思い出箱

テーマ:
もうすぐ1ヶ月…。

玲とすごした最後の1ヶ月は
あんなにあっという間だったのに
同じ1ヶ月だとは思えません。

やっぱり玲のいない毎日は長いです。


様々な手続きや、
長い間 留守にしていた家の片付け、
しなければいけないことが
ある程度落ち着くと
淋しさは さらに押し寄せてきます。

玲のDSやiPad
飲みきれなかったお薬や
病院から持って帰ってきたおもちゃ

片付けをしていると
玲の存在が溢れてきます。

最後に着ていた服は
もちろん洗えていません。

DSやiPadに残った
玲の手の跡も拭けません。

玲をそばに感じたくて感じたくて
毎日眺めて、触れています。

亡くなる前は、思い出のものを
残しておくことで
目に入るたびに思い出して
悲しくなるかもしれない…

と、怖くて怖くて
葬儀のときにも
お気に入りのお人形や
いつも使っていた枕や靴は
全て棺に入れました。

だけど実際、こうして時間が経つにつれ
玲の存在を少しでも近くに感じたくて
玲の大切にしていたものばかりに
目がいってしまいます。

遺影の周りは、
すぐそこで玲が遊んでいるように
玲の好きなもので溢れて賑やかです。

だけど飾りきれない
オモチャや人形、
思い入れのあるものが
まだまだたくさんあります。

片付けられないし、
触れたいと思ったときに
触って抱きしめたくて
玲の思い出箱を作りました。

開けるだけで
玲の愛しい匂いがするような
そんな思い出箱。

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病気になる前
大好きだったおもちゃ箱。

玲は本当にいつもいつも
この上に乗っていました。

玲が入院してからは
このおもちゃ箱を見るのが辛くて
ずっと子供部屋にしまっていたけど
またリビングに置くことにしました。
いつもの定位置です。

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中には玲の生きた証がいっぱいです。

初発のときから
ファイルに綴じてきた
全ての採血検査。

主治医からの説明の紙や
お薬のスケジュール
玲と落書きしたお絵かき帳
玲のお気に入りのリュックに帽子
みんなにもらった たくさんのお手紙…

もうそこに玲は見えないけれど
開けると玲が隣にいるような
そんな気持ちになります。

もちろん今は、やっぱり
涙が出ちゃうけど。

こうやって
少しずつ少しずつ
前に進まなきゃなって
思います。


採血の結果を綴ったファイルを
眺めていると
そのとき そのときの情景が
昨日のように思い出せます。

よい結果に主治医と喜んだ日
悔しい結果に涙した日
毎日 毎日 採血結果と睨めっこして
一喜一憂した日々。

あの頃…
特に 再発してからは
玲を失う恐怖が常にありました。

採血の結果に怯えたり
画像検査の結果を待つまでの時間
カンファレンス室に向かう道のり

今思い出しても
怖くて目を背けたくなる時間が
たくさんありました。

玲がお空に帰って
もうその "失うかもしれない"
という恐怖はなくなりました。

今は、ただただ淋しいです。

闘病中、辛い、怖い、悔しい、悲しい…
本当にいろいろな感情があったけど
"淋しい"という感情だけはありませんでした。

どんなに辛いときでも
悪い状況でも
隣にはいつも玲がいてくれたから。

淋しいという気持ちにだけは
1度もなりませんでした。

玲はもう苦しいことも辛いこともない。

私がこの淋しいという気持ちを
受け止めて、共存していくだけ
なんだと思います。

きっと一生淋しさが消えることはないし
乗り越えることもできない。

ただ淋しさと
愛しい思い出を胸に
玲に会える日まで
生きるんだと思います。

玲 待っててね。見ててね。


そして、いつもたくさんの
