人気ブログランキングへ
1 | 2 次ページ >> ▼ /
2006年10月28日 04時17分07秒

これこそが教育かと

テーマ:本日の・・・?

少し前の記事ですが、いい話なのでブログに載せようと思いながらすっかり忘れていました。ちょっと長かったのでどういう風に書こうかと考えつつ、ついそのままになっていたのです。


出来心で万引きに走りそうな少年やその親、教師には、作家・井上ひさしさんの随筆集『ふふふ』を読んで欲しい。この中の一文で井上さんは、中学生の時に500円の英和辞典を万引きし、本屋のおばあさんに捕まって諭されたことを告白している。

「これ(辞典)を売ると百円のもうけ。坊やに持って行かれると、百円のもうけはフイになる上に五百円の損が出る。その五百円を稼ぐには、これと同じ定価の本を五冊も売らなければならない。この計算がわかりますか」

「うちは六人家族だから、こういう本をひとつきに百冊も二百冊も売らなければならない。でも、坊やのような人が月に30人もいてごらん。うちの六人は餓死しなければならなくなる。こんな本一冊ぐらいと軽い気持ちでやったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いんだよ」

庭の薪を割ったら勘弁してあげる、というので井上少年は必死に薪を割る。終わる頃、おばあさんはおにぎりを持ってきて、手間賃700円を差し出す。そこから500円を取って英和辞典を渡し、少年を帰宅させた。

つまり、井上少年は200円の労賃と辞典一冊、それに「欲しいものがあれば働けばいい、働いて買えないものは欲しがらなければいい」という世間の知恵を授かったのだ。

井上さんはこのおばあさんを「人生の師」と呼び、深く感謝している。もちろんそれ以来、万引きをすることはなかった。

「また、薪割りをするのはごめんだし、なによりも万引きが緩慢な殺人に等しいということが、おばあさんの説明で骨身に沁みたからである」と記している。


この記事は2006年7月21日付けの読売新聞朝刊、23面、編集委員小川直人氏が執筆した「反射角」で、『「万引き」は犯罪です』とタイトルがついています。実際はこの倍の量があり、文章の後半部分を僕が丸々抜粋しました。前半は、書店での万引きがなかなか減らないために万引き防犯のシールを貼る取り組みが福岡県で始まったという内容。4年前の経産省の調査では書店1店舗の年間万引き被害額が約212万円だそうです。


この文章は、万引きが決して「出来心」で済まされるものではないと教えています。また、お金というもののありがたみや、「働くこと」とそれに合う「対価」、についても静かに語っています。



いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006年10月27日 05時56分21秒

新庄という生き方

テーマ:巨人、プロ野球関連

2006年の日本シリーズは日本ハムファイターズが制した。日本一おめでとう。

僕は日ハムと中日のチーム力やレギュラーシーズンの戦い方、及び今回のシリーズについて事細かに知っているわけではない。それで、今回は新庄剛志について考えた。


シーズン途中に「今季限りでの引退」を発表したこの男、新庄。かぶりものをして派手なパフォーマンスでチームを活性化し、何かやってくれるのではと常に期待を持たせ、それに答えた新庄。

新庄はレギュラーではあっても、「チームの主軸」と言える存在ではなかった。4番打者ではなかったという意味だ。プロ野球選手として一流とは言えるのだろうが、打順はだいたい6番か7番で、過去に一番打者として定着していた時期もあったがそれもムードメーカー的存在であって、敗戦の責任を背負う立場ではない。これは日ハムに限らず、阪神時代を含めてのことだ。

メジャーに挑戦した時には日本中を驚かせ、また首をかしげさせた。確か2億?くらいの年俸を袖にして、4000万円くらい(おぼろげな記憶)の給料でメッツに入ったのではなかったか?向こうも新庄の値段をちゃんと知っていて、「うちこれしか出せないよ?それでもいいの?それでいいんならやってみれば?」みたいな扱いをされたが、彼は「いいです!」とそれに飛びついた。メッツ時代は当然主力とはいかず、代打とか、守備固めとか、便利屋みたいな使われ方ではなかったかと思う。それでも数少ない日本人メジャー選手の一人としてメディアにも別枠で取り上げられていて、国内でヒットを打った時の何倍かの喜びを持って迎えられた。目立っていた。2~3年いたのかな?おそらく、彼ははじめからその程度の期間しかメジャーでのプレーは考えていなかったという気がする。自分の力ではメジャー球団の主力になれるわけがないとはなっからわかっていて、自分の経験値を上げる目的で海を渡ったのだろう。


そうして彼は日本に舞い戻ってきた。

札幌ドームをお客さんでいっぱいにするという目標を引っさげて。優勝とは言わない。お客さんでいっぱいなのだ。そのあたりが新庄だ。彼にはビジョンがあった。自分にはチームを勝たせる力はない。だからお客さんをとにかくよべるチームにする。そのためにならなんだってやる。そうして常に試合を盛り上げ、エンターテイメントし、わくわくさせる。そうすれば何かが起こる。チームの士気はぐんぐん上がり、打つべき人が打ってくれて、抑えるべき人が抑えてくれる。自分は自分の全力を尽くしたプレーでファンを楽しませるのだ。


