私釈☆歴史夜話

プチ歴史好きのムスカが、ゆる~く楽しく♪を念頭に歴史を語ります。

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-4 取り残される日本人



さて戦況が混沌だか泥沼化しているイラン・イラク戦争のさなか
1985年に、イラクのサダム・フセインによるイラン上空の航空機に対する期限を定めた無差別攻撃宣言に対して日本画は政府も現地も混乱の坩堝に叩き込まれました。



まず、こういう時に特別機を出す約束をしている日航航空が、もっと正確にいえば同社の労働組合が



「乗務員の安全が確保されていない」



としてこれを拒否します。というかこういう時ぐらいしか特別機の要請しないんですが……。



しかもこれは文字通りだったらいいのですが一部の乗員などが



「それをでもいいから行かせてくれ」



と志願するのを強硬に止めてまで。

日航の労働組合に限ったことではないのですが当時の労働組合は割と会社側と対立するのが正義だ!的な風潮があり、かなり会社・従業員間に無用な軋轢を生むこととなり、2010年の日航航空の会社更生法の適応=要は破産につながったとされます。



で、これが多少なりに改善されたのが1984年の日本航空123便墜落事故これ以降…なのですがこの時期はまだ過渡期といった状況でした。



ちなみにこれにかなり根をもったのか日本政府は数年後にフラッグ・キャリア制度を廃止=日航の特別扱いをやめ、今まで日航が用意していた特別機や政府専用機は自前で用意(日航は予備扱い)。修理の委託や備品などの納品も徐々に取引停止することとなります。当然世論の視線はかなり冷たいうえに前年の墜落事故が重なり業績はかなり悪化していくことに



これにさすがに懲りたのか5年後に勃発した湾岸戦争の際にはクェートにいた邦人や当時の日本人と同じく本国からの特別機が派遣されないベトナム人の救援を行ったり、アイルランドの火山噴火などでは自社が持っている航路をうまく利用し、邦人救援の第一陣を務めるなどしております。





また、日航側の労働組合の弁護をさせてもらえば都市への空爆やミサイル攻撃は今に始まったことではなくその対応が後手に回っている日本政府の怠慢により時間に余裕がないのが一因でありそんなのをいまさら言われても困る…というものであり、そもそも労働組合は「自社の従業員を守る」というのが仕事であり以上はそれに反する要請は拒絶してしかるべき…ではあることは間違いないのですが。(ただし、過剰にやりすぎた結果が2010年の破産の一因とされているのですが)



ということでフラッグ・キャリア様からは相手にされなかった日本ですが…このためにいるのが自衛隊!……となるはずなのですがこれも認められませんでした。





というのも当時の自衛隊は極めて狭い範囲(広すぎると「やられる前にやれ」=先制攻撃ですら容認となるのだが)での専守防衛や自衛隊の展開ができないのが原則となっており、例え邦人保護のためとはいえ海外への派兵は認められておりませんでした。

ちなみに上記の日航の対応もあってか今日では同じような状況になった場合は自衛隊の政府専用機を運用することとなっておりますし。2013年にアルジェリア人質事件の際に派遣されております。(で、さらにそれでも不足と考えたのか条件付きとはいえ邦人救護のための自衛隊の現地での派兵展開もできるようになっている)





そしてそもそも自衛隊の目的=日本およびその近海の防衛である以上は、そのような長距離を航空できる機体を持ち合わせていない…という事情もありました。





ということで自前の救援機の派遣はできない状況では外国に頼るしかないと外務省や現地の大使館は各国に救援機の派遣を要ししてもらうべく奔走しますが…残念ですが当然のごとく拒否されれしまいます。





まぁ、当たり前の話で自国が自国民の方を優先するのは当然である以上、余裕がない中で他国へ支援なんぞ無理な話…ということです。それでも少しでも席があけば子供や女性老人などを優先して乗務させてくれるなどできうる限りの手助けはしてくれておりますが。



こうして200名以上の日本人が大規模な(小規模ならすでに起こっている)戦火にまみえようとしているテヘランが取り残されており彼らの命運が尽きたかに思われました…がそこに手を差し伸べたのがトルコ政府でした。











































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某日半年ぶりに献血に行ってきました。

まぁ、何とか時間も取れるようになったし、今まで行っていたところが5月に閉鎖することになったので・・・と言うこともあってノコノコやってきたわけです。

 

 

と言うことで例によって献血前の質問やら問診を行い、最後にヘモグロビン濃度?の値をはかる段階となったのですが・・・この検査と言うのは左右どちらかの腕から少量の血を抜いて行われるのですが担当の方が左右の腕を見たり撫で回しをして一行に測る気配がない・・・ので急に不安になる。

