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2006年01月31日 05時05分43秒

「YUI」の衝撃

テーマ:テレビ的なはなし

こないだの金曜日、僕にはめずらしく筑紫哲也の「NEWS23」を見た。

目的があったから。

YUIが出るのだ。生演奏だとか。

まだ18才なんで、このコだなんて(失礼)ついそう言ってしまいそうだが、はっきり言ってモノが違うと感じた。最初に彼女を知ったのは、たぶん1年位前じゃなかったかなと思う。ソニーのオーディションで満場一致のグランプリを獲得したらしいが、それはあとで知った話。テレビのCMに曲と一緒に出ていた。僕は下を向いてまな板に向かって仕込みをしていた。耳に飛び込んできたその音に「何だ!この曲は!誰だいったい!?」とまず感じたものだ。この衝撃は前にもあったぞと思い、誰だったかと記憶を辿ったらば、それはアラニス・モリセットだった。他の人がどう感じたかは知らないが、僕は即座にアラニスを想起した。アラニス・モリセットを最初に聴いた時には、まるで頭の後ろから手を突っ込んで脳みそぐわんと叩かれたような気がしたもんだ。荒々しい衝撃。YUIの場合はちょっと違って、背中から心臓にまで回り込んで両手で抱きつかれた気分。アラニスがハンマーを携えて現れたとすれば、YUIは毛布を手に後ろからぎゅっと抱きつかれた印象。これは・・・すごいと感じた。

でもそのあとは、実はそれほど耳にする機会がなかった。まぁ僕自身が「きっと露出が増えるだろう」なんてたかをくくって自分からCDを求めたりはしなかったせいだ。そして、この間の金曜日、そのYUIを久々に聴く事が出来た。ホームページを探したらちゃんとあって、ブログも備えてた 。おうおう、映画やドラマの主題歌とか、結構やってるみたいだ。ドラマの「不機嫌なジーン」は確か竹内結子だったはずだが、僕は見てないから知らなかった。今度はアルバムも近々出るみたいだし、これは手に入れたいと思う。


どこに惹かれるのか?

楽曲が手元にまだないから詳しくは言えないが、「News23」内でのライブで歌った「TOKYO」という曲は、本人が福岡から上京する時に作った曲らしい。同じシチュエーションに長淵剛の「とんぼ」がある。僕も夢を抱えて東京に出て行ったくちだから、すごく共感できる。うろ覚えだが、「強がる言葉は夢に続いてる」とか言ってた。うん、わかる。自分を飾って、強がって、虚勢でも張らずにいられないって時がある。それは上を見て、上を目指してるからこそだ。「もうガキじゃないんだ!」とか、「俺の事は放っといてくれ!」とか、見通しなんて全然ないくせにツッパラかる。思春期の複雑な心情。

そのくせ一人でいる事が怖くて、不安ばかりが胸の中を覆うのだ。社会に対して抱いている漠然とした怒りや、それに対する自分の矮小さや、拡がっている可能性とちっぽけな自分と、その全てを全部意識しながら過ごすあの時期。心無いひと言にめいっぱい傷ついて、たわいのないものに幸せ感じる。これは、そう、あの尾崎豊に通じるものがある。

おんな尾崎だ。尾崎豊でなくて、「尾崎ゆたこ」と呼びたいところだ。それは冗談だが。


そういう、胸に沁みてくる声の持ち主は、「区麗情(く・れいじょう)」を支持していた僕だが、残念ながら彼女は結婚して、音楽活動自体もあまりやっていない。確か、アルバムの惹句に「至福の歌声を持つ最後のアコースティックシンガー」とか何とか書いてあり、「至福の歌声」ってどんなだ?と思ったのがCDを買った動機だった。看板に偽りはなかった。アルバムは全部持ってるから時々聴いてるけどね。


ライブも結構やってるようだ。僕はなかなかそこまでは手が回らないし、曲が聴ければ満足だが。

これ↓が最新の楽曲。

YUI, COZZi, Northa+
TOKYO

ついでに・・・

区麗情, 嘉藤英幸, 上野浩司, 浜田省吾
Country Girl


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2006年01月29日 05時08分54秒

トム・クルーズざんまい~「宇宙戦争」

テーマ:本日の・・・?

姉がビデオを借りて来たと言うからタイトルを見たら「宇宙戦争」だった。せっかくなので又借りして見た。他にもあるらしくてどれどれと見たら「あぁこれは見た事あるよ」ってな感じだった(「スパイキッズ」とか)が、中に「コラテラル」があったからこれも股借りして見た。更にこないだテレビで「マイノリティ・リポート」がやってたからビデオに録画した。


で、まずは「宇宙戦争」。

トム(役名忘れた)は重機のオペレーター。10代後半の長男と小学1年生くらいの長女がいる。妻とはどうやら別れたらしい。妻は別の男性と結婚して、子供二人はトムが引き取った模様。このあたりは僕の想像なのだが、離婚原因は浮気とかではなさそうで、トムが家庭を顧みない浮ついた生活をしていた為に愛想を尽かされたと見えた。従って二人の子供はトムに敬意を払ってはいなくて、トムもトムで、子供たちを可愛がるマイホームパパでは決してない。そういう家庭。

ちなみに、この娘が安達由実の小さい頃にそっくりなのだ。これは生まれ変わりではないかとさえ思ったね。あ、彼女はちゃんとスピードワゴン井戸田君の妻として生きてますが。


おもむろに事態は動き出す。空が一転かきくもり、雷鳴がとどろいたと見るや辺りは黒雲に覆われ始める。人々は「何だあれは?」とばかりに黒雲と、その向こうにばちばちと光る何者かを見上げてる。そのうち、雷かと思えた光が辺りにやたらめったら降り注ぎ始めた。これは・・・レーザービームではないか?

