Singleがん患者の幸せ探しの旅

31歳独身で卵巣がん&オストメイトになってしまった・・・けど幸せな毎日を過ごしましょ。

自分の可能性を自分で否定せずに、免疫力UPのためにも楽しい毎日を送らなくちゃ♪

ご訪問ありがとうございます。

卵巣がん治療中+オストメイト(ストマ=人工肛門保有者)のれひと申します。

「100の質問」 に答えています。 また、現在までの治療の経緯は、コチラ をご覧になってください。
びっくりのステージⅣ! 大丈夫だっv(^-^)v 希望を持ち生きています。
部位にこだわらずあらゆるがん患者さん、がん疾患ではないオストメイトの方も、いらっしゃいませ!!
ご家族ももちろん、その他のみなさまも。

まだまだ治療中ですが、スケジュールと体調と相談して、休職中ですが「遊ぶ」患者です♪

よろしくお願いします(*^ー^)ノ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんにちわ。れひの妹のきぃです。

姉は、2007年9月7日に、新しい世界へ幸せ探しの旅へと向かっていきました。

姉の残したこのブログは、同じがん患者の方・そうでない方 どんな方にも見ていただきたい内容です。

人間が生まれ育ち生きていく意味・・・ 

病気でも健康でも、みんな一人の人間

みんな、悩みを抱えながら生きていく。

辛い内容もあるけれども、きっと勇気と希望が沸いて、乗り越えたい山に向かって忍耐を持つことができるようになると思います。

これからは、姉が残した言葉や、伝えたかっただろう事を、姉に代わって私きぃがみなさまに伝えて行きたいと思います。

宜しくお願い致します。

               ★HOPE★

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2007年8月に、姉が緩和ケアの一環として、臨床心理士さんと作成した『ディグニティ・セラピー(愛する人に残すメッセージ)』が、臨床心理士さんから届きました。
全てを紹介することは出来ませんが、一部皆様にもお伝えさせていただきます。


私が生涯で一番生き生きしていたのは、病気になる前の29歳から31歳くらいの頃です。
税理士の試験が終わり、いろいろなことが少し落ち着いた頃でした。
30歳のとき、彼に出会い、海や山へドライブに行ったり、温泉や海外旅行に行ったりして、これまで経験できなかったような自然を感じることが出来ました。
長い期間ではなかったけれど,彼と一緒に過ごせて、知らなかった世界を知ることが出来て幸せでした。

中略

今は自分自身が辛いけれど、長い人生で考えたら、割合としては幸せな期間の方が長かったと思います。
病気を告知された後とか、手術の後、今の状態は辛いけれど、この病気になった2年間のうち1年は、化学療法をしながらも彼と出かけたり、楽しいこともたくさんありました。
もし、私が死んでしまっても、最期が辛いとずっと辛い一生だったと思われてしまうから、そうではなかったことを伝えておきたいです。33年間、本当に幸せだったし、それは家族のお陰です。

中略

病気になってから、生活が違ってしまうから、元気な頃の友達とは疎遠になってしまって、寂しかったです。
でも、たまにメールをくれる友人たち。単に『頑張って』でなく、良くなることを信じていると言ってくれて本当に嬉しく、その言葉に励まされ力をもらっています。
インターネットのブログを通して、沢山の友達に心配してもらい、いっしょに頑張ろうと言ってもらったり、励ましてもらったり、一人じゃないんだと感じられるいい関係があるのが幸せです。
特に、入院してから実際に面会に来てくれた、ねこたさん・すみちゃん・桜たん・シホンさん・riderさん。本当に力付けられて感謝しています。

中略
愛する人たちに対する私の希望は、自分の身体を大切にしてほしいと言うことです。生活習慣病などは予防できるし、健診などはどんどん受けて欲しいと思います。
お父さんもお母さんも、本当に身体を大切にしてください。


私が学生の頃に読んだ本の中に、好きな言葉があります。
宮本テルの『春の夢』にある、「勇気と希望と忍耐があれば、どんな山でも乗り越えられる」というものです。
特に病気になってからは、私は「希望」と言う言葉を、意識するようになりました。その言葉のもつ意味の大きさ・・・
いろいろなことに対して、希望は持つべきだと思うし、皆も希望を持て生きて欲しいと思います。
でも実際にはこの全てを兼ね備えていることは難しいと思います。この言葉の重みに押しつぶされないように、時には力を抜くことが必要です。

中略

最後に心理士さん
病気になったときから、ずっと手紙を書き残しておきたいと思っていました。でも、元気な頃はそこまでするのが難しく、病気になってからは書けなくなってしまって、
思っていることを話せない・言えないもどかしさを感じていました。
その願いが、こういう形で実現できて、今本当に気持ちが落ち着いています。

これは、私が生きていた証拠です。

以上



中略の部分は、家族などに宛てた文章が綴られていました。
ここに、数名名前を出させていただきましたが、名前を出してない方々にも、沢山支えられていました。
姉の荷物を整理していたら、ある日のブログコメントが印刷して保管されていました。それには、コメントして下さった方の、年齢や住んでいる所、病名や治療について、など皆様一人一人の情報を書き込み、蛍光ペンで線が引いてありました。
特に、落ち込んだとき、この様に皆様の言葉とそれぞれの状況を把握しながら、何度もくり返して読んでは、心を落ちつかせていた様でした。


