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2005年11月30日 09時39分16秒

青⇒緑なら、次は黄色か?

テーマ:本日の・・・?

気付いたら、メロが緑に変わっていました。

ん?俺のメロはどこに行った?と思って探していたらば、その緑の奴が「シオタン」でした。成長して緑になった模様。

青の次が緑ということは・・・更に成長すると黄色になるのか?

何でかって言うと、これは色の順番かと思ったからです。

昔、理科のスペクトルというところで習いました。色には順序があって、虹の色がそうですよね?

です。

ちなみに、の外側にあたるのが赤外線で、の外側が紫外線ですね。このふたつは人間の眼では見ること叶いません。認識できません。この順なら、つまり紫の方から変わるということで、緑の次は黄色になる、と。ま、虹とメロに何か関連があるとも思えないし、わかりませんけども。


僕はこういう複数の言葉を合わせて覚えるのが好きで・・・好きっていうか、たまたまだけど、この色のほかに、七草を覚えました。単におもしろがって覚えただけです。

春の七草は、せり・なずな・ごぎょう・はこべら・すずな・すずしろ・ほとけのざ。

秋の七草が、はぎ・おばな・くず・ふじばかま・ききょう・なでしこ・おみなえし。

ネットで調べたわけじゃありません。これはそらで言えます。

なんの自慢にもなりませんが。


あぁもうひとつ、青柳ういろうは、「しろ・くろ・まっちゃ・あずき・コーヒー・ゆず・さくら」ですね。「♪七つの味を残らずポイ!ぽ・ぽ・ぽいのぽいぽいぽいぃ~♪あ~お~や~ぎういろう~食べちゃったァ~ア!!」


そういえば、スペクトルマンって、DVDあたりが出てるんだろうか?むしょうに見たい気分です。懐かしいです。敵の二人組みがいいよね。揃ってゴリラ顔で、名前がゴリとラーだって。安直。そのまんまです。


知らない方の為に、写真を見つけましたので載せときます。

スペクトルマン変身セヨ!

スペクトルマン


こいつらが二人組のゴリとラー。


ゴリとラー

しかし、こりゃ妙な記事だな。ほぼ連想ゲーム。


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2005年11月30日 05時26分31秒

亀田三兄弟!!

テーマ:スポーツ全般関連

亀田興毅という名前の若いボクサーを知ったのは、たぶん1年くらい前の事だ。ネットでも見たし、2人、弟がいることも知ったし、テレビのバラエティ番組でも見かけた。

最初の印象としては、「まぁ大口叩くガキだこと」だった。今のところは控えめな三男坊と、相当にお調子者の次男坊、そして静かに笑うビッグマウスの長男、興毅。

ところが、その露出はじわじわと上がってきて、しかもかなりのハードパンチャーであってその力も「はったりではない」ではないか。


「かなりの本物だ」


どの試合かは忘れたが、KO勝利のあとで涼しい顔をして「おれは強いからな」とのたまう。僕は亀田の名前を見るにつけ、聞くに及んでできる限り注目するようになった。


この一家(敢えてファミリーに注目!)は筋金入りだ。オヤジさんがまずすごい。息子たちを世界チャンプに育てるのだという、確固たる信念。その練習について行く彼ら3人。

当初はパフォーマンス先行の、折を見てタレントにでも転身する横着モンの世渡り上手かと思っていたが、どうしてどうして。本物だ。

僕が僕なりに本物だという理由は、父親を尊敬する興毅の眼差しにある。10代の後半という時代は、ともすれば親の小言などには一切耳を貸さず、「青春は今しかないんじゃボケ!」とばかりに好き勝手に振舞いがちだ。しかし彼らは違う。

