蹴球中毒な男の独り言日記-バルサ偏愛的バルサ備忘録

フットボールに魅了され、フットボール中毒に侵され、フットボールなしでは生きていけない男のフットボール的な日常についての独り言と備忘録です。愛するFCバルセロナの応援を中心に書いています。バルサのソシオなので、かなりのバルサ偏愛者です。

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          UEFA "5 Stars" Stadium
          UEFA "4 Stars" Stadium
          Barça "El Dream Team"
          Fútbol Club Barcelona
          EURO 2008 ¡Campeones!
          ¡Felicita al Barça por el Triplete!
          Copa Mundial 2010 ¡Campeones!
          EL CLÁSICO (2014年03月25日更新)
          La 4ª Champions (Wembley 2011)
          CENS2012(ソシオの国勢調査更新)という書類への対応


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 今シーズンのプレシーズンは集金のための興行“ツアー”に出掛けることはなく、ヨーロッパの避暑地に出掛けて合宿を行なう“ステージ”が採用される。ルイス・エンリケ体制となった新生バルサはイングランドのセント・ジョージズ・パーク(St George's Park)に場所を移してフットボールに集中、シーズンに向けて重要な時間を過ごすことになる。セント・ジョージズ・パークはFA(イングランド・フットボール協会)の中心的母体であり、バーミンガムの近くに位置している。




 バルサ公式によると、この施設は330ヘクタールもの緑の中にあり、近代的なとりわけトップレベルのエリート選手のために考えられているスポーツ施設が併設されている。イングランド代表は、代表戦の準備をこの施設で行なっている。また、施設にはインドアフットボールの人工芝のピッチ(105 m×68 m)や通常のフットボールピッチ11面、フットサル、GK用などのためのピッチ(60 m×40 m)が完備されている他、ランニングスペース、フィットネススペース、育成分析、メディカルセンターなどがあり、メディカルスポーツセンターはイングランド初のFIFAメディカルエクセレンスセンターであり、更に228部屋のホテルがある。


 このフットボールに集中出来る環境の中、ルイス・エンリケ率いるバルサは、7月28日(月)から8月2日(土)まで“ステージ”に入る。このイングランド合宿に向けてルーチョはトップチームから18選手、バルサBから8選手の合計26選手の招集リストを発表した。


 La lista:

 Primer equipo: Ter Stegen, Masip, C.Bravo, Montoya, Piqué, Jordi Alba, Mathieu, Bartra, A.Song, Sergio Busquets, Xavi, A.Iniesta, Rafinha, Sergi Roberto, I.Rakitic, Afellay, Pedro y Deulofeu.
 Barça B: Patric, Edgar Ié, Grimaldo, Samper, Halilovic, Munir, Sandro y Adama.


 個別メニューに励んでいたマルティン・モントーヤはステージへ参加する一方、仕事始めの14日(月)のメディカルチェックの電気生理学検査の結果、心調律の乱れ(不整脈)が見つかり、フィジカルトレーニング及び特別なセッションを行なうことになり、一度4週間から6週間チームから離れることになっているアドリアーノ・コレイアが遠征には参加しないことになった。


 チームは月曜日の朝にイングランドへ向けて出発し、土曜日まで滞在する。なお、ムンディアリスタからスペイン代表、クロアチア代表、カメルーン代表、(ウルグアイ代表^^;)がチームに合流しているが、月曜日からはチリ代表のクラウディオ・ブラーボも合流してそのままイングランド遠征に帯同する。残るムンディアリストでは8月4日(月)からチームに合流することになっている。


Força! Barça!


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 7月24日(木)午後、ルイス・エンリケ体制となったFCバルセロナの今夏の補強第5弾としてバレンシアCFから獲得したジェレミー・マテュー(Jérémy Mathieu | 29/10/1983-)のプレゼンテーションが行なわれた。


 ジェレミー・マテューは23日(水)、バレンシアのプレシーズンの一環として南米ツアーでペルーへ旅立とうとしていた。フランス人デフェンサに対してバレンシアのアマデオ・サルボ会長は移籍違約金を2,000万ユーロに再設定していて、バルサは金額交渉とその支払方法を巡って交渉が長引いた。その結果、マテューはチームと共にバレンシアを飛び立ち、中継地のマドリーの空港で両クラブ間が合意に至った 連絡を受け、チームに別れを告げてバレンシアへと戻り、そこからバルセロナのプラット空港に降り立った。








