蹴球中毒な男の独り言日記-バルサ偏愛的バルサ備忘録

フットボールに魅了され、フットボール中毒に侵され、フットボールなしでは生きていけない男のフットボール的な日常についての独り言と備忘録です。愛するFCバルセロナの応援を中心に書いています。バルサのソシオなので、かなりのバルサ偏愛者です。

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 7月24日(木)午後、ルイス・エンリケ体制となったFCバルセロナの今夏の補強第5弾としてバレンシアCFから獲得したジェレミー・マテュー(Jérémy Mathieu | 29/10/1983-)のプレゼンテーションが行なわれた。


 ジェレミー・マテューは23日(水)、バレンシアのプレシーズンの一環として南米ツアーでペルーへ旅立とうとしていた。フランス人デフェンサに対してバレンシアのアマデオ・サルボ会長は移籍違約金を2,000万ユーロに再設定していて、バルサは金額交渉とその支払方法を巡って交渉が長引いた。その結果、マテューはチームと共にバレンシアを飛び立ち、中継地のマドリーの空港で両クラブ間が合意に至った 連絡を受け、チームに別れを告げてバレンシアへと戻り、そこからバルセロナのプラット空港に降り立った。








 水曜日の内にカンプ・ノウを訪れてクラブ・オフィス玄関の巨大エスクード前での記念撮影までは済ませ、24日(木)━━奇しくもグループステージ敗退のムンディアリスタたちの仕事始めとなった━━にメディカルチェックが行なわれ、そこではバレンシア時代に共に左サイドを主戦場としたジョルディ・アルバとの再会も果たした。その後はカンプ・ノウへ移動して、新監督のルイス・エンリケマルク=アンドレ・テル・ステーゲン (第1弾)、イバン・ラキティッチ (第3弾)、クラウディオ・ブラーボ (第2弾)━━第4弾のルイス・スアレス はFIFAからの処罰で入団セレモニーも一切禁じられている━━同様に、VIP専用パルコに隣接した部屋でバルサとの契約書にサインを署名した。


 署名式には会長のジョゼップ・マリア・バルトメウ、スポーツ部門副会長のジョルディ・メストレ、スポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレッタが出席して行なわれた。契約期間は2017-18シーズンまでの4シーズンで、1年の延長オプションがついている。マテュー獲得オペレーションのコストは2,000万ユーロで、移籍違約金は5,000万ユーロに設定された。






 契約書にサインを済ませたジェレミー・マテューは、クラブからブラウグラーナのユニフォームが贈られ、背番号は24番、その上には"MATHIEU"がお披露目された。(昨シーズンまでセルジ・ロベルトが背負っていた番号なので、今シーズンのセルジ・ロベルトはFCポルトへローン移籍したクリスティアン・テージョの20番をつける可能性が高い)




















 その後は赤に染まったロッカールームでブラウグラーナのユニフォームに着替えてピッチでのプレゼンテーションを行なった。ボールリフティングでボールと戯れながら笑顔を振り撒いた後は、バルサのポロシャツに着替えて会見室━━カンプ・ノウ内の会見場Ricard Maxenchs━━での報道陣との質疑応答のプレゼンテーションが行なわれた。この記者会見にはジョルディ・メストレとアンドニ・スビサレッタが付き添った。








 会見はメストレの挨拶、スビサレッタの紹介で始まり、恒例のクラブが用意した選手の紹介ビデオではバレンシアの背番号22のユニフォームを着たマテューの体を張った守備場面、攻撃参加の場面、空中戦でのゴールなどで構成されていて、バルサとの対戦場面も盛り込まれているものだった。


 バルサへの移籍を果たしたジェレミー・マテュー「自分はポリバレントな選手だけれど、一番快適なのはセントラルでのプレー。ここへはセントラルとしてプレーするために来た。30歳は少し遅いチャンス到来だけど、楽しんでいきたい。これが自分のキャリアでの最高の時だと思うからね」と決意と抱負を語り、「ルイス・エンリケとは、この1ヵ月半の間、話をしてきた。彼はいつも僕をカウントしていると言ってくれたよ。その信頼に応えたい。プレッシャーは問題じゃない。その逆で、やる気にさせる。良い結果を出すためには、沢山のプレッシャーがあることは知っている」と高い意欲を口にした。


 ウナイ・エメリ時代のバレンシアでの同僚で、当時のバルサ戦での左サイドで縦関係を作って暴れた元チームメートとの再会も果たしているが、「アルバからこのクラブのことやクラブの意味するものを教えてもらっている。是非バルサに来るよう言われたよ。僕の頭にあるのはただひとつのことだけ。僕にとって一番重要なのは、勝つことだ」と勝者になるためにバルサにやって来たことを語った。


 スポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレッタは、バルサの新しいセントラルを「左サイドのポリバレントな選手で、守備の要にも適応してきた。彼にはでデフェンサの当たりの強さだけでなく、ボールを出す能力も備わっている」とバルサの特異なセントラルに適応可能だと紹介した。また、「カンプ・ノウのプレッシャーや要求の高さを彼は知っており、チームに知り合いも多く、スペイン語を話せることから問題なく適応すると考えている」とベテラン・デフェンサの獲得について説明をした。


 バルサ史上19人目のフランス人選手となるマテューは━━バルサの買い物下手もあって━━2,000万ユーロでバルサにやって来た。30歳を過ぎたデフェンサに2,000万ユーロは高額であり、同じバレンシアからやって来たジョルディ・アルバは1,400万ユーロ(スペイン代表最多ゴレアドールのダビド・ビージャは4,200万ユーロ)だった。30歳を過ぎたベテラン・デフェンサの移籍金の前例でも、お金持ちのマドリーでもファビオ・カンナバーロに1,150万ユーロであり、バルサの買い物下手の具合が際立っている。


 しかしながら、バルサとしては2009年夏に2,500万ユーロで獲得したドミトロ・チグリンスキー(Dmytro Chygrynskiy | 07/11/1986-)以来のセントラル獲得であり、そのために大きな費用を掛けたことになる。そのチグリンスキーも2010年夏にクラブは現金が必要になったためとして、適応に時間を要して1シーズンで順応しきれなかったことを理由に、フロントがペップ・グアルディオラを押し切って僅かに1年で獲得したばかりのウクライナ人セントラルを古巣のシャフタール・ドネツクへ売却したわけだが、それ以降キャリアの晩年に差し掛かっていたカルラス・プジョールの後継者を獲得出来ていないシーズンが続いた。


 ACミラン(当時)のチアゴ・シウバ獲得オペレーションをスタートさせるも資金難で頓挫、バルサの特異なセントラルに相応しい少ない魅力的なセントラル獲得を試みるも中途半端で、色々な理由を盾に先送りを続けていた。それにもかかわらず、2013年夏にはフットボール的な理由ではない理由でエリック・アビダルを放出してしまい、膝の怪我でトップフォームに近づくことが出来なかったプジョールの穴を埋めきれず、ピケ、マスチェラーノ、バルトラで廻したセントラルも結果論では選手層が薄く、本当に補強の必要に迫られたのが、今夏だった。


 チアゴ・シウバ、ダビド・ルイスといったビッグネームには金額で手が届かず、パリSGで出場機会の少ないマルキーニョスに支払の矢を立てるもパリとの交渉は暗礁に乗り上げたままで可能性は著しく低く、ムンディアルの影響もあってルーチョとスビはマテューに的を絞り、その結果として若干欲していたセントラルとは異なるものの入団が決まった。セントラルでのプレーがメインになるマテューに衰えはないが、1983年10月生まれのマテューが契約通り4年プレーすると35歳となる。その頃はピケも31歳であり、バルトラは27歳だ。そう考えると1994年生まれのマルキーニョスのオペレーションに高額の資金を投入することは効果のある投資に感じるのだが。。。


 10月29日に31歳を迎えるマテューだが、バレンシアでのプレー経験は大きなアドバンテージだ。リーガを知り尽くしているし、対戦相手として戦ったバルサも知っているはずだ。スペイン語を操れることで守備陣との連携面でも言葉が障害になることはないし、ルイス・エンリケがどのような起用を考えているのか、まだプレシーズンが進んでいかないとわからないが、ピケとバルトラの危機感を煽って刺激を与えるだけでなく、重要な戦力として賢く守ることを目指しているルーチョ・バルサの守備を支えていってほしい。


¡Bienvenido al Barça!
Benvingut al Barça!!!

Força! Barça!