「親父を喜ばせたる」「ここまで来れたのもみんなオヤジのおかげ」

そして、彼は謙虚に言うのだ。「まだまだ俺の目標は上やから」

泣かせるセリフではないか。


宣言どおりに勝ち、そしてなお上を目指すあくなき向上と探究。


ボクシングに詳しいわけではないが、漫画雑誌あたりで描かれている中には例えば「弱小ジムではでかいカードが組めない」とか、「対戦相手にうまく逃げられて」などがある。力を持っていてもそのチャンスを掴めないケースがあるらしい。プロである限り商業的に興行を成り立たせなければならず、金であれ、コネであれ、必要なものなのだろう。

そのあたり、亀田家はなかなか頭脳的に立ち回っているのではないかと僕は考える。

大口を叩いて世間の注目を集め、そして必ず勝つ。盛り上がる。金になるとわかればスポンサーなりオファーなりは放っておいてもついて来る。メディアも群がる。テレビ番組の出演依頼が来る。目立つ。ますます注目される。そして、また勝つ。ファンが更に増える。こういういい循環があるから対戦相手も現れる。また勝つ。

もちろん、それだけ大風呂敷を広げておいて負けたらシャレにならないわけだが、今のところは敵ナシのようだ。テレビに出たりで近頃は忙しいはずだが、だからこそ、練習はきっちりやってコンディションを整えているようだ。次の試合はとうとうゴールデンタイムで放送されるらしい。


世界チャンプが亀田家から3人出るようだと、これはすごい事だ。まずは興毅。期待してよさそうだ。

あの辰吉丈一郎に強気な性格も顔つきも、似ていると感じるのは僕だけだろうか?


WBA世界フライ級8位の亀田興毅(19=協栄)の世界ロードが、ゴールデンタイムで放送されることが有力となった。28日に発表されたアランブレット戦(26日)の視聴率が平均8・5%を記録。過去1カ月間の同時間帯で放送された他のスポーツ中継の2倍近い高い数字に、TBS関係者は次戦からの亀田戦をゴールデンタイムに定着させる計画を示唆した。具志堅や辰吉に肩を並べる国民的英雄として亀田が世界王座に挑む。(数字は関東地区、ビデオリサーチ調べ)

90年代以降ボクシング中継は苦戦が続いている。ダブル、トリプル世界戦でも数字は伸び悩んだ。最近10年間で、1選手で20%を超えたのは辰吉丈一郎と畑山隆則の2人だけ。そんな中で、無冠の亀田がノンタイトル戦でゴールデンタイムに挑む。その人気はテレビ業界の常識まで覆した。 目指す数字も高い。次戦は20%以上が最低目標。初ゴールデンでさらに名前を売った上で、今夏以降に予定される世界挑戦で40%を超える大記録をもくろむ。ボクシングの過去最高視聴率はあの国民的英雄、WBAライトフライ級王者の具志堅用高氏の43・2%。辰吉でさえ超えられなかった金字塔に挑む。
 ゴールデンに進出すれば放送権料がはね上がる。アランブレット戦で破格といわれた1500万円のファイトマネーも倍増する。「次の数字はな、もっといくよ。どないかして絶対いかすよ」と本人も気合十分。来年、19歳の亀田は国民的ヒーローとして、世界のベルトを巻く。(
2005年11月29日(火) 9時46分 日刊スポーツ記事より抜粋)


強烈な左ボディーで元世界王者アランブレットからTKO勝利を奪った写真(11月26日)

亀田弘毅

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2005年11月28日 04時21分03秒

その時は果たして

テーマ:家族のこと

久しぶりに、2日ほどお休みいたしました。

その予兆はありました。まず、今週はスペシャルドラマが目白押しで、それを見てたらもう記事を書く暇なんてなかったというのがあります。僕は月曜日にTBSの2時間サスペンス、火曜日にフジの「1リットルの涙」、水曜日はテレ朝の「相棒」の3本はまず押さえています。その他、木曜日以降は金・土・日の3日間でロードショーかテレ朝のサスペンスを見ますね。これは(月曜のやつを含めて)おもしろそうなら見るけど、そうじゃなかったら見ないので、場合によっては全く見ないこともあります。しかし、今週は木曜から日曜まで全て押さえる必要(っていうか自分で決めるんだけど)があったのですな。フジのスペシャル「女の一代記」とやらを全て押さえ、日曜のスティーブン・セガールまでで2時間ものの皆勤賞です。