 水曜日の内にカンプ・ノウを訪れてクラブ・オフィス玄関の巨大エスクード前での記念撮影までは済ませ、24日(木)━━奇しくもグループステージ敗退のムンディアリスタたちの仕事始めとなった━━にメディカルチェックが行なわれ、そこではバレンシア時代に共に左サイドを主戦場としたジョルディ・アルバとの再会も果たした。その後はカンプ・ノウへ移動して、新監督のルイス・エンリケマルク=アンドレ・テル・ステーゲン (第1弾)、イバン・ラキティッチ (第3弾)、クラウディオ・ブラーボ (第2弾)━━第4弾のルイス・スアレス はFIFAからの処罰で入団セレモニーも一切禁じられている━━同様に、VIP専用パルコに隣接した部屋でバルサとの契約書にサインを署名した。


 署名式には会長のジョゼップ・マリア・バルトメウ、スポーツ部門副会長のジョルディ・メストレ、スポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレッタが出席して行なわれた。契約期間は2017-18シーズンまでの4シーズンで、1年の延長オプションがついている。マテュー獲得オペレーションのコストは2,000万ユーロで、移籍違約金は5,000万ユーロに設定された。






 契約書にサインを済ませたジェレミー・マテューは、クラブからブラウグラーナのユニフォームが贈られ、背番号は24番、その上には"MATHIEU"がお披露目された。(昨シーズンまでセルジ・ロベルトが背負っていた番号なので、今シーズンのセルジ・ロベルトはFCポルトへローン移籍したクリスティアン・テージョの20番をつける可能性が高い)




















 その後は赤に染まったロッカールームでブラウグラーナのユニフォームに着替えてピッチでのプレゼンテーションを行なった。ボールリフティングでボールと戯れながら笑顔を振り撒いた後は、バルサのポロシャツに着替えて会見室━━カンプ・ノウ内の会見場Ricard Maxenchs━━での報道陣との質疑応答のプレゼンテーションが行なわれた。この記者会見にはジョルディ・メストレとアンドニ・スビサレッタが付き添った。








 会見はメストレの挨拶、スビサレッタの紹介で始まり、恒例のクラブが用意した選手の紹介ビデオではバレンシアの背番号22のユニフォームを着たマテューの体を張った守備場面、攻撃参加の場面、空中戦でのゴールなどで構成されていて、バルサとの対戦場面も盛り込まれているものだった。


 バルサへの移籍を果たしたジェレミー・マテュー「自分はポリバレントな選手だけれど、一番快適なのはセントラルでのプレー。ここへはセントラルとしてプレーするために来た。30歳は少し遅いチャンス到来だけど、楽しんでいきたい。これが自分のキャリアでの最高の時だと思うからね」と決意と抱負を語り、「ルイス・エンリケとは、この1ヵ月半の間、話をしてきた。彼はいつも僕をカウントしていると言ってくれたよ。その信頼に応えたい。プレッシャーは問題じゃない。その逆で、やる気にさせる。良い結果を出すためには、沢山のプレッシャーがあることは知っている」と高い意欲を口にした。


 ウナイ・エメリ時代のバレンシアでの同僚で、当時のバルサ戦での左サイドで縦関係を作って暴れた元チームメートとの再会も果たしているが、「アルバからこのクラブのことやクラブの意味するものを教えてもらっている。是非バルサに来るよう言われたよ。僕の頭にあるのはただひとつのことだけ。僕にとって一番重要なのは、勝つことだ」と勝者になるためにバルサにやって来たことを語った。


 スポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレッタは、バルサの新しいセントラルを「左サイドのポリバレントな選手で、守備の要にも適応してきた。彼にはでデフェンサの当たりの強さだけでなく、ボールを出す能力も備わっている」とバルサの特異なセントラルに適応可能だと紹介した。また、「カンプ・ノウのプレッシャーや要求の高さを彼は知っており、チームに知り合いも多く、スペイン語を話せることから問題なく適応すると考えている」とベテラン・デフェンサの獲得について説明をした。


