②竹中平蔵の恐怖の人頭税


次に、竹中平蔵氏が理想的な税としている人頭税についてお話します。竹中平蔵氏は人頭税を導入することを考えています。そして、この竹中平蔵氏の忌まわしい理想は、日本の税制の中で『住民税の均等割』、『森林環境税』という形で実現しています。

この二つとも、小泉内閣の経済財政担当大臣、内閣府特命担当大臣として、竹中平蔵氏が関与しています。

森林環境税は小泉政権下の2003年4月の高知県をスタートに全国の都道府県で導入されました。森林環境税は、年齢や収入によって段階づけられているものの、基本的に一人当たりいくらで課税されるもので、正真正銘の人頭税です

税制は国民経済の基礎を形作るものですから、必然的に、新自由主義者にとっても、税制は、富の一極集中を実現するための最も重要な手段となります。そして、新自由主義の旗手である竹中氏は、そのためにフラット税化や応益税化を推進したのです。

フラット税とは、応能税の中にある所得税の累進制をやめ、どんなに高額所得者でも低所得者と一律の税率によって課税するというものです。これによって、高額所得者の負担が減少し、低所得者の負担が増大します。

応益税とは、所得の高さや利益などから生まれる担税力を無視し、経済活動のフローやストックを問わずモノの外形標準に課税する税金です。消費税と固定資産税が代表的な応益税です。

今はわずかですが、応能税のフラット税化が行われつつあり、さらに、応益税が徐々に強化されつつあります。そして、これらのフラット税や応益税が、富裕層から貧困層への税負担の移転の最も強力な手段となっているのです。

さらに、竹中平蔵氏は税の理想は人頭税であると言っています。そして、現代の日本では、人頭税が、わずかではありますが、住民税の均等割、森林環境税という形で、税制に侵入して来ています。

人頭税は、古代から封建時代にかけての時代には、多くの国で導入されていましたが、現在ではほとんどの国で採用されていません。所得が無くてもそこに住んでいるだけで課税されますから、そのため、困窮した庶民が逃亡したりすることもありました。

日本では、琉球王国により宮古島八重山諸島15歳から50歳までの男女を対象に1637年から1903年まで制度化され、貧民・病人に重い負担となりました。

近年では、イギリスサッチャー政権時代の1990年に導入された例がありますが、国民世論の反発が強く1990年11月22日に辞任する一因となり、1993年に廃止されました。

貧困者にも課税する形式的平等を唱える新自由主義の立場を徹底すると、人頭税が最も合理的な税制ということが出来ます。

現実に人頭税が導入されると、低所得者にとって重い負担となることにより格差が極大化し、社会不安を招きかねないことから、新自由主義の立場をとる論者の中でも主流の論調となっているわけではありません。それほど恐ろしい税金なのです。

竹中平蔵氏が税の理想として人頭税を考えていることは、彼自身、世界でもかなり急進的な新自由主義者の一人であることを証明するものであろうと思われます。

現在ではこうした制度を採っている国はありませんが、しかし、竹中平蔵氏が安倍首相の実質的ブレーンであることを考えれば、本格的に導入される可能性を否定できないわけで、日本国民にとって恐怖すべきことと言えます。

竹中平蔵氏が改革に口出しした部門は企業競争力、雇用制度、金融制度、そして税制に及びます。

竹中平蔵氏が、なぜ、こうも広範囲に渡って口出し出来たかと言うと、まず、小泉純一郎氏や安倍晋三氏のバックアップがありますが、何よりも、政治家や経済学者の無知が最大の原因です。

政治家や経済学者の誰も、竹中平蔵氏のマンガのような屁理屈に対抗するほどの知識も無かったので、経済学的な議論は、竹中平蔵氏にとってはさえぎるもののないブルーオーシャンでした。

近年導入された「住民税の均等割」、「森林環境税」などの人頭税化に対して、日本では、反対運動などの有効な批判はありませんでした。政治家も経済学者もぼんやりしていただけでした。

ここに、日本の経済学のレベルの低さの悲哀があります。竹中平蔵氏は日本の経済学をバカにし、せせら笑いながら、人頭税を堂々と導入して行ったものと思われます。

都道府県でも、財源が増えることは良いことだとばかり、税の公平や、負担者である都道府県民の生活など考えずに、諸手を挙げて賛成しました。中央政府から基礎自治体に至るまで、竹中平蔵氏に洗脳され、競って国民からむしり取ることばかりを考えているかのようです。

都道府県のホームページでは、森林環境、森林や河川を守るためといった使途を懸命説明して応益税としての妥当性を説明していますが、課税の妥当性にとって使途は何の関係もありません。

使途で課税が正当化されるのなら、この世に起こる森羅万象に関して、どのような税金も正当化されてしまいます。河川の整備、鳥獣保護、CO2削減、廃棄物処理、健康医療、歴史保護、警察、防衛、火災など、いくらでもこじつけられます。

そして、震災復興税も使途によって正当化する手口で新設されました。いくら政府債務を拡大して震災復興費を支出したところで、デフレの真っ只中に居て、何のインフレ懸念も存在しない中で、声高に財政危機が叫ばれ、挙句の果てに、低所得者にも課税される復興特別所得税が創設されたのです。日本国民はまったく愚かなことを繰り返しているのです。

森林整備のためには、予算さえ計上すれば、金に色目があるわけでもなく、財源はどこからでも良いのであり、法人税および所得税の増税でも良いはずです。何よりも、日本は増税に頼らなくても、通貨発行権を持つ堂々たる生産大国であり、大したインフレになることなく貨幣発行を行使する能力があります。

いままさに、現状において、日本は貨幣の増刷が足りないために、長年デフレ不況に苦しんでいる真っ最中であり、ダイレクトに貨幣を印刷して支出に充てることの出来る条件が揃っています。にも関わらず、政府は、法人税や所得累進課税の強化ならまだしも、国民を貧困化させる応益税の増税をし、果ては、竹中平蔵氏の希望するとおりに、人頭税にまで手を出しているのです。




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