あたたかいコメント、メッセージ
ありがとうございます。

たくさんのあたたかい言葉に
毎日 毎日 救われて、支えられています。 


「もっとこうしてあげればよかった。」
「こんな言葉をかけてあげればよかった。」

毎日いろんなことが頭に浮かびます。

目の前に何かを
してあげられる玲がいなくなった今、
この小さな後悔たちを消すことは
できないのかもしれないです。

それは玲が大切だからこそ、
玲を愛しているからこそで

抱きしめることができない、
もう何かをしてあげられる玲が
いなくにった今、
私はずっとこの後悔を胸に
生きていくんだと思います。

ただ大切なのは
そのことで 悩んで苦しむのではなく、
私に今できること 
これからの生き方…

いろんなことを 学んで
活かさなければ
いけないなって思います。

たくさんの方が玲に
「ありがとう」と
言ってくれること
私の誇りです。

目の前にいなくなっても
触れられなくなっても
私を支えてくれる
たくさんの人に出会わせてくれます。

玲に守られているんだなって
毎日思います。玲 ありがとう。


コメントにも
載せてくださったけれど
最後のお散歩で歌った milk tea。




大好きよ あなたに 会いたい
また眠れぬ夜の 終わらない祈り

お喋りしたり 手を繋いだり
今夜 夢で逢えたら うれしすぎて
泣いてしまうかも

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最後の日のこと。

テーマ:
最後の数日、玲は昼間
病院で輸血や点滴をこなし、
夜はお家に帰してもらっていました。

このとき私は、
玲が帰りたいと言う限り
数時間でもお家ですごしたいと
思っていたし、
主治医団もそのために
本当に協力してくださいました。

だけどもう体もキツく、
呼吸も苦しかった玲は
夕方から寝るまでの
お家で過ごす時間に
全ての体力を持っていけるように
昼間、病院では話すことも
笑うことも最小限。

座って遊んだり
何かを食べることもせず
ひたすら横になり体力を温存し
過ごしているようでした。

そのかわり、
お家で起きて過ごせる数時間は
座ってゲームもしたし
ごはんも食べたし、会話もしたし
笑顔も見せてくれました。

本当にお家が好きだったし
きっと私たちがこの先
最後まで元気な玲の姿を
思い出せるように、
家族の前では ありったけの元気を
見せてくれていたんだなって思います。


5月23日。

この日も昼間は病院で
過ごしていました。

午後から初発の入院時に
仲良しだったお友達親子が
みんなで会いに来てくれました。

でも最後の2週間
玲は本当に体がキツく、
あまり家族以外の人に
会いたがらなかったし
病室からも出ることも
ほとんどありませんでした。

"最近の玲の様子だと
面会室まで出ていく元気は
ないかもしれない…"

そうお友達にも伝えてはいたけど、
この日玲は「会いにいく!」と言って
バギーに座ってみんなに会いました。

数十分だったけど、
みんなと同じように
面会室で座って
お菓子を食べたり
動画を見たりしました。

珍しいと驚きながらも
やっぱりお友達が大好きなんだなって
その時はその程度にしか思わなかったけど
今思うと、大好きなみんなに
ちゃんと会ってお別れしたかったのかなって
そう思えてしまいます。


そしてこの日は
血小板の輸血が必要でした。

ただ血小板が届くのに
時間がかかるということで
夕方から一旦、お家に帰してもらい
夜病院に戻って、寝ている間に
輸血をすることになりました。

「ちょっとの外出だけど、
   夜ご飯をみんなで食べて
   お家でゲームして病院戻ろうね!
   今日は久しぶりに病院で寝んねだけど
   その代わり明日は朝からいっぱい
   お家帰れるからね!」

