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産んだ息子が **理想の男** そんな感じの育児ブログ。5歳の長男“左京”と1歳の次男“右京”。(右京は自称「ちーとん」です)

「顔に泥がついている」はQueenのROCK YOU 歌詞「顔に泥をつけている」からきております。

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Sat, February 06, 2010 23:01:27

“2歳は詩人”ははじまるか/ことばのことなど2歳1ヶ月半時点

テーマ:*次男右京ことばのことなど

葉月家次男坊ちーとん2歳1ヶ月児。

「ちーとん」というのが愛称であって、本当はちゃんとした名前があることを知っており


(つかそもそも本名に一切使われていない文字を使った愛称を定着させたのはご本人であるが)


最近は自分を指し示してきちんと本名のほうを言うようになりました。

ブログ名の「右京」じゃなくほんとの名前だけど、この際書いちゃおう。



写真なんか指差してね、


「これ、だあれ?(´∀`)」


なんて訊くと、一文字一文字はっきりと













「ふぇ~、る~、ち♪(・∀・)」















Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*   


* 外国人男性 フェルチ イメージ画像







違う人間が現れた


Richard won 33歳のブログにようこそ。




Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*-うんせこらせ



すみませんイメージ画像はフィリップ2世の肖像画です。あれね、オルレアン公の人ね。

フはかぶってます(せめて)。


世界史専攻。



本名(日本人男子)、お察しいただけましたでしょうか。

たぶんねえ、知ってるひとには「ああ、そうなるにはなるかもね」となるかもしれませんが、

知ってるひとでも「そうはならんだろうなかなか」というご感想を持たれる結果であるかもしれません。


ひどいと「んむち」とかになります。そうなると本格的に遠いところです。


雰囲気で喋る男なのでこういうの珍しくないんですが


実例 


「にいにありがと。」 → 「にっと。」  

「ゆきふってる。」 → 「んきんってう。」


せめてお名前くらいはね、と思わないでもない。

うちと年賀状のやりとりしてなくて、右京の本名をフェルチから導き出せた方には何かプレゼントを致します。




するよ。ほんとに。







2歳1ヶ月を迎えてから、名は言えないもののぐぐぐっと言葉が増えました。

今までも増えた急に増えたと言ってはいますが、レベルが違います。


だって理屈わかって言ってるんだもの。





あたしが右京をお昼寝に誘ったある夕方。いつも一緒に寝ようって言ってお昼寝をはじめるので。

いや、はじめさせようとするので。(玉砕のほうの確率が高い)


あたしはキッチンである程度夕食の仕込みをしながら言いました。

「右京、ねんねしよっか。」


でも右京は言いました。



「いい。」


と。首を振って。


一緒ねんね断られた。でも理由がこうでした。




「ママごあん、ちーとんねんね(・∀・)」





ママはご飯作るから、ちーとんはひとりでねんねするって言ってる?


そんなのがわかるのね、って嬉しくなって右京を抱き上げると右京はにこにこしていました。


会話を聞いていた左京が「じゃあにいにとねんねしよう!」、そしてふたりは寝室へ。

でもまあテンションの高いひとが二人お布団に入ったって眠くならないわけですよ。


(親はテンション低い役としてお布団に入るんであって)



「やっぱりママと寝る?」と左京。


またもや右京、




「ママねんねちない。ママ、ごあんちゅっもん(・∀・)」





(ママはねんねしない、ママはごはんつくってるもん)





ママはごはんを用意するひとだし、ごはんをくれるひとだけど、「ごはんつくる」ひとでもあること、

それを邪魔しちゃいけないこと。


ちゃんとわかっているのがなんだかとてもうれしかったです。くいしんぼうだからかもしれないけどな。





ま、






結局寝なかったんですけどね。(玉砕)