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 7月23日(水)、FCバルセロナとバレンシアCFがフランス人デフェンサ、ジェレミー・マテュー(Jérémy Mathieu | 29/10/1983-)の移籍で合意したと発表した。移籍金は2,000万ユーロとなり、内1,000万ユーロは現金で、残りは分割で支払われることになる。契約期間は4年+1年延長のオプション付きで、契約解除金は5,000万ユーロに設定された。


 ジェレミー・マテューは、2009年の夏にバレンシアでのキャリアをスタートさせ、以降5シーズンで176試合に出場してデフェンサながらも7得点。左ラテラルを主戦場としてきたが、2012-13シーズン以降は左セントラルとしてのプレーが増えているが、ポリバレント性は特長のためジョルディ・アルバとアドリアーノのバックアップとして左ラテラルでもプレー可能だ。192cmと長身で空中戦に強く、それにもかかわらずスピードも持ち合わせていて━━ウナイ・エメリ時代のマテューとアルバが縦に並んだ左サイドには苦い思い出が蘇る━━攻撃参加も可能だ。






 バルサとチェ(会長はアマデオ・サルボ)と両クラブ間が条件面で困難を極める交渉となっていたため、マテューはバレンシアのプレシーズンの南米ツアーでペルーへと旅立つメンバーのひとりとしてバレンシアから中継地のマドリーへと向かっていた。マドリーでクラブ間の合意に達したことを受けてバレンシア経由でバルセロナ入り、プラット空港からカンプ・ノウへと向かい、恒例のクラブ・オフィス玄関の巨大エスクード前で記念撮影に応じた。マテューは24日(木)にメディカルチェックを受けた後、契約書にサインを署名、その後FCバルセロナの新加入選手第5弾としてプレゼンテーションされる予定になっている。なお、入団記者会見は19時半からとなっている。




















 バルサTVのマイクを向けられたマテュー「バルセロナに入団することを誇りに思う。バルサは世界最高のクラブだ」と語っている。


 マテューはバルサ史上19人目のフランス人選手となる。

 Los 18 franceses del Barça
  René Victor Fenouillère 1902-1903
  Henry Normand 1908-1909
  Jim Carlier 1913-1914
  Maurice Bigué 1913-1914
  Jean Verdoux 1917-1918
  Jules Robisco 1948
  Lucien Müller 1965-1968
  Laurent Blanc 1996-1997
  Christophe Dugarry 1997
  Frédéric Déhu 1999-2000
  Richard Dutruel 2000-2002
  Emmanuel Petit 2000-2001
  Philippe Christanval 2001-2003
  Ludovic Giuly 2004-2007
  Ludovic Sylvestre 2005-2006
  Lilian Thuram 2006-2008
  Thierry Henry 2007-2010
  Éric Abidal 2007-2013


 近年のエリック・アビダル、ティエリ・アンリ、リリアン・テュラム、ルドビク・ジュリに続く活躍を見せてくれることに期待したい。暗黒時代だったとはいえ、クリスタンバルやプティの足跡を辿ることのないように期待したい。なお、移籍金2,000万ユーロを要した━━のはバルサの勝手だが━━30歳を過ぎたデフェンサとしての前例はお金持ちのマドリーがファビオ・カンナバーロに1,150万ユーロ、ラツィオがヤープ・スタムに1,050万ユーロなどであり、バルサとしては2009年夏に2,500万ユーロで獲得したドミトロ・チグリンスキー(Dmytro Chygrynskiy | 07/11/1986-)以来のセントラル獲得に大きな費用を掛けたわけだ。


 そのドミトロ・チグリンスキーも2010年夏にクラブは現金が必要になったためとして、適応に時間を要して1シーズンで順応しきれなかったことを理由にペップ・グアルディオラを押し切って僅かに1年で獲得したばかりのチグリンスキーを古巣のシャフタール・ドネツクへ売却したわけだが、それ以降キャリアの晩年に差し掛かっていたカルラス・プジョールの後釜としてACミラン(当時)のチアゴ・シウバ獲得オペレーションをスタートさせるも資金難で頓挫、バルサの特異なセントラルに相応しい少ない魅力的なセントラル獲得を試みるも中途半端で先送りとなっていた。


 2013年夏にはフットボール的な理由ではなくエリック・アビダルを放出してしまい、膝の怪我でトップフォームに近づくことが出来なかったプジョールの穴を埋めきれず、ピケ、マスチェラーノ、バルトラで廻したセントラルも結果論では選手層が薄く、補強の必要に迫られたのは今夏だった。チアゴ・シウバ、ダビド・ルイスといったビッグネームには金額で手が届かず、パリSGで出場機会の少ないマルキーニョスに支払の矢を立てるもパリとの交渉は暗礁に乗り上げたままで可能性は著しく低く、ムンディアルの影響もあってルーチョとスビはマテューに的を絞り、その結果として若干欲していたセントラルとは異なるものの入団が決まった。


 正式にブラウグラーナ戦士になった以上は応援するだけだが、セントラル獲得オペレーションを掲げながらポルテーロの選手層を厚く競争力の高い陣容に揃えたためか、攻撃陣(フアン・ギジェルモ・クアドラード)の獲得オペレーションを是が非でも推し進めるフロントには不満が燻ってしまう。況してやマテューの移籍違約金が2,000万ユーロに設定される以前の昨夏なら半額で獲得出来たという結果論ながらも事実が痛恨......ゴニョゴニョゴニョ。