彼くらい身の程をわきまえた男はいないだろうと思う。きっと自分で気づいていた。ぼろぼろになるまで野球をやったところでたかが知れている、と。めいっぱいやったって猛打賞で精一杯だ。タイトルになんて届きゃしない。ならば、別の角度からチームに貢献するのだ。

まぁこのような、およそ野球人とは言えない立ち居振る舞いやパフォーマンスは現役時代からやっていたこと。そして、そんなに長く現役ではいませんよと本人も言っている。


新庄のような生き方ができる人は限られている。もちろんそうだ。ただ、彼は決して野球をいいかげんにやっていたわけではない。精一杯やっていた。そしてそれでも超一流のプレーヤーにはなれなかった。だがファンは「彼が野球を人一倍愛していた」事も知っていた。日ハムの試合を見ていると、すごく楽しそうに見える。勝っても負けても楽しそうなのだ。

実は、今日は中日が勝つのではないかと思っていた。一勝では終わらないだろうと。そしてナゴヤドームに帰って、そこで少なくとももう一試合行なわれると予想していた。そして、シリーズの行方については僕にはわからないし、それでも、日ハムは勝っても負けても楽しそうだなという趣旨の文章を書く気持ちでいたのだ。そうしたらあっさり札幌で決めてしまった。

ウイニングボールをつかんだのが「ひちょり」というのもドラマティックでよかった。


北海道の野球ファンは熱い!

駒大苫小牧の応援もすごかった。そうして、そのような土壌を育てた功労者の一人が新庄ではないかと僕は思う。

ユニフォームを脱いだ彼が、次に何をやってくれるのか楽しみにしている。

いいね!した人  |  コメント(7)  |  リブログ(0)
2006年10月26日 04時47分10秒

ポータビリティで考えた

テーマ:本日の・・・?

僕が最初に携帯を持ったのはかれこれ確か10年くらい前だ。当時は佐々にドコモがなく、佐世保にしか電波が届いていなかった。しょうがないのでセルラーを購入。何故しょうがないかと言えば、ドコモの方が大手だし、いずれ不利益を被るかもしれないと考えたのだ。だが、早く所有したくて、それは、いち早くユーザーになることが有利に働く可能性もあるかとの思いから。結果としては、僕は所有するのが早すぎた模様で、セルラーを持ったからといっても当時は長期割引なんてなくて、そういうメリットはなかった。あの頃はまだ普及してなかったから電話をかけると決まって注目を集めた。呼び出しが鳴ったら鳴ったでみんな振り向くし、正直言ってばつが悪かった記憶がある。その端末は今にして思えばばかばかしい65000円もの金額で、「ポイントを利用する事で手出しの負担がなくなるまで機種を変えない」今の僕には信じ難い散財。

セルラーはその後、会社がアメーバのようにくっついたりなどして今はエーユーに変わった。セルラーは一度「ソニーのくるくるピッ」とかいうジョグダイヤルのタイプに変えて、これが確かデジタルタイプ。その後サンヨーの機種?に変えたが、変えた理由はインターネットサービスが始まるという触れ込みだったから。しかしそれは殆んど利用しないうちに友人の関係でドコモに変えた。そう、今の僕はドコモユーザー。実際、もうかなり普及が進んでいて、そろそろ「030」の番号が珍重され始めていた。僕もその「030」だったから手放したくない思いがあったんだが、一方で加入台数が伸びるに従って番号の桁が増え始めた。冷静に考えると、こりゃ何番だろうが関係ネェなと思った。だって、相手の番号に一度かけてそれを登録するというやり方で行けば、番号を口にする機会すらなくなってくるではないか。もういいやと思ってその番号はあっさり捨ててドコモユーザーになったのだ。


それから長い事、僕は携帯に飽きる時代が続く。


通話の音質が向上し、サイトから着信音をダウンロード出来、メールのやりとりが可能で、端末にちょっとしたゲームがついている。もう他には何も必要なかった。かなり長い事その端末を僕はずっと使っていて何の不自由もなかった。

で、第何世代だとか言って新しい端末が続々出るに従い、カラーのものを欲しい気持ちがむくむくと湧いてきた。そうしたらポイントが何気に溜まっていて、手数料のみで新機種に変更できると言うので、「あぁそれなら」と変えた。だが、過去の経験から新しい端末は機能を覚えるのが面倒だと知っていたから同じパナソニックのやつにした。それ以降、ポイントが溜まって手数料のみで手に入れられる頃になったら替えるということをやっている。カメラがついた時にまたPの新機種。またポイントが溜まったから画素数がアップしたPの新機種。で、今使っているのがそのPの506だ。これが通算で7台目。実際、それほどもう機種を変えたい気持ちはないのだな、これが。


ナンバーポータビリティの件は以前から不満に思っていた事で、乗り換え可能になるというニュースを聞いたがそれが2年前くらいで、「やるんなら早くしろよ」と思った。

で、今乗り換えるかというと、もうあんまりその気はなくなったな。だってポイントがもったいないでしょ?テレビで街の声を聞いてる通り、メールアドレスは引き継げないから中途半端だ。今や電話をかけるよりはメールで連絡をやりとりする方が実質利用頻度は高いんですけど?