翌朝。




朝起きていつものようにこたつに座ってテレビを見始める右京に、朝ごはんは何を食べたいか訊きました。

大抵「ごはんとパン、どっちがいい?」と訊くと「パン」ですね。

あ~まいパン。ジャム塗ったパンを食べたい。


でもそうするとね、最初はよくても、そのうちジャムしか食べなくなるの。ジャム舐めちゃうの。

サンドイッチにしてもしっかりはがして食べちゃう。


だから提案しました。




「ハムとチーズのパンにしようね(´∀`)」



と。



ハムとチーズのパン。


2パターンあります。

ひとつはハムとチーズをマヨネーズを塗ったトーストの上に乗せてやいたもの。できればトマトも載せて。

でもこの日はなんだか面倒だったので(提案したくせに)、ハムとチーズのサンドイッチにすることにしました。


マーガリンとかマヨネーズとか何も塗りません。挟むだけ。


ものぐさ母はハムを取り出したところでさらに面倒になりました。

そして思ったわけ、ハムだけで・・・いいよね?ハム大好きだし。(「おやつがハム」もよくある家庭)





ハムチーズ・サンドイッチではなく、ハムサンドイッチをお皿に4つ乗せてこたつに戻りました。

ちなみに、4つじゃなくて2つとかだけだと



「じぇんぶ!じぇんぶ!(`・ω・´)」(全部、全部)



このように、残りは何処行った的に責められます。





ハムサンドイッチを見た右京。




すっと手を伸ばして上のパンを ぺろっ とめくって言いました。






「ハムチーズってたやん(`・ω・´)」








(ハムチーズって言ってたじゃん)









なのにチーズは何処行った 的な









そうですよね、ママは作る人ですもんね。


ごまかしはきかない。









今日テレビで知った言葉なのですが「2歳は詩人」と言うことがあるらしいんですね。

それを聞いて、そうそう!と思った。誰がそう表現したかはわからないけど、すごく言い得て妙です。


言葉のことをしっかりわかっていないで使った表現だからこそ、とても詩的に響くものであったりする。

大人が使うような形容詞やこじゃれた表現を一切使わないで叶う「詩的」。


たしかにそうだったなあと左京のときを振り返ります。割と最初からしっかりしてたけど、それでもあった。

右京はどうなるかなあ。


これからすっごく楽しみです。



新しく買ったキッチンマットの上を歩きながら「あったかい(・∀・)」、と言う右京。


そして続く



「いっちゅもいっちゅもあったかい(・∀・)」


(いつもいつも、暖かい)




そういうの聞くとね、ちゃんと始まっているんだろうなあと思います。


(スーパーであたしに「いっちゅもいっちゅもじゅるい」(ずるい)とも言っていたが。あたし、ずるいんだ・・・)










* * *



その他語録



書き忘れていたのですが、今年の初めくらいから「頭を洗われる嫌さを多少耐える」ようになりました。

「いやんいやん」言うので、「ちーとんはいやいやいわないよね、すごいよね」と乗せたら乗った。

しかしいやんいやん言わない代わりに「うおあああああ」「んんんんなああああ」、です。

あれ?あたし猫洗ってた?そして「もうおあり?おあり?(おわり?)」。でもまあえらいよね。



お風呂上りパジャマを着せようとすると逃げるのですが、下着までは着せてほおっておくとある瞬間にはっと気づいて

「ちゃじゃまない!(°д°;)」(ぱじゃまない)

と焦ってあたしや遊馬くんのところにやってきます。そりゃ、着てないだろうよ。



びっくりすることがあると「んま、びびった(・∀・)」(いま、びびった)と言います。

君は今という表現を理解しているのか。(たぶんしてない)



にいにが何かを貸してくれなかった時、

「ににー、ちーとんはぁにしゃいよ?(。・ε・。)」

と年齢による気遣いを求めていました。それ本人が言ったらいちばんだめなせりふだ。



「ちょっとまぜまぜしてね」とご飯をよそった器を置いたら、

「ちょっとまじぇまじぇ。ちょっとまじぇまじぇ(・∀・)」

と言いながらいっぱい混ぜていました。



転がる表現、「ごろごろ」がいえなくて「ごごろ。ごごろ。( ゚ο゚)」です。

言いながら自分が転がっています。ごごろ。ごごろ。



「にいにが押して♪くれるなら♪ぜ・ひ~♪のる~♪」という歌があるのですが(あたしが作りました←遊馬くんに

「よくもまあ後から後からそういう古臭い節の歌を思いつく」といわれる始末。確かに古臭いです。ハトヤに決めた♪のノリです)

