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2007年03月27日 05時47分58秒

続・朝青龍の罪~すでに幻想なのかもしれないが

テーマ:スポーツ全般関連

小さい頃、父と時々相撲中継を観た。僕自身たいした興味はなかったが。

横綱同士の対決をのぞいては、どんな相手にも負けないのが横綱だと父は教えてくれた。またこうも言った。まず相手の当たりをしっかりと受け止めて、そうしてそれを跳ね返して倒すのが本当の姿だと。横から攻めようが奇襲を仕掛けてこようが動じることなくなんなく受け止めて、「ふん、それで終わりか?」とばかりによっこらせと寄り切る。それが横綱なのだと。


僕の印象に残る過去の横綱は二人いる。まず千代の富士だ。がっしりとしたハガネのような肉体。どんな当たりもしなやかな筋肉で跳ね返し、そうして相手を土俵に這わせる技の切れが鮮やかに光っていた。

千代の富士が晩年の頃、破竹の勢いで番付を駆け上がって来た安芸島(あきのしま)との一番(たぶん初顔)を記憶している。序盤は忘れたが、土俵上で両者がっぷりよつに組んで動かなくなった。水入りになったかどうかは忘れたが、かなり長い相撲だった。安芸島の下半身は新人離れした安定感をもっていて、まるでそこに何年も前から銀杏の木でも植えてあったかのようにびくとも動かず、お互い果たして次にどう攻めるのかを、僕はじっと見守っていた。随分とこう着状態が続いた後、たまりかねた千代の富士が無理な体勢から投げを仕掛け、それを返し技みたいな感じでやり返して勝ったのが安芸島だった。

敗戦後のインタビューで、千代の富士は苦々しく語った。「下半身に粘りがあっていい。でも、若いんだからもっと積極的に攻めないと。待ってるばかりじゃだめだよ」とそんな内容だったと思う。若手の成長を微笑ましく思いながらも、将来を見据えて敢えて苦言を呈したといった感じだ。負け惜しみもあったと思う。そして、確かこの場所を最後に千代富士は引退した。跳ね返すどころか組んだまま打つ手を見出せず、挙句の果てに我慢比べに負けた上に白星を献上した自分の、横綱としての引き際を悟ったのだろう。引退の言葉はあの有名なセリフ。

涙をこらえながらの「体力の限界」。このひと言だ。男の引き際だった。


安芸島の金星の数は確かかなりの上位に入るはずで、僕の記憶が正しければ、最初の金星はこの千代の富士から奪ったものではと思う。しかしご承知のように、安芸島の最高位は関脇なのだ。幕内力士として長く親しまれたものの、大関にすら届かなかった。大関になれなかったから金星をたくさん稼いだという見方も出来るわけだ。千代の富士に引導を渡し、何度も横綱を倒す力を持っていたのに、それが長続きしないという、そこにはやはり足りない何かがあったのだろう。


もう一人は、あの若貴フィーバーの主役だった貴乃花だ。彼は晩年に連続休場をして批判を浴びた為にややよくない印象を残すのだが、曙との数々のライバル対決を演じた時代は本当に強かったと思う。まるで横綱になるために生まれてきたかのようなどっしりした体格と下半身に、あらゆる態勢に柔軟に対応できる身体のしなやかさ。冒頭に挙げたような、相手の当たりをまずどっしりと受け止めてから、やおらまわしをとって土俵際に持っていく取り口は歴代の横綱の中でも最多ではないだろうか。


「どんっ」・・・「むむむ」「むむむ」・・よっこらせ・・よっこらせ・・・はい、寄りきり。


このパターンだ。これが横綱の相撲だ。それをどうにかして崩してやろうと色んな力士が挑んでも、本当になかなかうまくはいかなかった。序盤で取りこぼす事も時々あったが、終わってみれば貴乃花の優勝という光景を何度見たことか知れない。やたら強かった。


