平成6年6月22日12:20分に息子は生まれた。
予定日より2週間も早く生まれ、
産婦人科医からは、
「のぞみ号」と当時出始めの新幹線の名前をつけられた。
息子は、夫が名前辞典で調べ、洋典(ようすけ)と名付けられた。
退院してすぐにオムツを替えていると、
ようすけが、ひざを立てて背中を滑らせた。
私は目を疑って、
(えっ、今動いたよねぇ。まさか、だって生まれて1週間じゃない。
赤ちゃんはそんなに早く動くはずはない。私の勘違いだ。
きっと産んだばかりで疲れてるのよ。見なかったふりをしよう。)

私は、思い過ごしだと思い、深く気に止めなかった。
しかし、その後何度見ても、さっき寝かせた位置とずれて、
ベビーベッドの端に頭がくっついているのである。
1歳半上の姉の時は、寝かせたまんまピクリとも動かず、
きっかり3時間おきにミルクを要求するだけの子だった。
でもこの子は違う。
ミルクにはほとんど興味を示さなかった。
鶏ガラみたいに痩せて、長い手足を使って仰向けのまま
昆虫のようにベッドを這い回っていた。
またお風呂に入れようものなら、
家中響きわたるような大きな声で泣き出す。
ご近所から虐待を疑われるのも嫌なので、
窓を全部締め切って入浴させたものだ。
当然、寝返りも早く、仰向けやらうつ伏せやらで
自由自在にベッドの柵の中を動き回った。
生後5ヶ月くらいの頃だろうか、
寝ているすきに娘と近くの店やに買い物に行った。
思わず時間が経ってしまい、さぞかし起きて泣いている
ことだろうと心配になり、家路を急いだ。
帰ってみると、泣きわめくどころか、
起きて子ども用の室内車を探っている。
アンパンマンの車だ。
息子は片方の手で車を動かし、
下からそれを覗き込んでいるのである。
あたかも動く仕組みを確かめているようだった。
私は、その時悟った。この子は、
母親がいなくて寂しいとかお腹が空いたとかよりも、
知りたい感情の方が優先するのだと。

それから息子の知りたがりは、
さらに拍車がかかって、
お出かけすれば必ず迷子、
口を開けばどうして、なぜ?
本を見れば読んでとせがみ、
買い物に行けば見るものすべてに指を突っ込む・・・。

そして動くものはことごとく壊す。
時計、測り、カメラ、ビデオデッキ・・・
ありとあらゆる電化製品は、
高い棚の上に退避させなければならなかった。

今、考えると、息子はいつも仕組みに興味があった。
娘のようにお絵描きしたり、
お話を作ったりといったクリエイトは一切せずに
ひたすら壊して自分で探ろうとしていた。

本を読むときには、字しか見なかった。
字と私の音読とを照らし合わせ、
文字という記号の意味を探っていた。

息子が3歳の頃、こんな経験をした。
その日は、私抜きで、私の母つまりおばあちゃんと
娘と息子で映画にいったときのことだ。
おばあちゃんが、映画館で食べようと、
10個入りのあんぱんを買った。
すると息子がおばあちゃんに言った。
「ねぇ、おばあちゃん、そのあんぱん、
3人で分けると1つ余るけど、その1個どうするつもりなん?」

母は、3歳の子がそう言ったのでびっくりたまげたと私に言った。
息子は、袋に書いている10という数字を
量で理解していたのだとその時に初めてわかった。

どうやら息子は、文字や記号が好きだったけど、
そこに込められた情報を
自分の実体験を通して探り当てていたようだ。

私は息子に何の教育もしていない。
ただ彼が好きなようにさせていただけだ。

人の情報の取り込み方には好みがある。
それを分かってあげなくて、
娘のように感覚から入る子に、お勉強をさせてもダメで、
逆に記号・文字認識から
入る息子にお絵描きを強要してもダメだったに違いない。

私は高校塾をしている時、経済などの社会現象に
鋭い洞察を持っていた生徒がいた。
その生徒の幼い頃の様子を親に尋ねたことがある。
その子は、テレビのお相撲さんのマネや
大人の仕事のマネをするのが大好きだったそうだ。
自分でマネをした体験から、
社会現象的なものに興味を持ち、大学も経済学部を選んだ。
息子は、物事の仕組みや動きに興味を持ったので、現在は工学部だ。
勉強とは一生無縁そうだった娘は、勉強することで表現力を高めて、
美大に行けた。

こうしてみるととても面白いと思う。
子どもの情報の取り込み方を見極め、
それを否定することなくそのまま受け入れてあげると
案外、すんなり力を発揮するのではないか?

つづく