僕は家に帰り着くのがだいたい12時半前後、それから食事をして(その間に、例えば木曜は「きらきらアフロ」を見る)風呂に入って、とやってるとおおむね2時前後になります。そのあとで2時間もの(ビデオ録りしたやつ)を見ると、パソコンを開くのは既に4時を回ってるわけで。で、ネットのニュースをひと通り眺めて、スポーツニュースを確かめて、記事によってはバックナンバーを検索したりもするんでほぼ1時間は費やします。時間は5時。それから自分の書きたい文章を考えていると、もう大変。朝の6時には寝ようと努めていますが、7時になってしまう事がしばしばです。


更に、2日ほど前にどうやら風邪気味らしい事に気付き、少々ぽわんとしていました。

加えて、北海道から姉が帰って来るというわけで、ここ最近は睡眠時間を短く切り上げて倉庫の整理をちょっとしてみたり、その関係で(早起きして)買い物に出かけてみたり、忙しい週でした。


そして最も影響したのが父の事です。

父が肝臓を患ったのはかれこれ10年ほど前になりますが、その間3度ほど入院しています。前回の退院が今年の2月の事。最初は確か肝硬変かB型肝炎でした。どっちだか忘れた。入院治療をしたら元気になりますが、どうもこれが完全復活ではないらしく、次第次第に状況が悪化していくのです。そう、じんわりとです。で、前回2月の退院の際には、「入院する前より悪いんじゃない?」とさえ思える状態でした。退院の際、僕は主治医から呼び出しを受けました。患者本人とは別個にです。入院の際は母が色々と話を聞いていますが、それとは別に「息子さんがいいでしょう」というような事で呼ばれました。

主治医の話は、ひと通り今回の治療の内容とその結果であり、そして肝心なのが予後についてです。「来年の正月はひょっとしたら迎えられないかもしれない」というものでした。病気の内容はつまり肝臓ガンです。今年73歳を数える父の体力的なものもあり、「覚悟しておいて下さい」と言われました。病気は完全に治せる性質のものではなく、次第次第に悪くなっていきます。それは何年か前から承知してはいたものの、とうとうその時がやってくるのです。病原を完全に取り去る事は叶わず、できるのは引き伸ばす事のみ。父の状態から察するに、そのタイムリミットはおおむね1年であろうというのです。早い話が「余命1年弱」です。

その、医師が言ったリミットとなる正月があと1ヶ月ほどに迫ったここ最近、父の身に起こる事は家族にとって「信じたくない」の連続でした。「小便をしたいのにトイレに行くと・・・出ない」とは何ヶ月か前から本人がこぼしていました。で、「小便をこらえられなく」なり始めましたのです。一度、外出先で失禁をしました。テレビで「尿もれパンツ」のCMやその手の通信販売を見たことがありますが、近頃の急速な衰えを見るにつけ、「あぁ、いよいよ・・」との思いを強くします。

3日ほど前のこと。夜中に大きな物音がして、何が起きたのかと慌てて階下に降りてみると、父が台所でうずくまっていました。テーブルと食器棚の、普段は通路と化している場所で、テーブルの下に入れっぱなしになっていて誰も座らない椅子を転倒したまま抱えていました。部屋には電気も点けていません。

「何やってんの?」

「・・・」

「何をしようとしてたの?」

「・・・小便だ」

手を貸そうとしても、父は強くかぶりを振り、そのくせえらく時間をかけながらやっとその場に立ち上がりました。「目的は小便」にも関わらずトイレではなく台所に、電気も点けずにです。妙だなと思いました。

