riant

失われた時を求めて Vol.318

2008-05-04 10:00:00
テーマ:愛される料理(メルマガ版)バックナンバー

料理教室&BistrotRIANTのメールマガジンです。
料理人・川名克典の料理セミナーでは伝えきれない
技術の裏に隠されているものを書いています。


それは、料理と人生をおいしくする秘密そのもの・・・。



  おはようございます。


  GWは、如何お過ごしですか?
  休みの日に、中目黒を買い物で走ると気がつくことがあります。
  別に中目黒じゃなくても、同じなのですが・・・・・。


  この場所は住居と、観光と、オフィスが渾然一体となってきて
  いるので、余計に感じるのだと思います。


  それは、まず・・・・・。
  街のスピードが遅くなる。
  そして
  街の笑顔が多くなる。
  それから
  早朝と深夜に音が無くなる。


  他にも気がつくことはあると思いますが、大きな事はこの三つです。
  これって、休みの時の各人の過ごし方と多分同じでしょう?
  
  それを大多数の街に存在する人々が行うと、当然街の風になります。
  「平和なんだな」とつくづく思います。

  
  やはり、みんな静かなゆっくりしたこの時間を求めているのでしょう。
  でも仕事は、・・・・?


  仕事となると、皆変わるんですね。
  「仕事なんだから、真剣にやれよ」
  「仕事を甘く見るな」
  「仕事は別でしょう」



  別とは、・・・・?

  真剣に行い、納期を守り、プロらしいけじめのある態度?
  でも、本来仕事だろうが休みだろうが変える必要が無いようにも
  思えるのです。


  僕など、「仕事」と「私事」が、重なり合う生活をしているから、
  そんな流暢な事が言ってられるのかもしれません。(笑)



  多摩美に入学したあと、僕は土建業でアルバイトを始めました。
  ドカタ、ダンプの運ちゃん、パワーシャベルやブルトーザーの運転、
  解体、建て前、下水工事、治水工事、道路工事・・・。
  砂利運搬、土砂運搬、廃棄物運搬・・・・。


  スキー部に入ったので、合宿費用でひと冬四十万ほど必要だからです。
  そして、僕の心は既に授業料すら親から出してもらうことを拒否して
  いましたから・・・・・。



  土建業は、ぼんやりしていると、時によっては命を落とすことも
  ありうる仕事でした。


  これは、僕の根性を変えました。僕自身が変わり始めたのです。

  仕事なんだから、が僕の中で正義になったのを今も覚えてます。
  仕事に関する事全てが優先事項になりました。



  僕一人の気持ちなら、その位でも・・・・・。
  街行く人々の心が、皆そうなら街全体はその風になるでしょう。
  
  あの頃の仕事モードが、正しいのか、正しくないのか解りません。
  自然にそうなりざるを得ない自分がいただけです。  


  とにかく、土建業は大きなチームプレーで、命にかかわるから
  真剣になりざるを得なく、誰に教えられたわけでなくそうなった
  に過ぎません。


  真剣になって、何故か言葉遣いが荒くなりました。
  真剣になって、何故か怒りっぽくなりました。
  真剣になって、何故か短気になりました。

  


  そうそう、合格発表日に、僕はよく行く画材屋へ行きました。
  お茶美に行かず、家でデッサンやら、なにやら、しているときに、
  画用紙や、ポスカラや・・・ステッドラーの鉛筆や・・。
  が必要になると、買いに行ったお店です。


  馴染みになった店の人に報告しに行くためです。
  その店から帰り道・・・。
  まだ、南武線が高架橋になっていなかった、それも焦げ茶色の
  恐ろしく古ぼけた電車が走っていた武蔵小杉駅前で、
  もう会うことも無くなっていた、彼女に出会ったのです。


  駅前で誰かと待ち合わせしているようでした。
  雨が降っていて、水色の傘をさしていました。


  僕は、彼女の前を通り過ぎようとする時に、ほぼ二年前のあの日と
  同じように、今度は僕の視線を彼女のまっすぐにのびた視線に
  重なり合うように動かしたのです。


  一直線になったその時、あの日のように時間が止まり・・・・。
  音が聞こえなくなりました。


  「あれっ、よし君」
  「やぁ」


  「元気だった?おれ、多摩美受かったよ・・・」
  「ほんとぉ、おめでとう。やったね(笑)・・・」


  「・・・・・・・」



  「今日はちょっと、友達と待ち合わせなんだけれど、
   夜とか・・・、電話していい?」

  「いいよ・・・」


  この日の夜から、彼女はよく電話をくれるようになりました。
  僕もずいぶん電話しました。

  今のように携帯が無いですから・・・・。
  家族の真ん中に鎮座している電話では、ちょっと恥ずかしかったのを
  覚えています。


  翌日、彼女は両手に花を抱えて僕の家に来てくれました。


  卒業して会わなくなって、約一年間。
  少し冷めた情熱が、僕を自然に喋らせたのです。
  そんな僕に、好感を抱いたのか、高三の時より彼女はずいぶんと
  親しげに、いろんな事を話してくれました。


  僕もこの一年で学んだこと、建築のこと、デッサンのこと、
  平面構成のこと、デザインのこと・・・・。
  とりとめも無く語り続けたのです。
 
  電話で、僕の部屋で・・・。


  僕たちが、世に言う恋人同士の関係になるのには時間は、
  かかりませんでした。


  あまりにも自然すぎて・・・・。
  僕は拍子抜けするほどでした。
  高三の新学期に求めていたものが今、ここにある。


  彼女も僕も、その頃は自分たちを全く同一線上に重なり合う者と
  感じていたはずです。


  僕が感じることを、彼女も感じてくれて、
  彼女が感じることを、僕も感じられた。


  何もかも、同一線上で物事を考えることが出来たのです。
  こんな事は、高三の時にギクシャクしながら話していた時には
  全く感じなかったのに・・・・です。
 
  また、他の誰とも、そんな感じを抱いた事はありませんでした。
  お互いに、それがすごく嬉しくて、毎日のように会いました。


  でも、僕は、土建業のバイトにいつしか真剣になってました。
  日々新しい自分を見つけ、新しい価値観を見つけ、新しいルールが
  僕の心の中に生まれ始めたのです。

  それこそ真剣になって・・・・・。


  最初のうちは、彼女も目を輝かせ僕の新しい価値観を聞いてました。

  でもそのうちに、彼女の中に困惑が生まれ始めたのです。
  僕と話しても、興味がわかなくなったのです。
  会うときの視線がずれ始めました。


  「よし君と会うときは、いつも雨なんだね」
  「おりゃ、土建屋だからな」
  「そうなんだね(笑)」



  と、そのうちこんな言葉が出てきました。
  「よしくんと、話をしていて前みたいに楽しくない」
  「いつも、仕事、仕事、ダンプがどうの、ブルがどうの・・・」



  土建業のバイトを始めて三年が過ぎるころ・・・。
  もう僕は学校へは行かず、完全に土建業の人間になってました。


  真剣になって、何故か言葉遣いが荒くなりました。
  真剣になって、何故か怒りっぽくなりました。
  真剣になって、何故か短気になりました。



  真剣になって、結局彼女を失いました。



  真剣になって、人は何故か道を間違える事があると・・・・。
  取り返しのつかない程、大きな代償を支払い知りました。
  
  

  その後、料理人の道を選んだ僕は、その失われた時を求めて
  彷徨っていたような気がします。
 


今日も、新しいインスピレーションを
迎える、そして、迎えにゆく
1日でありますように。 (^ー^)v

そして・・・

いつも 「ありがとう」


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