大通りに集まる大勢の人達。道路の真ん中にぽっかり大きな穴が開いている。隕石でも落ちたのかと思っていたら、中から何やらどでかい宇宙船のような怪獣のようなものが出てきた!しかも、そいつはレーザービームを四方に撒き散らし、人々を片っ端から突き刺し始めた!こりゃたまらんっ!

命からがら逃げてきたトムは、娘と長男を抱えて車で逃げ出す。だが、車は電磁波なのか何なのかにやられて動かない。咄嗟に、プラグ?かコンデンサー?かを替えたばかりの人の車を見つけ、それを奪って逃走。さぁ、ゲームの始まりだ!

この辺りから、トムは遊び人のぐうたら親父を返上して子供たちを守る事に専心する。

「あんな怪物相手に、いったいどうすりゃいいんだい?逃げる以外に何か手があるとでもいうのかい?ただひたすら逃げる!それしかないだろ?アーハー?ワッチャネイム?ビッチ!(くそっ)」

ってな感じ。


その後はもうひたすら逃げ惑うのみだ。もし、トムが遊び人パパのままなら、「娘を愛していないのかって?そんな事聞く方がおかしい。愛してるさ、もちろん。シュア~?だけど見ろよ。自分が逃げるので精一杯さ。俺がヤツに食われちまったら誰が娘を守るんだい?自分が逃げるのが先さ。娘はきっと神様が守ってくださるよ。あぁもちろん運がよければだけどね?」

な~んて言いながら一人で行っちまうかもしれない。だけどそれではお話にならず、トムは娘も長男も必死で守るのだ。


逃げる途中、長男は血気盛んに怪物に挑み始める。「俺がやっつけてやる!」

無理だって、そんなの。

トムは懸命に止めようとするが、周囲にはパニック状態の、同様に逃げ惑う市民がいて、娘を放っとけない。仕方なく、長男のいかれた行動を止められずに安達由実を守る事に特化していく。


見ているほうは結構疲れたね。いったいこいつらは何なのだ?わけがわからないまま主人公は次々と危険にさらされる。

劇中、若干の解説が差し挟まれる。この怪物どもは人間が文化を形づくるずっと以前から地中深く潜ったまま潜伏していたという。つまり地球外飛来生物で、この時を待ってたとばかりに地球征服作戦を開始したらしい。


まぁ、結末としては、「星新一のショートショート」を思い切り贅沢に引き伸ばして映画にしちゃった的な、最後には環境問題に石つぶてを投げたっぽいラスト。僕としては、「二人の子を持つ」ただの男が、「最愛の我が子を命がけで守る」真の父親へ成長を遂げた物語、とみる事が出来ました。安達由実もちゃんと守りきったしね。

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2006年01月28日 04時52分09秒

毛の不思議(乳毛)

テーマ:からだのこと

告白するが、僕の乳には毛が生えている。左には長いのと短いの1本づつ。右には長いのが2本。しかも、実は友人に指摘されて気付いた。気付いたのは高校生の時だが、別に男同士で乳を見せ合ったわけではない。僕が水泳をやっていた事を前に文章にしているが、その練習中に、プールの中で指摘されたわけだ。

「あれっ?お前、変なとこに毛ぇの生えとるぞぉ?」

「んん?・・・ありゃほんと」ちなみに、その時は左に長いのがひょろりと1本のみだった。

「俺が抜いてやろうか?」

「なんでお前に抜いてもらわんばとやぁ。(抜いてもらう相手は)俺が決めるさ」

「抜いてくれる人のおるとや?」

「おるに決まっとろうが」

それきり、僕は練習を続けて泳ぎ始め、その話は終わった。


その日の夜、風呂でしげしげとそれを眺めた。毛は中ほどから微妙にカールしていて、いかにももっと下のほうに生えているものに近い。自分の頭髪と比べても、太いし黒いし、種別としてはどう見ても下のものだ。

「お前、間違ってここに来たのか?」

誰かに抜いてもらうってか?あほくさ。抜くんなら自分で抜くわ。そう思って引っ張ったらば・・・イテテテッ・・・ずいぶん根が深いようなのだ。「お願い、やめて!抜かないで!」と懇願されているような気になり、その時は見逃してやった。


それからしばらく、僕は乳毛がどうにも気にかかり、抜こうかどうしようか悩みのタネになった。だが良かった面もちょっとはある。それは、プールで水泳の練習メニューをこなす最中、またぞろ誰かにこれを指摘されないかと気にかかり、人に乳を見られたくないから泳いでいるしかなくなったのだ。練習に精を出せた。銭湯では股間を隠すのが普通だが、プールで男が胸元を隠しているのもちょっと変だ。腕組みをしてればわからないが、それだってずっとしているわけにもいかないではないか。