次の日、母が様々な事を僕に報告してくれました。

「タオルをズボンのようにしてしきりに穿こうとしていた」

「ふたの閉まったままのヤクルトを飲もうとちゅーちゅーやってた」

「箸を3本(一膳プラス別の1本)持って食事を始めた」

「ドアノブのついていない(ちょうつがい)部分を開けようとしてしきりに押した」

・・などなどです。


何かで聞いたことがあります。体の中でアンモニアが妙な部分に回って行き、その毒素に侵されて正常でなくなる。それだとピンと来ました。恐らく、いわゆるアルツハイマーとは性質の異なる原因だと考えられました。体の中で、様々な臓器が悲鳴を上げているのです。正常な状態を100とするなら、父の体内臓器は10とか20しかないと思われました。もっと低いかもしれない。

幸いにも次の日、父は自分でこう言ったのです。

「俺は・・・昨日、ぼけてたよなぁ。何でか知らんが・・・ぼけてたよ」

まだ、何とか。


しかし、こういう状態ではクルマの運転はもうさせられず、また1人で家に置くのも心配です。母と僕が店に出ている間、父はいつも1人で勝手気ままにやっています。その時、急におかしくなって、たまたま火でも使っていたらと思うと気が気でなりません。


その時が果たしていつになるのか?

あのおかしかった日の翌日、父は母に連れられて病院に行きました。即入院かと思いきや、明けて火曜日に色んな検査を受けに行く予定になっています。そこで再入院になってまた投薬治療やなんやかやで、体が少しでも回復すれば(その後に退院が叶えば)、父の命はもう少し伸びるのだと思われます。

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2005年11月25日 06時08分20秒

31ねんぶり

テーマ:本日の・・・?

「24」というアメリカのサスペンスドラマ?は未だそれなりに人気のようですね。僕は見てませんが。え~と、もう20年前になるのかな?「V」というタイトルのSF作品にはまった事があります。Vはビジターの意味で、異星人(エイリアン)が地球にやってきて・・・というお話。普段は人間のなりをしているけど、何かで、例えば皮膚を切られるとそこから流れる血液は緑色という、ちょっとそのシーンが今でも記憶に残る、連続ドラマ作品でした。いったいあの作品のどこがおもしろかったかというと・・・たぶんシドニィ・シェルダンの「ゲームの達人」みたいに次から次へと目まぐるしく展開が変わるスピード感だった気がします。ただ、それもあんまりにも長い為に途中で飽きてきて、もういいかげんに終われよぉと思った。ビデオ屋でいちおう1本ずつ借りるんだけど、もうどうでもよくなった。しかし、だからといってすっ飛ばして最終巻だけ観る訳にもいかない。結局は、どんな結末だったかも覚えていないという、ね。

何の話だった?・・・あぁ、31だ。


24でなくて31です。

ロッテの優勝は31年ぶりだそうです。それに、体操の世界選手権で冨田選手が31年ぶりに金メダルを獲得しました。また、こないだ東京国際マラソンで復活優勝を成し遂げた高橋尚子のゼッケンが31でしたね。

近頃、戸田菜穂(31歳)との交際が発覚したヤンキースの松井は31歳でしょ?

31に縁がありますね。・・・まぁ、最後のはちょっとこじつけ


体操の富田洋之選手、おめでとうです!

あの、アテネ五輪で「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」(ちょっと検索してこの一節だけわかった)と叫んだ感動的なアナウンスっ!

体操という競技について何ほどの知識も持ち合わせていない僕ですが、規定どおりの演技をより綺麗にこなせば高得点であろう事はわかります。また難度の高い技を決めれば高得点でしょう。アテネ五輪で体操日本の復活を鮮やかに印象付けてくれた彼らとはいえ、同様の世界の舞台で、再び金メダルを獲得するという事の大変さは僕にも想像できるのです。一瞬の気持ちのスキや、或いは迷い、そういうのもが演技に影響しますよね。また、アテネ五輪から今日まで、たゆまぬ精進努力を変わりなく続けてきた証です。継続は力。素晴らしい事です。