そう玲に話していました。


夕方、病院を出て、
学校終わりの凛を お迎えに行きました。

凛は、以前通っていた保育園の
児童クラブに行っています。

玲も通っていた保育園で、
大好きなお友達や先生もたくさんいるので
凛を迎えに行くのが
大好きでした。

そしていつもいつも

「元気になったら、
   玲もまたここに通いたい!」

と話していました。

そんな大好きだった保育園にも
最後は行く元気がなく
いつも車で待っていました。

この日も、病院からの道のりを
キツそうに座席を倒して横になっていたので
私だけ迎えに降りようしたら、
  
「玲も行く!」

と体を起こしました。私の、

「大丈夫?」

という心配にも

「うん、行く。」

としっかりと頷きました。


私は右手で玲を抱き、
左手で酸素をひいて
保育園に降りました。

たくさんの先生やお友達が
玲を見つけて
歩み寄ってくれました。


玲は笑顔でハイタッチをしたり

「またおいでね。」

と言う言葉に、

「うんうん。」

としっかり頷き、
たくさんの人たちに

「バイバイ!」

と手を振りました。

大好きな先生たちにも
最後ちゃんと会って
お別れをしたんだなって思えるほど、
本当に驚く行動でした。


そして、そのまま
3人で少しお散歩をしました。

私が玲を抱っこして
凛が酸素を引いて
3人で歩きました。

「玲が大好きなミルクティーの
   お歌うたって!」

そう言われて、
福山雅治さんの milk tea を歌ったり

「玲と凛が小さい頃   
   言えなかった言葉教えてー」

と言われて、

「凛はボクシングのこと"ボシクンビ"
   って言ってて、玲は"ドレッシング"って
   言って、2人とも言えなかったんだよー」

そんな他愛もない話をしながら
3人で笑って歩きました。

その頃、苦しくて本当に
1日に数えられるほどしか
笑わなかった玲が
ケタケタ声をあげて
体をよじらせて笑ってくれました。

それを見て凛も

「玲かわいいね、かわいいね!」

と何度も微笑んでいました。

このたった9時間後、
玲はお空に帰ってしまうけど
私にとって、この時間が本当に
愛しくて優しい時間で、
玲が声をあげて笑っている姿は
このときが最後になりました。

いつもいつも
どんなに覚悟をしているつもりでも
そのときに "これが最後かも"
なんて思えずにいました。

"どうかまた、次がありますように"
いつも そう心の中で願っていました。

だけど、新しい玲の記憶が更新されなくなった
私の頭の中は、玲の "最後" でいっぱいです。


もともと水遊びが大好きな玲は
1日に何度も入りたがるほど
お風呂が大好きで、
温泉やプールも大好きでした。

だけど治療中は感染予防のため、
カテーテルを厳重に防水テープで保護して
お風呂に入らなければいけません。

玲はそれが嫌いで、治療中のお風呂は
いつも最小限、最短ですませていました。

「また元気になって
  カテーテルさん抜いたら
  お風呂に入りたい!」

「プールに行きたい!」

「おっきい温泉にも行く!」

いつもいつも病院で
そんなことを約束していました。

だけど結局最後までカテーテルは
抜くことができませんでした。

そのおかげで、頻繁な採血や輸血も
痛い思いをせずに こなせたし、
結果的に必要だったと感謝もしているけど…


最後に玲とお風呂につかって
遊んだのはいつだろう?

と思い返したとき、
正直思い出せません。

きっと再発が分かって
再び入院する前なんだろうけど
どんな風に入ったのか、
どんな会話をしたのか
全く思い出せません。

そのときは、これが最後だなんて
全く思っていなかったので。


他にも、最後に玲が
元気に走り回っていた姿は
いつなんだろう?

思いっきりお腹いっぱい
食べられていた最後の食事は?

最後に「さや」って呼ばれたのは?


いつもいつも、
これが最後だなんて思わないから
記憶が曖昧だったり、
悔しいけど思い出せないこともあります。

だけど、あのお散歩で
私の腕の中で笑い転げている玲の姿は
凛も私も一生忘れないだろうなって思います。

その数時間後から
少しずつ容態が悪くなって、
まだここに書けていない 
最後のときがやってきます。

あの玲と私の最後の戦いが
私の中でやっぱり1番
消化できない苦しい時間です。

今でも思い出すと
怖くなって苦しくなって

あのときの不安や恐怖、
玲の表情や、息遣い
言葉や、最後の力…

そのとき私が思っていたこと、
後悔していること…

全部全部、鮮明に思い出してしまいます。


急変する恐れがあることは
充分わかっていたし、
あの肺の状態では
幾分、仕方ないことだったかもしれない。
あれが最善だったかもしれない。

それでもやっぱり我が子の最後を
穏やかな最後なんて思うことは
できなくて…。

全ての治療や、看病をやり切った!
という想いの中でも
やっぱり消化できません。

だけど、それと同じくらい
あの穏やかなお散歩の時間が
私の心の中に強く残っていて
苦しくなると、あの愛しい時間を
思い出すようにしています。

大げさかもしれないけど、
あのお散歩の時間がなかったら
今、私はもっともっと
苦しかっただろうな…
とさえ思えるほど、
あの時間に支えられています。

玲、本当にありがとう。

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大好きなプールや海

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とにかくいつも走っていて

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高いところに登りたがりました。
本当にヤンチャで元気な男の子でした。


