ポータブル・メモリーズ

一人でも傷ついた夢を取り戻す・・・はずだったのに


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ついこの間、箱根駅伝で神奈川大がシード権を12年ぶりにだか獲得したのを
自分のことのように喜んでいた記憶があるが
1月はいつのまにやら終わり、2月になっていた。
 
 
その間に長女と次男が相次いでインフルエンザになり、
ウチはちょっとあわただしかった。
 
次男が生まれてから
毎年、次男の誕生日前後に行っていたTDLに今年は行かず。
前述のインフルのせいではなく、
もう長男も小学生であることから。
学校を休ませてまで行くものではないと考えたから。
 
とか言いつつ2月に行く予定を立ててますが。
 
 
ウチは冬にばかりTDLに行くなぁ・・・
 
 
とある駅伝で2キロが8分30秒ほどでした。
今の自分にしてはよく走れたほうなのかもですが、
昔を考えるならば(高2,3ぐらいは1500mが4分台ぐらいいったわけだし。まぁ4分50秒台でぎりぎりですけど)
もう少しできるべきだよなとか思う。
今年は8分切れるくらいまではがんばってみよう。
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「Liar!Liar!」がヘッドホンの奥から聴こえる。

 

帰り道のコンビニを出た。

 

12月の空は遠く高くて、

空気は冷たく澄んでいる。

 

明日は何をしよう、

そんなことを考えながら家へと歩く。

 

やらなきゃいけないことがあることはわかっている。

こんな風にフラフラしている場合じゃないことはわかっている。

 

 

時間は有限であることは知っている。

 

 

でも、明日は何をしようか考えている。

 

 

まだ取り返しのつかない時にはなっていないから。

 

 

きっと何とかなるから。

 

 

今までだって何とかなってきたんだから。

 

 

他に遊んでいるような奴らだっているんだから。

 

 

大丈夫、

 

 

きっと春には何とかなっている。

 

 

そのちょっと前に、ちょっと本気出せばいいのだから。

 

 

だからまだ何もしない。

 

 

明日は、何をしよう。

 

 

 

----------

高校3年の冬、6月以降ほとんど勉強することもなく、

勉強してる振りだけをして生きていた。

部活もなくて、やることもなくて、自適な日々だった。

勉強しないといけないとは知っていた。

センター試験が目の前なことは知っていた。

偏差値が下がっていっていることも知っていた。

それでもどうにかなるんじゃないかと思っていた。

今まで失敗したことはないから。

最後に本気出せばいいとか考えたまま年は明けていき、

センター試験前日に英単語の本を少し読んだくらいで、受験会場に向かった。

 

強気だったわけではない。

弱気だった。

勉強しないことで、自分に言い訳を作っているだけだった。

 

言い訳を積み重ねて

敗戦の理由を作っていた。

何もしてなかったから受かるわけはないと。

 

何も得ていない高校3年の冬。

更にいろいろ失っていくことをなんとなく予感しながら

それでもダラけた日々を過ごしていき、

春に大きな後悔をする。

 

 

18年経ってみて考えてみると

あれはあれで必要な日々だった、と言える。

 

 

それがわかるには7,8年ぐらい必要だったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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IT系ベンチャーの内々定を持って迎えた4年の春。

 

桜舞い散る大学のキャンパスに行くと

スーツ姿の同級生があちらこちらにあった。

 

私はと言えば、私服でいることが多く

内々定を持っている余裕みたいのがあった。

それでも「もっといいとこあるんじゃないか」なんて思いながら

リクナビを通じて、

相変わらずエントリーは続けていたし、いろんな説明会にも行き続けていた。

 

その一方でファミレスのバイトも続けていて、

週3,4ぐらいで自由が丘には行っていた。

 

 

4年の4月ごろと言えば、

某週刊少年雑誌で有名な出版社を受けたりしていた頃だと思う。

IT系ベンチャーを受けた後に、出版業界を受けているわけだが、

どちらかと言うと、当時は出版業界に行くのが本命だったと思う。

ただ事前に詳しく企業研究をしていたわけではないし、

自分が小さい頃から読んできた雑誌の出版社がいいな、ぐらいの気持ちだった。

 

本当にこういうところに入りたい人は

企業の研究もしっかりしてくるんだろうし、

過去の試験や面接対策もきっちりしてくるんだろう。

それをせずに挑む時点で、当時の私は甘かったと思う。

 

好きな本10冊とかを書く手書きエントリーシートが運よく通過し、

(確かホーキングの宇宙本とか東野圭吾とかDRAGON BALLとか適当に書いた気がする)

1次面接に挑むことになり、私はその会場に向かった。

 

会場についてみると、明らかにIT系ベンチャーとは違う雰囲気だった。

面接対策本を読んでいる者がいたり、

自分のエントリーシートのコピーを見直しているものがいたり、

談笑していたIT系ベンチャーとは明らかに違った。

 

「ああ、これが就職活動なんだな」とか他人事のように思いながら

グループ面接に挑み、みんながしっかりとした志望動機や学生時代に打ち込んだことを言っていく中、

「自分が入る出版社はここだなと思ってました。

大学生になって最初に観に行ってみた出版社だったからです。

どんな仕事をしたいか?

(具体的な仕事内容をわかってないので適当に)Web出版でどうやって儲かるかを突き詰めたいです。

紙媒体側はいろいろ進めているベテランが多いだろうと思うので(面接官に笑われる)

新人以下の自分がこんな風にやるとかベストなものは見つけにくそうで、

まだ未開拓なWeb出版での儲けは今リードすれば10年は勝ち誇れそうだと思ってます」

 

「学生時代の半分以上はファミレスのアルバイトです。

身についたのは一人暮らしでもできる料理技術とクレーマーのあしらい方です。

クレーマーには強いです(面接官また笑う)

あ、学業についてですか・・・、経済学部なのに恐縮ですが、経済はつまらなくてですね(また笑われる)

宇宙科学の一般教養が一番興味持てました。ええ、そっち方向に進めばよかったですね」

 

といった感じだった。

 

まぁ駄目なんだろうなと思っていた。

 

 

そしたら通過の連絡がきた。

(ここを通過できてしまったので、面接は面接官を笑わせればいいんだとか勘違いするようになった)

 

次に筆記試験を受けた

(この出版社は1次面接のあとに筆記試験だった)

やたらと難しい筆記試験だったという記憶がある。

自分でも全然できていないという自覚があったが、2次面接に進むことができた。

 

そこでも1次と同じようなことを言ったのだが

今度は面接を通過することはなかった。

1次とではよくて、2次では駄目なのはどうしてだろう?

 

その答えはわからないまま、次々と説明会や面接が嵐のようにやってきた。

 

 

新歓コンパに明け暮れている1年生たちを最早遠い存在のように思いながら

4年の4月は過ぎていった。

当時の就活ノートを見る限りでは、この時点で内々定は2社。

いつのまにか増えていた1社は、2016年の私には何の会社かすら思い出せなかった。

 

ググってみたが、やっぱり何の会社かよくわからない事業内容だった。

ノートによるとSPIと面接2回だったようだが、ありふれた質問でありふれたことを言ったのに

内々定が出るあたり、面接側もあまりやる気がなかったか大量採用前提だったのかもしれない。

 

この後、

4月の終わり、一旦富山に戻り、

富山での就職活動をしてみることとなる。

そこは横浜での活動とはまた異なるものが待っていた。

 

 

 

つづく、かも。

 

 

 

 

 

 

 

 

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