結局、抜かず無視せず放置せずと、中を取って根もとの近くで切る事にした。

「あ~すっきりした」





その後かれこれ20年になるが、僕は未だに乳毛と付き合いを続けている。

おおむね半年に一度くらいの割合で「あぁ生えてる」と確認するわけだが、最初に生えてきたヤツは切断したにも関わらず元通りに生えてきて、そればかりか右にもいつのまにか顔を出しているのだ。今では、「何年ぶりかで再会した古い友人」的存在になり、「おぅ、元気でやってるな」などと愛でている。


いったい何の目的で「そこ」に毛が生えるのか?産毛ではないその毛は何の役割を果たすのか?人体って不思議だ。


なんとなく他にもありそうな気がしてきた。この文章は別テーマを作って置いとくことにしよう。

参考までにおヒマな方はどうぞ。

水泳の話 1

水泳の話 2

水泳の話 3

水泳の話 4

水泳の話 5(最終回)



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2006年01月27日 05時06分30秒

決してあきらめず頑張る!

テーマ:スポーツ全般関連

「僕は相撲ファンだ」というほど相撲を見ているわけではない。だからそれほど詳しくもない。近頃は雅山関が好きで、彼が幕内をとんとん駆け上がって行った頃から応援して、望みどおりに大関まで昇進し、「よしよし」と思った。ただ、横綱の強さはまだ備わっていないなと感じていて、これも思い通りに?ケガをして大関の座から陥落してしまった。

その後は、調子のいい時には優勝争いに加わったりもするものの、やはり、どうしてもひとつ何かが足りないようで、前頭の上位から三役を行ったり来たりの状態だ。しかし、今にきっとその何かを克服して、少なくとも今呼ばれている「元大関」の「元」を返上してくれる日が来ることを期待している。


アンカーさんの記事錣山(しころやま)親方のインタビューが掲載されている。元関脇、寺尾関は長く活躍した人気力士だ。矢のように突っ張りを繰り出すスピードのある相撲、その鍛え抜かれた足腰の強さ、さらに甘いマスクとくれば、注目を集めるのは当然だ。歴代1位の「関取在位110場所」という数字を見ただけでも、長く活躍した事が知れる。


僕は寺尾の現役時代を見ていたとき、最初それほど注目してはいなかった。「へぇ~、逆鉾(さかほこ)の弟なんだぁ」と、兄弟揃って幕内力士というのは「両親の自慢だろうなぁ」という程度のものだった。むしろ、兄の逆鉾がいかにも「相撲取り然」とした体つきであるのに対し、軽量で、コンパクトで、「その身体では上位はきついんじゃないの?」と気の毒な思いがしたほどだ。

しかし、外国人力士が上位を占める時代になった今、あの身体で23年もの時間を幕内力士としてがんばった事を思うと、改めて彼の凄さがわかるのだ。

相撲というスポーツはある意味非情な面を持つ。毎日毎日稽古を積んで、ほんの数秒でその日の成績が決まってしまう。その一番に全てを注ぎ込み、しかし明と暗はくっきり白と黒に分かたれてしまう。そういうルールだと、お互い条件は同じと言ってしまえばしまいだが、1日のうちで「その一番が行なわれていない時間」がどれくらいあるかを考えると、求められる精神的な強さはいかばかりだろうか。


彼はインタビューの中でこう言っている。

「『あきらめない気持ち』と『頑張る気持ち』を持って一生懸命立ち向かう事」が大事だと。恵まれない体格にも関わらず、過去の誰よりも長く関取でい続けた親方ならではの言葉だろう。

これも確か関脇まで行ったと記憶している舞の海が、小錦に勝った一番がテレビで流された事がある。彼もまた、小さい身体でどうやって大きな相手に立ち向かうのか?を必死に考え、その取り口を実現させる為の練習に懸命に取り組んだはずだ。どんな状況であっても決してあきらめない気持ち、自分を僅かでも向上させる為に頑張る姿勢は、僕らに多くの感動と教訓を与えてくれる。


誰よりも足腰を鍛え、そして何よりも心を鍛えるのが親方の教えに違いない。そういう指導のもとで「心・技・体」を叩き込まれた教え子が、外国人力士を蹴散らす姿を1日も早く見たいものだ。


そうそう。朝青龍の年間6場所制覇は前人未到の離れ業で、それ自体はまさに快挙なのだが、年明け最初の場所で栃東の復活なった事はひときわ明るいニュースだった。

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2006年01月26日 05時10分36秒

父に対決した夏 後編(完結)

テーマ:家族のこと

完結です。前の話はこちら。

父に対決した夏 前編

父に対決した夏 中編

「もう10時過ぎてるよ」と誰かが言った。

「えっ?」

「もう帰らなきゃ」と言って二人がさっさと帰っていった。正直驚いていた。それまで、僕は全く時間に対する意識がなかったからだ。

10時を回ってるだなんて、とんでもない時間だ。帰らなくてはいけなかった。だが、ちょうど今やっている奴がゲームオーバーになったら僕に順番が回ってくる。その機会を逃したくない気持ちが働く。僕は動けない。

それでも、さっき二人が帰った時に乗じて帰るべきだった。タイミングを逃した。

「12時になったら帰るよ」と誰かが言った為に、今いるみんなはそれまで大丈夫なのだなという暗黙の空気が漂ってしまう。

腰が落ち着かない。自転車で来てるのだから、「いや、帰るよ」と立ち上がったら済む話だ。「何だよ?12時までは大丈夫じゃなかったのかよ?」

その言葉を誰かに吐かれるのが嫌で、僕は腰を上げられないのだ。

怒られるだろうなと感じていた。だがその一方で、もう中学生なんだし、こういう日は無礼講でとやかくは言われないだろう、という考えもよぎる。現に「何時には帰って来なさい」というような言葉も言われてなかったではないか。