歴代の横綱の中でも、本当の横綱は数少ない。僕は千代の富士がそうだと思うし、貴乃花がそうだった。ただし貴乃花は引き際を誤ったから期間限定。貴乃花の場合は、外国人力士が台頭した時代に重なった為、大人の事情で引退させてもらえなかった面もたぶんある。そんな中、真の横綱として君臨し続ける責任を背負い、人一倍それを追い求めた悲劇だろう。彼の名誉のために言っておこうと思う。


長くなったので今日はここまで。


参考記事:朝青龍の罪は追放に値する

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2007年03月26日 05時37分43秒

朝青龍の罪は追放に値する

テーマ:スポーツ全般関連

大相撲春場所の優勝は白鵬に決まった。

それはルールに則ってそう決まったが、今場所、もうそれはどうでもよくなった。


朝青龍の罪は決して軽くないと僕は思っている。


この場所が始まる前、角界は雑誌に掲載された八百長報道で揺れた。それが本当かどうかや詳しい内容を僕は知らないが、その疑惑の中心に朝青龍がいたらしいことは知っていた。で、場所が始まる前のある日の新聞記事で「普段は練習嫌いの朝青龍が珍しく懸命に稽古をこなしている」旨の記事を見た。それは八百長問題のせいで殊更に強調しているのかもしれなかったが、疑惑を払拭する為にも、絶対に優勝しなければならなくなった朝青龍が目の色を変えているようにも思われた。


本場所が始まるや否や、朝青流は初日から黒星を献上し、更に次の日もこけて二敗を喫した。精神的に追い詰められていて自分の相撲が出来なくなってるのか?と思ったが、3日目からは本来の姿を取り戻して連勝を始めた。早くから二敗した彼を横目に白星を積み重ねたのが白鵬で、このまま行ったら朝青流と白鵬のどちらかが優勝だなと思い、そして千秋楽だ。


朝青龍の今日の相手は千代大海で、彼はそこで信じられない取り口で白星をぶんどる。

千秋楽の、大関相手の取り組みで、横綱が「立ち合い変化でのはたき込み」だ。

そこまでして勝ちたいか?

確かに勝ちは勝ちであり、立ち合いでのそれが反則というわけではない。わけではないが、この時点で彼は大相撲という国技に対して大変な冒涜をしたと僕は思う。優勝が決まるまでの道のりは初日も千秋楽も同じなかにあるが、この一日は興行の最終日であり、優勝が決定する大事な大一番が行なわれる日であり、観客は次の場所が始まるまでは見られない最後の大勝負を見届けたく思っている名残惜しむべき日なのだ。にも拘わらず、朝青流は千代大海をあっさりと立ち合いではたいた。ひどい話だ。

相撲というスポーツは、「勝ち負けという勝敗」や「番付という地位」や、「給金というお金」が確かに絡んでいる。しかし、それもこれもあれも、長い伝統によって培われた、日本の由緒正しい伝統文化に根ざしたもの。それを、優勝という成果を得んが為にはなりふり構わず手段を選ばない、ある種ギャング的な手法を持ち込んで全ての人たちの期待を裏切ったのだ。とにかくひどい話だ。


もし、勝ち星の半数が「立ち合い変化によるはたき込み」という力士がいたとしたらどうだろう?その力士との取り組みで立合いから思いっきりぶちかます者はいない。仕切りのあとはお互い両手をひらひらさせて、自分の有利な組み手を探して・・・さしずめそれは柔道に似たものになるに違いない。胴着はないからつかみにくく、そうするとアマレスだろうか?もう相撲ではなくなる。土俵に着いたら負けることがわかっていて、渾身の力で相手とぶつかり合い、そうしてそののちお互いの技を駆使して負かし合う。それが相撲のはず。全くひどい話だ。


少し前に、何かのバラエティ番組で「綱の品格」という事が取り上げられていた。朝青流については、以前から色々と横綱審議委員会が素行や言動その他を問題にしており、しかしまだ若いからという理由で、少しずつ改善されて本当の横綱になってくれるだろうと期待を込めて見守られている。見事に裏切ってくれた。くだんの番組では彼自身も登場してコメントしている。

