしれない。
彼女は風呂場で、刺された方の足に一生懸命にシャワーで水を掛け、患部を冷やしていた。
「どうすりゃいいのかねえ。ネットで見てみようか『ムカデに刺されたら』って」
「そうだね、お願い」
『ムカデに刺されたら』と入力すると、ネットからは早速詳しくて親切な、しかも写真や挿絵入りの丁寧な回答をくれた。便利すぎる。こんなもの使ってたら人間が駄目になる。僕としては、強い反感を持ちながらもやはり見てしまう。なければないで何とかするだろうけど、やはりあれば使ってしまう。それが利器というものだろう。
意外なことが書いてあった。
『43~46゜C の熱湯で患部を温める。火傷しないギリギリの温度のシャワーで(溜め湯に浸けるのでは駄目)5分程度、それでも痛みのとれない場合は最長20分位まで。同時にシャンプーで患部をよく洗うこと。冷すのは厳禁!毒の絞り出し、吸出しはお奨めしない』とある。
早速に妻は冷すのをストップし、温水に切り換えてシャンプーで洗い出した。ふたりともまだ半信半疑だが、手遅れになったら大変だから取り敢えずは素直に従う。
『ムカデの毒はたんぱく質性の酵素毒だから熱に弱く、42゜C を越えると熱変性を起こし失活する。また刺咬傷口に毒は注入されておらず、皮膚の表面に吹き付けられているだけだから、洗剤で毒を洗い落とせば傷口より侵入することはない。皮膚に付着している毒をそのままにし、その部分を冷したりすると痛みは倍増し、最悪の場合には皮膚の細胞が腐ったりする』
理由を聞いて全ては納得できた。全くもってその完璧なメカニズムには驚きである。ムカデの、いや神の仕組んだ罠だ。普通は冷やすだろう。その罠に2割程かかったわけだ。
風呂で屈むようにして熱湯を掛け続ける彼女に、風呂の入口で僕はそれを読んで聞かせた。看護師だった彼女も全く知らなかったようで、感嘆しきりだ。
「まー、何てことだろうねえ。知らないってことは恐ろしいわねえ。全く反対のことをやってたわけだ」
「冷やしたり、絞り出したりねえ。あのまま続けてたら大変なことになってたねえ。どう?まだ痛い?」
僕としては、少しでも彼女のお役に立てたことが嬉しかった。
なんともいじらしいではないか。
彼女の足は、熱湯のせいか或いは毒のせいか、赤く腫れたようにみえる。
「ウーン、ちょっとジンジンするねえ。でも、我慢出来ないような感じじゃない」
その後も彼女は制限時間の20分位まで熱湯を掛け続けた。彼女は気の済むまでとことんやるタイプだ。中途半端で止めたりはしない。何事もそうだ。だからやり過ぎて火傷をしたりもする。彼女の生きざまを象徴するような景色だと思った。
「ねえ、もういいんじゃないの。20分以上経ったよ。低温火傷ってこともあるし、暫く様子を見てみたら?」
「そうね」彼女はシャワーを止め、赤くなった自分の足をしげしげと観察していた。
居間の回転椅子に移っても足を観察し続ける彼女に
「どう?痛い?」「ウーン、まだちょっとジンジンする」
二人は、同じような会話を何度も繰り返す。
僕はtabに例の『ムカデに刺されたら』のサイトを開き、これをじっくり読んどいたらと手渡す。
彼女も、そうねえとやけに素直だ。
その後彼女の足はみるみる快方に向かい、さすがの僕もネットの威力を認めざるを得なかった。
こうして、山荘を揺るがせたムカデ騒動は大事に至ることなく無事落着となった。
ネット関係者の皆さん、お陰様で助かりました。
誠に有り難うございました。

 それから2日くらいして、妻と町に出て外食する機会があり、その席でのこと
「あれからまたブログを書くのにネットでムカデのところを見たんだけどねえ」
「うん」
彼女のムカデに刺されたところはもうすっかり治癒し、もはや懐かしいことのような余裕の表情になっている。
「君は靴下の上から刺されたよねえ。ムカデは咬んだところから毒を注入するんじゃなくて、咬んでからその周りの皮膚に毒を吹き付ける、或いは爪でかいてその周りに吹き付けるとか、らしい」
「そんなこと書いてあったねえ」
「てことは、毒は靴下の上から吹き付けられたことになるよねえ」
「と言うことは、毒はほとんど掛かってないということ?ムカデに咬まれるのって火箸を押し付けられたような痛さだって言うもんねえ。私の場合、最初は,チクってしたぐらいで、何か、針金かなにかが引っ掛かかったのかなあぐらいの程度だったものねえ。折角ムカデの恐怖を克服したと思ったのに。対処法も判ったし」
「いやまあ、靴下の上からも多少は掛かるだろうし、それに君は咬まれたときに靴下の上から指で押さえつけたり、絞り出したりしたから結構傷口から毒が侵入したかも知れない。どちらにしろムカデに咬まれたときの対処法が判ったから、今後は大丈夫」
ここで彼女を弱気にさせるのは得策ではない。
「そうそう」
妻の得意の「そうそう」が出たから多分大丈夫だ。
少し安心した。
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