大学生や20代会社員なら色々と誰やこれやと話す事もあるだろうけど、今の僕なんかは殆んどかける相手もかかってくる相手もごく限られている。携帯での遊びももう飽きた。サイトで遊んだって料金相当かかるし、もうやらない。

そしてそして、新機種の機能を使いこなすにはすんごく労力が必要なのだよ。会社を替わったらたぶんパナソニックの機種はないから、替えたくないね。


で、ソフトバンクだ。ソフトバンク同士なら料金無料!予想外割引!これは最初に聞いた時にはたまげたね。しかも、現在の各種割引をそのままの条件で引き継ぐというからまたまた驚き!何やら、家電の量販店よろしく、「必ず○○よりお安くします!」の手法。

だがよくよく考えてみた。他社への通話が割高だそうだ。これだと、トータルではそれほど料金メリットはなさそうだ。従って、この企画に乗っかって得をする人というのは、ラブラブのカップルだけなんだな、これが。二人揃ってお手手つないでソフトバンクに替えたらいい。


そこを更に考えてみた。

携帯をめぐるカップルの悲劇だ。勝手にメールを覗くとかリダイヤルをチェックするとか、ラブラブだけにそのようなトラブルが落とし穴となるケースが少なくない。人はラブラブだからこそ、余計に疑心暗鬼に捉われるという事もあるではないか?それに、どれだけ話したって料金がかからないというのは逆にありがたくない場合もある。時間なんて全く忘れてしまうのがラブラブカップルの常だが、その際に電話を切るきっかけの多くは「もう寝ようか?携帯代、来月相当来るよ?」だ。ソフトバンク同士なら電話を切ることが難しくはならないか?ずるずると毎日べったり話しまくりで、もうたいがい飽きる。


今どうしてるかな?などと相手を思う時間は有意義なものだし、そういう自分を愛しくも思えるのが人間。「今度会う」或いは「今度声を聞く」までは自分のやるべき事をしっかりやらないと、人の営みはきちんと成り立っては行かない。そういう風でこそ、ふたりの時間も濃くなるのだよ。

だから、ソフトバンクに揃って乗り換えるカップルは早晩相手をも乗り換える事になるやもしれない。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006年10月25日 06時03分22秒

鬼束ちひろの復活を期す

テーマ:音楽の時間

少し前に、鬼束ちひろをYUIと比較した文章 を書いた。YUIは母性的で、鬼束は父性的であると。その文章を書く過程で、実は鬼束について浮かんだ考えがある。しかし、それはやはり傲慢かなと、そして何より鬼束に失礼だと思って書かなかった。

書く事にしたのは、やはり彼女に戻ってきて欲しいと願う気持ちが根底にある。音楽を通じてあれほどの衝撃を与えた彼女の存在は、埋もれたままでは惜しいのだ。彼女はもはや私人ではない。活動休止中と言っても、何らかのニュースがあれば新聞や雑誌に取り上げられる公人なのだ。よって彼女には立ち直る責任もきっとある。


鬼束の登場は、日本がバブル崩壊によって疲れ果てていたどん底の時期だった。1990年からの10年を、経済を語る場合に「失われた10年」と呼ぶようだが、この間、日本はバブル崩壊によるマイナスマインドに留まらず、国内には衝撃的なニュースがいくつも駆け巡った。95年の1月には阪神淡路大震災が起こり、その傷も全く癒えず復興もこれからという時に、あのオウムによる地下鉄サリン事件だ。これは同じ年の3月20日の事。約二ヵ月後の5月に麻原が逮捕されるまで、いやその後も、巷の話題はオウム一色となった。景気の波はちっとも上向かず、人々の先行きへの不安は募るばかり。で、97年にはあの神戸連続児童殺傷事件(サカキバラ事件)が起こるのだ。もうお先真っ暗。

新しい世紀に入り、とにかく頑張らなきゃと遠くを見据えていた2000年の8月に、鬼束は月光を引っさげて僕らの前に現れる。その姿はまさにジャンヌダルクを思わせる雄々しさで、彼女は僕らに光を指し示したわけだ。翌年の2001年には小泉政権が誕生し、日本には明るい兆しが表面的とはいえ見えて、個人的には疑っているが、近頃はいざなぎ景気を超える好景気の状態だと言う。


が、当の鬼束は2004年あたりを最後に活動休止してしまった。彼女に力をもらって頑張れた人はたくさんいて、今でも掲示板を覗くと復活を待ち望むファンの声がやまない。僕もその一人だ。一度体調を崩してツアーをキャンセルしたりとか、そういうニュースは聞き知っていた。過密スケジュールが続けば、誰だっておかしくなる。その程度はある意味当然のことだ。しかし、その後所属事務所を替わったり、何やらどうもおかしい。僕は彼女だけを追いかける鬼束信奉者とは違うから、どうしたんだろ?と気にはなりながらもそのまま日々を過ごしてしまったのだ。


要するに、何故彼女は出てこれないのか?なのだ。

先に言おう。鬼束の心は折れたままだ。


何らかの病気で療養中という事ではないらしい。もうかなり前、自宅マンションが強盗に入られたというニュースもあったが、ほぼ完全な引きこもり状態だという。いったい何故なのか?