「一番強い力士が横綱だ。横綱の存在理由は強さでこそ示されるもので、勝手こそ横綱。自分がこれからもそれを証明する」というような事を言ったと記憶している。「品位?品格?そんなものは知ったこっちゃないよ。勝てばいいんだよ。勝たなきゃいけないんだよ」みたいなことも言ったはずだ。うろ覚えで申し訳ないが、とにかく、「品格なんて勝ち続ける事であとからついてくるものだ」という趣旨の発言だった。この男らしいなと僕は思った。そして、そういう姿勢はこれからもバッシングを浴びるだろうし、またいつかしっぺ返しがくるんじゃなかろうかとも思ったものだ。

奇しくも、そのような「品格を軽んじて勝敗に重きを置く姿勢」が大一番にダーティーな取り口をするまでに及び、極まった結果が決定戦で墓穴を掘ったのだ。


白鵬から見れば朝青流はモンゴルの英雄であり、大先輩であり、越えるべき壁かつ目標とする手本だ。その大先輩が目前でああいう事をやった。勝負への執念ではあるが、裏を返せば余裕のなさの表れだ。白鵬はどう感じただろうか?この分なら自分が勝てると思っただろうか?いや違うと思う。やっぱり壁となって目の前に立ちはだかった朝青龍に恐怖を感じただろう。過去の対戦成績や、前日に負けている事を考えれば勝算としては3~4割がせいぜい。これが千秋楽でなければ捨て身の覚悟で挑んだかもしれないが、この一番が最終最後で、これさえ勝てたら全てが終わると思い詰めた白鵬が、ついやってしまったと言って果たして誰が責められようか?横綱がやってるんだから。

白鵬の胸中には、「横綱がそれじゃぁ情けないよ」という思いもいくぶんあったはずで、そこで皮肉を込めて・・・という面も否めない。


いずれにしろ、朝青龍が千秋楽をぶち壊し、後輩の白鵬がそれに乗じたということだ。この二つの取り組みは、首の皮1枚でつながっていた大相撲人気と、それでも「もっと日本人力士に頑張ってもらいたい」と願うファンの思いを完全に踏みつけにした許しがたいものだ。

僕ははっきり言って朝青龍を角界から追放してもらいたい。ただ勝てばいいという姿勢は全く横綱に値しない。どうやったら追放できるのかは知らないが、少なくとも、相撲ファンは署名なり嘆願書を集めるなり、何かやらなきゃいかんという気がする。


相撲が国際色豊かになり、様々な国の技や動きが取り入れられる結果になり、一定の貢献はしたことと思うが、それでも、日本でそれが行なわれる限りにおいて伝統は守られるべきものだ。

また今後、立会いでの変化については委員なり専門家が議論を重ねて『禁じ手』にするよう研究して欲しい。どこまでがよくてどこからがその『禁じ手』と判断するのかをだ。そうすれば、たまたまそうなった場合を除いては「やってやろうと」はなっから考える者はいなくなるだろう。


そうそう、豊真将(ほうましょう)という力士を見た。11勝4敗で技能賞を獲得。

面構えといい、体つきといい、その激しい取り口といい、次代の横綱候補と見た。いるじゃないか、意気のいいのが。今後の活躍を大いに期待する。愛する雅山(みやびやま)が途中休場したせいもあって見ていなかったが、最後の結果だけ見ようとして見たくないものを見ちまったわい。

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2007年03月25日 07時42分20秒

アダルトな安藤、伸び盛りの浅田真央

テーマ:スポーツ全般関連

世界フィギュアを見て感じた事だ。


金メダルを獲得して女王の座についた安藤美姫と銀メダルの浅田真央。

前日のSPから、二人ともコスチュームを変えて挑んだわけだがそれが揃って赤だった。おそらく勝負を懸ける意気込みかと思うが、色は同じでもそこには明らかな違いがあった。安藤の方は背中が大きく開いた、赤といってもワイン色に近い深い赤。