外泊の日は、車までの猛ダッシュ。
嬉しそうな後ろ姿が
いつも本当に可愛くて
何枚も何枚も写真撮りました。

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逆隔離が解除になったら
おきまりのコンビニデート。

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点滴台も押せるようになりました。

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今でも病気に行けば
元気に走り回っている玲に
会えそうな気がします。

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1年前

テーマ:
1年前の6月9日
玲は1度退院しています。

この頃は、腎芽種のプロトコールに従って
治療していました。

まだ治療は残っていたけど、
抗がん剤の投与間隔の空く6月から
外来で治療しようと退院させてもらいました。

この日から3ヶ月間
2週に1回、外来に通って
抗がん剤の治療をしました。

この3ヶ月の間、
玲はとってもとっても元気でした。

ただ、まだ治療中で
免疫も低い状態だったし
腎臓を1つ取って間もなかったので
なるべく負担をかけないよう
汗をかかせない生活を心がけて
人混みを避け、
ほとんどどこにも連れて行かず
お家ですごしました。

8月末、最後の外来での抗がん剤を終え、
フォローアップ外来に移行する予定でした。

約半年の辛い抗がん剤と
放射線に耐えてくれた玲に

「玲がんばったから
  もうお薬しなくていんだよ!」

「もうずっとお家にいれるんだよ!」

そうたくさんたくさん言いました。

玲も「がんばったからだね!」
と誇らしげに喜んでいました。

それなのに、9月8日。
治療を終えてたった2週間後
最初の外来で
肝臓と肺に腫瘍が見つかりました。

このまま元気になると思っていたのに…
やっと普通の生活が戻ってくると
思っていたのに…

これから玲がどうなるのか。
玲の体で何が起きているのか。

不安と恐怖で
息が止まりそうな
そんな瞬間でした。

また治療が始まる…。
もっともっと強くて長い治療を
しなければいけない…。
どんなことをしても玲を助けなきゃ…。

そんなことをずっと考えていました。

そして、治療中とはいえ
元気に家にいれた3ヶ月、
もっといろんな所に連れていけたのに…。

こんなことになるなら我慢させずに
何でもさせてあげればよかった…。

そんな後悔だらけでした。


公園もプールも旅行も
玲はどれもやりたがったけど

「治療終わったら全部行けるから!」

そう言って全部我慢させました。


ときどき飲み薬を飲むのをグズったり
マスクを嫌がったりしたときには

「ちゃんとお薬飲まないと
   また入院しなきゃいけなくなるよー!」

「ちゃんとマスクつけないと
   また入院なっちゃうよー」

そう言って説得しました。


たまにグズることはあっても
玲はちゃんと飲み薬もマスクも
私の言うことを守ってくれたのに
入院することになってしまった。

治療が終わったら全部行けると
我慢させたのに、約束を果たせないまま
入院することになってしまった。

「もうお薬も入院しなくていいよ!」
「玲、元気になったんだよ!」

たくさんの嘘をついてしまった。
こんなことになるなら
言わなきゃよかった。

たくさんの後悔と
これからの不安で
胸が張り裂けそうでした。


その後始まる8ヶ月の治療中も
この後悔は消えることは
ありませんでした。

今でも

あの夏にディズニーに行ってれば
元気に走り回れたかな…

あの3ヶ月、大嫌いなカテーテルもない玲を
プールや温泉に連れて行ってればな…

そう思う場面は何度も何度もあります。


でも、あの時は治ると思っていたから。

ラブドイドと分かっていたら
あまりの予後の悪さに再発を覚悟して、
何でもさせていただろうけど…

あの時は絶対に治ると
大人になる玲を想像して
玲の未来を信じて
生活していたので

どれも、あのとき あの状況の玲を
最大限に想ってさせた我慢でした。