彼女の作品は詩・曲ともにほとんど自身のオリジナルだ。よって単なる歌手ではなくシンガーソングライターである。そして、これは何かのサイトにあったものだが、先に詩を書いてそこに曲を合わせる手法だという。何より詩を大切にしていて、曲作りの際、メロディに合わなくても詩をいじることは絶対にしないそうだ。生命線が詩である事を考えれば、その精神は芸術家のそれであり、そこに込められた彼女の思いは言うなれば鬼束自身の分身でもある。

そこで思い起こされるのが、2001年にアメリカで起こった同時多発テロだ。彼女の何枚目かのシングルが発売延期になった事を思わずにはいられなかった。

「爆破して飛び散った心の破片が」というフレーズがある。タイトルは確か「インフェクション」。あまりにもタイムリーだという事で、この時、歌詞の変更を促されたのではないか?と想像する。で、彼女は譲らなかった。これが所属先とのトラブルになったと考えてもおかしくはない。

そしてこの時、このシングルを巡るいさかいに留まらず、アメリカにおけるこの出来事が彼女にとてつもない衝撃を与えたのではないかと推測するのだ。あの、聳え立つ巨大なビルが数秒のうちに砕け散る様は、世界に大いなる衝撃を与えた。インテリジェンスなビルは文明の象徴であり、爆裂したあの炎はテロであり、暴力の象徴である。鬼束は僕らに一筋の光を指し示した。前に「月光」を分析したもの を参照して頂きたいが、彼女の魂はまさに暴力の前に完全に砕かれたのではないだろうか?

「現実に負けないで!私も頑張るから!」

そういう思いで希望を歌う彼女の目の前で、努力や理性を結実させた象徴が暴力によって粉々に粉砕された。しかも、あれを見た人々は「まるで映画のようだ」とつぶやいた筈で、物語を作る側にとって、それを凌駕する現実を目の当たりにするほどショッキングな事はない。

私が作るものにいったい何の意味があるというのだろう?

そういう無力感に苛まれたのではないだろうか?

もう曲なんか作ったって意味ないわ。

急速に彼女の中から創作意欲が失われた可能性があるのだ。


もう、そういう考えに捉われている僕にはそうとしか思えない。鬼束が「こんな理由で休んでました」と公表して活動を再開するまでは「理由はきっとこれだ!」と思う。


彼女が人一倍繊細な芸術家で、あの出来事の影響をもろに受けた当事者で、だからこそかもしれないが、そこを乗り越えて欲しいのだ。


あのテロについて語る言葉を僕は持っていない。

本当にひどい行為で、人間とはなんと愚かで醜いものかと言わざるを得ない。

しかし、人間にはそうでない一面だってある。鬼束が歌ってくれたように、光は必ず差すのだと僕は思う。そうでないと本当に生きている意味なんてないし、現実のこの世界をウソにして欲しくはない。


復活を願う。


いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006年10月22日 04時35分51秒

うまそうなメトロン星人

テーマ:本日の・・・?

少し前から背中が痛い。背筋痛と言ったらいいのだろうか?調べてみたらばほぼ1年前にも同様の症状があった模様。そのときは「ぎっくり背中 」という言葉を使っている。僕の身体は疲れがしこたま溜まってくると、それが背中にくるようで。

身体の調子がよろしくないこういう時は、心身ともにろくなもんではない。頭も回らない。些細な事でむしょうに胸くそ悪くなる。


TBSの「世界ふしぎ発見」の中で「ボッシュウト」と草野さんが言っている。僕は前から、この「ボッシュウト」がわからない。ひとし君人形を没収されるのだから、「没収ト」なのか?では最後の「ト」は何だ?得点を入れるのならシュートであって、しかしクイズに正解できずに没収されるのだから自殺点つまりマイナス点という事で「没収」と「シュート」を合体させて「ボッシュート」という事か?ふん。だからどうした?野々村真の生計及び芸能生活を支えるこの番組はかなりの長寿番組らしいが、あとから見た人にもわかる説明をせぇよ。この見方で果たして正しいのかどうか?「それでよい」かどうかわからない僕は妙にいらいらするのだ。


お笑い芸人の「おぎやはぎ」のおぎが結婚するとか婚約したとかネットに出ていた。僕は今もって彼らのどちらがおぎどちらがやはぎなのかがわからない。恐らく、こっちがおぎでこっちがやはぎと誰かに教えられてもたいした区別はつかない気がする。おぼえられないと思う。まぁ、「私お笑い大好きなの」とか街頭で答えるおばちゃんのうち相当数はこの二人を兄弟だと思ってる筈で、「それでやっぱり背の高い人がお兄さん?」なんて言いそうだ。それを思えば僕なんかはいい方かもしれない。


日本シリーズが始まった。第一戦の結果は中日が勝ったようだ。お店でテレビをつけてはいたが、ほとんど内容を見る暇はなかった。経過しかわからない。よって、どのプレーがポイントになったかとか全く不明。勝ち越し点を挙げた人と先発の川上が褒められるんだろうし、それでいい。