 バルサ史上19人目のフランス人選手となるマテューは━━バルサの買い物下手もあって━━2,000万ユーロでバルサにやって来た。30歳を過ぎたデフェンサに2,000万ユーロは高額であり、同じバレンシアからやって来たジョルディ・アルバは1,400万ユーロ(スペイン代表最多ゴレアドールのダビド・ビージャは4,200万ユーロ)だった。30歳を過ぎたベテラン・デフェンサの移籍金の前例でも、お金持ちのマドリーでもファビオ・カンナバーロに1,150万ユーロであり、バルサの買い物下手の具合が際立っている。


 しかしながら、バルサとしては2009年夏に2,500万ユーロで獲得したドミトロ・チグリンスキー(Dmytro Chygrynskiy | 07/11/1986-)以来のセントラル獲得であり、そのために大きな費用を掛けたことになる。そのチグリンスキーも2010年夏にクラブは現金が必要になったためとして、適応に時間を要して1シーズンで順応しきれなかったことを理由に、フロントがペップ・グアルディオラを押し切って僅かに1年で獲得したばかりのウクライナ人セントラルを古巣のシャフタール・ドネツクへ売却したわけだが、それ以降キャリアの晩年に差し掛かっていたカルラス・プジョールの後継者を獲得出来ていないシーズンが続いた。


 ACミラン(当時)のチアゴ・シウバ獲得オペレーションをスタートさせるも資金難で頓挫、バルサの特異なセントラルに相応しい少ない魅力的なセントラル獲得を試みるも中途半端で、色々な理由を盾に先送りを続けていた。それにもかかわらず、2013年夏にはフットボール的な理由ではない理由でエリック・アビダルを放出してしまい、膝の怪我でトップフォームに近づくことが出来なかったプジョールの穴を埋めきれず、ピケ、マスチェラーノ、バルトラで廻したセントラルも結果論では選手層が薄く、本当に補強の必要に迫られたのが、今夏だった。


 チアゴ・シウバ、ダビド・ルイスといったビッグネームには金額で手が届かず、パリSGで出場機会の少ないマルキーニョスに支払の矢を立てるもパリとの交渉は暗礁に乗り上げたままで可能性は著しく低く、ムンディアルの影響もあってルーチョとスビはマテューに的を絞り、その結果として若干欲していたセントラルとは異なるものの入団が決まった。セントラルでのプレーがメインになるマテューに衰えはないが、1983年10月生まれのマテューが契約通り4年プレーすると35歳となる。その頃はピケも31歳であり、バルトラは27歳だ。そう考えると1994年生まれのマルキーニョスのオペレーションに高額の資金を投入することは効果のある投資に感じるのだが。。。


 10月29日に31歳を迎えるマテューだが、バレンシアでのプレー経験は大きなアドバンテージだ。リーガを知り尽くしているし、対戦相手として戦ったバルサも知っているはずだ。スペイン語を操れることで守備陣との連携面でも言葉が障害になることはないし、ルイス・エンリケがどのような起用を考えているのか、まだプレシーズンが進んでいかないとわからないが、ピケとバルトラの危機感を煽って刺激を与えるだけでなく、重要な戦力として賢く守ることを目指しているルーチョ・バルサの守備を支えていってほしい。


¡Bienvenido al Barça!
Benvingut al Barça!!!

Força! Barça!


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 7月23日(水)、FCバルセロナとバレンシアCFがフランス人デフェンサ、ジェレミー・マテュー(Jérémy Mathieu | 29/10/1983-)の移籍で合意したと発表した。移籍金は2,000万ユーロとなり、内1,000万ユーロは現金で、残りは分割で支払われることになる。契約期間は4年+1年延長のオプション付きで、契約解除金は5,000万ユーロに設定された。


 ジェレミー・マテューは、2009年の夏にバレンシアでのキャリアをスタートさせ、以降5シーズンで176試合に出場してデフェンサながらも7得点。左ラテラルを主戦場としてきたが、2012-13シーズン以降は左セントラルとしてのプレーが増えているが、ポリバレント性は特長のためジョルディ・アルバとアドリアーノのバックアップとして左ラテラルでもプレー可能だ。192cmと長身で空中戦に強く、それにもかかわらずスピードも持ち合わせていて━━ウナイ・エメリ時代のマテューとアルバが縦に並んだ左サイドには苦い思い出が蘇る━━攻撃参加も可能だ。