「お前はバカか?中学1年生の子供がこんな時間まで遊んでいていいはずないだろ?」


11時を回り、僕はとうとう12時までは付き合う覚悟を決めた。いや、覚悟と言うよりは「その時間にならないと帰りづらい」とあきらめた事になる。まさか、父と母がほうぼうを探し回っているなどとは思えなかったし、その時間になれば帰るのだから大丈夫と考えた。


その時だった。

からんからんと正面のドアが開く乾いた音が聞こえた。店の人が割りと出たり入ったりしていたし、特に気にしていなかった。「おい、ちょっと・・・」と声が洩れ、ずかずかと入ってくる父の姿がそこにあった。父の顔を知っている友人がそこには誰もいなくて、それでも誰かの父親だという事はすぐに察しがついたのだ。

「あ・・俺、帰るよ」

友人たちは伏目がちに「う・・・うん」とうなずき、父からも僕からも顔を背け目を逸らし、ゲームの画面に逃げた。「そしたら・・・またね」


父の顔は怒りに打ち震えていた。そこに青い炎さえ感じたものだ。店内に入ってきても一言も言葉はなく、むしろ言葉を精一杯「かみ殺している」かのようだった。その場にいた友人たちをぎろりと睨みつけ、しかし父は絞り出すようにこう言った。

「君たちも」

「もう帰りなさい」

友人たちが何と答えるかが心配で、僕はそそくさとドアに向かった。彼らは黙ったまま舌を向き、誰も顔を上げずに、つまり無視した。手近にあるテーブルをひっくり返すんではないかとひやひやしたが、父は「ふんっ」と鼻から息を押し出すときびすを返した。

父は軽トラックで乗り付けていた。僕は父が店から出てくるのを確かめると、自分の自転車で家に向かった。


父はあちこちを探し回ったのだろうか?この店にいる事なんて誰にも伝えたわけじゃなし、探す場所なんてそう思いつかない。それはわからない。とにかく思いつく場所を手当たり次第に、夏祭り会場である公園の周りから始まり、書店だとかスーパーだとか、探して歩いたに違いなかった。

かっこ悪いなと僕は感じていた。親に連れられて帰るだなんて。他の友人たちは、それぞれの自主性に任せてあるではないか。完全な子ども扱いだ。

いや、それは違う。違う事は百も承知だ。中学1年生が遊ぶにしては度が過ぎている。僕自身がそれもちゃんと分かっていた。10時の時点で帰っていれば、大目玉で済んだかもしれないし、もっと言えば、カレーを食べ終えた時に帰っても良かった。それが出来なかったのは、Sに対して借りを作ってしまったせいなのだ。頼んでもいないのにくじ引きをさせて貰い、ハラペコでもないのにカレーを食べてしまった。それほど親しくもなく、むしろ嫌な奴であるSに対して、どうしてはっきりと態度を示せなかったのか?それは僕が偽善者だからだ。協調性のある、いい奴でいたかったのだ。もともとSの態度にしてからが、太っ腹なところを見せ付けて金持ち自慢をしたかったに過ぎず、僕はその彼の軍門に下った事になる。敵視されたくなくて、反発を買いたくなくて、事なかれ主義に陥った弱虫だ。僕はそんな自分に嫌気が差していたが、しかしそんな話を父にするわけにはいかない。また、父も聞く耳を持ちはしないだろう。


だがその一方で、僕自身がこれほど友人たちとの関係構築に悩んでいるのだし、もう少し大目に見てくれてもいいのではないかという考えもあった。僕の気持ちなんて絶対わかってないはずだ。夏休みの、夏祭りの夜だし、無礼講でもいいのではないのか?

いやいや。いやいや。それでもなお。言い訳の通用する時間ではなかった。


父は自転車の僕を当然追い越して先に家に着いた。

家に入ると、父はテレビのあるいつもの席に黙って座っていて、僕は何も言わずにそそくさと自分の部屋に逃げ込んだ。

それを追いかけてくる足音がした。

僕は「来るな」と思い、「友達との付き合いもあるし、夏祭りだったんだから今日ぐらいちょっと遅くなったって・・・」などと言い訳を準備していた。

向き合ったその刹那、僕の視界は一瞬で暗転した。もんどりうって倒れた僕は右の腿をベッドの横木にしこたまぶつけた。たぶん3秒くらい意識が飛んだと思う。父の右手は僕の左耳の上辺りを殴りつけ、たぶんそれがこめかみに入ったんだと思う。拳ではなく平手だったが当たった部分がよくなかった。

「のぼせあがるのも!」

「いいかげんにしろ!」

父の口から放たれたのはその言葉だけ。

僕には弁明の機会は与えられなかった。そうして、頭ごなしに暴力だなんて、「ひどい親父だ」という思いと、「自分自身が認識している罪」と、「偽善者である自分」とが頭の中を駆け巡っていた。そのうえで、「信用されてないのかという疑念」を考えていたら「ほうぼうを探し回った父の姿」が目に浮かび、僕はその時初めて「心配をかけたのだ」と思い至った。他の友人たちの親がどうだったかは知らない。しかし少なくとも、僕の父だけはさんざん心配して、そうして実際に息子を探して夜の街を駆け巡り、ちゃんと探し当ててくれたのだ。愚かな自分。僕はいい気になっていただけだった。ただのぼせ上がって浮かれていたのだ。


