こんばんは、家庭連合ブログ村にいったら、この記事がいくつか出てたので

転載します。鶴子さんならやりかねないですね。アメリカのメンバーはまたNOというのではないでしょうか。それにしても驚きです。統一教会のことはどうでもいいとおもっていたのですが、このニュースはびっくりしました。

 

10月24日、文仁進氏が現在の夫であるベン、そして彼ら夫婦の間に生まれた幼い息子と共にウエスタンメンバー資格で清平40修に参加した。
去る真のお父様の4周忌を契機にお母様とある種の合意があったようだ。

 

今年初め、文仁進氏をアメリカの牧会者に復帰させようとしたが、
アメリカ食口たちの強い反発にあい、一歩退いていたが
今回清平40修の後、再び文仁進氏に重要な職務を任せる見通しだ。

 

40修の後、文仁進氏の事の成り行きに注目される。
また、文仁進氏がこっそりと牧会者職を得て教会に復帰したとき、
食口たちが果たしてこれを容認することができるかも疑問である。
なぜなら、わずか4年前に文仁進氏が見せた衝撃的な不倫事件で
多くの統一家の食口たちがトラウマを持って生きており、
多くの2世たちが統一教会を憎悪し信仰を捨てたからである。

 

これに対して本当に文仁進氏が責任を感じているなら、果たして、そんな40修を受けたからといって公の場に簡単に戻ることができるだろうか!
そして、たとえ文仁進氏が公の場に戻って立ったとしても
彼女の口から出てくる声を誰が聞こうとするだろうか!

 

・・・以上・・・

 

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元信者さんのブログ読んでいて、2度目の祝福のことを思い出しました。1度目は3万双の日日で、世界日報の社員でした。結局7周年になろうとする前に破談になり、また性懲りもなく、祝福を希望していました。祝福を受けてこの世の結婚をして子供を産んだら永遠に救われないとか、祝福を失敗していく霊界はないとか、言われていて、霊界で救われるには祝福を受けなければならないと思っていました。なので、3万双の祝福もつらかったのですが、家庭出発前でしたし、いわゆるモラハラ、言葉の暴力のみだったので、こんどこそという思いがあったと思います。

でも、その時は、4億双2次になっていて、日日か国際かと希望を聞かれることなく、韓国人のお見合い(その当時はそういってた)をすすめられました。その当時は韓日が主流だから、という理由で選択させてもらえませんでした。なかなか「はい」と言えなくて、「じゃあ、写真だけでも見る」といったけど見せてもらえませんでした。結局「お見合い」といっても選べるわけでもなく教区長が選んだ相手で、いやだったら断れるというだけでした。でも、その時、献金の借金が100~150万円くらい抱えていて「渡韓できそうにないから」と断っていたのですが、祝福でなければ救われないと思い込んでいたから、受けないとも言えませんでした。

そしてそうこうしているうちに韓国の教区長に面談することになり、一人だけ写真をみせてもらいました。その時は信仰のある人で高卒以上の人だったと思います。その時は韓国人で小学卒とか中学卒の人がいるというとこをあまりよく知りませんでした。借金のことが気になったのですが、とにかく「親にはらってもらいなさい」の一点張りでとりあってもらえませんでした。

祝福がまじかになって韓国から相手の人がきまって、この人でよいかと、問い合わせがあって、ファックスで流れてきた白黒のはっきりしない写真で不安はあったものの、身長も同じくらいだし、容姿も気に入ったのでOKしました。でも、いざ、韓国にいってみると背もひくいし、好みのタイプではありませんでしたが、結局断ることもできずに葛藤しながら再祝福を受けてしまいました。向こうは自分で選べたのか、わたしを気に入ってくれてるようでした。

それで、1年日本で歩んで渡韓するという方向性だったのですが、向こうは1年も待てないということで問題になりました。国際の場合、とくに相手が韓国人の場合、聖別期間を待てないという問題がよくありました。

それに、私は家庭を持ちたくありませんでした。途中で断るということも言い出したのですが、実行に移せませんでした。借金も親に一度肩代わりをさせてしまい、今度ははらってもらえませんでした。行こうかどうしょうか迷って、とにかく待ってくださいと韓国側にいったのですが、彼は待ちきれずに、次の祝福を受けてしまいました。

それで、日本では私のほうが被害者という扱いになって4億双3次の祝福をすすめられました。こんどは日日でもいいということだったのですが、頑として受けませんでした。

その時は教会に住んでいて働きながら歩んでいたので、すぐはでませんでしたが、数か月後、親が帰ってきたらという勧めがあって、身の回りのものを持って家に帰りました。堂々とアベルに言って、止められましたがかえって、その後教会には荷物を取りに帰っただけで行きませんでした。やっと祝福はこりごりだと思えた時、脱会できましたし、経済的にもいきずまっていて教会には戻れないという思いになりました。

教会に入教して16年やっと離れられました。

本当に脱会できてよかったと今思います。

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