彼の事ですが・・・
彼は姉と旅行した場所を、一人でゆっくりと周っているようです。先日、そのお土産を持って姉に逢いに来てくれました。
抱えきれないほどのお土産を手に・・・そして、姉との旅行の思い出話をしていってくれました。
彼も、一人で頑張っています。色々な思いがあるかもしれませんが、私はこうしながら、彼が少しずつ心の整理ができることを心から願います。


私は、姉が入院していた病院の看護師です。去年の9月から産休・育休で今月22日から職場復帰の予定でしたが、1ヶ月のお休みをもらい、実家の片付けや姉の荷物の整理をする予定です。
この場を借りて、姉の残した言葉など、十分に皆様に報告することができました。
この辺を区切りに、私がこのブログを更新していくことを止めようと思います。
このブログを、何らかの形で社会に投げ出し、多くの方に見ていただけるように、ただ今検討中です。
今まで、沢山の方に見ていただき、そして沢山の励ましをいただきました。本当にありがとうございました。
またいつか、どこかで皆様に会えることを目標に、今日のこの記事で更新をすることを終わりにします。
ありがとうございました。  
m(_ _ )m

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このブログを見ていてくださる皆様、ありがとうございます。
そして、コメントに返事が出来ないでいるにもかかわらず、コメントしてくださる方々、本当にありがとうございます。
姉が、夜中遅くまでパソコンに向っていて、朝起きられないでいた事が、納得できます。
皆様と触れ合いたくて、いつもいつも夜更かししていたのでしょう。



さて、久しぶりですが、本日は姉の溺愛していた私の息子のゆうと(10/21で満1歳を迎えます)について・・・です。

かなりのやんちゃモノなので、人の顔はペンペン叩き、手にしたモノは、2割かじって8割方放り投げる・・・。
姉の調子がいいときには、点滴のルートや尿道カテーテルを握ってはブンブン振る・・・病室の床にレジャーシートを敷き、ハイハイ・つかまり立ちし放題・・・    ((((((ノ゚⊿゚)ノ
このゆうと、8か月の時から姉が痛みを訴えたり泣き言を言ったりすると、決まってうつむいている姉の顔を覗き込みながら、一芸の『万歳』をするようになりました。
また、優しく姉の顔をナデナデするのです。
勿論、他の人にはしません。一芸は、気分の乗っているときにしかやりません。
しかし、弱音を吐いている姉に対しては、違っていたのです。


そして、旅立った姉に合わせたときです。ゆうとはやはり姉の顔を優しくなで始めました。
まだ、10ヶ月の子供が何をどう理解しているのか分かりませんが、彼なりに姉の存在を理解していたのでしょう。

今のゆうとは、私が実家で姉にお線香をあげる時、手を合わせます。
ご飯や飲み物が置いてあるから、『いただきます』と勘違いしているのかと思いましたが、自宅にある、遺影と同じ写真の縮小写真(お別れ会をしたS典礼の方が、小さな大理石に遺影の縮小版を貼り付けたものをサービスしてくださいました)を見ても、手を合わせているのです。
そして、それを私の手からとり、胸に抱きました。とは言っても、胸に抱いたつもりでしたが、重みで下がってしまい、厳密にはオマタに抱えていましたが。 (^▽^;)
彼なりの理解があっての行動なのか、はたまた、姉が後ろから手を出してそうさせているのか・・・ (^o^;)
ま、悪いことではないので、よく褒めてやってます。



姉は、「ゆうとの記憶に残りたい。それまで生きていたい。」とよく言っていました。
ゆうとが、今の事を記憶していることは難しいと思います。

けれど、一緒に撮った写真があります。ビデオもあります。
姉が、ゆうとを可愛がり、世話をしていた事は、紛れもない事実であり、証拠も残っています。
それを見せながら、姉との日々を、私が姉から教えてもらった病気の人の心を、病気の人や弱っている人を思いやり助ける心を、しっかりと伝えて生きたいと思っています。
人間とは、経験で考え方や心が変わっていくものだと思っています。
何の痛みもない人は、幸せですが、痛みの分かる人間にはなりにくいのが事実だと思います。
けれど、経験者が伝えていくことで、それをリアルに感じることが出来、経験者のような感情を持つことが出来ます。


姉が病気になったこと、この意味は、ゆうとが心優しく豊かに、そして痛みの分かる大人に育つように・・・も含まれているのではないかと感じています。

ゆうとを抱っこしながら、「今まで生きてきた中で、こんなに可愛くて可愛くて仕方のないものって初めてWハート」 そう言ってくれた姉に恥じないように、命のバトンをしっかりと繋ぎ、伝えるべきことはしっかりと伝え育てててゆきます。
ちゃんと見ていてね、お姉ちゃん ('-^*)/