これを右京も歌うようになりました。

「にに~、てっ・ちゃらりろら、じぇっし~、のる~♪(・∀・)」

2歳、ちゃらりろら。



ちんこがでかくなっていると

「ママ!でっかい!でっかい!(・∀・)」

とのご報告と共に、そこにはふるちんの男児が立っています(文字通り

でっかい、いやとかも言うんで、やっぱちょっとやな感じするらしい。だよな。そのままおむつ履きたくないよな。




こういうのが一枚のメモに書きなぐってあるので、見る度「ブログかかなくちゃ」と追われる。笑











※こどもの顔が明らかに分かる写真をネット上に載せることは大変危険です。私の場合、次男はまだ保育所に預ける等長時間離れることがなく、

  かつ今後顔に変化のあると考えるため載せており、長男の場合はそのままでは顔の造作の分かりにくい写真のみをピックアップして載せています。

  あるいはそのように画像編集しています。みなさまのところでこどもの写真を扱う際には十分お気をつけください。


 / / /この注意喚起文は毎回同じです。(2008.3.19~)/ / /


Thu, February 04, 2010 22:27:09

 Diary Lullaby 続編

テーマ:* Richardの日記2010

Diary Lullaby  の続きです。





何故あんなにも日記を書きたかったのか。

日記って、続かないひとは続かないでしょ。そういうひとはね、日記が必要ないの。


あたしは書かないと居られなかったんです。


書いて思考を整理するタイプであり、経験の全てを忘れたくないと思うタイプだった。

場合によっては伝えたくてたまらないと思うタイプでもあった、ので、ブログというものの出現はほんといらっしゃいませでした。





苦しくても、忘れたくなかった。覚えていたかった。消したくなかった。


将来、自分自身がその(書いている)当時よりも落ち着いて、今を振り返るために読み返すイメージ。

ソファーなんかに座って、サイドテーブルにコーヒーなんか置いて。


こんなことがあったなあ、って。






でも実際のあたしは、冷たい廊下に座り込んで、読んでる。

おまけに、回りにはレシートやらプリントやらが散らばっている。







Richard won 33歳のブログにようこそ。







「こんなことがあったなあ」なんて平和なものじゃないんです、実際。

日記を読み返すと、当時の生々しい感情がそのままぶりかえしてきて、息苦しいだけで。


ほんの小さなことで一喜一憂する。


本当に子育ては恋愛に似ていると思います。

他人にとってはこの程度、でも、自分にとっては飛び上がるほどうれしかったり、何日もひっぱるほど沈み込んだり。


私はそこに書いたことを何度も何度も頭の中で経験し直してしまったから、一文がきっかけになって

書いた時点では過去である書かれているできごとも、書いているその時の自分自身のこともかなり覚えている。


何度思い返しても、私の過去の行為は、発言は、消えない。

だけどなんとか未来に繋げたくて、理想の自分に近づきたくて、検証を繰り返す。





そういう苦しさが全部入ってる無数の引き出し。






の、はずなんだけどね。





たまたま今回開いたページ。


それは、なんとあたしの記憶からおそらく卒業以来ごそっと抜けていたできごとでした。

22で大学卒業しているから、実に11年間ぽっくり忘れていた。


もちろん引き出しの中に入ってはいるのだから、取り出すことはできる。

何もかも・・・とは言えないけれど、だいたいは思い出すことができる。





苦しかった記憶の中心にいるひとの存在が大きすぎて、忘れてしまっていたんです。







そうだった、あたし、こういう恋もしてたんだ。







悲しいことに彼の顔は思い出せない。


「美形ではないけれどすごく自分好みのひとだった」(しかも吉田栄作似)としか思い出せないのですが、

会ってその翌日くらいに告ってるし。あたし。


あたしは人社で(人文学部社会科学科)、彼は教育学部の小数(正確な学科名はわかんない)、普段であれば接点はないけど

文化祭で知り合っているんですね。文化祭が終わってしまったらチャンスがないから告白したんだ。




わあああああああ。





ってなった。


そーだ、いたじゃないいい男。

彼と同じ教育学部の友達に言ったら「知ってる!いる!目つけてた!」って言われた。(つけてたのか




その友達の台詞を借りれば、“性格が顔ににじみ出ているような”ひと。

明るくて、楽しくて、爽やかで、でもちょっとした冗談も言えて、とにかく笑顔がいいなあと思ったのを覚えてる。





それで振られているんだけれども(笑)