浅田は胸元に飾りをあしらった、原色っぽい鮮やかな赤。

そこには3歳の年齢差があった。


前に安藤はこんな事を言っていた。

浅田を見て、「この子はすごい。必ず出てくる子だし、この子が完璧な演技をしたら絶対に勝てない」と。しかしこうも言っていたと思う。

「その年齢に応じた滑りがあるはずで、真央の真似をするんじゃなくて、自分のパフォーマンスをしっかり出せばいい」と。

それは今回、衣装にも明確に表れていた。


浅田はSPで5位と出遅れ、その遅れを取り戻す為に自分の全てを出す覚悟で挑み、見事にやってのけた。前評判では金メダルの期待が大きく、それはもう想像もつかないプレッシャーだったはずで、SPで失敗した分も負担になり、精神的にかなり追い込まれていたと思う。その大一番で素晴らしい演技をやり切るところが彼女の凄さでもあるが、演技が終わった時点で全てが開放され、まだ演技者が二人残っている段階で、また得点も出ていない時点で、言い換えると「メダル獲得が確定していない」にも関わらず喜びを爆発させて涙を見せた。ゴルフで言えば出入りの激しい、結果オーライとはいえ危なっかしい二日間だった。それが若さでもある。見ている側としても、「彼女の精神的苦痛」と、「それをはねのけたことが理解できた安堵感」で開放されたし感動もさせてはもらったが。


それに対する安藤。

初日のSPではきっちり演技をまとめ、2位の好位置につけた。

二日目のフリーについては、逆転を狙って『諸刃の剣』である4回転サルコーへの挑戦も口にしたが、ウオーミングアップ中、絶対の自信はないと見るやすっぱりと気持ちを切り替えて確実な構成を選択した。そのフリーの演技は堂々たるもので、大人の演技を思わせる華麗な滑りだったと思う。衣装についてもうひとつ付け加えるなら、安藤のそれはお尻が綺麗に見えるというか、見えやすいというか、「敢えて見せたのか?」と思えそうな、色気たっぷりなものだった。

安藤は演技終了後も充実したやり切った様子はあったものの冷静な表情を崩さなかった。浅田と好対照だ。大人だ。そうして、最後の最後、自分の得点が誰よりも高い事をはっきりと確かめて、その時初めて落涙したのだ。最終演技者というのは誰よりも緊張するはずで、しかもキム・ヨナがチャンスをくれていて、妙な減点さえなければ逆転可能な状況。気持ちの維持はかなり難しかったに違いない。そこを安藤はやり切った。

素晴らしいのひと言に尽きる。


採点競技はある意味冷酷だ。

自分の最高のパフォーマンスが出せたとしても、他の選手がそれ以上のものを出せば勝てない。また、自分自身で最高だと感じていても、採点は開けて見なければわからない。

村主章枝が前にこぼしていた。

「これ以上どうしたらいいのか自分でもわからない」と。「根本的な部分から構成しなおす必要があるかもしれない」と。

彼女自身が納得していたのに、得点は思ったほど伸びなかったからだ。そう言う意味では、中野友加里も厳しい立場にいるのかなと思う。それなりにやれているようだが、メダルには届かず、おそらく120%の演技が出来たところでメダルの圏内に滑り込むのがやっとという感じだ。


だから、思い描く滑りが高得点にそのまま結びついている安藤と浅田は乗りに乗っていると言える。

上り調子の浅田を意識しすぎることなく自分のベストを尽くす安藤。

粗さはあるものの、やっぱり誰もが認める浅田真央。浅田がコンスタントにベストパフォーマンスを引き出す事の出来るような、そういうメンタルの強さを身につけたらまさに敵なしだろう。


練習で100回連続で成功しても、本番で101回目を失敗したら全てが消える採点競技。

銀盤で舞う彼女達の姿は本当に美しく、わずかな違いが失敗につながる氷上における数分間の、刹那の幻。

史上初の1、2フィニッシュを成し遂げてくれた二人には、おめでとうと同時にやっぱりありがとうと言いたい。



美姫と真央

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2007年03月23日 06時03分21秒

「拝啓、父上様」の余韻

テーマ:テレビ的なはなし

フジの「拝啓、父上様」が終了した。

この作品は最初こそよくわからなかったのだが、回を追うごとに厚みを感じ、キャストにぐいぐい引き込まれ、神楽坂がいとおしくなった。東京に10年ほど住んでいた僕だが、神楽坂に行く機会は全くなかった。近くを通ったことくらいはあるが、それも車で通過しただけの事で、このまちの匂いを肌で知るようなことはなかった。ただ、脚本の倉本總が描きたかった世界は神楽坂に限定したものではなかっただろう。古きよき日本の伝統や、先人が長い年月をかけて築き上げてきたものを等しくイメージしていたことと思う。