                                                            きぃ

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皆様から沢山のコメントをいただいて、心温まる思いでいっぱいです。
それなのに、お一人お一人に返事が出来ずに申し訳ありません。
このブログはもちろんのこと、皆様のブログ内でも姉のお話を出していただいて、とても嬉しく思うと同時に、こんなにも多くの方々から思っていただけている姉を改めて凄いと感じています。
皆様それぞれ、色々な事情を抱えているのにも関わらず、本当にありがとうございます。(´∀`)



さて、姉のお別れ会の事、紹介してくださっていた方もいましたが、改めて私の方からも報告させていただきたいと思います。

まず、7日に旅立ち、15日にお別れ会を行った経緯から・・・


随分前の事でしたが、姉が言っていました。
「もし、私に万が一の事があったら、会社の人や東京や遠くのお友達も来られるように、みんなの仕事の邪魔にならないように、お葬式は土曜日にして欲しいな。花は、菊とかなんかはやめて、洋花がいいな。そのほうが可愛いよね。」
この言葉をもとに、私たち家族がもぬけの殻になっている間に、家族同様に姉の看病をしていてくれていた叔母のじゅんこちゃんが、話を進めてくれいました。
そうして、親戚で密葬をおこなってから、一週間後の土曜日にお別れ会という形で本葬を行うこととなりました。


遺影のお写真は、病気になってから行った北杜市明野のひまわり畑の写真を背景とし、そこに病気になる前にメキシコのサボテンの前で撮影した最高の笑顔の姿を重ねました。
祭壇の中央に白い洋花で縁取られた、背景がひまわりの笑顔のお写真。
そのまわりは、本物のひまわりを敷き詰め、そして白や緑をメインにピンクや黄色の洋花で、まるでお花畑に川が流れているような、そんな感じの雰囲気に仕上げていただきました。
また、祭壇には名前の札を挿さず、会場の外にお花をいただいた方の名前を表示させていただきました。
後に担当の方が言っておりましたが、お花関係の方々が、つい力が入ってしまい、いつになく夜遅くまでバランスやデザインに凝って頑張ってくれていたようでした。

お焼香台にも、お花を散らしかわいらしくまとめていただきました。

そのお陰もあって、まるで芸能人のお別れ会のような、素敵な感じに仕上がりました。


会場の外には、思い出のコーナーを作っていただきました。キラキラ
白のオーガンジーをクシュクシュとした上に、薄紫色やピンク色のお花を散らし、ライトアップした台。
その上に、引き伸ばして額に入れた一番輝いていた頃の笑顔の写真4枚とブログのコピー、荷物の中から出てきた殴り書きのメモを打ち直したもの2枚、去年の朝日新聞に掲載された記事を飾りました。


そして、350人を越える方々が訪れてくださり、建物の2階の会場から1階のロビーまではみ出てしまう人が出てしまうくらい、大勢の方々に来ていただけました。
1階では、モニターで会場の様子が見ることが出来たようでしたが、失礼がなかったかどうかが心残りです。
返礼のお品は、姉だったら絶対に言いそうなものをリクエストして、担当の方に探していただきました。
去年、姉が願いをこめてピンキーリングを買った横浜にある、某ホテルのティーケーキ2種類とコーヒーのセットにしました。
多分、姉も頷いてくれているものと信じています。


また、お別れ会に都合があわず来られなかった方々が、自宅に来てくださったり、自宅にとお花を送ってくださった方や電報を下さった方々の沢山いて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

m(u_u)m


ここで、先に書いた姉が残していたメモを紹介したいと思います。

[HOPE]
自分の可能性を自分で否定しないようにしよう
生きている幸せを実感しよう
病気になった『意味』を考えよう
強く やさしくなりたい
希望を持つ
感謝の気持ちを伝えよう
『私は幸せだったよ』と心から言える人生を送ろう
いろいろな『気付き』をいただきました
『仲間』とその出会いに感謝します

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・          

ずっと 心配ばかり掛けてごめんなさい
不安な気持ち あたってばかりでごめんなさい
本当は いつもいつも感謝しています
お父さんやお母さんが願う私になれなかったけど
私は自分で選んだ道を進んできたことは
後悔はしてません
病気になって 今までの努力 幸せを忘れてしまいそうになるけど
それまでの私には誇りを持っています
これからも 幸せな人生だったと心から言えるように
まずは 今を乗り越えたいと思います
それまで 申し訳ありませんが 見守ってください
いつもありがとう



以上です。
後のものは、両親に宛てたものだと思います。
両方とも、いつの時期に書いていたのかは分かりませんが、自宅の引き出しから出てきたものです。
もしかしたら、姉の事だから、年の始めか、4月の誕生日辺りにかいていたのかな?と思っています。


ここまで、こんなことも書いていいのか・・・とも思いながら書いてしまいましたが、最期まで東京でバリバリと税理士として働いていた姉らしく、素敵なセレモニーが出来たことを、皆様に報告したくて書かせていただきました。
もし、気分を害してしまうようでしたら、申し訳ありません。


また、ゆっくりと姉の言葉を残して生きたいと思います。


                                                       きぃ

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気になっている方も沢山いると思いますが・・・
そう、彼の事です。姉と彼は逢えたのか・・・