彼女がいたんだよね。その彼女を裏切るようなひとに思えなかったんだよね。だからそれ以上がんばれなかった。





この頃の記憶と日記の“メイン”である苦しかった恋は、自分の気持ちを出してはいけない、伝えてはいけないという恋でした。

だからぐるぐるぐるぐる回るしかなかった。

もともと思ったことはすぐに言っちゃうタイプだから、余計苦しかったんだ。




すっきり終わったことだからこそ、こんなにもすっきりと引き出しに入り込んでしまうものなんですね。


他の引き出しからは、きつきつのタンスの引き出しから服のはしっこみたいなものがいつもはみ出している。




* 実際うちではよく見る光景ですがそれはさておき




それらは押し込んでも押し込んでも入りきってくれなかった。

いつまでもいつまでもだらりと出ていて、目に付いて、気になってしまっていた。








なんだかその一件を思い出し終えた瞬間に、不思議なんですが今までみたいな息苦しさが消えてしまいました。







いや、確かにね、(この件がなくとも)だんだんだんだんと楽にはなっていってたよ。最初に書いたとおり。

まず今の生活が満ち足りているし、とにもかくにも月日は確実に経っていってる。

願ってもあたしはずっと大学生のままではいられない。


そして、過去をここに書くことで・・・もういちどタンスの引き出し服の例を使えば、

あたしは入りきらない服を押し込めるのではなく、一度全部引っ張り出してひとつひとつを広げて、

きっちり畳み直した。


果たしてそれは少しずつきれいに引き出しに納まっていった。






だけどやっぱり思い出すたびに「もしもあの時こうしていたら」「もしもあの時こう言っていたら」。

多少そういう思考に耽ることが趣味にもなりつつあったけれど(体が忙しいときには特にそういう趣味に走るくらいしかない)


せっかく今があるんだから、もう苦しみたくないのにな



そういう思いがどうしてもあったんです。








あたしはあの4年間まるごとを真っ黒に塗りつぶしていたのかもしれない。


本当はもっといろいろな色があったのに。いろいろな模様があったのに。








日記は過去のできごとを書いてあるものです。

だけどその主観は自分。


“思考の過去”です。



将来、ゆったりとソファに座って、サイドテーブルのコーヒーを飲みながら振り返るべきは、

私の“思考の過去”ではないのですね。きっと。



左京のアルバムもあるし、右京のアルバムもあるし(嘘です、まだできてない)、結婚式の写真もあるしさ。




その点ブログはやっぱりいいよね。


自分以外の方々に読んでもらう分、自分の中でもできるだけ客観的であろうとする力が働くし、

コメントもらってはっとすることもずいぶんいっぱいあるから。


(あと、くだらんことも書いてしまう)








あたしがここに行き着くために今まで日記を書き、とっておいていたのならば、もうその役目は十分果たした。


いざ本当にそれらを捨てるにはまだ覚悟がいりそうだけど、わからない、

次か次の「大規模な整理」の時にふっと手が動くかもしれません。









ひとつ、願わくば・・・





ふっと思い出さないかなあ、彼の顔。何かの拍子に。

忘れちゃうようなよくあるタイプじゃなくて、ほんといい男だったと思うんだけど(笑)


だって、もったいなくね?