政府の要人御用達の、由緒ある料亭である「坂下」の世界は、僕などから見たら全く縁のない別の場所であって、一種特別な空間のような印象を受ける。それはもちろん独特の場所ではあるが、そこで働く人たちに限って言えばむしろ狭いのではないかと思う。古くからの伝統を頑なに守り、お客様の期待に添う仕事を日々淡々とこなす。築地と店とを朝早くから、毎日決まった時間に行き来し、料理を作ってお出しし、1日が終わる。毎日同じ顔の人たちと共に、変化に乏しい日常が繰り返される。

しかしそれでも人と関わりながら生きていく生活の中には、好き嫌いの感情があり、それが商売であるからには経済論理と無縁ではいられず、また時代の変化による影響を少なからず受ける。


毎日きちんと仕事をしていても、自分たちの力ではどうにもならない事情によって、波風は立つのだ。一見すると平々凡々に映る日常に、「神楽坂の衰退」という大きなうねりがやって来るさまは、まず第1話から予告されていたものだ。そんな中、主人公(二宮和成)は真面目に修行を続けながらも、一人の男として恋をする(ナオミとの出会い)。コミュニティにおける信頼を得つつ(新しい『坂下』に必要とされる)も将来に対する不安(エリの結婚相手と目されている)を募らせ、自分の父親の面影を追いながら自らのアイデンティティを問う。

修行の身として日々淡々と仕事をこなしながら、目の前の小さな幸せに一喜一憂していた一平はほぼ(な~んにも考えていない)少年のような日常を過ごしていたが、恋に目覚めてから(誰かを想う感情を芽生えさせてから)一歩一歩大人の男に成長していくのだ。


大切なものを守りたいおかみさんの気持ちは崇高な理想ではあるが、シビアな現実と向き合う律子も必死に戦っている。そうして回が進むに従って、「坂下」の移転建替え計画はじわじわと進んでいく。そこでは、「老い」の問題もクローズアップされている。おかみさん(八千草薫)が壊れるのだ。僕の父が亡くなる時は、このおかみさんのような「妄言」が少なからずあった。腎臓機能が弱った為に尿毒症の症状が出ていたもので、夜中の2時に身支度を整えて「迎えに来い」と病院から電話してきたり、通帳に入っていた金を「看護婦が持ち逃げした」などと騒いだりしていた。おかみさんの場合はアルツハイマーを呈した様子だったが、そういう場面を見るのは正直つらかった。


森山良子の歌う「パピエ」の歌詞にドラマのテーマが歌われていると感じた。


めくりめくる日々はただ白いページ 涙のあとも覆うように明日へ続く

いつかどこかで見かけてくれたならいいのに


その日常はあくまでも淡々としており、単なる白いページでしかない。しかしそこには色んな事がやはり起きるもので、涙する事だってあるに違いない。けれども、時間の流れは止まってはくれないのだ。その涙をあっさりと覆って明日へのページが繰られていく。そうして、それでも人々が生きて行けるのは、人の温もりがあるから。「~いいのに」という表現は、「たとえ誰もいなくても私は頑張って自分なりに生きていくという覚悟」と、「出来れば誰かに励ましてほしいという人恋しさ」のあらわれではと思う。


それを端的に示す役割を演じたのは、竜さん(梅宮辰夫)だろう。トラブルが起きた時に仲裁するのはたいがい彼だった。やはり先達の成せる、ベテランならではの味という事だろう。故郷に帰るという竜さんを「見送る」と申し出る一平に、「俺なんかに構う暇があったら云々」と「お前が会うべき人は他にいる」と諭した。