姉が旅立った7日。その事実を知っていたのは、家族と親戚、あと同級生で研修医のEちゃんのみでした。
その7日の夜のことです。私たちは、もちろん実家へお泊りしました。


姉の部屋で眠りに着いたゆうとがいつになく突然泣き出しました。ゆうとが寝ている部屋へ行き、やっとこ泣き止ませると、今度は姉の携帯が鳴り出しました。

∑(゚Д゚)
液晶には、彼の名前が・・・  
『出るしかない。私が伝えなきゃ』と気合をいれ、電話に出ました。
そして事実を伝えます。

彼はまるで私がふざけているように感じたようで、全く信じる様子がありません。
しかし、彼と電話をしながら姉へ『電話だよ。電話を掛けてきてくれたよ。良かったね。』と伝えると、さすがの彼も、事態を理解した様子で、動揺している様子が伝わってきました。

そして、彼『今すぐ会いにいっていいですか?すぐにでも逢いたいんですけど』と。自宅から彼の住んでいる所までは100km以上。そして時刻は0時を越えていました。

2時間ほどして、姉は彼と11ヶ月ぶりの再会を果たしました。彼の様子は言うまでもありません・・・
彼と私たち家族は、30分程お話をして、その後1時間ほどでしょうか、彼と姉は二人で過ごしました。
そして彼は、少しの間、私たち家族と話をし、『お通夜とお別れ会に、また来ます』と言って、帰ってゆきました。
彼が帰ってから、何となくですが、姉は彼と一緒に行ってしまった様な、そんな感じかしました。


そして、私には感じました。姉は喜んでいると。女として、数日前の調子の悪い時期には、大好きな彼には見られたくないと言う思いがあったに違いありません。
旅立ちを決めて、安心した自分に逢いに来て欲しかったんではないでしょうか。
だから、姉がそうしたんだと思います。まず、彼に一番に知って欲しかった。彼に一番に逢いたかった。
だから、眠りについているゆうとを泣かせ、携帯が置いてあるその部屋へ私を行かせて、そして彼に電話をさせた・・・
間違いなく、姉の仕業です。なかなかやり手です。こんな場面でも感心します。

( ̄ー ̄)


余談ですが、姉は入院のときでも、お泊りのときでも、荷物が多くて有名でした。
もちろん旅支度も立派でした。
私のお下がりのウェディングヴェールにグローブ・高校時代の友達が持ってきてくれたドレス下着・従姉妹たちが探してくれたウェディングドレス・・・ワンピース
結婚する気満々で旅立ってゆきました。
あっ、彼の写真も持って行っちゃったので相手が見つかるか心配ですが。
服装は、職業柄スーツにパンプス、そして運転免許証やパスポートも持って行きました。
きっと、今頃好きなところへ行って楽しんでいるはずです。


旅支度を見た彼は・・・
『僕が行くまで待っていてくれるかな・・・』と
それを聞いた私は、思わず『うーん・・・待っていないかな・・・?』なんて意地悪を言ってしまいました。
きっと、姉は一瞬喜んだに違いありませんが、冷静になって考えたはずです。
『彼は彼の世界で、出来るだけ普通の幸せをつかんで欲しい。私はこっちの世界で幸せになる。』と。
ずっと一緒にいた姉妹の私が言うのだから間違いないです。
私たち家族は、皆で姉の旅立ちを受け入れる努力をしていますが、彼は一人です。もっともっと辛く苦しいはずです。
姉は言ってました。『彼には、普通の幸せをつかんで欲しい。私といるとそれが出来なくなってしまうから。』
だから、彼には少しずつ心を入れ替えて、姉が望む人生を送っていただきたいと思います。
時間をかけてね・・・

と言う訳で、彼の貴方。。。これからご自分の幸せを探してつかんでください。私たち家族からもお願いします。

m(_ _ )m


 
*追伸
PCのパスワードが分かったので、PCからアップしてみました。

まだまだ姉の引継ぎは続きます。


                                               きぃ


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沢山のコメント、ありがとうございます。お一人お一人に返事が出来ないこと、お許しください。_(._.)_
全て印刷し、姉のもとに置いてあります。あっ、そうは言っても、姉は私と一緒にのぞき込んでいると思いますが…

姉が、こんなにも多くの方々から愛されていたとは… そして、皆様からの暖かいメッセージで、私たち家族の感じている喪失感が、和らいでいるのも事実です。 ありがとうございます。
霜月さんの「今はあけることの出来ないカーテンの向こうで笑っているよね」
この言葉には、まるで魔法を掛けられたような感覚を覚えました。緊張していた糸が、程よく緩んだそんな感じでした。



携帯の中から8月28日付けの、姉の言葉が出てきました。
もっと長く生きて、結婚がしたかったな、子供を産みたかったな、もっとバリバリ仕事をしたかったな、わかりやすい親孝行をしてあげたかったな、つまり人生において「何かを成し遂げたかった」という気持ちに未練はない…と言ったら嘘になります。
もちろんそういった「達成感」もまだまだ味わいたかった。
ただ、それよりも「毎日を普通に過ごすこと」そのこと自体に幸せを感じます。