(これが33歳の思考だ)








記事2つにわけちゃったりして、これだけの記事なんだけど。


お付き合いありがとうございんした。お粗末様でした。






Wed, February 03, 2010 22:20:08

ハラハラ舞う雪になってあなたのホホをそっと撫でて

テーマ:*あたしの息子たち2010


おととい、こちらも雪が降りました

朝、おそらく生まれて初めて間近に雪を見た右京が「あわ!あわいっぱい!」と言っていました


誰も踏み入れていない積もった雪は、確かに泡に見えるかもしれない





そして実は


翌日の夜もそっと雪が降りました








ほらね。




Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*-うちのなかのゆき




その雪の材質はティッシュ・ペーパー



Richard won 33歳のブログにようこそ。






実はもっと引いて撮るともっとすごかったんですが、すごいというかひどかったので(部屋が)、辞めました。






でも、こういういたずらというか遊びは、なんていうか・・・




脳によさそうだよね。(口癖)






だからこういうのは叱れないんですよね。


右京があたしの横をそっと通り過ぎて 



「・・・しゅ・・・っ。」



っと、そっとカウンタの上のティッシュボックスからティッシュを抜き取るのに気づかないふりを続けました。

ティッシュの引き抜き方が卑怯で、右京にやらせる左京が卑怯で、心の中でくすくす笑って。


雪というものを見て、興奮冷めやらぬまま、それを兄弟して表現してみる。手近な材料で。

(おそらく右京にとっては雪との関連性はなく兄の面白そうな行為に便乗しただけでしょうか)


小さくちぎる。ばら撒いてみる。

そりゃ地球にとってはエコじゃなく申し訳ないですが、普段あたしは結構エコワイフなので勘弁していただこう。







そうですね、他の事例



同じ晩、右京による躍動的なオブジェがテーブルの上にできあがっていても、








* 使用済みのコップ(飲むヨーグルト)に

  未使用のスプーン10本が突き立っているというもの








なんだか叱る気になれないのです。



だって脳によさそうじゃん。(2回目)




掃除が増えるくらい、洗いものが増えるくらい。

(ティッシュが塩だったら話は別←2度くらいやられた経験あり)





雪景色というのも・・・いつものありふれた景色の一転、白だけに「反転」のような。


これまた脳によさそうだ・・・






(景色の美しさにあまり興味が持てない人の視点)







今日は野球場に残っていた綺麗な雪でお友達とたくさん遊べて、満足したようです。ふたりとも。









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パパも帰ってきたことだし、節分なので豆をまこう!

・・・と左京と右京に豆を渡したら、玄関に行くまでの間に右京が豆食った。



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Tue, February 02, 2010 21:48:16