それよりも、この中継はパチンコメーカーの京楽がスポンサーだったようで、今やパチンコ業界は一大産業だし、金持ってるんならばんばん使うがよろしい。だが、「ぱちんこウルトラセブン」とやらの、やたらめったら垂れ流しは辟易した。最初、ダンが出てきてメトロン星人と向かい合ってる段階で「おぉ」と思ったりした。僕は実相寺監督の作品は印象深くて好きだ。セブンシリーズの中で実相寺氏が監督している作品がいくつかあって、このメトロン星人の登場する回「狙われた街」は大変印象深い。エゴイズムを描く事こそ映画の真髄といわんばかりの彼の作品は、光と影の使い方、間の取り方、BGMの選択、どれをとっても心に残るものたちだ。そのメトロン星人の登場する実相寺作品をあまりにも簡単と言うか、安っぽくCMに使い倒し、更に垂れ流されると非常に胸くそ悪い思いに僕は駆られたのだ。


余談だが、子供の頃、このメトロン星人は僕に強烈なインパクト(ウルトラシリーズで数々の愛すべき怪獣を造型なさったのは確か成田亨氏)を残した。その造型が秀逸なのだ。あの丸々と太った頭部?だ。で、密かに思っていたが、あの頭部はとてもうまそうに思えたのだ。もちろんありえない話だが、あのメトロン星人が普通に食べられる食用の動物だったとしたら、さぞや美味なんではないかとすぱっと真ん中に包丁を入れて食べてみたいと密かに思ったものだ。


背筋痛の為、心身ともにおかしい。

今日の文章はいかれたおやじのたわ言と流してもらいたい。


この人がメトロン星人。どうですか?

メトロン星人

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006年10月20日 06時03分28秒

長澤まさみの価値

テーマ:テレビ的なはなし

率直に言って、長澤まさみの第一印象にたいしたインパクトはない。

ややタレ気味の目とアヒルを思わせる口元で、全体としてはロングヘアの似合いそうにない童顔だ。堀北真希のように吸い込まれそうな瞳があるでなし、沢尻エリカのはっとする美形が横に並んだなら見劣りするだろうし、アキバ系の喜びそうな「萌え」ともずれている。資生堂・TSUBAKIのCMに登場する女性たちを想起するとわかりやすいが、ここに長澤まさみは似つかわしくない。TSUBAKIのCMに起用されるとは(今のところは)ちょっと考えづらい。早い話、見た目のインパクトがないのだ。美形や美少女とは呼びにくいのだ。


しかしながら、長澤まさみが女優としてフレームに入ると話は違ってくる。上で述べたのは写真や静止画像における二次元の段階であって、長澤まさみが動き出すと、途端に『何か』が動き出す。


僕の地域で流されているNTT西日本のCMがある。

「もったいな~い。フレッツ光を知らないなんて~・・・・相談しよぉ?」

この数秒のCM内でこちらを覗き込む形の長澤まさみは、実にたくさんの意味を伴って立ち現れる。

分解してみる。

もったいな~い

何というとてつもない損害なの?まだ知らない人がいるだなんて全く信じられない話だわ。

フレッツ光を知らないなんて~

「もったいない」の時に浮かべた驚きは、それは「お悔やみ申し上げます」に値するものだと言わんばかりにここで哀しい、切ない、どうしようもないという哀悼の意味にとれる悲痛な表情を見せる。同時に、「世の中は弱肉強食よ。それは知らなかったあなたが悪いんだから、自業自得ってもんだわ。誰も助けてなんかくれないんだから」というような、冷めた視線の冷徹な顔に移行していく。

相談しよぉ?

「でもね、だ~いじょうぶよ~。NTT西日本に相談したら、そ~んなの一発で解決しちゃうんだから~」と晴れやかな笑顔を浮かべて彼女は微笑むわけだ。その笑顔を見ていると、「そうか~。ほんっとによかった~!それ教えてもらえなかったらもうどうしようもなくなるところだったよ~助かるなぁ。感謝感激!」と思わず言ってしまいそうな、「君の喜びは私の喜びなんだよ!」という彼女の声が聞こえてきそうな笑顔だ。

「もったいな~い♪」で始まるややロートーンの鼻歌に乗せた彼女の言葉は、最後のとびっきりの笑顔と「相談しよぉ?」の弾んだ声に背中を押される。

「俺もフレッツにするかな~」などと、フレッツ光を充分に知ってても、ついその気にさせられるCMだと僕なんかは思う。してないけどね。


この数秒間に現される彼女の表情は、「もったいないという驚き」に始まり、「信じられないという嘆き」に続いて「私は知らないからね」という突き放しの冷徹さを伴って、しかし最後に「よかったね!助けてもらえるよ!」という安堵と祝福の笑顔で締めくくられる。実に多彩な、ほんの僅かの間に見せる見事なまでの顔つくり。人の喜怒哀楽をこれほど自然にスムーズに、訴求力を持って演じ分けられるというのはまさに天賦だろう。

決して美形とは言えないが、人懐っこい笑顔とバランスが取れている故の安心感。そこここにいかにもいそうで、しかしこれほどの子はいない。目立ってはいないのにやっぱり忘れられない。娘と妹と同級生と、あらゆる顔が同居する強み。彼女の人気はここしばらく衰えないだろうなと思う。将来的には悪役なんかも面白そうだが、演技の幅をまだまだ拡げて欲しい女優だ。


実際、今度の主演ドラマ、「セーラー服と機関銃」を見ることに決めたのもこのCMにはめられた面が少なくない。そして、その作品は期待通りの出来だ。

さて、今日は第二回。忘れずにビデオをセットせねば。

長澤まさみ

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2006年10月19日 06時00分25秒

ブログの友

テーマ:本日の・・・?

