料理教室&BistrotRIANTのメールマガジンです。
料理人・川名克典の料理セミナーでは伝えきれない
技術の裏に隠されているものを書いています。
それは、料理と人生をおいしくする秘密そのもの・・・。
「これが落ちるまでに、平目おろせよ・・・」
そう言いながら、シェフは砂時計をまな板の横に置いた。
「えっ、勘弁してよ~。まだ洗ってないジャン」
「お前がでかい口叩くからだ」
佳生は、エラソーな事を言わなければ良かったと後悔した。
たまたま、「魚をどれだけ速くおろせるか?」なんて言い合
っていたから・・・。
ただ、理由があった。
佳生の料理人生の最初の店。
銀座の日本料理店に入ったとき、年下の先輩がいた。
まだ十八だった。
追い回し(雑用)をしていた。
彼が、まかないのイロハを教えてくれた。
教えてくれたと言っても、まかない料理の技術的な話で無く
て、これこれを買うなら新橋のスーパーで・・・。
これなら、裏の八百屋で・・・。(銀座にも八百屋はある)
豆腐はここで・・・。
一日に使えるお金はこれくらいで、経理の酒井さんに、二時
頃もらっておくこと・・・。
そう言った、ある意味技術より大切なことを教えてくれた。
まかないの技術は、全員に教わった。
同じ厨房でその目と鼻の先で十名の職人が仕込みをしている
最中、まかないの準備をしていれば、否応なくチェックされ
る。
全員が、それこそ勝手なことを言うのだから、たまったもの
ではない。
Aさんは、こう言う。
Bさんは、こう言った。
Cさんは、また違うことを言う。
・・・・。
どれが本当なのか解らない。
ましてやドシロウトなのだから、与えられた指示をどう処理
すれば良いかなど知る由もなく、ただ混乱した。
最初のうちは「はい。はい。はい」と動き回った。
「追い回し」と言う言葉がピッタリだった。
とにかく軽快に動き回る自分だった。
しかし、その姿はだんだんとはいつくばっている自分に見え
て来た。
疲れてきたのだ。
来る日も来る日も、動き回った。
そして、はいつくばるイメージに変わった時、それでも号令が
飛んできた時・・・。
彼の心から「はい」と言う素直さが消えた。
急に理不尽に思えてきた。
こんなにやっているのに、ねぎらいの言葉もなく・・・。
「奴隷」
本当に知る訳じゃない。映画や物語でしか知らないけれど、
そんな風に思うようになった。
今だから解ることがある。
誰が、彼を「奴隷」と決めたわけではない。
佳生が自分自身で、そう言う身分だと思っただけのこと。
そして自分で、自分を惨めに思い自分で自分を追いつめていた。
そんなことを、何年も、何処の店でもやって来た。
追い回しが終われば終わったで、その担当でそう思った。
十九の先輩が言った。
「半年のうちに君は泣くよ・・・」
佳生は心の中で、「絶対に泣くわけがない」と思った。
理由は、この仕事をするまでのんびり学生をしていたわけでは
ない。
土建業で命の危険と隣り合わせの仕事をしていた自負があった。
そして、その最中でいくらでも涙を流してきた。
ただ、この追い回しは、彼の体験していない「辛さ」だった。
そして、彼の予言は当たった。
但し四年後だった。
その先輩が辞めることになった。
もっと小さなところで、のんびりと仕事をしたいと言った。
もう一人、二十歳の先輩もほぼ同時に止めることになった。
病弱な父親の小料理屋を継がなくてはいけなかった。
佳生は、二十歳で店主と言う肩の荷の重さに驚いた。
でも、彼は最初から解って修行していたから、殆どの仕事を
こなせるまでになっていた。
チーフも「奴なら小料理屋ぐらい出来るだろう」と言った。
佳生の仕事は、その二人の分も入って三倍になった。
火を使う仕事が増えていった。
もう、すぐに教えてくれる二人はいない。
解らないことは、自分から聞かなくてはいけない。
そのお陰で彼の腕は毎日上がった。
自分ではっきりとそれが解った。
魚もおろしざるを得なくなった。
何といっても数が多いのだ。
こうして職人の数が多いと知らず知らずのうちに手が早く
なる。何も言われなくても同じ量の仕事が出来ない自分を
知ってしまうから。
一つ上の先輩の背開きしたキンキが十枚の時、佳生は三枚
だけなのだから。
とにかく速く、速く・・・。
そんなときチーフが辞めていった十九の先輩の話をしてく
れた。
「職人の数が少なくて、一人で魚をおろしている毎日だそ
うだ。なんだか惰性になってきたので、タイマーをまな
板の上に置いて平目をおろしていると言っていた。」
みんな静かに聞いていた。
佳生は思った。
何だ、人の少ない店でのんびり仕事したいって言っていた
のにタイマーと競争しているのか・・・。
職人に育てているんだ。自分で自分を・・・。
シェフが砂時計をまな板の横に置いた時、あの日チーフが
話してくれた先輩を思い出した。
魚を急いで洗い終わった。
乾いた布巾でくるんでまな板の上に置いた。
時計の砂は落ち続けていた。
落ちた砂は過去になる。
「今僕はこの一番細いところにいる。
僕は砂なのか、この細い硝子なのか・・・。
これから何分でおろせるだろうか?」
彼はふと思った。
未来の砂が、どんどん減って行く。
いつも過去が今とつながって、今が未来とつながって・・・。
未来はアッという間に過去に変わってゆくから・・・・。
ぼんやりしていちゃもったいない。
寝るのも休むのも必要なのだから・・・・。
せめて起きている間は、精一杯していないと・・・。
でも、挽回のチャンスはある。
佳生は、外側のヒレを切り取った。
平目の皮を引いた。
背骨にそって包丁を入れ、5枚おろしにしようと思った。
チラッと、砂時計に目をやった。
「あっ」未来が無くなろうとしていた。
間に合わない・・・。
彼は砂時計をひっくり返した。
「これなら間に合う」
過去は未来へつながった・・・。
いや、佳生が自分で未来へつなげた。
そして・・・。
彼は、無心に平目をおろし続けた。
落ちる砂の速さと同じに・・・。
今日も、新しいインスピレーションを求めて・・・。
引き寄せる一日でありますように。 (^ー^)v
そして・・・
いつも 「ありがとう」
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