ふと込み上げるものがあった。ごちゃごちゃと考えすぎたせいなのか、それともこめかみに「いいのを貰った」からなのか、僕は慌てて風呂場に行って思いっ切り嘔吐した。トイレを目指したものの、扉が開いていた風呂の方でないと間に合わなかったのだ。

自分が悔しくて、情けなくて、小さくて、そんな僕に対して父は大きな存在だった。


母が後ろから声をかけて、背中をさすってくれた。


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2006年01月25日 18時35分55秒

父に対決した夏 中編

テーマ:家族のこと

きのうはぷつんと 終わってしまいました。まだタイトルにある「父」が登場してもいませんね。もちろん、続きがあります。


結局、僕は自分の財布を取り出す勇気を奮えなかった。Sに対して、「バカにすんじゃネェ!」という態度を示す事が出来なかった。腹の中で地団太を踏む自分を、自分で抑えつけてしまった。そして、その箱から3枚のくじを取り出し、うち2枚を、見ていた友人たちに差し渡したのだ。

「いいのか?」

「うん、俺は1枚でいいよ」


3人で9回やったくじ引きの結果は、ガムが6個とソフトビニール製のフリスビーが1個、プラスチックの竹とんぼがひとつ、それにぺらぺらの腕時計がひとつだった。腕時計を当てた友人は小躍りし、フリスビーと竹とんぼを引いた友人は「遊べる遊べる」と上機嫌だった。僕が引いたのはもちろんガム。Sは一人で1000円を使い切り、なんとプラモデルをふたつも当ててしまった。ひと通りの収穫を得て満足した彼らは近くにいた別の同級生3人におもちゃを自慢して、すると今度は「腹減った」と言い出した。

「みんな俺んち来いよ。ゲームやりながらカレー食おうぜ!」というSの提案に対して、その場に居合わせた5人は、めいめい何となく従うらしかった。

僕は複雑な思いを抱きながら、それでもなお迷っていた。Sとは離れたいが、他の友人たちには特別の抵抗があるわけではない。態度を決めかねている僕には当然お構いなしに、Sが得意げに号令をかけた。

「え~と・・・全部で7人、な!行こうぜ!」

そうして、Sは当たり前のように僕の自転車の荷台に腰を下ろしたのだ。Sの家であるレストランに向かう途中で、Sは横を走っていた別の友人に、「俺どっちみち作らないからさ」と言ってプラモデルをふたつともあげてしまった。


5台の自転車でがやがやとレストランに着くと、Sは店内に入るなり奥の厨房に声をかけた。「お父さ~ん!カレーまだ残ってるぅ?7つ!7つ!」

中学生たちは奥にあるテーブル型のゲーム機に陣取った。そうしてひとりがポケットから針金を取り出すと、迷わず台の隙間をまさぐり始める。

カシャカシャカシャという音と共に、ゲーム機のクレジット表示がみるみる増えていく。そうして99というその数字を確かめると、隣りの機械でもその「ワザ」が施され、これで僕らはゲームの遊び放題になった。これが日常茶飯事だという事は僕も知っている。やらせてもらったことも何度となくある。ただ、僕自身はくり返しゲームで遊ぶ金はないし、「ワザ」も使えない。また使おうとしたこともない。だからゲームをやっても下手だ。人気を集めるのはゲームのうまい奴で、その為には金を持っているか「ワザ」を持っているかのどちらかであることは間違いない。


7人にカレーが振る舞われ、僕らはそれを食べながらゲームに熱中する。


流されて、流されて、僕は知らない町に辿り着いた気分でいた。夏祭りは殆んど楽しめず、会いたかった友人には一人も会えず、Sから施しを受け、不正を働きながらゲームに熱中している自分。僕は下手だから、うまい奴がやっているのを横で見ているだけなのだが、無駄な時間が垂れ流されている意識だけが殊更に胸に迫った。

もう小学生ではない。ステップをひとつ上がったのだ。だから単独で夏祭りに出かける事もとやかくは言われなかったし、それだけ親からの信頼を得ていたはずだった。しかし、今日の僕はどうだ?Sの施しを拒否する事も出来ず、開き直って楽しむ事もできない。

「俺は1枚でいいよ」だって?結局断れないんじゃないか。3枚のうちの2枚を放棄することが、それがささやかな抵抗なのか?しかも、僕は心のどこかで「その1枚でプラモデルが当たるかもしれない」と思っていたのだ。そして、「当たれば当然俺のものだ」と考えていた恥ずかしい男だ。金の力で人を動かすような男に従って「ノー」と言えず、更にカレーまでご馳走になっている。

「もう子供じゃない」なんてよくもまぁ言えたもんだ。

ゲームの画面に眼を向けたまま、僕の頭の中には澱んだ空気が流れていた。どこから来たのか?そしてどこへ行くのか?だいいちここはどこなのか?全く知らない町の真ん中で立ち往生していた。