 バルサとチェ(会長はアマデオ・サルボ)と両クラブ間が条件面で困難を極める交渉となっていたため、マテューはバレンシアのプレシーズンの南米ツアーでペルーへと旅立つメンバーのひとりとしてバレンシアから中継地のマドリーへと向かっていた。マドリーでクラブ間の合意に達したことを受けてバレンシア経由でバルセロナ入り、プラット空港からカンプ・ノウへと向かい、恒例のクラブ・オフィス玄関の巨大エスクード前で記念撮影に応じた。マテューは24日(木)にメディカルチェックを受けた後、契約書にサインを署名、その後FCバルセロナの新加入選手第5弾としてプレゼンテーションされる予定になっている。なお、入団記者会見は19時半からとなっている。




















 バルサTVのマイクを向けられたマテュー「バルセロナに入団することを誇りに思う。バルサは世界最高のクラブだ」と語っている。


 マテューはバルサ史上19人目のフランス人選手となる。

 Los 18 franceses del Barça
  René Victor Fenouillère 1902-1903
  Henry Normand 1908-1909
  Jim Carlier 1913-1914
  Maurice Bigué 1913-1914
  Jean Verdoux 1917-1918
  Jules Robisco 1948
  Lucien Müller 1965-1968
  Laurent Blanc 1996-1997
  Christophe Dugarry 1997
  Frédéric Déhu 1999-2000
  Richard Dutruel 2000-2002
  Emmanuel Petit 2000-2001
  Philippe Christanval 2001-2003
  Ludovic Giuly 2004-2007
  Ludovic Sylvestre 2005-2006
  Lilian Thuram 2006-2008
  Thierry Henry 2007-2010
  Éric Abidal 2007-2013


 近年のエリック・アビダル、ティエリ・アンリ、リリアン・テュラム、ルドビク・ジュリに続く活躍を見せてくれることに期待したい。暗黒時代だったとはいえ、クリスタンバルやプティの足跡を辿ることのないように期待したい。なお、移籍金2,000万ユーロを要した━━のはバルサの勝手だが━━30歳を過ぎたデフェンサとしての前例はお金持ちのマドリーがファビオ・カンナバーロに1,150万ユーロ、ラツィオがヤープ・スタムに1,050万ユーロなどであり、バルサとしては2009年夏に2,500万ユーロで獲得したドミトロ・チグリンスキー(Dmytro Chygrynskiy | 07/11/1986-)以来のセントラル獲得に大きな費用を掛けたわけだ。


 そのドミトロ・チグリンスキーも2010年夏にクラブは現金が必要になったためとして、適応に時間を要して1シーズンで順応しきれなかったことを理由にペップ・グアルディオラを押し切って僅かに1年で獲得したばかりのチグリンスキーを古巣のシャフタール・ドネツクへ売却したわけだが、それ以降キャリアの晩年に差し掛かっていたカルラス・プジョールの後釜としてACミラン(当時)のチアゴ・シウバ獲得オペレーションをスタートさせるも資金難で頓挫、バルサの特異なセントラルに相応しい少ない魅力的なセントラル獲得を試みるも中途半端で先送りとなっていた。


 2013年夏にはフットボール的な理由ではなくエリック・アビダルを放出してしまい、膝の怪我でトップフォームに近づくことが出来なかったプジョールの穴を埋めきれず、ピケ、マスチェラーノ、バルトラで廻したセントラルも結果論では選手層が薄く、補強の必要に迫られたのは今夏だった。チアゴ・シウバ、ダビド・ルイスといったビッグネームには金額で手が届かず、パリSGで出場機会の少ないマルキーニョスに支払の矢を立てるもパリとの交渉は暗礁に乗り上げたままで可能性は著しく低く、ムンディアルの影響もあってルーチョとスビはマテューに的を絞り、その結果として若干欲していたセントラルとは異なるものの入団が決まった。


 正式にブラウグラーナ戦士になった以上は応援するだけだが、セントラル獲得オペレーションを掲げながらポルテーロの選手層を厚く競争力の高い陣容に揃えたためか、攻撃陣(フアン・ギジェルモ・クアドラード)の獲得オペレーションを是が非でも推し進めるフロントには不満が燻ってしまう。況してやマテューの移籍違約金が2,000万ユーロに設定される以前の昨夏なら半額で獲得出来たという結果論ながらも事実が痛恨......ゴニョゴニョゴニョ。


¡Bienvenido al Barça!
Benvingut al Barça!!!
Força! Barça!




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