前回書いたように、僕の「いきものデビュー」は「茜色の約束」が収録されている「ライフアルバム」。

ははぁ、この3人組なんだなと思いつつ・・・名前が読めない。

水野良樹は「みずのよしき」で問題ない。これは中学生にだって読めるだろう。

問題は山下穂尊。

やました・・・ほ・・・。

やました・・・ほ・・・そん。

やました・・・ほ・・・とうと?

そして吉岡聖恵。

よしおか・・・せいえ?

せいえ、せいえ、せいえと繰り返して発音していると、一世風靡セピアを思い出した。

いやいや、「せいえ」じゃぁないだろうと思っていたら、脳裏に菊池桃子が出てきて「空にSAY YES!」と微笑んでいた。




ま、実際はネットで調べてすぐにわかったことだが。


作詞作曲者、歌詞を見ながら僕は感じたものだ。

水野っつーのは、実に明るいポップなハンテンションナンバーを作るんだなと。

そして山下の楽曲のなんと深い、メロディアスな世界。

かなり大雑把なくくりだが、水野の世界は「明るく楽しく」で、山下のそれは「美しくシリアス」ではないかと。

ここで、ファンならずともおおむね知られているいきものがかりの結成を考える。

彼らは最初、水野と山下の二人だった。楽曲の制作をいつ頃から始めたのか知らないが、水野は山下の世界を「自分とは違う」と感じ、山下もまた「俺にはない世界がこいつにはある」と思ったに違いない。そうして二人はお互いに認め合ったはず。卓越したものをそれぞれが持ち寄って結成された路上ユニット「いきものがかり」は「こいつとやる音楽はめっちゃ楽しい」という原動力によってスタートした。たぶん。


が、路上でのパフォーマンスは、おそらく時として心無い仕打ちにもあう。男性二人のユニットを見て、「あぁ『ゆず』のマネだろ?」的な冷たい言葉もあったんではなかろうか?山下自身、「ゆず」に共感して始めたものだからそれは図星であり、返す言葉もない。プロデューサーはいないし編曲者もいない。たぶんリードとベースのギターだけという数少ない楽器で若者二人ががなりたてたところで、そのメロディも歌声も相模大野の青空に雲散霧消するだけ。当初は女子高生の群れを相手に始めたものだし、「かっこいい!」とか「キャー!」とか言われて終わっていた。おそらくは、「もっとちゃんと聴いて欲しい!」「聴く者の胸に届けたい!」という気持ちが募ってテコ入れを図ったに違いない。

そしてそれは、彼らが音楽に対して本気だったからに他ならない。吉岡の加入によって、少なくとも「女の子にもてたくてやってるわけじゃない」のだなと、見られ方が変わる。また、女子高生の群れを相手にすることから脱却して、より規模の大きい(と思われる)本厚木や海老名へと活動の場所を移したことからも、彼らが心身ともに「動き出した」ことが知れる。


そうやって、そこに初めて「いきものがかりが誕生した」のだと僕は考えている。

「画竜点睛を欠く」というが、吉岡抜きの水野・山下はまさにそういう状態だったと僕は見ている。水野と山下の手による楽曲はとても質が高く、過去にあったどういう曲と比べても模倣やなぞりの類を想起することはまずない。単にオリジナリティに溢れているに留まらず、躍動感や高揚感をかきたて、人の胸に沁み、涙腺を刺激するノスタルジックな作品群だ。だがそれほど素晴らしいものを作りながら、スピーカーなしでは残念ながら人々の耳には届かない。吉岡抜きでは、本当に相模大野の空に消えて行って終わりだった。訴求力に欠けていたのだ。人に伝える、訴えるという意味において、この吉岡というキャラクターはどんぴしゃ。前回書いた、天賦の吉岡ボイスのおかげであり、加入当初は「ただでカラオケできる」とばかりに「な~んも考えずにひたすら歌い倒した」きよえがいたはず。

「音楽に国境などない」という。僕もそう思う。何故なら考えなくていいからだ。言葉なんかわからなくても、ルーツやジャンルなんか知らなくても、「それは感じればいい事」だからだ。僕が「茜色の約束」に吸い寄せられた時、歌詞なんか知らなかった。どんなバンドかも、作ったのが誰で、歌っているのが誰なのかももちろん知らない。でも僕は感じたのだ。何しろ感じたのだ。言葉で説明することなんかできない。胸にじわじわと熱いものがこみあげて来て、とっても心地よくて、「こんな自分でも生きている」ということを強く実感したのだ。


