連日、このニュースにふれるたびに気持ちが落ち込む。

嫌なニュース暗いニュース酷いニュース・・・たくさんあるけれど、この事件にはほんとうに心に鉛を呑んだような気分にさせられる。


事件概要

犯人(当時18歳)本村弥生さん(当時23歳)に狙いを定め強姦目的で検査人に変装して騙して侵入し、馬乗りになって暴行しようとする。しかし彼女の激しい抵抗をうけ、死姦に目的変更。首を絞めて殺す。その後死姦。泣きながら弥生さんのなきがらに這い寄る生後11ヶ月の夕夏ちゃんを床にたたきつけ、そのうえで首にひもをまきつけて窒息死させた


証拠隠滅のためか犯行発覚を少しでもおくらせるためか、犯人は弥生さんの遺体を押入れに、夕夏ちゃんの遺体を押入れの天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走


事件から4日後に逮捕されるまで、犯人はゲームセンターで遊んだり友人の家に行ったりしていた。



被害者遺族である本村洋さんの会見が今日、行われた。

激情を必死で抑え、いつものように沈着に話されていた。

それでも唇が震え、押し殺したいくつもの感情を髣髴とさせる。


・・・こうして書いていて気づくのは、被害者の名前ばかりがはっきりと周知されていること。被害者の写真、映像、情報だけが周知されていること。

わたしは犯行当時18歳だった少年の顔も名前も知らない。

本村さんが雪にまみれて涙していた姿、今日の会見での声、生前の幸せそうな家族写真は思い浮かぶのに、罪もない母子を惨殺し犯し冒涜した男がどんな顔でなんていう名前なのか知らない。


元少年は現在26歳、事件から8年経った。


聞こえてくるのは「ドラえもんが・・・・」「亡くなった母に甘えたくて・・・」「変装ではなくコスプレ・・・」「死姦したのは蘇生の儀式・・・」というたわ言ばかり。



犯人と弁護団のどちらがより愚劣で卑怯で冷酷なのか、にわかには判断つけがたい。

よくもこんなことを思いつき、それを実際に口に出来たものだと寒心する。

彼らに人間の情はないのか?と疑問に思うことさえできない。もう疑問形ではない。ようするにそんなものはないのだろう。


憂鬱になるのは、この諦観。

この世にはどうしようもない鬼畜と化した人間が実在するというこの事実。


社会制度や司法制度に問題があるとかどうとかではなく、こんな現実が現実だということに憂鬱になる。


光市母子殺害事件


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被告人の手紙

この被告人は、一審の無期懲役判決後に知人へ手紙を出している。知人は、この手紙を検察へ提出した。弁護団は当初から「反省している」と主張して死刑回避・減刑を求めていた中で、この手紙を反省の反証と掲げる理解も多い。以下は、判明している手紙の内容である。

  • 「知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君」
  • 「私を裁けるものはこの世におらず」
  • 「無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す」
  • 「犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」・・・これは罪でしょうか」
  • (被害者に対して)『ま、しゃーないですね今更。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。』

以前に↑のような内容の手紙をだしたことがあるってことが全国的にバレてる現状で今のような弁護方針というのも、単純に法廷闘争の手段としてお粗末。

人権派や死刑廃止論者だって、こんなの(光市母子強姦殺人事件弁護士団)といっしょにされたら恥ずかしくて顔上げてお天道様の下歩けないだろう。


それとも人権派(・・・ふぅ)や死刑廃止論者(・・・・・はぁ)はみんなそーゆーヒトタチなのかな?




追記

死刑をしてはいけない理由として


若い被告人には未来がある。改悛し更生して被害者と社会になんらかの形で負債をかえせるようになるかもしれない。

やってしまったことは悪いことだけれども、犯人にも気の毒な過去があった。環境や生育歴にも同情の余地がある。

一度道を踏み外してしまった人間にも再チャレンジの機会を与えるべき。

死刑も人殺しのひとつ。人殺しがいけないのなら死刑だけ特別扱いするわけにはいかない。

冤罪だったらとりかえしがつかない。

死刑にしても死んでしまった被害者が生き返るわけじゃない。死の連鎖負の連鎖は断ち切るべき。


・・・・・・という意見がある。

なるほど、懲罰主義は殺伐としてる。

この世に完全な悪人はいないだろうし、神ならぬ身の人間が同じ人間を裁こうとするのはおこがましいかもしれない。


世の中にはいろんな人がいるわけだし、いろんな意見がある。死刑制度がある国(日本も含まれる)もあれば死刑制度がない国もある。憎むべき悪人をこそ愛さなければ真の平和はやってこないのかもしれない。


が、わたしがもしこの事件の殺された妻の立場だったら元少年の更生なんか望まない。


自分を殺して犯して我が子を殺した人間なんかありとあらゆる拷問を100万回やってもあきたらない。そのうえ愛する夫を苦悩と悲痛と憤怒の生き地獄におとした少年に「反省してまっとうな大人になってね」なんて思えない。何度生まれ変わっても死ぬより辛く苦しい目に遭うような輪廻になればいいと思う。



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