分かっていても
玲がいなくなった今となっては
あの3ヶ月が
元気な玲とお家にいれた
宝物のような日々でした。

今、日常に戻るに連れて
その3ヶ月のことを
思い出す場面がたくさんあります。

凛を学校に送り出して
帰ってくるまで
2人ですごした毎日が…。


朝、洗濯物をベランダで干す間
汗をかかないように
ベランダに面した寝室の
ベッドの上で遊びながら
ベランダの私におどけた顔で
手を振ってくれる玲。

プールができないので、
昼間お家のお風呂で
2人で水遊びをしたこと。

夕方涼しくなってから
玲はベビーカー、
凛は自転車でお散歩をしたこと。

自分で冷凍庫に大好きなアイスを
取りに行くとき、玲は必ず2つ取ってきて
何も言わず私に1つくれていたこと。

どの場面を思い出しても
私のことが大好きで
いつも笑顔だった玲が思い浮かびます。

あのとき、玲が病気になって
大変なオペに治療をして
充分、命の大切さや
当たり前のありがたさを
分かっていたつもりだったけど…

こんなことになるなら
もっともっとあの日々を噛み締めて
元気な玲を目に焼き付けて
過ごせばよかったと
思ってしまいます。

あの3ヶ月家にいた玲と
最後の1ヶ月家にいた玲が
状態も状況もかけ離れていて

家にいると、
元気な玲が思い出されたり
最後の1ヶ月の弱々しくなってしまった
玲が思い出されたり…

玲の影ばかり追ってしまいます。

他のことを考えていないと
涙が溢れる毎日です。

ただただ会いたくて。

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唯一、いくつかお出かけしたときの写真。
花火が大好きな玲に見せたくて
人混みを避けた橋から花火見ました。

来年は普通の子と同じように
出店にも行けますように。
そう思いながら撮った1枚。

玲は何回も何回も
「玲、またここ来たい!」
と言いました。

近所のスーパーやコンビニでさえ
「玲またここに来る!」
と必ず言っていました。

やっぱり何か分かっていたのかなー
って思ってしまいます。

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1年前、確かに玲はここにいました。


玲、今日もいい天気だね!
さやお洗濯物干すから
ベランダ覗いてよね。
今日も大好きだよー。
AD

テーマ:
昨日の朝方、玲の夢を見ました。

玲がお空に帰って以来、
毎日のように夢は見ています。

そのほとんどの夢に玲が出て来ていて
いつも私はバギーに乗った玲を押しています。

全く玲に関わらない夢なのに
いつも横には玲がいて、
側にいるってことなのかな?
と、あたたかい気持ちになる反面
話したくて、抱きしめたくて
お顔をじっくりみたくて
毎朝切ない気持ちにもなります。

そんな中、昨日の朝方
ついに玲が主人公の夢を見ました。

隣のお布団で寝ている玲に

「玲、目覚ましてー」

と言うと、ゆっくり目を開けて
ニコっと笑ってくれました。

びっくりして

「どうして生き返ったの?」

と聞く私に、

「お供えしてるソーメンが食べたかったから!」

といつものようにおどけて見せました。

私はこんなこともあるんだ!
と本当に驚いて、そして嬉しくて、
でもまたすぐお空に帰ってしまうかも!
と不安で不安で…

早く主治医に電話しなきゃ!と
携帯を探す夢でした。

結局、携帯が見つからないまま
目が覚めてしまったけど…

笑顔の玲に会えました。

カニューレもしていないし
全然苦しそうでない、髪の生えた、
笑顔で元気一杯の玲でした。

今はそんな玲なのかなって。
もう苦しくないし
好きなものいっぱい食べれるよ
って言いに来たのかなって
少し安心しました。

そしてまだソーメンは
お供えしたことなかったから
大好きなソーメンが食べたいよって
言ってるのかなって。

今日はソーメンお供えします。

ソーメンの日はいつも
凛とソーメン流ししたよね。

今日は凛が1人でしてたよ。
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美味しいもの
たくさん食べれてますか?