ところで、あの感動的なアナウンス。NHKの刈谷富士雄さんだそうです。1回ずつ車輪が進むたびに、助走よろしく静かに言葉を重ね、それは次第次第に熱を帯び、フィニッシュという地平に向かってたぎりほとばしるその血潮。この演技の数秒間に、あの練習の成果や悩んだ日々の思いを全てぶつけるんだという、「何も怖れるな!俺は精一杯やってきた!この一瞬にあらん限りの技と力をぶつけるんだっ!」という選手の胸に渦巻く緊張感をも観る者に味わわせてくれます。「掛け橋」という言葉は、「届けっ!届いてくれっ!」という祈りにも似たニュアンスを伴います。鉄棒をつかんで決して離さない(離したら即落下ですからね)選手の姿が、目標にひたすら手を伸ばしている絵にも映り、実に私達の胸を熱くさせてくれますね。


ようし!俺も燃えてきたっ!

明日もいい1日でありますように。

って神頼みかっ?

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2005年11月24日 03時39分18秒

「1リットルの涙」の印象的場面を勝手に並べてみた(第7話)

テーマ:テレビ的なはなし

のっけから季節はお正月。おおむね秋はすっ飛ばした模様。亜也はこの第7話から車椅子が欠かせなくなっている。また、ここは進学校で、2年生に進む前段階ではあるが進路を考えるようにとの指導。車椅子を使う為、学校生活では友達の手が必要であり、授業中に板書された内容をノートに書き写す事も人より遅くなっている亜也。本人が不自由であるに留まらず、明らかに他人の手を必要とする状態。亜也は順調に悪くなっている


バスケ部の顧問でもある担任に、部活を「やっぱり辞める事にします」と話す亜也。「このままだと・・・なんか中途半端なんで」

本人は辞めたくて辞める訳ではない。亜也は先生の言葉を(何かを期待しつつ)待つ。それに対して発せられる「・・・そうだな」のひと言。顧問も躊躇しながらそう言うのだが、ここで僕は思った。何も退部でなくてもいいではないか。名前だけ残すという配慮があったって特別な差し障りがあるでもなし。

あの、突然の病に倒れたミスターの「日の丸に書かれた背番号3」が象徴する「長島ジャパン」がそうであったように、「思いはあるのだ」という意味で「バスケ部員としての『池内亜矢』」をそのままにしてくことは出来なかったのか?これが健常者の現実。


脊髄小脳変性症の第一人者と会う水野医師。

岡崎医師の言葉。「臨床より研究が好きで、神経科学という未知の領域の研究者を目指していた。しかし、この病気に出会ってからどうしても『この患者さんを治したい』と思うようになった。水野先生、あなたと同じように」岡崎医師は、研究から臨床に移って病理に立ち向かい、今、水野医師は逆に臨床に役立てたい気持ちから研究にも目を向け始めた。

近頃やや報道が減ってはいるものの、医療ミスは枚挙に暇がない。医者は神様ではないが、患者を救いたい思いは医療に携わる全てのものに共通のはずだ。

「何か手はないか?何故進行を止められないのか?原因はどこにあるのか?」

フジテレビの「白い巨塔」に見るように、権力を得る為には論文に精力を傾ける事が求められる。それは研究活動を未来へ役立てる意味で、普遍的な形として残す事をよしとされているからだろう。しかし、たった今苦しんでいる一人の患者と向き合いながら共に病気と闘う『臨床』を疎かにする事は、いわば「画竜点睛を欠く」事で「絵に描いた餅」に過ぎない。研究と臨床が一体となって初めて、医学の前進があるに違いないのだ。患者を救うという思いを原動力に、医者としての全力を常に傾ける姿勢が保たれれば、報道されているような稚拙なミスはそうは起きないと思う。


順調に悪くなる亜矢を見兼ねて(持て余して?)、学校側から養護学校への転校を示唆される潮香。そこで出会った及川明日美(大西麻恵)の言葉。「時間の大切さがわかるようになった。ここ(養護学校)は外の世界に比べれば確かに狭い。でも、ここでしか得られないものもある。病気になったのは不幸じゃないです。不便なだけ