この時点で、姉は何かを感じていたのでしょうか…

これを書き留めていた翌日29日は、私の31歳の誕生日でした。姉が病気になった31歳です。姉の体調が気掛かりで、私たちは、誕生日どころではありませんでしたが、姉はその数日前、私の夫にこんなメールを送っていました。
[我が弟へ]
いつも心配してくれてありがとう。たくさんの愛を感じています。
さて、来週は我が妹のバースデー
妹夫婦に感謝の気持ちを込めてプレゼントを贈りたいと思っています。ただ、この身では買いにいくことなんてできず…。
考えたのですが、温泉旅行をプレゼントしたいなーと〓
中途半端な金額ですが、二人で5万円までカンパさせていただきます。ぜひ素敵な旅館とおいしいご飯で妹を祝いつつ、ともくんもリフレッシュしてきて欲しいなーって考えています。
ぜひ考えてみてね

そこで、有り難くカンパにプラスして、日光千姫物語という老舗旅館に家族3人で行ってきました。私達にしては、贅沢旅行であり、また11ヵ月のゆうとを連れた初めての家族お泊まり旅行でした。姉は、自分の体調が辛いのにも関わらず、私の誕生日の心配をしていたのです。そんな姉に感謝をして、姉のかわりに日光東照宮へお参りに行きました。[心願成就]の札を奉納してもらい、写真を撮って姉に報告。
姉は、ただただ感激…と喜んでくれました。




私は姉の病気をきっかけに、「普通」がいかに難しく幸せなものであるのかを感じ、感謝するようになりました。
フツ-の人生。フツ-の幸せ。フツ-の事。フツ-フツ-…………
きっと、気づいていない人も沢山いると思うフツ-。私は、これが当たり前でなく感謝すべきことであると言うことを、ゆうとを含め周りの子供たちにも伝えていきたいと思います。



姉からは、携帯からのアップの仕方しか教わっていないため、携帯で地道にアップしていきます。なので、限界があることを、ご了承ください。
眠れない夜に、ぴったりの眠剤です。 φ(._.)メモメモ
やはりこれも、姉の思いやりなのかしら…
PCのパスワード当てることが出来たら、次回はPCからアップできるかな?まだまだ、お伝えしたいことがたくさんありますので、それが終わるまで、おつきあいください。
(*'-')
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はじめまして。れひの妹のきぃです。

親しくさせていだだいていた方々のブログや皆様のコメントから、知った方も多くいるようですが、報告が遅れたこと、お許しください。



台風9号が日本列島を縦断した9月7日の早朝、姉は私が見守る中、その風に乗り「先に行くね」と、旅立ってゆきました。


旅立つ3時間前、寝言なのか、しきりに「あーよかった。それならよかった。」と繰り返しておりました。
痛み止めのモルヒネの点滴をしていたので、ただのうわごとかなとおもっていましたが、今になってみれば、臨床心理士さんとの人生の振り返りも終わり、私には万が一のためにと、ブログの締め方や保険の事・お金の事などを伝えることもでき、安心して旅立ちの準備に取りかかっていたのだと思います。

闘病中は、私達家族が言うどんな言葉よりも、仲間である皆様の一言が、姉にとっては気持ちの安定を図る薬でした。
皆さんに出会えてから、姉は真の笑顔を取り戻し、1日1日を大切に、そしてできる限りにこやかに穏やかに、過ごすことができました。
みなさまそれぞれ悩みを持ちながらも、励まし続けてくださりありがとうございました。

病気になって出来た新しい友達・人生の中で最高の友達が出来たことを、喜び、感謝しておりました。

最期まで、痛み止めをはじめとする薬の使い方や胸水の抜き方・トイレまで歩くのが疲れるからと尿の管を入れて欲しい・バニラアイスにかき氷を掛けると食べやすいけど、それでは身になはらないと高カロリージユースやプロテインゼリー等を出してほしいとスタッフと共に自分で考えて、主治医をはじめとする医療スタッフに指示するようにして、自分で決めた治療・処置を受けていました。
可能性がゼロではないならば、例えそれが低くてもそこに懸けたいと、希望を持ち続けておりました。
抗癌剤が効かなくなってしまったけれど、痛みを緩和してくれる放射線治療を受けることで、痛みと同時に腫瘍も小さくなる事に希望を持ち、がんが消えなくても、痛みを和らげ上手く共存して生きていけばいいんだと、気持ちを切り替えた矢先でした。
お世話になっていた大学病院では受けることのできない、分子標的治療という保険外診療があることを知り、それに望みを託そうと動き出していたのですが、自分の体調では受けることが出来ないことを感じたのか、旅立つ2日前に、緩和ケア病棟へ移りたいとの意志表示をし、週明けの空き次第そちらに移ることが決まったことを伝えた8時間後、旅立つことになりました。


妹の私が言うのも何ですが、最期までかっこよかったです。
勿論、「痛い・辛い・イヤだよ・死んじゃいたいよ」など、弱音も沢山吐き出していました。
けれど、最期の最期まで、生きる希望を捨てずに頑張り通した姉の姿は、私の誇りです。
姉が溺愛していた私の息子ゆうとにも、姉の頑張りや凄さを伝えていこうと思っています。