確か、清峰高校の快進撃がきっかけで友達になったと記憶しているが、ブログを通じていい付き合いをさせて頂いている。MIYAUCHIさん だ。どちらかと言えば、大変お世話になっている。

この方は高校野球の時期になると、どこが勝つかというクイズなどをブログ上でやってくれて、いつも楽しませてもらっている。メインは競馬(馬主さんのようだ)の話題と高校野球。僕は馬の方は全く明るくないのでいわゆるノータッチなんだが、高校野球関連ではその時期の情報の速さ・正確さといい量といい、チェックが欠かせないブログとなっている。


今回、ディープインパクト、国体の優勝校、加えてパリーグの優勝チームを予想するという3本立てのクイズが企画された。僕は早速参加して、ただディープ以外は大まかに結果がガチガチだったし、エントリーの早さがポイントになったようだ。僕が当てたのはパリーグの優勝が日ハムだというそれだけ。国体は駒大苫小牧と早稲田実業の決勝までは当たっていたが、ご存知の通り、またハンカチ王子が完封して勝利を収めてしまった。僕は今度ばかりは苫小牧と予想したんだが。

まぁ参加して結果が出るのが楽しみという、可愛いお遊びなんで、でもそれだけでも結構楽しいよ。僕の当初の予想通り、エントリーの速さが幸いして、日ハム優勝しか当てられなかったが4位という結果だった。それでもこんなもの貰っちゃいました。

国体タオル


お店を日々やっている僕としては、兵庫まで応援なんて行けないし、でもそこの公式グッズを頂いて、彼らの熱戦に思いを馳せました。タオルが入っている袋には「のじぎく兵庫国体承認 第0383号」っていう公式のナンバーまで入ってる。ほう。


去年は清峰高校がエントリーした時の神宮大会公式パンフを頂いたし、また宝物が増えたのだ。ふふふ。

ありがとう、MIYAUCHIさん。これからもよろしくお付き合い願います。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)
2006年10月17日 12時09分07秒

スケートシーズン到来!

テーマ:スポーツ全般関連

日米対抗フイギュアとやらをやってました。これはたぶん、シーズンの開幕を告げるどちらかと言えば「顔見世興行的な」もののようだったんで、リラックスして見ました。

御馴染み、安藤美姫、浅田姉妹の登場です。オリンピックイヤーではないから、トリノ以降、彼らがどれほど成長しているかを確かめる感覚でしたね。

トリノで世界を獲った荒川静香は、「スタジオからこんにちは」とばかりに余裕の解説です。


まずは姉の浅田舞。

彼女はモデルも兼業しているという事で前からスケートの方はそれほど振るわず、申し訳ないけど妹の引き立て役というか、選手としては目立ちませんでした。が、近頃モデルの方を辞めてスケート1本に絞ったという話を聞いてましたから、はてさて妹に対抗してどれほどのもんかと思っていました。

いやいや、集中したら結構やるではないですか。妹と共通のDNAを有している事が伺えます。ジャンプに派手さがないというか、ミスをしないことを意識したというか、やや無難な滑りでしたが、これはスケートに専念したら相応のレベルの演技が出来るのだという事を示してくれましたね。まだ18歳だし、今後は本格的に姉妹が対決するのではと感じました。


次は安藤美姫。

トリノでは4回転ジャンパーとして相当なプレッシャーと闘った彼女。足の怪我があったりで本調子ではなかったせいもあり、4回転をやれないならメダルは無理で、それなら「協会はもっと浅田真央を出場させられるよう根回しすべきではないか」とか、もう何やかんやとバッシングもあったようです。結局、4回転に本番でチャレンジして失敗し、そこで彼女のオリンピックは終わりましたが、それでよかったのだと僕も思いました。やれるチャンスがあるのならやはりやるべきでしょう。4回転をやらずにはメダル獲得は困難だったわけで、それでは得るものは少ない。彼女はやって失敗して、そして喝采を浴びました。この経験で、彼女は大きな何かを得たんではと思います。そして今回の演技ですが、何かを吹っ切ったような、本当にキレのある素晴らしい滑りでしたね。安藤が最高のパフォーマンスを発揮すればこのくらいはやれるんだと、実に完璧な、鮮やかなものを見せてくれました。本来の、スケートを楽しみながらも観客を魅せるという彼女の実力を余すところなく発揮したものだったと思います。荒川静香も言ってましたが、動きが非常に軽く、ジャンプにもキレがあったと思います。また、トリノの時よりもステップだとか上半身の使い方だとかが洗練されていて、まさに一皮向けたものでした。周囲の雑音から相当に解き放たれて、有意義な練習と調整ができたのでしょう。これは、日本のエースとして充分期待できますね。