 Diary Lullaby

テーマ:* Richardの日記2010


日記を捨てようかな、と思うことがあります。




ブログは消さないよ。

ここに書いていることの話ではなく、昔の私の日記です。ちまちまと小さな字が並ぶ何冊かのノート。




おそらく29歳とか30歳くらいになってからだと思います。それまでは考えられなかった。捨てるなんて。

誰にも見られなくなかったけれど、誰かに見られるリスクはあったけれど、それでも手放せなかった。

見せるにはあまりにもプライベートに過ぎる日記。手放すにはあまりにも思い入れのあるノート。


それは私にとってとても大切なものでした。

受験勉強まっただなかの高校3年生の秋くらいから、社会人になって数ヶ月間までの日々を綴ったものです。

大学時代の総てを網羅した大切な思い出の詰まったものだから。




だけど、最近は思うんです。捨ててしまおうかと。

おそらくその時代に私の中にできたであろう凝り固まった感情のしこりのようなものの消化が終わったんだろう。


「消化」を「消化活動」って書こうとした。腸か。








Richard won 33歳のブログにようこそ。








消化してしまった。あるいは、昇華した。



だからいらなくなったんだろう。

お気づきの方はいないでしょうが、29歳30歳といえばあたしのここ(ブログ)での活動がもっとも盛んだった頃です。


私はここに過去をひけらかすことで、それらに収拾をつけていったんだね。

他人事みたいに書くけどさ。



頭の中で思い出すこと。

そうやって「経験しなおすこと」はただただ思い出を、そのときの感情を強くするだけだと思っていた。


でも違った。


違う視点、違う経験値を持った思考。




答えは永遠に出ないとしても、過去の自分が同じところをぐるぐると回っていただけであったことは理解できる。

それだけで全然違う。



今自分はそこにいない、


どうやって抜け出たのかをここから逆算することで、ひどく答えに近い場所に歩み寄れる。






* * *






(あたしだって一応)書類や手紙の整理をします。大規模に。

ていうか大規模になんなきゃいけないようなつっこみかたを普段しているということだ。自慢にならん。


しかし、そのものの価値というのは時を経て変わるじゃないですか。

大げさにいえば、今ここにある領収証も、3ヶ月後にはただの紙だ。

今は捨てられないけれど、3ヵ月後には捨てても特に問題はない。


「時系列に書類をファイリングしているので、前から順に捨てていけばよい」というような素晴らしいファイリング技術が

あればともかく。あたしにはそんなもんはないので。PCのデータとなれば違うのだが。

だからだいたい3ヶ月に1度くらいだね、ぶわっと広げているもの・いらないものと仕分けていくのです。

もういらないやとなったら、思い切りよく捨てます。


時々判断を誤って「うっそ、あれまだ必要だったの」というようなこともあるけど、まあ時々ね。

履歴書の得意技の欄に「再発行」って書けるかもしれん。←まず採用されない




そんなのを今日していたんです。


そしたら、またその棚(いつの間にか引っ越した当日からあたしの棚になっている棚)の書類の山の中にあった。

あの日記のうちの3冊くらい。



一時期ブログのネタにしていたこともあって、そんなにお手軽な場所に置いてあるんですね。

普段使わないものや思い出ものはもっと普段手が届きにくいクローゼットの上棚とか天窓とかにしまうのだけど、

「どうせしまうならしっかりしまおう」と思うからこそなかなか腰が上がらず、ずるずるとそんなところに。


O型連盟の諸君ならわかると思うが、もしクローゼットの上棚にしまいこもうと一度重い重い腰をあげてしまったら、

きっとクローゼット全体の整理整頓が始まってしまう。下手したらワードローブの見直しも始まる。


夕食ができあがらない。




「まあいっか」と普段はまた整理し終えた同じ場所にしまってしまう。


でも今日は間違えた。





ページを開いてしまった。











つづきます。




Mon, February 01, 2010 17:25:56

お誕生日プレゼント、タイミングもプレゼント

テーマ:*あたしの息子たち2010

兄左京のバースディ。

ハッピバースディの歌も「さきょう~」だし、ケーキのろうそくの火を消すのも左京。


ケーキの前に、にいにの横に座ってはみたものの。

「右京だめね、今日はにいにがふうするね」と言われちゃった。



彼は2歳ながらに悟ったようだ、








そっか・・・


きょうは・・・


うきょうのひじゃないのた・・・






* 右京の日



楽しそうな兄の横で。

自分もやる!と大暴れするでも泣くでもなく、文句をつぶやくわけでもなく。


ろうそくを直視せずちょっと下向き加減でただ、ただ、少し寂しそうな顔をするだけの2歳児










かわいいんだよ!!!




平和の中にあってして、もっとも子供が可愛いのは「ちょっとかわいそうな時」です。


Richard won (今日から)33歳のブログにようこそ。




Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*-なんでも2個作れ



かわいいが、やはりそりゃずっとそのままになんかしておけない。

2歳でもこんな顔するの?こんな表情筋あるの?みたいな顔。


そっか、右京も一緒にやろうか、と言ってもう一度ろうそくに火をつけると、





ぱあああっ(´∀`)





と表情が明るくなり、拍手を始める右京。そうか、歌も歌いたいのね、じゃあ歌おうね。


で、なんだかんだ5回くらいつけたり消したり。





最近言うことをきかずだめだということばかりしている右京だけど、こういうときはものすごく空気を読むのよね。


左京がろうそくを吹き消す横で、ちょっと寂しそうに拍手だけしている右京のいる写真と、

(その写真では一応消える火を見ているけど、ほんとちょっとうつむいちゃってかわいそうだったのよ!)