第3話で、「病気はどうして私を選んだの?」と失意のどん底にあった亜矢。亜矢もその現実を受け入れはしたものの、まだここまで前向きではない。まだこの病気の本当の怖さに考えが及んでいないというべきか。その亜矢の「決意の脆弱さ」がこのあと露見する。


潮香が切り出せなかった養護学校への転校話を、亜矢は偶然知ってしまう。そして、「私はいろんな事をあきらめてきた。でも、友達まで失ったら私が私でなくなってしまう」と懸命に訴える。決意の脆弱さとはここにある。人生の中で友の存在は非常に大きな欠かせないものだ。しかし、亜矢の状況から考えれば、自分と友達でいるが為に様々な事をその友人に負担させることになり、その関係はもはや対等ではなくなってしまう。たとえ支えてくれる友人がいなくても、「私は私」という強い気持ちが必要なのだ。そして、ここで潮香は親として母として感涙ものの答えを出す。

「わかった。もう何も言わない。亜矢の将来は亜矢自身に決めてもらいたいから」

潮香はわかっていた。養護学校への転校は時間の問題だと。しかし、ここで嫌がる彼女を半強制的に従わせてしまうと、必ずしこりが残ると考えた。亜矢にとっては、転校ではなく、「養護学校送り」だ。それは「決断」ではなく「仕打ち」だ

時間が必要だったのだ。


保護者会の場面。豆腐を置いてくれることになったスーパーのオヤジは1人でフォローに回るが、他の父兄からは完全に邪魔者扱い。

「お世話している時に何かあったら責任とれません」(あんたの娘は何にもしてないから)「二学期に入ってから成績が落ちた」(あんたの娘の責任です)

基本的には「設備の整った学校の方が、娘さんにとってもいい」という至極まっとうな意見を皆さんお持ちですね。当然の事だろう。

潮香がじっくり言葉を選びながら、とつとつと語る。

「・・・(中略)・・・いつかこの学校を去る時、自分の将来は自分で決めたんだって、そう胸を張って大好きな東校から転校させてやりたいんです。親の我侭だという事は重々わかっています。どうぞ・・どうか・・よろしくお願いします」

そんな潮香の切なる訴えに、聞く耳持たぬ姿勢の父兄が慇懃無礼に言い放つ。

「そんなにお子さんをここに通わせたいなら、あなたが側についていればいいじゃないですか?」「お仕事、辞める事は出来ないんですか?」柔らかく、そして冷たい言葉。「転校は避けられない道だ」と言ってるのに、よろしくお願いされたくないとの拒否表明だ。


この第7話はこの場面で幕を閉じた。次回予告で既に亜矢の別れのせりふ、「・・・ばいばい」が流れた。養護学校へ転校するわけだ。もちろん、今回登場した養護学校の明日美の母がかとうかずこであることを見れば、そこが今後の舞台の1つとして描かれる事は承知しているが。

仕事を辞めたら?の父兄の言葉に潮香がどう答えるのか?そこではいったん「もう少し様子を見ましょう」と先送りにされるのか?それは次回ですね。

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2005年11月23日 06時20分49秒

「1リットルの涙」の印象的場面を勝手に並べてみた(第4話~第6話)

テーマ:テレビ的なはなし

第4話

「昨日と同じ景色を見て、昨日と同じ道を歩いているのに,私の世界はまるで変わってしまった。きっともうあんな風に笑えない。昨日までの私はもうどこにも居ない。」


第3話で、亜也は水野医師から明確に告知を受けます。自分自身の抱いていた疑惑が確信に変わり、そして主治医からの宣告がとうとう、なされたのです。


リハビリを始めた亜也を遥斗が見舞う場面。病院の屋上。

「思ったより、元気そうじゃん。」

「まあね、検査嫌いだけど、主治医の水野先生、かっこいいし。」

(中略)