元気だったときのように
大きいお口でモグモグ食べてますか?

また玲の大好きなごはん
いっぱい作りたいです。


凛への告知

テーマ:
毎日、生きています。

日を追うごとに
寂しくて寂しくて
会いたくて…
味わったことのない喪失感の中で
毎日たくさんの人に支えられて
食べて、眠って、ちゃんと笑って
生きています。

でも何をしていても
頭の中は玲でいっぱいです。

家にいれば、玲が好きだったおもちゃや
玲のお気に入りの場所…
どこを見ても玲が生きた証があります。

車に乗っても、スーパーに行っても
何を見ても、玲との日々が蘇り
日常は玲との思い出でいっぱいです。

買い物に行くこと、ごはんを食べること
笑うこと、寝ること、息をすること。

生きるとはこんなにも
エネルギーを使うことだったのかと
毎日噛み締めながら生きています。

きっと凛もそうなんだと思います。

先日、学校でお友達に
「弟が死んだのに
  なんでそんなに笑っていられるの?」
と言われたと凛が話してくれました。

きっと凛と同じ2年生。
悪気は全くないんだと思います。
でも私は、そう聞かれた凛の心が心配で、

「何て答えたの?」と聞くと、

「笑ってないと、
   玲が悲しむから!って答えたよ」

と当たり前のように教えてくれました。

本当に本当に強くなりました。

小さな体で必死に受け止め
小さな頭でたくさん考え
大きな心で玲を想って
凛も毎日を生きているんだなって
改めて思いました。


そんな凛は玲の4つ年上の小学2年生。

玲の病気が発覚したとき
凛は年長さんでした。

玲よりもずっとずっと甘えん坊で
泣き虫だった凛。

1年3ヶ月、凛のことは全て
友ちゃんやバッバに任せて
私はずっと玲と病院にいました。

最初こそ泣いてばかりだった凛も
「絶対に玲とさやは元気になって
   お家に帰ってくる!」
と信じて、がんばってくれました。

子供なので病室に入れない凛が
玲に会えるのは月に1回の外泊のときだけ。

キツい治療はしているけど、
いつも元気に外泊してくる玲を
最後の最後まで元気になると
信じてくれていました。

本当に仲のいい2人でした。

2回目の大量中に増悪して
もう治療ができないと分かったとき
凛にも事実を伝えた方がいいと
主治医から言われました。

だんだん治療がうまくいかず
少しずつ覚悟をしていた私達でさえ
受け止められない事実を、
ずっと元気になって帰ってくると
それだけを信じて頑張ってきた凛に
受け止めることができるのか…

たった7歳の凛が
どれほど理解できるんだろう…

そして、私は上手に伝えられるのか…

不安と辛さしかありませんでした。


そうしてる間にも
玲はだんだん体がキツくなり
私以外受け入れず、
大好きだった凛が近づくのさえ
嫌がるときもありました。

何も知らず、淋しそうにする凛を見て
そろそろ言わなければ…

分かっていながらも

「ディズニーが終わるまで…」
「USJから帰ってくるまで…」

何かと言い訳をして
なかなか凛には伝えられずにいました。


そんなときふと、まだ治療も順調で、
玲も元気に外泊をしていた頃の
ことを思い出しました。

外泊から病院に戻った私に電話があり

「凛ね、いつも外泊から2人が帰ったら
   思うことがあるんだー。
   あーもっと玲に優しくすればよかった!
   またしばらく会えないのに…って
   毎回思うんだー。」

と言いました。

元気になると信じていても、
凛は玲のことをこんなに
想ってくれているんだと思ったとき、
今言わないまま、もし玲が急変でもしたら
凛は一生後悔するかもしれない!
なんで言ってくれなかったの?と
責めるかもしれない…