つづく
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2006年01月25日 05時12分14秒

父に対決した夏 前編

テーマ:家族のこと

中学生1年生の夏休みだった。盆の時期になると、町内で毎年恒例の夏祭りがある。ごく小さい頃は姉、妹も一緒に母に連れられて4人で出かけた。父は行かず、そういう時はひとりごろりと家で野球中継などを観ていた。姉や妹は浴衣を着たりもしていた事を覚えている。僕は中学校に上がった時から自転車通学になり、活動の範囲がぐんと拡がっていた。もう小学生ではない。自分の足(自転車)もちゃんとある。その日、僕は家族と行動を分かち一人で出かけたのだ。


そういう場所に行く時には友達に会えるだろうという楽しみがある。縁日を覗いたりそぞろ歩いたりのうちにきっと誰かと会う。宿題の進捗状況や自由研究の出来具合を尋ねあい、慌てたり安心したりして満足するのだ。

その日、僕はお目当ての友人とは会えなかった。嫌っているわけではないが、それほど親しくはない顔ばかりだった。きっとそのうち会えるかと期待しつつ、彼らと行動を共にするうち、別の同級生二人を連れたSに出くわした。Sは、あまり一緒にはいたくない奴だった。そこそこのレストランを経営している家のいわゆるドラ息子で、上からモノを言うタイプなのだ。だがみんな同級生には違いなく、露骨を嫌って僕は離れられない。


「おい、あれやろうぜ!」とSが言うのは、おもちゃの並ぶ店だ。100円(だったかな?)を払ってくじ引きをしたら、運がよければ「プラモデル」とか「超合金」とかの豪華なおもちゃが手に入るもの。そんなの当たるわけない事はわかっていた。ほとんどは「はずれ」のガムだ。親からいちおう小遣いを貰ってはいるが、そんなものに散財したら瞬く間に財布は空っぽになる。他の友人たちもバカではない。誰かが「やりたきゃおまえやれよ」とSに言い放つ。

すると、Sがこう言った。

「やってみたらおもしろいじゃん?お前らもこれでやっていいよ」と、1000円札を無造作に取り出したのだ。

「おじさん、これ、こいつらの分ね」と言って、その場にいた僕を含む3人にくじ引きを促したのだ。「これ、ほんとに使っていいのか?」と一人が言う。僕はその場にいた事を後悔した。そんな施しを誰が頼んだのだ?頼んでなんかいない。しかし、一人が「じゃぁ3回づつできるじゃん?」と言って、無抵抗にくじ引きを実行してしまったのだ。それを見て、もう一人がおずおずとくじを手に取った。僕は胸が苦しくなっていた。商品の中には、以前親にねだって「ダメ」と叱られた事のあるプラモデルが並んでいた。「あれが当たるかもしれない」と思った。それを引き当てる事が出来れば、それは僕のものだ。しかし、Sの金で当てるなんて、それで果たして喜んでいいのか?

「きれいごとじゃないさ。やっていいってあいつが言ってるんだ。あいつの家は金持ちなんだから、気にすることない。勢いでやっちゃえばいい」

「俺が今やろうとしているのは悪魔との契約だ。手を出しちゃいけない。もしやってしまったらあいつ(S)に頭が上がらなくなるぞ」

二人の友人は自分の分をおのおの3回づつ引き終え、それを僕にも促した。

「いいよ、やっちゃえよ、ほら」と言って、くじの入った箱を僕の前に突き出した。

「金は出すよ」と言って、さっさと300円を払えたらどんなにいいかしれない。しかし、今日親に貰った「お祭り用の小遣い」は僕自身大部分を使わないつもりで来ていた。そうして「全部使ってきた」と親には報告するつもりでいた。ここで、こんなものに使っていいお金ではないのだ。そして、たとえそれが出来たとしても、それはSに対して「お前の施しなんて真っ平ごめんだ」と300円を叩きつける事にほかならない。
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2006年01月24日 06時34分08秒

見せられているものと見ているもの

テーマ:本日の・・・?

もう1年くらい前になる。

日高敏隆氏の著書「動物と人間の世界認識」という本を読んだ。ジャンルは生物学にあたる。僕は竹内久美子氏の著書が好きで、割と読んでいるけども、この竹内氏と日高氏は師弟関係?か友人関係?にあり、確か共著(これは読んでないが)もあったと思う。ちなみに日高氏の方が先輩だったはず。


人間の見ている世界と動物の見ている世界は違うそうである。まぁそれはそうだろう。例えば、人は「赤・橙・青・緑・青・藍・紫」の7つの色を認識できるが、赤より波長の長い光は色としては感知できず、これを赤外線と呼んでいる。逆に紫より波長の短いものが同様に紫外線となる。ここで、モンシロチョウは紫外線が見えるらしい。だから花の色は人とモンシロチョウとでは違って見えていることになる。更に、紫外線が見えるにも拘らず、モンシロチョウには赤が見えないというのだ。このように認識できる色とそうでない色とは交尾の際に重要な役割を果たすわけで、その辺りについてはちょっと長くなるのでもう言わない。


僕がこの本を読んで感じたのは、動物と人間の世界認識の違いは、人間の間にもありそうだという事だ。

5歳の子供にとっては、30歳の女性と40歳の女性の区別はほとんどつかないだろうと思う。どちらもおばちゃんでしかない。これに60歳の女性が加われば、それはおばあちゃんだと認識できる可能性が出てくる。