姉は旅立ちましたが、姉のアップしていなかった文章や、メモなども残っているので、少しづつ私の方で引き継がせてもらおうと考えています。
なので、まだこのブログは閉じません。
姉と同じくかめさんブログですが、たまに覗いてみてください。
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※【入院生活○日目】とずっと記録していきたかったのですが、カウントはまだまだ続きそうなので省略することにしました。入院中であることに変わりありません。。


みなさん、あたたかいメッセージをどうもありがとうございます。みなさんおひとりおひとりも大変な状況なのにもかかわらず…。

体調はというと、なかなか問題は山積み。点滴をする腕も浮腫んできてしまったので、鎖骨からIVHのポートを留置することになりました。処置する痛みが怖いけどがんばります!

あと、私は「ガマンをせずに泣き言はちゃーんと言っている患者」なので安心(?)してください。
みなさんからあたたかくおっしゃっていただいた「無理をしないこと」、無理をしないこと、それは何か?と考えたときに自分なりに出てきたことでもありました。

私は、毎日の体調が毎日変わるように、心の状態も毎日変わっています。
それも心理士さんとリラクゼーション療法の他に行っているある作業を行うことによって、気持ちにも一つの余裕が出てきた感じです。

体はつらいけど、私は恵まれた環境にあるのだな…といろいろな方々や事柄に感謝しています。


様々な方…家族だったり医療スタッフだったり心理士さんだったり友達からのメールだったり、そしてこのかめさんブログに寄せてくださる皆様…からいただく言葉って、大きな力があります。
目が覚めたときに誰か…母と妹と叔母がいてくれることの安心感。

そういった存在があることにまずは感謝です。
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本当にご無沙汰しておりました。気付いてみたら入院生活も54日目。

前回の記事では、すみちゃんのとことriderさんのとこもあわせてたくさんの暖かいコメントをいただきありがとうございました。ちょっと照れて(?)しまいましたが嬉しかったです。たくさんの仲間がいること実感しました。本当にありがとうございます!!

治療というと、放射線治療は延長しましたが43日目で終わりました。ただ、外陰部にも途中から照射したので、その副作用がかなりきついです。粘膜に火傷状態なの。これは2~3週間の辛抱だといいきかせています。

それよりつらいのは退院できないこの状況。今、抗がん剤などの全身的な治療はできない状態ですが、それでも体調はどんどん悪くなるばかり。
今、食べることも出来ず思い切り水を飲むこともできません。ゆっくりかき氷を食べて喉をうるおわせています。

あちこち痛いし気持ち悪いし「もういやだー」と看護師さんや家族に泣きついてばかり。格好悪い私です。プライドもどこかに置いてきてしまいました…。

平日、臨床心理士さんに来てもらって話を聞いてもらったりリラクゼーション療法なるものを施行しています。これは結構楽になるので毎日この時間が楽しみです。

支離滅裂な文章にになってしまいましたが、このまま更新しないとご心配をおかけしてしまうと思い、ちょっと近況を書かせていただきました。かえって心配かけてしまったかなぁ…。
でも、素直な気持ち書かせてください。正直つらいです。苦しいです…。体も心も。

そんな私に付き合って毎日来てくれる家族とEちゃんには感謝しまくり。ありがとう。遠くから心配してくれるみなさん、ありがとう。
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いつもこのブログを呼んでくださるみなさま、コメントを書いてくださるみなさま、どうもありがとうございます。
「はじめまして」のコメントもとても嬉しいです(*^_^*)
本来ならみなさまにお返事してお近づきになりたいのですが、以前のようにお一人お一人にお返事が出来なくて申し訳ありません!
でも、「一人じゃないんだ」と感じているのは私だけじゃないはず。
状況は人それぞれだと思いますが、みなさんと繋がっていることを嬉しく感じていますっ(*^-^)ノ


本題の前に朗報です!!
放射線照射も今日で16回…。
今日、先生の診察があって「ストマの腫瘍の方は小さくなってきたので、こちらはあと2回で終わりにしましょう。」とのこと。
ストマのパウチの貼り替えをしたときに鏡でよーく観察してみたら…、

し、しぼんでいる~~ヾ(^▽^)ノ♪

そう、1.5センチほどあったストマ表面の腫瘍が、米粒のように萎んでいるのです!
目に見えるだけに憎かったこの腫瘍、小さくなったのも目に見えるだけに嬉しいです。
問題の骨盤内の腫瘍もこのイメージで萎んでいるのかなー、きっとそうだ!そう信じて今後も祈りながら治療を受けたいと思いますっ。

そして本題。
一昨日、オフ会がありました♪
…って、入院中になぜ!?って感じですよね。。
なんと! ブログで知り合った5人もの方がお見舞いに来てくださったのです~!