主治医が言ってくれていたのは
こういうことだったんだ
と凛に伝える決心をしました。

それが亡くなる前日です。

主治医を交えて、カンファレンス室で
凛に玲の現状と、これからのお話を
してもらいました。

分かりやすく、そして本当に優しく
凛に1つ1つお話してくれました。

最初はニコニコしていた凛の顔が
だんだん曇り、大きな涙が目から溢れ
しゃくりあげて泣いてしまいました。

私は母親なのに
何の言葉もかけてあげられず
全て先生に任せてしまいました。

「玲くんの機嫌が悪いのは
   凛くんを嫌いになっちゃったんじゃなく
   体がキツくて、うまく遊べないからなの。
   玲くんは今でも凛くんが大好きなんだよ。」

そう言って、今までの凛の不安を取り除き

「凛くんの大好きな玲くんを
   元気にお家に帰してあげられなくて
   ごめんね。」

と主治医団は本当に
一生懸命治療してくれたのに
凛にそう謝り、

「これからはたくさん玲くんのしたいこと
   凛くんが玲くんにしてあげたいことを
   先生とお母さんと叶えて行こうね」

と言ってくれました。

私は幾度となく、
このカンファレンス室で
辛い告知を1人で聞いてきたけど、
告知する方もこんなに辛いんだと
初めて知りました。

これまでの、どの告知のときも
先生は私に寄り添い、
肩をさすり、心を込めて
お話してくれました。

先生じゃなければ
きっともっと早く心は壊れていたし
最後まで頑張れなかったと思います。


告知後の凛は一通り泣くと、
涙を拭いて
「玲のところに戻ろう!」
と私の手を引きました。

今までとは違う凛がいました。
全身全霊で玲に寄り添い、
心から玲を想い
「玲大好きだよ」と
たくさんたくさん伝えました。

玲にも何かが伝わったのか、
この告知以降、これまでの2人のように
また兄弟仲良く笑い合う姿が
たくさん見れました。


そして凛は玲の前では
優しいお兄ちゃんでいてくれ、
玲の見えないところでは
涙をポロポロ流して泣きました。

次の日も
「行ってきます!」
と笑顔で登校したのに
学校に着くと泣いていたこと
担任の先生やお友達に聞きました。

何も教えていないのに
決して玲の前では最後まで泣かない
強くて優しいお兄ちゃんでした。

だけど本当に悲しくて辛いこと
玲が大好きなこと
たくさんたくさん伝わりました。

元気になるはずの玲が
歩けなくなり、酸素が必要になり
機嫌が悪いときや、
横になっていることが多くなった玲を
実はずっと心配に思っていたことも
教えてくれました。

だけど、何も聞かずに
信じて笑顔でいてくれていた凛に
ありがとうとごめんねで
いっぱいです。

告知の次の日の夜には
玲はお空に行ってしまって
凛の心は本当に慌ただしかったと思います。

でも決して何かを責めたり
怒りや淋しさをぶつけることもなく
ただ現実を受け止め、
悲しさと淋しさと戦い、
私と生きています。

元気に見えても
ときどき玲のことを思い出し
突然ポロポロ泣きながら
抱きついてきます。

「淋しいね、会いたいね」

と2人で抱き合って泣きます。

だけど、
「玲のために頑張る!」
とも言ってくれます。

玲のことを家族で話すとき、
玲のものを片付けているとき、
私が下を向くとき、
凛はすぐに私の顔を覗き込んで
 
「泣いてない?」

と心配そうに聞いてきます。

優しい優しいお兄ちゃん。
凛がいて本当によかった。
ありがとう。

そして、玲も
私が凛へ告知するのを
待っていてくれたんじゃないかな?
と思ってしまいます。

もし告知しないままだったら
最後に2人で笑い合うことは
なかったかもしれない。

凛は、あんなに大好きと
伝えられなかったかもしれない。

玲に嫌われてしまった…
と凛が思ったまま
お空に帰るのはかわいそうだと思って、
お兄ちゃん思いの玲が
告知するまで頑張ってくれたのかなって
そんなことを思います。

また3人でぎゅーってして寝たいね。
その日まで頑張ります。
2人とも大好きだよー。   

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