水野と山下によるハイクオリティな楽曲に吉岡ボイスが加わり、いきものがかりは魂を宿した。ファンが増えない道理がない。山下が水野に声をかけたのが始まりで、そこに吉岡が加わったいきものがかり。こいうケースは高校時代にいくらでもあるケース。実に身近にあるありふれたパターンだ。かくいう僕も、かつて高校3年の時に仲間と音楽をやっていた一人だが、「誰かの胸に届けよう」などという気持ちはなかったし、また「本気モード」の練習をしたわけでもなく、お遊びバンドで終わった。

が、いきものがかりは違う。僕が言いたいのは、そこらへんにいる若者があれほど完成度の高い楽曲を産み出し、小学生からお年寄りまで幅広い支持を集めることがすごくうれしい。日本全国に募集をかけてオーディションを勝ち抜いたわけでなく、幼少の頃から両親に英才教育を施された良家というわけじゃない。本当にそこらへんにいる若者が、ああいう温もりのある作品を提供してくれる。これは、誰にだって「いきもの」が宿っていることを表していると思うのだ。人には何であれ、秀でている面だとか得意としている何かがある筈で、不断の努力でそれをこつこつと磨いていけば、いずれは何らかの形になるのだといういいお手本でもあるからだ。彼らの音楽に触れていると、「命」の、「いきもの」の尊さが実にリアルに迫ってくる。


「3本の矢」というのは、戦国武将の毛利元就にまつわる話。

晩年の元就が3人の息子に言う。「そこにある矢を1本折ってみよ」と。

それぞれに難なく矢を折ってみせる息子たち。

次に、「それでは3本一度に折れるか?」と元就は問う。すると、1本なら簡単に折れた矢が、3本になると誰も折ることが出来なかった、とされている。これは元就にまつわる逸話であって、事の真偽は問わない。元就が言いたかったのは団結することの意義と大切さで、兄弟が力を合わせて事に当たれば何事も解決できると、気持ちを違えることなく3人が協同するのだぞ、と諭す話だ。


僕はいきものがかりを「3本の矢」になぞらえたい。

水野の楽曲と山下の楽曲はカラーが違う。水野がA面担当で山下がB面およびアルバム用の楽曲担当らしいが、それはそれぞれのカラーを活かした結果そうなっていると思う。いきものがかりの世界は水野だけでも山下だけでも成り立たない。最初に書いたように、水野の世界は「明るく楽しく」で、山下のそれは「美しくシリアス」だ。僕は、この対照はいわば「明と暗」であり、そして「光と影」だと考えている。お断りしておくが、僕は何も決め付けてはいない。「そういう感じを受ける」という事であって、それもかなり大雑把な感覚で、という事。しかも「ライフアルバム」の1作だけ見て、おおまかにだ。明るい山下の楽曲も、深い水野の楽曲もあると思う。たとえば「YELL」あたりは水野の作だけども、マイナーなトーンが全体を覆っていて、どちらかといえば荘厳で、悩み苦しむ若き日の気持ちが曲を支配している。孤独を自覚しながらも、それぞれの夢に向かって自己と闘う強い意思表示が歌われていて、そんな中にあっても、まためぐり逢う友がいて、こころにYELLを持ち続けている。「お互いがんばろう」という気持ちを忘れはしないと歌っている。新たな人生に旅立つ若者の心に深く刻み込まれる「荒っぽいけれども温かみのある」応援歌だ。この曲は全国中学校合唱コンクールの課題曲だし、またアレンジが松任谷正隆だからかもしれない。どういうわけか、僕は荒井由実の最後のシングルである「翳りゆく部屋」を思い出した。共通点って特にないと思うが、雰囲気で思い出したものだ。


この「光と影」は人にとって欠かせないもの。明るいばかりでは生きていけないし、暗く沈んでばかりでも始まらない。光があれば影があるのが人生。影があってこそ光は際立ち、影を乗り越えてこそまばゆい光だって射す。いきものがかりの作品群には、この両面があるからふところが広いのだ。

そしてさきほど書いたように、そこに命を吹き込んで人々の胸に届ける役割を果たす吉岡ボイスがある。


この3本の矢があるからこそ、いきものがかりはますます輝き、走り続けることが出来る。

そうして僕らの胸を打つ。


今回は少し長くなりましたが、また次回は別の角度から書くことにします。




さざんカルビ-ライフアルバム

そこらへんにあるあったかリアル 1.吉岡ボイス


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