来てくださったのは、おなじみのすみちゃん、シフォンさん、さくらたん、ねこたさん、riderさん。
さくらたんとriderさんとは今回が初対面。おまけにお二人ともとんでもなく遠方から来てくださいました。

感激…( ̄人 ̄)☆

お見舞いに来てくださったとは言え、病室(個室です!)に集うブログ仲間6人。話したいことはたくさん!
お見舞いに持ってきていただいたデザートやフルーツを食べながら盛り上がる盛り上がる!!
まさに病院でオフ会ですっ。
4時間ほどの間、不思議と体調が悪くなることもなく(私はベッドにゴローンとさせてもらっていましたが^^;)、みなさんとの時間を楽しく過ごせました(^-^)♪

全員県外、こんなに遠いところまで来てくれて、楽しく幸せな時間が過ごせて、この嬉しい気持ち、うまく言葉で表現できない自分がもどかしいぐらい!

家族から「今日はみんな来てくれてどうだった?」とのメール。
「友達っていいね!」そう返信しました。


自分が病気になってブログを始める前には考えられなかった縁です。
インターネットの出会いって、自分とは別世界のものだと思っていましたから…。
それが今ではこんなに大切なものになっています。

私は病気になる前からずっと変わらないお付きあいをしている友達は…正直いません。
それでも元気なとき(活動的な病人の頃)は、休みのときには上京して友達と会ったりしていましたが、最近はさっぱり。
たまにメールのやりとりをするぐらいです。
そういった現実を悲しいと思ったりもしていました。今まで私が築いてきた友達関係って小さなものだったのかな…って。

でも、病気がきっかけで疎遠になってしまったというより、単純に居住場所も含めて生活が変わってしまったのです。友達も、家庭を持ったり転職したり生活環境はみんなどんどん変わっていく。
がんになったからって失った関係でもないのかなーなんて思うようにもなってきました。
確かに病気が原因で疎遠になってしまった友達もいるし、「温度差」を感じるようになってしまったことは否めませんが…。

でも、研修医友達Eちゃんや家族や親戚との繋がりはとても強いモノになりました。
今回だけでなくインターネットの繋がりで、思いを分かち合える多くの友人と出会うことが出来ました。
まだ実際にはお会いしていないけど、ブログ上で繋がっている、励ましてくれる、応援してくれる、一緒にがんばっている多くの友達(と言わせてください!)が出来ました。

「状況や生活環境が変われば友達関係が変わるのは当たり前だよ~!」
妹が以前さらっと言った言葉です。
がんだから、病気だから…と複雑に考えずに「さらっと」考えれば確かにそうだな~。
だったら、今の状況で大切に思えるモノを、心から大切にしたいです。
もちろん、今の私があるのは今までの生活や人間関係があるから。そう考えると、今は疎遠になっている友達との思い出や関係も大切にしたいです。

話がかなりそれましたが…。
お見舞いという名のオフ会、本当に楽しかった!
幸せでした。
ありがとうっヽ(≧▽≦)/


☆追記☆
すみちゃんのブログに「見舞い客5人、相当イケています」と書いてありましたが、コレ本当ですっ!!
この日のことは、ナースステーションでちょっとした話題になっていたようで…。今日、看護師さんに言われました。

「この前いらっしゃったれひさんのお友達って、ゴージャスっていうかキレイな方ばかりですよねっ。職場のお友達かなー、さすが東京の働く女性は違う!ってナースで話していたんですよ。」

そこで、れひ告白!
「今は治療されていませんが、みんながん患者なんですよ…。」

ナース絶句!
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日記のように更新しよう!と思っていたのになかなか更新出来ず…気付いてみたらもう入院生活も24日目となっていました(*_*;

あたたかいたくさんのコメントをいただきながら、お返事も更新も出来ずにゴメンナサイ!!
こんなカメさんペースのブログへあたたかいコメントを寄せていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。たくさんのパワーも一緒にいただいているような感じです。
本当にありがとうございますm(_ _)m

この24日間、いろいろありました。本当ならばそのことを記録していきたいと思っていたのですが、そこまでの体と心の余裕がなくて…。
余裕が出来たわけではありませんが(涙)、だからと言ってそのままにしておくと、先にも進めないし、本当に書きたいことが書けなくなってしまうので、簡単に今までの経過を記します。


◆放射線治療◆
入院翌日に放射線担当医師の診察を受け計画をし、おなかをキャンバスに派手な(?)マーキングをしてもらいました。
当初の照射は、例の痛みの原因になっている骨盤内の直腸付近の腫瘍(5㎝ぐらい)とストマ表面に転移した腫瘍(1.5㎝ぐらい)です。
ウィークデーのみ毎日一回、7月末までの予定。

…でしたが、入院中に残念なことに外陰部に複数(数えたら20個ぐらいあったのよ~!)のボチボチとした『できもの』が出来てしまい、生検の結果これもがんの転移とのこと。見えて感触があるだけにかなりショックです。。
なので、これも一緒にやっつけることになり、骨盤内への照射範囲を今日から拡大しましました。
とは言え、「全面照射」ではないので、副作用や後遺症の心配はそれほどないようです。ほっ。
また、これまたショックなことに首リンパ節への転移も発覚し、ここにも昨日から照射を開始しました。おかげで、首もとにもはっきりとマーキング。全身落書き小僧のようです…(^_^;)

