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Sun, August 16, 2009 21:39:44

藤原真理

テーマ:クラシックCD/DVD/YouTube
藤原真理のバッハのチェロ無伴奏組曲の演奏は、今聴くととても充実している。古木のような、木肌のような音色である。一刀彫のような演奏である。
 斎藤秀雄の弟子ということであるが、思うに、斎藤秀雄とは求道的な人ではなかったか。

Icarus - Mari Fujiwara

 

齋藤秀雄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
生涯 [編集]

英語学者として有名な斎藤秀三郎の次男として東京築地明石町に生まれ、1906年から麹町五番町(現在の東京都千代田区一番町)に育つ[1]。音楽に興味を示したのは12歳の頃からで、最初に演奏したのはマンドリンだった。後に「オルケストル・エトワール」というマンドリンオーケストラを組織し、『フランス民謡「歌えよ小鳥やよ歌え」の主題による八つの変奏曲』などの曲を残している。

16歳からは宮内省にいたチェロ通の職員からチェロの勉強をはじめる。その後、暁星中学校を経て上智大学に入学したが、音楽に専念するため退学。22年には当時作曲家、指揮者として有名だった近衛秀麿(内閣総理大臣を務めた近衛文麿の実弟)に随伴して、ドイツに留学。ライプチヒ音楽学校に入学してチェロの名教師ユリウス・クレンゲルに学ぶ。

1927年に帰国しNHK交響楽団の前身である新交響楽団に首席チェロ奏者として入団。翌1928年の第30回定期では指揮者としてデビューする。同年にはチェリストとしてもデビューを果たし、1929年に初のリサイタルを開催して成功を収める。1930年、ベルリンに留学し、ベルリン・ホッホシューレでエマーヌエル・フォイアーマンに師事する。ホッホシューレを修了後帰国し、再び新響の首席チェリストとして活動を続けるが、チェリストとして出演した演奏会で失敗したのがきっかけとなり、ソリストとしてはあまり活動しなくなる(ただし太平洋戦争中には後述の指揮活動と並んで、チェリストとしてしばしば放送に出演している)。教育家として評価が高い反面、演奏家としては「あれは、ワルツのお化けだった。ワルツ特有のリズムのくせを、極度に強調し、理づめでつくり上げた結果、演奏からはあらゆるゆとりとよろこびと──要するにヴィーンのワルツにあるすべての感覚的精神的美質がグロテスクなまでに歪曲されてしまっていた」(齋藤によるヨハン・シュトラウス作品の指揮に対する吉田秀和の評言)などと評された。遠山一行は「むかし斎藤さんがチェロをひくのをきいたある作曲家が、あれは西洋音楽の音ではなくて日本の太鼓やつづみの音にちかいといったのを覚えている。斎藤さんの分析のなかにある音楽と彼の耳に鳴っている音のリアリティの間には、本当にめまいがするような深い断絶があった」[2]と述べている。

1936年、新響の招きで来日したヨーゼフ・ローゼンシュトックとの出会いは齋藤の将来を大きく変えた。齋藤はローゼンシュトックのありとあらゆるものを吸収しようと努力。ローゼンシュトックの音楽に対する情熱や指導方法は、戦後「齋藤メソッド」を確立する際大いに参考になった。1939年には新響初の海外公演(京城)に帯同するが、1941年、新響が翌年の日本交響楽団への改組に向けた準備に際し、齋藤がすでに日本ビクターと個人契約していることがネックとなり、同年秋のシーズン開幕を前に新響を退団。指揮者として独立することとなる。齋藤は松竹交響楽団や東京交響楽団などの首席指揮者を務め、1943年には戦時中の困難な状況の中、井口基成とベートーヴェンの「皇帝」を、1944年には巌本真理とベートーヴェンのロマンス第1番、第2番を録音する。

終戦後、巌本や森正らの室内楽活動に手を貸す傍ら、1948年には井口基成、伊藤武雄、吉田秀和らと「子供のための音楽教室」を開設。これが後の桐朋学園の一連の音楽系学科開設につながっていく。齋藤は同学園にて弦楽部門を担当する。1952年には桐朋女子高校音楽科主任、1961年から1972年まで桐朋学園大学教授を歴任。1955年には海外に長期滞在することとなった井口の留守を預かる形で桐朋学園短期大学学長に就任。1964年には桐朋学園弦楽合奏団を結成し、アメリカ公演を行い、成功を収める。1967年には日本指揮者協会会長に就任。その後は新日本フィルハーモニー交響楽団顧問を務めた後、癌のため1974年9月18日に東京都中央区明石町の聖路加国際病院で亡くなった。

没後、齋藤の教え子が主体となってサイトウ・キネン・オーケストラやサイトウ・キネン・フェスティバル松本が創設され、2000年に亡くなった齋藤の夫人・齋藤秀子の遺言により財団法人ソニー音楽芸術振興会によって2002年に「齋藤秀雄メモリアル基金賞」が創設されるなど、齋藤に因む賞やイベントが多く行われている。