 

で、その不安の理由は父がかなりの昔、一度献血(と言うか友人が事故を起こしそのための輸血後が必要なので)をした際に

 

「血管が細いから」

 

どうとかで何度も失敗した挙句

 

「お気持ちだけで・・・」

 

といわれたらし。なお、父はこれ以降二度と献血に入っていないし、いく気もないと明言しておりますが。

 

で、「血管が細いからお断りされた」人物の息子としてはその不安がよぎりますが担当の方曰く

 

「両腕とも似たような太さなどでどちらにしようか迷っていた。」

 

とのこと。結局右腕で献血、左腕でヘモグロビン濃度?の測定をすることに。

例によって針にビビッて心配されるなどしましたが結果は問題なしと言うことで献血を開始。

 

なお献血をする台?=採血ベットにはテレビがついており、献血が始まった前後からちょうど柔道(柔道漫画、しかも帯○ギュッとね!ぐらいしかを読んだ程度のにわか)の何かの大会の決勝が試合が始まり試合は4分ほどで終わったのですが・・・献血が終わったのもちょうどその時分・・・・・・献血のHP10分ほどって書いてあるですがねぇ・・・。

 

なお妙に早い理由は

 

1、血がさらさらだから

2、単に血管が太いから

 

のどちらからしいですがどうも後者の説が有力ではないかと・・・血管の方は母にかな?

 

 

と言うことで献血も無事終わり休憩ルームに以降としましたら献血の担当の方曰く

 

10回目なので記念品がもらえますよ」

 

とのこと。

「もう、そんなにしたのか・・・」と言うのと「まぁ、献血の粗品だしねぇ・・」と言うことで品物辞退は大して期待していなかったのですが・・・記念品としてもらった箱は妙に仰々しいものでした。

 

 

で、その場であけるのもどうかと思い家に持ってかえってあけてみると・・・小さいがとても綺麗なガラス杯でした。

 

 

後日調べてみましたら以降30回、50回でもらえるそうです。

で、このガラス杯で日本酒をチビチビやりながら

 

50回はともかく30回ほどは頑張ってみようかなぁ」

 

と考えている今日此の頃です。ちなみに次は7月以降ですので機会を見ていってみることにします。

 

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-4イラン・イラク戦争下の日本人



それはさておき、このため戦時中で宗教的には厳し目(のはず)のイランには多くに国から企業やってきては経済活動を行っておりました。

上記のように革命の混乱でケンカを売った形となったアメリカはともかくもともとこの地を植民地と統治しており独立後も経済的には、それなりの影響力がある(WW2での新興国家はこのコネを生かせるかが発展のカギだったりするが)欧州や海賊まがいの方法で石油の貿易をやってくれた日本の企業などもおり、日本人は仕事のために滞在している社員やその家族が住んでおり、しかも日本人学校まであり500人近くの人々が住んでいました…が、1985年以降に戦況の激化と都市へミサイル攻撃が激しくなると…さすがにまずいのでは?ということで外国人のイラン退去が始まります・・・・・・・が、問題は日本人側に発生することとなります。





というのもまずイランからかなり離れた日本への直通の航空機の路線が戦争が勃発するうと退去してしまっていました…利用者からとしては不平不満があるでしょうが航空会社からしてみれば、「戦争やっているところで家族を連れてノンビリ商売やっている方がどうかしている」といえばどうかしているのでしょうが……。





というわけで日本からイランへ行くにしてもその反対にイランから日本へ帰るにしても外国の航空会社を利用することになります…が、これがネックとなります。





民間企業とはいえ企業は原則その国に属しているわけで有事に際には当然ながらその国の方針や国民を優先することになります。で、現在は戦争中でしかも国民の危機がっ迫っている以上は自国の事情や国民を優先するわけで、日本人がいくらチケットを購入しようと後回しにされてしまいます。



ここでフラッグ・キャリアな航空会社に臨時便の要請や自衛隊機の派遣などが検討されていたようですが航空会社の方…というか正確にはその労働組合がごネタたためなかなか調整がうまくいかなった。



自衛隊機の派遣…というのもありますが海外派遣不可の原則とかいうものが当時は海外の邦人が危機にあっても自衛隊を動かせないとかいうこのうケースでは本末転倒な原則(さすがに改正された)とそもそもそこまで長距離を運航できる航空機を持っていなかった



とはいえ航空機は通常運行しているので取り急ぎ対策とはならなかった(とりたくても取れなかった)・・そうこうしているうちに317日にサダム・フセインがとんでもないことを言い出しました



曰く「48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、無差別に攻撃する」



この発言により状況は一気に緊迫化していきます。

























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