¡Bienvenido al Barça!
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 7月6日(日)11時、コパ・ムンディアル2014ブラジル大会でベスト16まで進出したチリ代表のカピタンにしてポルテーロとしてチームを牽引したクラウディオ・ブラーボ(Claudio Andrés Bravo Muñoz | 13/04/1983-)が、ルイス・エンリケ体制となった新生FCバルセロナの今夏の補強第3弾━━移籍でクラブ間の合意に達した順序はラキティッチより前なので第2弾。どちらでもいいか━━として、2013年6月23日に結婚(意外と新婚^^)したカルラ・パルド(Carla Pardo)夫人と共にバルセロナへと降り立った。





 プラット空港からカンプ・ノウに直行して━━6月30日(月)のイバン・ラキティッチ同様に━━クラブ・オフィス玄関の巨大エスクードの前で昨シーズンまでのテンプレートだった記念撮影を行なった。クラウディオ・ブラーボはバルサTVのマイクに「ムンディアルに出場してからバルサに来るというのは何か信じられない感覚だね。とても幸せだよ」と率直な感想を述べ、「チームに貢献したいし、助けたいと強く願ってる。僕はとても野心的なんだ。良い仕事が出来ることをすごく楽しみにしている」と抱負を語った。







 「ビクトル・バルデスやピントの後を継ぐことは僕のモチベーションを掻きたてるんだ。彼らはクラブ内のリファレンスだったからね。チーム内の競争は良いことだよ」とバルサの特異なポルテーロへの理解と覚悟、ポルテーロ3人体制という競争への挑戦を野心的に捉えていることを明言した。ヨーロッパでのキャリアと今の地位を築いたレアル・ソシエダへの感謝も忘れず、「素晴らしい思い出を残してきた。ラ・レアルはヨーロッパに行くことを可能にしてくれ、バルサのユニフォームを着るための更なる扉を開いてくれた」と述べ、「これは僕の仕事に対する報償だ」とこれまでのキャリアでの自信も覗かせた。







 簡単なお披露目を済ませた翌日、バルサでの初日となる7月7日(火)、クラウディオ・ブラーボにとって長い1日が始まった。朝の9時からシウター・エスポルティーバにて約1時間のメディカルチェックが行なわれ、31歳のポルテーロは9日前までムンディアルを戦っていただけに問題なくパスした。その後、カンプ・ノウへと移動し、ルイス・エンリケやテル・ステーゲンラキティッチ同様にVIP専用パルコに隣接した部屋でバルサとの契約書にサインを指名した。署名式には会長のジョゼップ・マリア・バルトメウ、スポーツ部門副会長のジョルディ・メストレが出席し、選手側は代理人、パルド夫人が見守る中でバルサの選手となるべく署名を行なった。





 契約期間は報じられていた通り、2017-18シーズンまでの4シーズンとなった。ブラーボ獲得オペレーションのコストは1,200万ユーロで、移籍違約金は4,000万ユーロに設定された。


 契約書にサインを済ませたクラウディオ・ブラーボは隣接するスタジアム側のパルコへと移動し、理事にスポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレッタが加わった面々との記念撮影、そして奥様(カルラ・パルドさん)とも記念撮影を行なった。そこで、クラブからブラーボにユニフォームが贈られ、背番号は13番、その上には"C. BRAVO"がお披露目された。










 なお、背番号が固定制になってから13番を背負った選手たちは1995-96シーズンが━━クライフの娘の旦那でもある━━マリアーノ・アンゴイ(ANGOY)、1996-97シーズンがカルロス・ブスケツ(C.BUSQUETS)、1997-98シーズンがルート・ヘスプ(HESP)、1998-2001シーズンまでは空席で、2001-02シーズンがホセ・マヌエル・レイナ(REINA)で、2002-2007シーズンまでが再び空席で、2007-2014シーズンがホセ・マヌエル・ピント(PINTO)で、クラウディオ・ブラーボ(C.BRAVO)が2014-15シーズンから新たな13番の持ち主となる。


 その後は赤に染まったロッカールームでブラウグラーナ━━と言ってもポルテーロなので緑色━━のユニフォームに着替えてのプレゼンテーションに移行した。しかし、当初はラキティッチ同様にピッチで行なわれる予定だったものの生憎の雨となり、今夏━━だけの営業なのかは不明━━トリブナ(ホームスタンド)で営業している“ラウンジ”でのお披露目となった。少しの間ボールと戯れながら笑顔を振り撒いた後はバルサのポロシャツに着替えて会見室━━ラキティッチ同様にカンプ・ノウ内の会見場Ricard Maxenchs━━での報道陣との質疑応答のプレゼンテーションが行なわれた。この記者会見にはジョルディ・メストレとアンドニ・スビサレッタが付き添った。