妊婦が妊娠している間は、街中に自分以外の妊婦が多いと感じるそうだ。乳飲み子を抱えている時はそういう親子に目が行き、小学生がいるときはやはり同年齢の子供をすぐ発見する。これは、その夫の場合もそうであるらしい。強い関心を抱いている状況がそうさせるのだ。

恋人にふられて落ち込んでいる時は、街行くカップルにばかり目が行くという事になり、また逆に特定の人を好きになると、それ以外の異性は目に入らなくなる。似たような事は自分でも経験した気がする。

バブルの時代はみなこぞって土地を買った。資金があるのに不動産を購入しない人はバカに見えた時代。


自分の目に見えているものが全てだと思うと落とし穴にはまる。自分が見ているものが何かを考える事が必要なのだ。客観視。

マスコミが大々的に取り上げ、連日の話題をさらったホリエモンを見ていると、株に投資しないやつはバカだと思えてしまう。華やかな姿ばかりを見せ付けられ、そこに輝かしい未来をまるで幻想的にイメージした人もかなりいたはずだ。経団連や自民党までもが応援するのだからそれもやむなしではある。


そう考えると、プロ野球への新規参入騒動の際、ライブドアを歓迎しなかったナベツネは賢明だったと今にしてわかる。おそらく、よく考えた結果、「どうも怪しい。どこがどうとは言えないが、生理的に受け付けない」というような印象でしかない理由が強く作用した面がありそうだが、それはそれで自己防衛本能を発揮した事になる。


「自分が(受動的に)見せられているもの」と「自分が(能動的に)見ているもの」を分けて考える必要がある。成功者からは大いに学ぶべきだが、自分にそれが「どう活きるのか」を無視しては活かしようがない。ホリエモンが逮捕されたからどうのではない。彼は彼、自分は自分なのだ。

彼はこうだが、では自分はどうなのだ?

胸に手を当てて、よく考えたいものだ。


日高 敏隆
動物と人間の世界認識
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2006年01月22日 04時54分41秒

俺のはワイヤー入り

テーマ:本日の・・・?

ブログサーフィンをしていたらば、歯医者とか虫歯の話題がちらほらしていたので今日は歯の話。


俺は毎週歯医者に行ってる。休みの水曜日だ。奥歯の治療中だ、悪いか?

だが、今日はそれとは別に前歯の治療の為に急遽、その歯医者に行った。前歯に異常が出たのは昨日の晩飯。

俺の晩飯はおおむね母が家で作ったものを店に運んで来てそれを食す。昨日のおかずに焼き魚(何かのみりん干しを焼いたものか?)があった。うちがビンボーしてるといっても「その焼き魚だけがおかず」ではなく、それはサイドおかず。メインは「かき揚げ」がごろごろ作ってあった。店が忙しくなるように願かけをして「かき揚げ」だったわけではない。それを言うなら「かきいれどき」だ。「かき」しか合ってネェよ。うむ。「かき揚げ」に罪はない。割にうまかった。問題は、なくてもいいのにちょこんとそこにあった焼き魚だ。おそらく、自宅にて余っていた代物ではないか。たぶんそうだろう。いいや、きっとそうに違いない。

その焼き魚は既に冷たくなっていらした。俺はそれほど気にもせず、文句も垂れずに食したのだ。


告白するが、俺の前歯(上)は差し歯である。4本ない。正確に言うと、3本なくて、隣りは根だけ。従って、「その4本を挟んで両側にある歯をブリッジとした差し歯」を入れているわけだ。つまり、前から見ると6本が作り物である。どうしてそうなってしまったのかは今回言わない。機会があったら書くだろう。

この差し歯との付き合いはかれこれもう・・・まぁ、今回は言わない。長い付き合いとだけ言っとく。

冷たくなってしまっていた焼き魚を噛んでいたらば、それがバキッと音をたてた。そう。「バキッ」とか「ガキッ」だ。


あ。

あぅあ~。


怒りに震えた俺はその憎っくき焼き魚をばわしづかみにすると、ゴミ箱の底に力いっぱい叩きつけて・・・というような事はしない。母に皿ごと黙って押し付けた。「食え」

俺はもうその焼き魚はもちろん食べないし食べられない。かき揚げを包丁でひとくち大に切りつつ口中に放り込み、奥歯のみ稼動させて晩飯を終えた。

差し歯は6本が繋がっている。[てこの原理]を考えればわかりやすいと思うが、俺がうっかり片側で噛んでしまった為に一方だけに力が加わり・・・割れてしまった。その部分が浮き上がり、上唇がどうかすると切れそうなほどで、昨夜はもう前歯が全く使えなくなった。


その歯医者の先生は何度もこの差し歯を修繕してくれていたが、正直今回ばかりは割れていたし、だめか?などと考えていた。だが実際に治療に入ると、割れた左側部分に比べて右側のなんと頑丈な事よ。まず全体を外して治療(修繕?)方針を検討なさるやと見ていたら、これが外れないわけね。「方針変更」とばかりに何やら上から塗りつけ始めた。だが僕としては不安が否めなかった。舌で後ろから触ってもわかったのだが完全に割れているのだ。「あぁ、こりゃ3ヶ月もてばいい方か?」

先生は塗った部分が乾くと、今度は後ろから削り始めた。

「まぁ、間に合わせになってしまうのもしょうがないかな」と俺も半ば覚悟していたら、先生が「ワイヤー持ってきて」と看護助手に告げた。

(ワイヤー?・・・いったい何に使うのだ?)

