山本清風のリハビログ

神様のエロ本


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〝人間は空を飛べない〟
〝思考は沈降してゆく〟
 
 思考は肉体を飛び越してゆく。或いは思考は肉体を置いてゆく。「どんな鳥だって、想像力より高く飛ぶことはできないだろう」とは寺山修司らしい詭弁めいたアフォリズムであるが、私には「思考が頭蓋を意識する」という瞬間が確かにあって、してみれば思考とは、夜鷹よりも高く飛び、精神とは薄桃色の肉の檻に幽閉されているのだと信ずるふしが、確かに認められるのだ。
 不確かなのだった。肉体というものが影を落として其処に立っているにも関わらず、どんなに念じてみても一ミリも地面から離れてゆかない足裏を以てしてさえも。こんなにも肉体を意識して尚、肉体を失念している瞬間があるというのは、乖離以前に精神の問題である。私には行動が思考に追いつかないという出来事がしばしばあって、肉体は重いけれどその一方では、軽んじられていた。
 冒頭ふたつの条件から私が算出する証明が、数学的に裏書きされたものであるのかどうか、私は知らない。知らないけれどもちくとも動かぬ肉体というものがあって、私は思考というのは羽ばたくものだと思っていたが、もしかすると逆に深化しゆくものなのかも知れず、結句同義なのだから、思考が沈降する感覚というのは確かに存在するのだ。もしも思考が肉体を置いてゆくのなら、ふたつの条件が擦過するただ一点とは不可能を可能とする可能性、すなわち、肉体を置いて精神だけが沈降してゆき、残された肉体は其処に在りながらして精神の上位に位置することになるとの、可能性。
 思考はアウフヘーベンせねばならない。或いは、そうあるべきである。そのためには思考せんければならないわけであるが、そこにいるあいつというのは実は、そのためだけに存在しているのではないかと私は思う。あいつは存在しないというのが私の意見であって、これは決して揺らぐことはないのだが、何故なら、あいつはあいつの存在を証明できないから。だがあいつが存在していなくとも、私と対話するためには私が対話によって思考をアウフヘーベンさせるためだけに存在させているのだと考えてみるならば、運用は可能なのである。
 あいつは思考の舞台装置なのだ。いまとて小首を傾げ、私が何を考えているのかとうかがっているその表情、仕草、姿勢、というかすべてが不快極まりなくいますぐにでも殺したいくらいなのだが、これは思考の対立を思えば無駄ではなくて、あいつが受け容れ易い形状から思考までを成していたならば、これは議論にならない。共感とは基本的に、思考を高めあうことをしないからだ。
 昇華というのも視点を違えてみれば沈降ということになる。何故なら深く潜ることで思考は地の底へと達し、そのとき肉体の高みは空に在るのに等しい、というのはあながち詭弁ではないからで、円環を結ぶように、沈降した果てに肉体の頭上に至るというのなら、天地の概念など疾うに機能しておらず、私は何処にだって存在している。肉体の限界は精神が補えばいいわけである。このように証明されるべき〝x=yであるとき〟という前提条件がそもそも誤っていた場合、ひとは解を求め得ないというのが数学なわけだが、それが人生であった時、我々は解を求めないわけにはいかない。
 ―――たとえそれがどんなに悪意に満ちた出題であったとしても。
 
〝蝶を夢む夢の世にかつまどろみて夢をまた語るも夢もそれがまにまに〟
 
 前半が萩原朔太郎、後半が良寛である。いわゆる胡蝶の夢というやつで、虚実転換してどちらか判らなくなるというものだが、良寛が語るのは夢の入れ子構造についてでありこれは虎の下着の鬼の映画だとか未来世紀ブラジルを彷彿させる、波濤よろしく、夢のまた夢が覆いかぶさってきて自らの座標点が不確かになる、という類型。
 しかし江戸川乱歩「現世(うつしよ)は夢、夜の夢こそまこと」のほうがなんぼかましで、現実の所在を不確かにする夢、という問題提起はいいのだが問題の本質とはいつも「夢に対応する現は何処か」にあるはずで、その多くが夢とは何ぞというところに力点を置き、受け手を煙に巻いてしまう傾向にある。実にディレッタントなことでいわゆる読み手に委ねる系のおちであるわけだが、このような出鱈目な空間にあって私は一際強く思うのである。つまり、現実は何処だ、と。
 それはこの世界のゲーム説と同じことなのだ。ベッドの意味、大量に遺棄されたタイ料理の意味、改札口の意味について、考えること。それら紐づいている現実について考えてみるということが、最も重要な問題なのだ。それら意味を正しく解釈できたなら私は、たとえ手術の副作用によって世界がどろどろの肉塊に視えるようになったとしても、二段階右折することができたり、亀が隣人であるのが頭で解り、日常生活を営むことが可能となる。病気で言えば病識を得るということだろうか。わからないが、できそうなことといえば私の空想の産物であるかも知れぬこいつをとりいそぎ、殺してみることくらいか。

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