この1月期のドラマ群の中では、TBSの「華麗なる一族」が数字を稼いだそうで、日本テレビの「ハケンの品格」も好評だった。僕は前者を見ていないから知らないが、「ハケンの品格」については、まぁおおむね見る価値のあるものだったと思う。

ただ、個人的には、この「拝啓、父上様」の満足度がかなり高い。

人物たちの表情といい、場面場面の美しさといい、胸に沁みた。

名場面を挙げればいろいろあるが、やはり見たばっかりだし、ペンを持つナオミの手を優しく包み込むように添えた一平の、あの二人かなと思う。

よかった。


30日も会わなけりゃとっくに修復できないのが現実だと思うが、彼らはもともとそんなに言葉を交わしてはいなさそうで、気持ちでつながっていたんだと理解したい。

ほんとによかった。

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2007年03月22日 02時29分14秒

せいほうこうこうまええき

テーマ:がんばれ!清峰高校!

昨夏の甲子園では1勝しかできず、正直言って期待はずれに終わった清峰高校。

その前のセンバツで準優勝したことを思えばがっかりするのは致し方ないが、主力が卒業するなどチームががらりと変わる高校野球ならではとも思う。

甲子園に出場するなど夢のまた夢だった昔と比べれば、それはもう町民の期待が高まるのは必至。OBとしては、このブレイクをきっかけにいい選手が集まる流れになって、2~3年に一度は甲子園出場を決める常連校になって欲しいものだ。


昨夏、1勝に終わってそのあとは主力の有迫投手やら佐々木伸行も抜け、次の世代が育っていなかった。センバツ大会には秋の地区大会での成績が振るわなければ出場できないから、ご承知のように、この春のセンバツには出ていない。

次に期待するのは、当然、この夏の甲子園大会になるが、果たしてどれくらいチーム力の底上げが実現出来ているかだ。


ところで、この清峰高校に久しぶりに話題がある。

昨夏の大会まで3季連続の甲子園出場を果たした彼らの、今後の活躍をも期待して、清峰高校の最寄り駅であるMR「上佐々(かみさざ)駅」が「清峰高校前駅」に改称された。ちなみにMRというのは第三セクター(だったかな?)が運営する『松浦鉄道』の略称。この駅、1日の利用客が約600人だそうで、そのうち生徒が550人だとか。

彼らのおかげで全国的にはそこそこ(高校野球ファンの間では)名前が知れたが、まだまだ甲子園の常連校とは呼べない。地域をあげて応援する意味でも、名前が色んなところに使われるのはいいことだと思うし野球と直接関わらない生徒にとっても誇らしいだろう。


僕はといえば、この駅に降りた事もここから乗った事も一度もない。僕は自転車通学だったから。どしゃぶりの雨の日以外は毎日自転車にまたがっていたし、どうしてもの時はバスを使って学校にいった。何せ、僕の家に最も近いMRの小浦(こうら)駅は歩いて30分くらいかかったから。え~と、その駅から佐世保(従って清峰とは逆方向)に行く時は、途中の友達と待ち合わせたりなどしてMRを利用した経験がないわけではない。それも中学校時代だが。

大人になってからは車に乗るのでMRは全く利用しない


詳しいニュース記事(長崎新聞)はこちらを



清峰高校前駅


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2007年03月19日 04時37分33秒

批判する側の態度

テーマ:ブログ

きのう、久しぶりに更新したらレッドムーンさんに励まされ、調子に乗って書いていますが。それがなにか?


ブログを始めた時から折に触れて気になっていたことがあります。

公序良俗に反しない限りは自由に書いてよいということで、僕は勝手気ままに書いており、まぁ書くからには何かしら見た人から支持されるものを書こうと思ってやってきました。

感動した!という類のものを書くときはそれほど問題にはなりません。自分もそうだ!と思う人は賛同してくれるし、興味がない人なら特に何の反応も返さないでしょう。また、自分の体験の場合も同じ。感心する人がいたり、別に?と感じる人がいたりで、それで終わりです。ほぼ完結します。