 会見の冒頭、クラブが用意した選手の紹介ビデオでは数々のパラドンで構成されている。CR7のシュートも止めれば、セグンダAのジローナ戦で決めたフリーキックも含まれていた。そして、クラウディオ・ブラーボ「もう既に家にいるかのように感じている」と話した。「ここにいることが出来て、このクラブの一員となって、とても誇らしい気持ちでいっぱいだ。僕のことを信じてくれたバルサに感謝したい。誰もがこのような瞬間を目指すものだ」と喜びを表した。





 バルサへの移籍を果たしたクラウディオ・ブラーボ「巧くやりたいという飢餓感に溢れてやって来た」と話し、ビクトル・バルデスが守り続けていたゴールマウスの下に立つまでには困難だったことを認めた。「レアル・ソシエダに無名でやって来た時、アルコナダの名前で溢れていた。今、過去の歴史に偉大なポルテーロを沢山抱えていたクラブにやって来た。僕にとってはひとつの目標だ」と断言した。レアル・ソシエダに入団した時にもアルコナダのことばかりが話されていたが、ブラーボはそれをモチベーションにしてハードワークを続け、ここまで辿り着いている。







 新シーズンのバルサではルイス・エンリケが3人のポルテーロに等しく機会を与えて競い合ってもらう方針を表明していて、テル・ステーゲンの控えポルテーロだとは感じていない。レギュラーポジションを獲得するためには高い競争の中で勝ち抜かなければならないことも理解している。「3人とも全てゼロからスタートしているし、全員がグループの良きのために、ここにいると感じている。僕の視点から言えば、最大限の努力を自分がすることはわかっているし、落ち着いている」と話した。その意味では「どのチームでも自分がスタメンだと感じたことはない」と明かした。


 レアル・ソシエダでプリメーラとセグンダの両カテゴリーでのプレーを経験、またコパ・ムンディアルでのプレー経験を持つクラウディオ・ブラーボが経験値では上となるが、テル・ステーゲンはボルシア・メンヘングラードバッハで若くして正ポルテーロを勝ち取った逸材であり、ジョルディ・マシップはカンテラーノとしてバルサのプレースタイルに慣れ親しんでバルサBから昇格してきたメリットを持つ。バルサの特異なポルテーロに挑戦する上で必要不可欠な足元での技術でもブラーボは自信を覗かせ、「足元でのプレーは得意だよ。空中戦もね。チリ代表でもラインが高かったから僕がセントラルのようにプレーする時もあった。だからその手のプレーには慣れているんだ」と語った。


 スポーツ・ディレクターのアンドニ・スビサレータは、バルサの新しい13番のポルテーロを「個性が強く、競争力があり、1対1に強く、デフェンサとの連携に非常に優れているし、両足を使ってのプレーも巧い」と表現した。また、テル・ステーゲンは3人目のポルテーロがチームに加入することを知っていたことも明らかにした。


 何より31歳という年齢、レアル・ソシエダでプリメーラとセグンダの両方でのプレー経験、チリ代表をカピタンとして牽引してきた経験からか兎にも角にも落ち着き払っている印象だ。足元の技術に優れていることはラ・レアルでもチリ代表でも証明済みだし、特に記憶に鮮烈なムンディアルでのチリ代表は4バックと3バックを併用するチームで、メディオセントロが本職の選手たちで構成されたデフェンサが高くラインを設定することでゴールとの間に広いスペースが生じるが、高めのポジショニングでペナルティエリアを出てセントラルとしてボールを捌き、正確なキックで攻撃の起点となるプレーは信頼出来る。


 背番号ではテル・ステーゲンが1番、ブラーボが13番、マシップが25番と序列があるが、誰がピッチに立って新チームに逸早く適応し、攻守に渡ってチームの戦闘力を上げることに貢献するのかはわからない。プレシーズンが迫っているが、ブラーボはクラブからは第3ポルテーロとしての獲得だとも、第2とも第1だとも言われてないようで、若く才能に溢れたテル・ステーゲン、バルサのプレーを熟知するマシップ、最も多くの経験を持つブラーボと、タイプの違う3人のポルテーロがゼロから競い合うのが、新シーズンとなる。


¡Bienvenido al Barça!
Benvingut al Barça!!!

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