ストレスケアカウンセラー 渡邉義夫のブログ「自分を高める方法」

生命の中枢である脳幹部、健康をコントロールしている脳幹部、幸せを感じる脳でもある脳幹部。
脳幹部のケアの重要性を綴ることに現在集中しています。


テーマ:
こんにちは。
リ~エルームのよっちんこと渡邉義夫です。いつもありがとうございます。


一昨日の記事に大阪でケアをさせていただいている方の体験談を

写真ではなくて、私が画面に書き上げていきますと書きました。

その記事を、大阪のAさんが読んで下さったようで

そのままメールで送ってくださいました。

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ありがたいです。

Aさん、ありがとうございます。

Aさんにお礼をと思って電話をかけてお話しした時

「私の体験談が、
オルゴンをこれから求められる方や
オルゴンを続けていくべき?
とか、悩んでいたり、迷っていたりしている方のお役に立てるのであればと思っています。」

と、勇気の湧く言葉をいただきました。


Aさんの体験談は3部に分かれていて、その時その時の気持ちの変化、なかなか変わらない現実とどう向き合ってきたのかを、書かれております。

一気に載せたら、結構な量になるので、一部ずつ分けてご紹介させていただきます。


「はじめてのオルゴン
 
初めて渡辺先生にお会いした時、思っていた“おじさん”みたいな人とは違って、
今どきのEXILEみたいな人だな。と思った。なんせ若いのだ。
若いといっても2013年4月には私も38歳のおばさんになっていたから、若くも見えるはずだ。
 
私は買いたての車椅子に座って、なんだか申し訳ないようなみじめな気分だった。
母は、「最後の療法」という本の広告を新聞で見つけ、すがるように本を取り寄せ、熱心に何度も読んでいたようだ。
渡辺先生が家に来て下さり、軽い診察のような事から始まった。「どうしたんですか?」と話されただろうか。私は「医療事故みたいなものにあって。。。」と端的に話した。なんせ体が重い。お米を
10kg程肩からしょってる程に重いのだ、と言った。そしてこうも言った。『3秒立ってられない。』と。
 
私は、2009年の医療事故から人生が終った気分のようなものだった。だんだん体が重くなり、横になっている時間が増え、3年後には立てなくなってしまったのだ。
自分がもう元の生活に戻れるなんて思うことすらおこがましかったし、期待する気力すらも持ち合わせてなかった。ただ、両親と夫が死んで、1人この部屋で息をしているだけならどうなるんだ?とか、誰にも見つからなかったら、これ以上の痛みや苦しみもなく都合よく死ねないだろうか?と、自分でもよくわからない平常心と恐怖の中にいた。
そんな寝たきりの毎日がおおよそ1年半も続いたのだ。
 
渡辺先生は困ったナーなどと狼狽する様子にも受けとれなかったし、営業マンのように「いーんですよ、コレ。」とニコニコする風でもなく、真剣な面持ちで「じゃあはじめますか。」と心に誓うように言った。
 
足の親指から。聞いていたとおりの痛さだった。本の中では痛さのあまりタオルを噛んで挑んだ人がいるという。
“何をするんだ!”と私は心の中で何度も叫び、お産をしている妊婦のような声が出た。
「うーーー。イィーーー。イーーー!!」
でももしかしたら。とも思った。悪くなったのならば良くなる可能性だってあるんじゃないか、と都合よく考える自分に“まさかイヤらしい”ともよぎった。
母と夫にしがみついて「いたいよー」と涙声で訴えた。のこぎりで指が切られているような痛さ。
母は、「痛ければ痛い程いいのよ。」なんて言っていたが、夫は“オレをなぐってもいい”という風で、いっしょに施術を受けているような心もちだった。と後から聞いた。
 
“いつ終るんだろう”眉間にしわをよせる私に先生が、「指が1本ならいいですよね。」なんて事を言った。 解ってない。本当に痛いのだ。ヘタすりゃ先生をなぎ倒すくらいに痛いのだ。
そこで私は「先生はオルゴンで施術された事あるんですか?」と、これ程の痛みが解るはずもないだろうという意地悪な質問を投げかけてみた。「ありますよ。」と言い、初めてオルゴンを経験した時には拷問をうけているようだった。逃げましたもん。と答えた。その痛みが解るのになんとかならないのかと言いたくなったが、“それにしても痛い。何かあるのかもしれない”と少し期待をしてしまう自分もいて、何て私という人間は欲が深いのだろうとあきれたりもした。
 
四月だというのに大量の汗をかき、Tシャツを2枚着替え、ようやく終り、立ち上がった。
やはり、3秒、立てる。が。重い。この重みを正直1回で取り払える「奇跡」が私にもあるんじゃないかと、ひとかけら思ったが、施術前と重みは変わらない。
やっぱり車椅子に座る。
今だから正直に言います。
「先生、あの日私、奇跡起こらなかったよ。」 
ただ、へんだなあと思ったのは、体がぷよぷよとした。
自分が水風船になって、ふとももやお尻をさわると水風船をつついてるみたいにぷよぷよとした。
 
私は先生に帰りしな「私よくなりますか?」と頼りなく言った。
先生は「はい、よくなります。」と真剣な顔で答えた。私はウソでもいい。と思った。何か1つよくなるかもしれないとすがれるものがあるなら、この人にウソをついてもらいたいとさえ思った。
 
「私は。。。こんな体で診てもらえる病院もなくて、せまい寝室で1人で死んでいくんだろう、もしかしたらホームレスになって誰からも見つけられずに死んでしまうんじゃないかと思う時があるんです。でも、そうだとしても1度だけ。大好きな脚本家の先生のお芝居を観に行きたいんです。」と、言ってる途中から涙がぽろぽろとこぼれ、最後はおえつに変わって号泣した。
 
私の大好きな作家は私の寝たきりでの生活の中で、なんとかギリギリふみ止まっていられる最後の『好きなもの』だった。この人のお芝居を観られるなら死んでもいい。なんて思わせるくらい何度もこの作家の本を読み、苦しみから、恐怖から逃げおおせた。
 
渡辺先生はもう何も言うまいというように私の背中をなでてくれた。
あの日の事は一生忘れないだろう。
 
私は今、1つの奇跡に気づいた。箸を持つこともおっくうで、パンばかり食べていた日々。しかし今、車椅子ではなくリビングの椅子にすわり、ノートにこの字を綴っているのだ。
 
2014.9.24 」



 
 
 
 
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