ですが、世の中の物事に対して「それはいかんだろう!?」という話題を取り上げる場合には注意が必要です。表面的には「いかん」ことであっても、「それがどの程度いかんのか

?」や「なぜそのような事になったのか?」をほったらかしのままではその批判は姿勢を問われる懸念があるからです。批判を批判されかねません


ヨハネの福音書に、「あなたたちの中で、罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」というキリストの言葉があるそうです。その言葉を受けて、それを聞いていた人々は一人、また一人と立ち去ったのだとか。


これが、僕が気になっていたことです。

たとえばライブドア裁判について。

たとえば光熱水費問題について。

たとえば西武の裏金問題。


その問題に関連して、自分が「どこまで知っているのか」や「どの立場にあるのか」を棚上げにして追及するというのは感心できません。多くは全くの第三者ですから、関連知識を武装した上での話であるべきということになりますが。従って、僕がこの手の話題を取り上げたくなる時は結構大変です。ある水準の勉強をしないと書けないのです。問題が大きい場合は、それをどの段階で、どういう視点で書くのかも大事で、溢れかえる情報からの取捨選択も相当に必要です。

僕が、より完璧を求め過ぎるのでしょうけど、従ってこの手の話題を近頃はあまり取り上げようと思わなくなりました。


取り上げずらいという意味でわかりやすい例を挙げると、飲酒事故に関連する怒りですね。未来のある子供たちや、何ら罪のない市井の人々が突然に命を奪われるのはとてもつらいです。危険運転致死傷罪の適用云々についてもそうです。しかし、僕はお酒を供している店の主人です。来店客が当たり前のようにビールを飲んで、涼しい顔で車に乗って帰るケースは正直言ってままあります。各人の判断でそうしているようですが、それを指摘すればうちは客を失う事になりかねず、黙認する事も時にはあります。地方の景気は未だに冷え込んでおり、売上げはなかなか伸びず、とうとうランチ営業を余儀なくされています。夕方からの営業で充分な売上げがあるのならばお昼まで仕事をする必要はないのです。


なるべくなら、批判をせずに済みたいですね。

自分の中から生まれた言葉を紡いで、今後は創作ブログにしましょうか?

ニュースをチェックするのや関連サイトをうろつくのは結構時間を要するものです。自作の物語ならパソコンの前にいなくても頭の中で考えておけるしね?

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2007年03月18日 04時57分52秒

あぁひさかたの

テーマ:本日の・・・?

ひさかたぶりです。

ずっと書けていませんでした。

先月の中ごろに「お昼も開ける」と母が言い出し、しかしそれは以前から暇になったら言い出す口癖のようなものと僕は考えていて本気にはしていませんでしたが今度はどうやら本気らしく絶対開けると言い張ります。それでも、4割くらいは疑ったまま、「何かお昼用のメニューを考えないと無理」と突っぱねましたが「何か出来たね?」と毎日のように重ねて聞いてくるからもう半ばヤケ気味で「うまい牛丼を出す」と答えておきました。次第に4割が3割、2割と減り始め、と同時に「ランチ営業」の本気度が「6割がた」からとうとう8割を超えてしまいました。その間、牛丼を出すための材料(焼肉ではない牛丼用の肉)を仕入れ、実際にそれを作り、最初はまずくて食べられず、毎日のように晩飯に牛丼を食べ、何とか納得の味になりました。ついでにブタ丼も作り、その肉をも仕入れ、またまた晩飯にブタ丼を食べました。

もう、いやいやながらもランチ営業が本当になり、牛丼とブタ丼の写真をデジカメに収め、ランチ用のメニューを新たに作成し、印刷し、パウチをし、始めたのが3月の5日でした。表の営業中の看板も「裏にランチの案内を書いたもの」に作り換え、それも看板屋さんに発注し、出来ました。それは本当に、ごく安上がりのやつですが。


今までの生活パターンに、ランチ営業が加わると僕にはとっても大変です。

はしょりますが、朝方眠りについていた、7時間ほどうしろにずれ込んだ生活をしていた僕には11時半からのランチはきついです。朝7時を回ってから布団に入っていたんですから、そこから3時間半睡眠で起床する必要があります。ランチを終え、2時半から3時半まで1時間寝るみたいな生活を数日やりました。身体のリズムはぼろぼろ。