「お前、何の病気なの?」

「・・・・不治の病。・・・・もう長くないみたい。・・・・嘘。」

精一杯明るく振舞おうとする亜也。自分の病気を受け止めたつもりでも、まだまだ揺れる少女の気持ち。


バスケ部の先輩に約束をすっぽかされ、心配した遥斗がかけつける、二人の会話。

「・・・・私ねえ、歩けなくなっちゃうんだって。」

「言葉もだんだん発音がはっきりしなくなって、何言ってるかわからなくなっちゃうんだって。最後には寝たきりになって、喋ることも食べることも、出来なくなっちゃうんだって。」

「麻生君、前に言ったよね。人間だけが、欲張って余分に生きようとするって。・・・やっぱり欲張りかな?無理に生きようとするのは、間違ってるかな?」

「・・・・」何も言えない遥斗。

「過去に戻りたい。タイムマシン作って、過去に戻りたい。」


苦しい。

第5話

理加が二階に上がる亜也の後姿を見て無邪気に言う言葉。

「亜也ねぇちゃん、ペンギンさんみた~い!」

動きを止めた亜也が振り返り、精一杯微笑んで言葉を返す。

「可愛いでしょ?」


第6話

豆腐の新しい売り先を開拓中、そのスーパーの主人に「けんもほろろ」状態の瑞生。そこへ店主の息子が通りかかり、「同級生だよ」と話す。

「あぁ、あの大変な病気になっちまったって言う女の子の・・・」

それで態度がころっと変わり、主人は商品の取引を承諾する。瑞生は「情けをかけられた」と考え、あまりいい気持ちがしない。自分が精魂込めて作ったとうふの善し悪しとは関係のない理由で商談が成立した事を手放しでは喜べなかった。

潮香が瑞生に対して言うセリフ。

「同情ってそんなに悪い事かしら?その人の痛みや苦しみを、自分のこととして感じてくれてるって事じゃない?」


プライドが邪魔をして、他人からの好意を「好意としては受け取れない」場面が人には時折あるものだ。ならば、誰からの好意も拒否し続けて人は生きられるだろうか?人は社会の一員としてしか生きられない。その中では、人は支え合って生きている。自分が気付かないままに好意を受ける事だってある。肩肘張らずに、「ありがとうございます」って素直に受け入れたらいいんじゃない?いつか自分が誰かに情けをかける事だってあるかもよ?潮香はそう言いたかった。情けは人の為ならず。近頃は逆の意味と思っている人もいるようだけど。


裕樹がサッカー部の友達に亜也の事をからかわれ、何も言い返せなかった。「自慢の姉」をおとしめられ、裕樹自身の悔しさは如何ばかりか?しかし、うまく言えない。確かに見かけはかっこ悪いかもしれないけど、でも「真実」はそんなんじゃない。でもうまく言えない。裕樹は逃げた。亜也を気遣う振りをして、「試合には無理して来なくてもいいよ」なんて。

そんな裕樹の姿を見た亜湖がキレた。サッカーグランドから有無を言わせず裕樹を引っ張って家に連れて帰り、弟にカツを入れる。

「亜也ネェほんとに頑張ってるよ。強いよ。周りからじろじろ見られて、私だったら亜也ネェみたいに外歩いたりなんて出来ない。そんな風に思ってるあんたの方が、よっぽど恥ずかしいよっ!!」