なんだかこう書いていると大変なことになっていますが、安心なことも!
担当の医師は、数少ない放射線専門医(人手不足が問題になっていますよね…)なのです! おまけに教授自らが担当してくれています。
安心して任せられる~!という第一印象を持ったのですが、人間的にもとてもいい先生。前向きに治療を行う気持ちにさせてくださいました。
また、何度かブログに出現している研修医友達Eちゃん。彼女はちょうど今放射線科で研修をされており、教授にも私のことを話してくれ、診察もいつも同席してくれているのです。それだけでなく毎日仕事が終わると病室に寄ってくれるのですよ~!
治療の話だけでなく他愛のない話をすることで、元気をもらっているのです♪ 本当にEちゃんにはには感謝してもしきれません!

◆病棟移動◆
呼吸器外科病棟への入院で不安な毎日でしたが、約1週間で婦人科病棟へ移動することが出来ました(^-^)
やっぱりココが私の場所だわ~!
最初は大部屋でしたが、個室にも空きが出たので、今は個室ライフを満喫しています。
痛み(体と心と…)がかなり辛かったので、大部屋での生活にはちょっと無理があったのです。。

◆胸腔穿刺◆
前回の記事に書いた「息苦しさ」の原因は胸水でした。かなり溜まってしまっていたようです…。
と言うことで、胸水を抜く処置をすることになりました。

…なーんてさらっと(?)書いてみましたが、以前(一回目の手術前)に同じ処置をしたことがあるのですが、痛くて苦しくて大騒ぎの処置だったのです。
はい、今回も大泣きしてしまいました…(>_<。)
抱えた枕が涙でビショビショになっちゃったよぉ。
今回は主治医ではなく副担の女医先生(前回の記事の若手医師とは違いますよ~)に処置してもらったのですが、この先生、とても精神的にもケアしてくださるので、それに少し救われた…という感じです。

痛みは2日ぐらいで落ち着き、毎日300cc~1000cCぐらいの胸水をこの刺した留置カテーテルから抜いています。おかげで以前の息苦しさは改善されました。
(後に書くように、別の苦しさは出てきてしまいましたが。)

◆痛み◆
入院17日目から、主治医の勧めがあり緩和ケア部の痛み専門の医師の診察を受け始めました。
放射線治療を始めたとは言え、おしりの痛み、そして腹膜播腫による腹部の痛みや苦しさ、おなかの張りは辛くなる一方。
さすが緩和ケア部の先生というだけあって、話も精神的な辛さも含めてとても親身に相談にのってくださいます。

今までのオキシコンチンは段階的に増やし180㎎/dayにまでなっていたのですが、それではベースが足りないだろうということで、デュロテップパッチ(麻薬系の貼り薬)15㎎/3dayに変更になりました。(薬剤の種類が違うので、目安となる量も違うようです。量は減っていますが、実質は増量です。)
私の痛みとの相性はいいらしく、おしりの痛みはかなり改善された感じがあります。でも、腹膜播腫の痛みのコントロールが難しく、一日に数回レスキューでオキノームを大量に(1回当たり50㎎…なんと10袋まとめて!)飲んでいます。。
かなり薬の量が増えたので正直怖いですよー(x_x;)
緩和ケアの先生は痛みをガマンする方が治療にもよくないから、ガマンすることはないですよ、と強く言ってくれています。その言葉で安心しているかな?
将来的に減量できる可能性もあるし!
でも、身の置き所のない感じは常にあり、これが結構キツイです(>_<)

◆こころ◆
今まで治療のことを淡々と(どこが簡単にか~!?って感じですよね^^;)書いてきましたが、心の問題、とても大きいです。
痛み、苦しみだけでなくそれに比例して不安でいっぱいになり、一日中泣いている日もあります。
怖いのです。

でも…。
一日中笑っている日もあります。
本当なのです。
なぜかな?
まずは痛みのコントロールがされているときでもありますが、家族や親戚や友達Eちゃんが来てくれて話しているとき、大切な友人たちとのメールでのやりとり、甥ゆうとの笑顔。
看護師さんとの他愛のないおしゃべり。
外来に診察に来た友達が面会に来てくれたとき。
なかなかおなかの張りのせいで食事はとれないけれど、差し入れなどで少しだけでもおいしいものが食べられたとき。 イトコのひろみちゃん、早朝から並んで買ってきてくれたあのドーナツ、とってもおいしかったよっ(*^.^*)
おいしいだけでなく、私が話していたのを覚えてくれて、東京からドーナツを手にして病院に来てくれたこと、そのこと自体が感激! 本当にありがとう~。

痛いけど、苦しいけど、涙も出ちゃうけど、そんな日の方が多いけど…、それでも笑える日はその日一日と周囲の方々に感謝したいと思います。


なんだかんだで長文だ~!!
しかも携帯からの更新。我ながらビックリですよっΣ( ̄□ ̄)!
パソコンだと座らなくちゃいけないけど、携帯だとゴロゴロ気ままに打てますから。
ははは…(〃▽〃)
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