最後は浅田真央。

実際の話、やや心配というか、ちょうど身体に日々変化が訪れる時期ですよね、16歳というのは。いきなりこけました。本番でこけたのは本当に久しぶりだとか。それを除けば、全体的にはよく滑り込んだというか、動きもまずまずしなやかで、うまくまとめた感じでした。得点も最も高いものだったそうで。ただ、僕にはやはり・・・もう少しと感じました。しょっぱなにこけたせいで笑顔が少なかったからかもしれない。こけたせいで「あぁ減点だぁ」って思いながら見ていたせいかもしれない。真央がこけるのを見慣れていないせいかもしれない。それを横に置いといても、やっぱり何かが足りない印象がありました。僕が浅田真央の最高の演技を見た時の記憶では、「胸に迫るもの」や「どういうわけか込み上げるもの」や、あの細く小さな身体にも拘わらず「一大叙事詩を」感じたのです。今回それはなかった。

開幕戦という事で、また、最後の演技者という事で、硬かったのかもしれません。16歳になったことで、逆に伸び伸び感を奪われた可能性もあります。これからが試されるということになるでしょうね。


全体としての最後の演技者であるアメリカのキミー・マイズナーも一度こけて、やりかけてやらなかったジャンプが二度もあって、人の子の弱さを見せてくれました。

何にせよ、これからシーズン到来という事で、こういうのがちらほら行なわれるわけです。楽しみです。


村主章枝もいます。僕は中野由香利に期待しています。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2006年10月15日 06時00分31秒

普通のサイズであって、断じて短くはない!

テーマ:本日の・・・?

晩ご飯を調達する為に、水曜日の休み以外は毎晩コンビニに通う僕。お店から自宅までのルートにある3軒をローテーションで使っている。実はもう一軒あるが、そこに着くときには既に自宅が視界に入っているというあまりにの近さの為に、なんだかそこは利用する気にならない。品揃えもそれほど僕の気にいらないせいもある。

その3軒はローソン、セブン、ファミマで、その利用頻度はおおむね4:4:2の割合になる。

何ゆえファミマが2の割合に減るかと言うと、「店員の接客態度がよろしくない」というのが一番の理由になる。2軒ではどうしても飽きが来る為、時折ファミマにも(気に入らないけど)行くわけだ。

僕はこの4年もの間(お店を改装してから、だいたいコンビニを利用する生活パターンが出来上がった)、もうほぼ同じ時間帯に最低でも週に一度は来店する馴染み客になっている。まぁ自分で言うのもなんだが、買う品物もおおまかに決まっていて、店員としては充分に慣れ親しんだ客のはずだ。だからセブンやローソンの店員は僕が買うタバコの銘柄を覚えてくれていて、「タバコ2個」と言ったら済むのだ。


先日、ファミマでこういう事があった。

その日は、僕の気にいらないファミマの中でも特に愛想の悪い店員に当たった。

「タバコ2個・・・いつものやつ」

「銘柄は何ですか?」

そんなもん、わかってるだろうが?いちいち言わせるのかよ?しらじらしいよなぁ。

僕は敢えて、「いつものやつ」を繰り返した。

すると、「これですか?」とケントのスーパーライトを手に取る。

ほら、ちゃんと知ってるくせに。

で、今度はそこで「ロングですか?ショートですか?」と来た。

僕は再びいつもの・・・と言いかけて、ぐっとこらえて「普通のヤツ」と答える。この店員とはあまり喋りたくもないし、もう何も言わず、お金を払う。それで店を出た。


家に帰って袋からタバコを取り出すと、「ややっ!?これはロングではないかっ!」

頭に来た。普通のヤツと言ったのに、ろくに聞きもしないでロングを袋に入れたのだ、あいつは。むかついたが、またまたこらえて、その翌日、レシートを握り締めてその2個のロングを交換してもらいにファミマに入った。

言っておくが、ロングは味が違う。同じ銘柄でも、ロングだと違うのだ。変わらないと言う意見もあるかしらんが、僕に言わせると違うのだ。タバコはそれを身体に取り込んだ時の味と共に、その1本が燃え尽きるまでの時間を同時に楽しんでいる。ロングは文字通り燃え尽きるまでの時間が長く、勝手が違うのだ。それしかないという以外、僕が他の銘柄を吸うことはない。


で、ここでまたまた僕は怒りを覚えるのだ。

時間帯が違うからレジには女性の店員がいた。

「これ、間違ってるんで交換して欲しいんですけど。普通のと替えて欲しいんですけど」

レシートを見て、店員はまず怪訝な顔をする。「『普通』の意味を考えている」様子。

僕が言ってるのは、『ロングでなくって普通のにして欲しい』という事だ。

「ショートに変えるんですか?」

だから、違うのだよ。

「いえ、普通のヤツです。」

「・・・ロングを・・・ショートに替えればいいですか?」

僕はもう面倒になって「そう、それです」と答えた。


或いは重箱の隅を突っつくような、非常に細かい事なのかもしれない。そう思わない人には、何がなんだかわからないのかもしれない。しかし、そこにショートはない。あるのは普通のサイズであって、断じてショートではない。店員たちは事も無げに言う。ロングに対して短いからそれをショートと。比較しやすいようにか~るくショートと言ってのける。この普通のサイズは、もともとはキングサイズと呼んでいた。ちゃんとパッケージにも表記してあった。ただ、近頃はどういうわけかこのキングサイズという表記が消えているから敢えて普通のサイズと呼ぶ事にする。ロングサイズは、普通のサイズがもともとあって、そのあとで発売された商品だ。僕はロングサイズが発売される前からのいわば歴史あるユーザーであり、この銘柄をこよなく愛している。それを軽軽しく、ありもしないショートサイズなどという言い方をしないでもらいたいのだ。


僕にとってのタバコは、生活の中に密着している愛すべき友であり、相棒。それをけなされた気がして、おとしめられた思いにかられて僕は憤る。


怒りに任せて長々と書いてしまった。タバコに興味のない方、ごめんなさい。

いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2006年10月14日 04時59分06秒

プレーオフの熱~競ってこそ

テーマ:巨人、プロ野球関連

パリーグの優勝は日本ハムファイターズに決定した。レギュラーシーズンを1位で通過し、プレーオフでも無敗の連勝ですんなり優勝を決めた。お見事!