左京と右京ふたりして仲良くろうそくを吹き消す写真が撮れました。


ヴィデオにはあたしの「寂しそうな顔かわいかったー!かわいかったー!」という喜びの声が残ってしまっています。ええ。



そんなんなので・・・ね。お誕生日プレゼントですが、





これ






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を、






2台。








「スティッチの“いいことカウンター”がいい!(・∀・)」


・・・と言っていた左京なのですが。



キックボードはちょっと前にお友達の家で借りたことがあったんです。

敷地がすごく広いマンションだから、(そしてお友達のパパが付き合ってくれたから、)練習し放題。

そこで「ねえ、お誕生日プレゼント、これにしない?」と仕向けたのでした。


目標のために善行を数えるような人生でどうする。(おもちゃにムキになってどうする





もちろん左京に1台、右京に1台です。

お友達の家では右京もキックボードを借りて遊んだので、箱を開けた瞬間にそれがなにかはきっちりわかっていました。


Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*-キックボード初お外


さっそくお誕生日翌日に公園で乗りました。

左京はもうすーすー乗っていましたね。自転車ほど重くないし動きやすいんだろうなあ。時々こけてたけど。


それからお気をつけください(笑)、左京と一緒にキックボードを楽しんでいるのはあたしではなくばあばです。

人生で初めて乗ったそうなんですが、それでもすんごい上手なの。あたし・・・そんなふうに乗れなかっタヨ!


右京はもちろんまだ乗れないので(でもなんか乗っちゃいそうな勢い)、あたしが支えつつゆっくり前進します。

右京はボードの乗ってるだけですが、それでも楽しそう。しばらくしたら寝ちゃって、あたしが抱っこしています。

写真の右下にまるい影が2つ重なっているようなやつ、それあたしと右京ね(笑


左京が心置きなくこれを楽しむためにも、右京用は必要だったのよ。

それに、右京はほら、お誕生日にミニカー4台だったし(これもどうだったのかと)、あってもいいなあとね。





楽天ショッピングの技を駆使して1台あたり実質4000円で買いました・・・

実質ね。ポイントバック分とかも計算に入れて。そんまんま5300円出さないよ 出したくないよ。

そういうのできるから楽天ってやっぱり便利で大好きだ。







確かに空気は読めるけど、その空気の読み方の前提に


「にいにがやることは自分もやる、にいにができることは自分もできる」


っていう認識があるだけに、やっかいといえばやっかいです。

「できる、が、それを我慢する」なのよ。だからきっちり我慢している。




キックボード、自分の分もあって当然な顔していました。ふふ。

ちなみに、この記事のトップの写真、幼稚園の「造形ひろば」で作った牛乳パックのカメラです。


当然のようにあたしは牛乳パックを2つ持って、2つ同じものを作りました。






2歳でも、自分のものは自分のもの、他人のものは他人のもの、と認識さえるべきか?


させるべきだと思う。



しかし、家族の中においてはまだまだ「にいにも、自分も。」を優先させていいよね。


右京も、お友達の家のお友達のおもちゃだったりするとやっぱり違うんだ。

にいに相手だからなんだ。








キックボードの箱を開封した後・・・


Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*-すねぼう右京


奥の部屋に置いてしまわれたキックボードに、乗りたくて仕方がないひと。

例によって「むにゃむにゃむにゃむにゃのに~。ちーとんむにゃむにゃむにゃむにゃのに~。」ってぶつぶつ言いながら

つっぷしてました。


そういうところはがまんしない。








* * *



私の誕生日のお祝いメールをたくさんいただきました。毎年恐縮です。ありがとう。

そして今年も



Bygones/顔に泥がついている育児ブログ+css*

また白玉をもらった。 (遠隔地だが) ありがとう美しい魔よけ よ。

ふつうやらねえよ、そこにいない人間のためにしらたまにろうそくぶっさすなんて・・・






※こどもの顔が明らかに分かる写真をネット上に載せることは大変危険です。私の場合、次男はまだ保育所に預ける等長時間離れることがなく、

  かつ今後顔に変化のあると考えるため載せており、長男の場合はそのままでは顔の造作の分かりにくい写真のみをピックアップして載せています。

  あるいはそのように画像編集しています。みなさまのところでこどもの写真を扱う際には十分お気をつけください。


 / / /この注意喚起文は毎回同じです。(2008.3.19~)/ / /



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