ワイヤーを使ってどんなチカラ技を?と思っていたら、どうもそれは埋め込みに使ったようだった。

そうだ。

「ワイヤーが埋め込まれたのだ!おぉ!それは心強い!」

途中、看護助手に「ワイヤーが入ったんですか?」と聞いたら「はい、入りました」と答えた。そっけない返事に「たいしたことないのかな?」とも思ったが、でもやっぱりワイヤーなのだった。なんか、すごくパワーアップした気分だ。


昔、(あくまでも昔。近年はそう頓着しなくなった)女の子の下着にワイヤーが入っているのに気付いてしげしげと眺めながら「なんかサイボーグみたいですごいじゃん!」と言ったら「ちょっと!私小さいから・・・もう、やめてよ」と赤い顔して取り上げられた事がある。

でも俺の場合は衣服とかではなく歯の内部に挿入されているのだ。敵に倒されてパワーアップして戻ってくるヒーローのように、昨日とは違う別人がそこにいるのだ。

ふふふ。


でも強くは噛めない。

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2006年01月21日 04時04分29秒

退院の日 中編

テーマ:家族のこと

前回の話、退院の日 の続編です。


僕も母も実のところ、父が痴呆状態にあるとは思っていなかったし、またそう思いたくなかったフシがある。肝臓がうまく機能しない為に尿の毒が変な部分に回ってしまって起こるらしい「肝性脳症」の方がよかった。よかったというのも変だが、小さい頃から家庭内でひとり威厳を保っていた、怖い存在であった父が「ボケてしまう」などとは考えたくなかったからだ。父が示しているおかしな行動や言動はもはや認めざるを得ないが、それは肝臓機能の低下による一時的なものであって欲しかったのだ。それで、その「肝性脳症」を抑える薬を使わないのかと問うと、医師はこう言った。

「数値では出てませんから、そういう時にはまず使わないものなんです。数値で出ていないという事は、やはり『痴呆』と考えるのが自然なんですよ」

この事は少し前から看護士さんを通じて聞いてはいたが、やはりそれは「痴呆」なのか・・・。医師の口から「それはやっぱり痴呆なんですよ」と宣告されて、僕も母も、これからの生活を考えると重かった。

肝臓機能にはじまり、胃からの静脈瘤、気管の炎症、腹水、黄疸。父はもう通常の生活ができる状態にはない。それでも寝たきりというわけではなくちゃんと意識はあって、何かと喋る事は喋るから周りのものの世話が必要になる。そして、ここに「痴呆」が入る。これは、父からまったく目を離せないという事態を示すのだ。「介護」という言葉が頭をよぎった。父が元気になるという望みはもう叶わないらしい。それはわかった。もういやというほどわかった。しかし、いつとも知れない『その時』が来るまで付きっ切りでの看病或いは介護は、自営業を営む我が家にとって相当に深刻な問題で、物理的にも精神的にも重い。


その時、押し黙ってしまった僕と母に向かって医師が静かに言葉を切った。

「僕は今回の入院で見させて頂いたのが最初ですから・・・過去のデータは全部見てますし・・・今回の検査結果からもそうなんですが、もう見た段階で・・・既に・・・」

「はい、それは僕らも承知はしてるんですけど・・・」

「もう少し長くお付き合いしていたら、まだ・・・もっとお話できたかもしれないとは思うんですね?」

医師のその言葉に僕は「はっ」とさせられた。「あなたを父の主治医とは認めない」という僕らの気持ちが相手には伝わっていたのだ。入院した段階から、「厳しいことはわかっているけど、それでも何とかして欲しい」という僕らの思いに、「やれる事は限られていた現実」に立ち塞がれ、結果、彼(医師)は何とも出来なかった。そして、やはり最後まで僕ら(家族)からの信頼を得られなかった無力感を、いやというほど感じていたのだ。

入院した時の説明で僕らが感じた「どこか事務的な印象」はデータを見た医師としてのごく真っ当な態度だったのかもしれない。そして、入院していた間、彼は彼なりに力を尽くしてくれたのだと信じたい。だからこそ、「もっと時間があったなら」という言葉が出たのだと感じた。

医師が僕に注いだ眼差しには、「多くの命をすくい上げてきた医師の誇り」「それでも救えない時の無念さ」がにじんでいた。真正面から注がれたその眼差しに僕は初めて彼の体温を感じ取り、と同時に胸の中から湧きあがってきた熱い感情を抑えるのに懸命になった。


自宅から近い地元の病院に入院させた方がいいのかと母が質問したが、「入院すると、またストレスがかかって痴呆みたいになる怖れがありますね」と医師は言った。その地元の病院というのは、以前から退院後に薬を貰ったり注射を打ってもらったりしていた開業医だ。この大きな病院よりも前からで、最も付き合いが長い。何せ、普段から二日に一度は通っているところだ。医師は入院ではなく自宅療養で、状態を見ながらその病院にこれまで通り通院することを勧めた。悪く言えば入院してももう良くなる要素はないということだが、むしろ自宅にいた方が精神的な安定を得られるとの判断だ。


僕の方は、やたらと感情が昂ぶってしまい、もう「ありがとうございました」と言うのが精一杯だった。


もう一回だけ書くでしょう。


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