毎日少しずつ、寝る時間を30分ずつ早めていき、最近は5時半頃寝ています。もう少し早めて、4時に布団に入れればいいかなと考えています。


そんなわけで、身体のリズムはへなへなで、おかげで○ンコもろくに出ませんわな。


世の中では色んな事が起きています。

ナントカ還元水やら、西武の裏金やら。


鈴木ヒロミツさんが亡くなりました。いつ頃だったかなぁ。母が毎週楽しみにしているNHKの「歌謡コンサート」(火曜日夜8時)にヒロミツさんが出ていました。昔大人気だったらしい「夜明けの刑事」の主題歌を歌われました。番組を見た記憶は微かにあるものの、タイトルどおり刑事モノだったんだろうな程度の記憶しかありません。ただ、その主題歌の印象は残っていました。「やたら渋かった」というものです。そして、やはりその曲を歌うヒロミツさんは渋かった。ただ、その日のヒロミツさんはどこか病的な痩せ方に見えて、どっか身体を壊してるんでは?と感じたものです。タレントさん達が絞り出すコメントを聞くだに、多くの方々に愛された人物だった事が知れます。ご冥福をお祈りします。


僕のブログに訪問頂いている方が果たしてどこからやってくるのかをこのあいだ見たらば、ほぼ8割がお気に入りやブックマークでした。

あぁそうなのだなぁ。

ということは、ブログを開設してはいないけども、ネットをやってる人たちが(何かしらを気にいって)見てくれているという事なのかな?と考えます。気にいってくれたブロガーならば、読者登録も考えられますが、近頃めっきりそれはなく、増えず、しかしある程度のアクセスは維持しているようで。

ありがたいことです。

せっかく来てくれたのに書いてなくてすいません。


そういうわけで、今後もランチ営業をしているとあまり書けなさそうです。この生活のリズムが身体に馴染めば少しはとも思いますが、以前よりも自分の時間が減るわけだし。

以前は夜の営業(夕方5時~12時)の為に午後3時~午前1時くらいの時間は拘束されていました。何もなくてその時間帯ですが、忙しい時や、お客さんが遅くまでいる時なんかは前後に1~2時間増えます。これに、ランチの3~4時間が加わり、結局1日14時間以上は仕事をする事になります。かきいれ時はもっとですね。お店に純粋に関わる時間に加えて、雑用だとか買出しだとか、まぁもろもろありますので、パソコンに向かう時間は確実に減ります。

なにやら言い訳がましくて嫌ですね。


おまけに、僕の場合自分で納得のいった文章が書けないと更新したがらない性格です。妥協は多々ありますが、書くからにはそれなりのものを書きたいほうなんで。


ブログそのものは続けていく所存ですので、どうかよろしくお願いします。

お気に入りから削除しないで温かく見守って下さい。

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2007年03月01日 06時15分01秒

吐露

テーマ:それでいいのか?!

何があるかと問う。

あるのは嫉妬、あるのは羨望。


何があるかと重ねて問う。

それは金銭欲であり、購買欲でしかない。


眠りをむさぼり、空腹を満たす。

怠惰に流れ、時間に身をまかせ。


おまえは何が欲しいのだ?


欲するが為になすべき事はなんなのだ?


卑小な自己を蔑み、問題を先送りし、誰かのせいにする。


果たしておまえはやったのか?


やろうとはした。


おろかな。何も為しえていないではないか?


また逃げるのか。


逃げたくはない。逃げたところで何も解決しない。わかってる。


ではどうする?


どうするのだ?


劣等意識に溺れ、酔っているだけではないのか?


前を向き、歯を食いしばり、手を伸ばして。

仁王のように立つしかない。


苦しむがいい。それは苦しまなかった分だけのツケなのだ。

それとも、これまで充分苦しんできたと?

笑わせるな。なしえていないではないか。


為し得るまで苦しむのだ。それしかないではないか?

為し得て笑え。

その時に笑え。


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