指揮法教程 [編集]

この本は1956年に音楽之友社から出版後瞬く間に売れ、レナード・バーンスタインから賞賛されるなど、斎藤の遺した最も大きな仕事の一つである。

弟子の伊吹新一は、「指揮の運動をメソッド化して教える方法は、斎藤秀三郎の「斎藤英和中辞典」と多くの近似点を持っていること。またこの本に書かれたことは斎藤の教えそのものではなく、一般向けに内容を平易化しているために誤った理解がなされていること」を力説している。

また、斎藤の没後、小澤征爾など斎藤のもとで指導を受けた門下生が編集委員となり、英訳版である“ THE SAITO CONDUCTING METHOD ”が音楽之友社より出版された。

係累 [編集]

二度目の妻である秀子は男爵小畠美稲(裁判官)の息子大太郎(第十五銀行勤務)の次女[3]。秀子の姉春子は、大山巌の孫にあたる伯爵渡辺昭(ボーイスカウト日本連盟総長)の妻[4]。

秀雄の妹の敦子は、渋沢栄一ならびに橋本実梁(はしもと さねなや、伯爵。元老院議官)の孫の信雄(貿易商)と結婚した[5]。

関連項目 [編集]

* 山本直純
* 岩城宏之
* 小澤征爾
* 秋山和慶
* 今井信子
* 堤剛
* 大賀典雄
* 篠崎正嗣
* ソニー
* 民主音楽協会
* サイトウ・キネン・フェスティバル松本
* サイトウ・キネン・オーケストラ
* ヨーゼフ・ローゼンシュトック
* 桐朋学園大学
* 学校法人桐朋学園

脚注 [編集]

1. ^ 秀雄は終生この一番町に住み、1973年4月、三井不動産社長江戸英雄の仲介により自宅を一番町パークマンションに建て替え、その8階をレッスン室に、9階を住居に使用していた。
2. ^ 『遠山一行著作集』第5巻所収「誇張の芸術」p.165(新潮社、1987年)
3. ^ 中丸美繪『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』(新潮社、1996年)p.130
4. ^ 中丸美繪『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』(新潮社、1996年)p.133
5. ^ 中丸美繪『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』(新潮社、1996年)p.134

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BD%8B%E8%97%A4%E7%A7%80%E9%9B%84" より作成
カテゴリ: 日本の指揮者 | チェリスト | 日本の作曲家 | マンドリン作曲家 | 東京都出身の人物 | 1902年生 | 1974年没

齋藤 秀雄(さいとう ひでお、1902年5月23日 - 1974年9月18日)は、東京府出身の日本のチェロ奏者、指揮者、音楽教育者として活躍した音楽家である。


バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)  藤原真理
録音:1982年(デジタル)

藤原真理、若き日の記念碑的名作。その音楽は今なお全く色あせず聴き手の心に迫る。
制作に実に2年もの歳月をかけ、全身全霊を込めて録音された、藤原真理若き日の傑作であり、これを聴かずして藤原真理を語ることはできないといっても過言ではない名盤。楽譜を深く掘り下げながらも学究的になることなく、過度なロマンにも陥らず、それでいてバッハを聴く喜びと感動に満ちあふれている。

豊後梅 | 大分市 | 不明 | 2004年04月16日
特筆すべきは音の美しさ。一つ一つの音型を流すことなく言葉のように演奏しているのは、ビルスマの影響だろうか?時代背景が生んだ精神的演奏とは趣が異なるが、十分に堪能できる。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/761905

Fuka | 愛知県 | 不明 | 2004年01月31日
僕は最近の演奏家のスマートで淡白な演奏より、カザルスやロストロの演奏に共鳴し、胸打たれる。しかし日本人でこんな素晴らしい演奏があったとは知らなかった。ここで試聴して感動し、即購入した。ロマン的でよく歌っているが、重くならず軽快さもあり、録音に2年をかけたというだけあって1曲1曲に愛情があり音楽的魅力に溢れている。第6番に至ってそれは非常に大きな力となって心に訴えてくる。この値段とあらば迷わず多くの音楽ファンに薦めたいディスクだ。

藤原真理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
藤原真理(ふじわら まり、1949年1月18日 - )は、大阪府和泉市出身のチェリストである。

1959年に桐朋学園子供のための音楽教室に入室し、斎藤秀雄に師事した。1971年、第40回日本音楽コンクールで大賞とチェロ部門第1位を獲得した。その後、ピエール・フルニエ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチに師事し、1978年、第6回チャイコフスキー国際コンクールにおいて、チェロ部門第2位を獲得した。主に室内楽作品に力を入れて演奏活動をしている。

また、クラシック音楽の作品にとどまらず、久石譲、坂本龍一などの作品を演奏、録音している。

出演 [編集]

その他のテレビ番組 [編集]

* いのちの響(TBSテレビ)

外部リンク [編集]

* オフィシャル・サイト

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