僕は日本ハムの戦いを実はあまり知らない。テレビでは巨人との交流戦が放送されただけで、他の試合はスポーツニュースで取り上げられる場面以外見ていないから、その戦い方云々について書くつもりはない。他球団は総合的なレベルの高いチームだったと褒めているし、プロの世界では、強いものが勝つと言うよりは、勝った者が強いと言える。その力に難くせをつけるつもりはない。

で、今回は、25年ぶりの優勝という、そう聞けば、これは長く低迷していたと言えるこのチームが優勝にまでこぎつけた原動力というものについて考えてみた。


結論を先に言うと、これはプレーオフの効果だ。


パリーグに先駆けて導入されたプレーオフが、来シーズンはセリーグにも採用されるという。無論プレーオフに関する疑問その他、否定的な意見は未だ根強い。これはご存知の通り、ソフトバンクが最もその悲劇に見舞われたという事で必ず引き合いに出されている。しかし、僕は、この制度を導入する事はある意味仕方がないのではないかと思っている。多チャンネル、ネット、ゲーム、それにサッカー人気など、プロ野球を取り巻く環境は一昔前とは比べ物にならないくらいに厳しい。力のある選手はこぞってメジャーに流れ、球界再編騒動に象徴される球団経営の窮状は慢性化している。そのさなかにあって興行として成り立たせる必要性から、プロ野球界が手をこまねいているわけにはいかないのは当然なのだ。


首位から10ゲーム以上のゲーム差がついてしまうと、ファンは概ね優勝は無理だとあきらめるしかない。選手は「可能性のある限り」「最後の最後まで」頑張るとコメントするが、実際はどうかと言えば、推して知るべしなのだ。ウソとまでは言わないが、ライバル球団の主力選手の乗ったバスが谷底に転落でもしない限り無理なのだ。「奇跡の逆転優勝」などと言うが、既にそこで「奇跡呼ばわり」しているではないか。

そこでプレーオフだ。最下位のチームが優勝するには5球団を蹴落とさなければならないが、プレーオフがあれば対象は2球団となる。ひとつ上の順位なら、連勝と連敗が重なったらたやすく入れ替わるのが順位だからそこからもうひとつなら俄然モチベーションも増すというものだ。

巨人・高橋と中日・川上に代表されるようなライバルの存在がより力のあるプレーを生むように、やはり人間と人間の戦いである限り気持ちの持ち方は大いに影響してくる。


去年の日ハムは確か5位に終わったが、プレーオフへの進出を目指して終盤は結構頑張っていたはずだ。楽天の野村監督がTBSの番組で語っていた。

「プレーオフがあるから、そこに食い込みさえすれば可能性が出てくる。短期決戦は何が起きるかわからない面があるし、私はそういう戦いというものの経験も、それなりにある」

誰がどう見たって戦力的に劣る楽天の監督が、きっちり優勝の可能性に言及しているのだ。いや実際問題として、来季の入団が確実視されている田中将大だっている。来年の楽天はパリーグの台風の目になるはずだ。リッピサービスでなく、これは本気の言葉だ。長いシーズンを戦っていると体調だって変わるし、技術的にも「2週間前に出来なかった事が今はすんなり出来る」とか、その逆もあり得る。若い選手ならそういう事は顕著だろう。今までは「もうダメだこりゃ」と思っていたものが、3位があり得るなら話は違ってくる。選手の目の色も応援する方のトーンも変わるのだ。否が上にも盛り上がるではないか。

「プレーオフに食い込めるかもしれないと思って頑張る」のと、「最下位でも応援してくれるファンの為にも頑張る」のとでは、どうだろう?一目瞭然だ。自分たちのプレーを見てくれている筈だと意識する観客の数が全く違う。球場に来ているファンは多くても何万人だが、それが全国に拡大するのだからその何倍にもなる。


やっぱり選手も人の子。モチベーションが高まればいいプレーも出やすくなるし、技術レベルの向上だって見込めるのだ。見ているほうの密度も当然増す。選手のひとつひとつのプレーから目が離せなくなり、面白みも増すわけだ。


レギュラーシーズンにおける勝率によって、制限を設ける事は必要だろう。例えば1位と2位のゲーム差が大幅に開いたなら、1位にアドバンテージを与えるのは当然だし、プレーオフを行なわないケースもあり得る。その辺は協議するのが当たり前だが、やはりオウレーオフを行う事は、興行的に見ても、ファンの目から見ても、そして選手にとってもいい効果を生むと思う。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 次ページ >> ▼ /

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。