誰より亜湖自身、裕樹の気持ちがよくわかっていた。病院内で、エレベーターまでのわずかな距離も時間をかけないと辿り着けない姉を知っていた。とろい!うざい!回りくどい事は大嫌い!亜湖はそういう子だ。我が家の自慢の、頼れる姉が今窮地に立たされている。もうあのきりっとした、美しいしっかり者の姉ではないかもしれない。その事実を亜湖自身がまだきちんと受け入れられないのだ。そして、懸命にリハビリに取り組む姉の姿や、不自由な体でいても「びくびくオドオドなんてしていない」姉に真の強さを見ていた。裕樹に対する言葉は、自分自身に対する「弱さへの訣別」の意味もあったのだ。裕樹にぶつけた思いは、同時に自分自身に対する叱責だった。裕樹をいじめた子供たちに対して、亜湖は自分の言葉で反論ができなかった。ただ怒りに任せて突き飛ばしただけだ。既に気持ちの整理がついていたのなら、グラウンドから家へと場所を移す必要はなかっただろう。もっと毅然とした態度も示せたはずだ。

こないだ書いた第1話~第3話

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2005年11月23日 05時32分43秒

城島!城島!城島!

テーマ:巨人、プロ野球関連

ソフトバンクからFA宣言した城島健司捕手(29)は22日午後、福岡市内で記者会見し、米メジャーリーグのマリナーズと契約を結んだと発表した。契約年数は3年で、推定総額最大1900万ドル(約22億6000万円=出来高払いを含む)。懸念される英語力の向上のため、マリナーズが英語家庭教師を日本へ派遣する“オプション”付き。イチローと合体し、全米で屈指の親日的な都市を本拠地に、捕手として史上初の日本人メジャーリーガーの挑戦が始まる。


「一番最初にオファーがありましたし、チームに3人いるキャッチャーの中で僕をナンバーワンに評価してくれた。(本拠地シアトルの)街の環境も良く、球団が誠意もものすごく、伝わってきましたから」

「日本人的な考え方かもしれないが、初めての日本人キャッチャーにもかかわらず、これだけ高い評価をしていただいたことで、恩を受けた。ニューヨークに行って(他球団と)てんびんにかけることで、むげにしたくなかった」

「シアトルには、宇和島屋さんというスーパーがありまして、嫁の心をつかんだんじゃないでしょうか」「決め手? 宇和島屋さんじゃないでしょうか」

宇和島屋は本拠地セーフコフィールドの近くにシアトル店、他に郊外に2店舗を展開している日系大型食品スーパー。日本から輸入されたインスタントラーメン、レトルトの白米、カレー、駄菓子などがズラリと並び、紀伊国屋書店も入っている。ここにいる限り、異国の感はない。2005年11月22日(火) 17時1分 夕刊フジ(より抜粋)


決めてくれました。城島健司!よっ!佐世保の星!


FA権を取得した時に、「それは是非メジャーに挑戦してくれ!(とびだせ、城島!! )」と書き、ホークス残留の道を残しつつメジャー移籍を模索していると聞いて「それは煮え切らんっ!日本人ナンバー1捕手として堂々と乗り込めっ!(立てっ、立つんだジョー!! )」とまた書きました。

やってくれましたね。マリナーズの誠意を強く感じて、他チームとの天秤を潔しとせず、すぱっと決めたあたりは立派です。そうです。それですよ。そうでなくっちゃね。


メジャーで一定の評価を得てからは、松井やイチローのように「目標はワールドシリーズ」との言葉も出てくるでしょう。しかし、言葉のカベや、チームの柱であり、影の監督としての力量をも求められる捕手というポジションでの事。やはり順序というものがあります。現時点ではチームメイトとなる筈のイチローについては去就に不透明な面が残りますが、親会社が任天堂という、複数の日本人選手が在籍した親日球団ですからね。最初の球団としてはやりやすいはずですよ。

マリナーズに12年間在籍し今季引退したダン・ウィルソン捕手の後継者として、そのタイミングもよかった。野球はルールの中で行なわれるスポーツ。日本の野球がメジャリーグで通用する事は、既に多くの選手が実証しています。こと野球に関するノウハウなら城島の持つ技術や経験は立派に「使える」に違いないのです。


城島が行なった会見の中で、特に印象に残ったのは「福岡」ですね。

「彼は日本を代表する捕手」という意味の言葉は一切使いませんでした。日本ではなく、「福岡」であり「ホークス」でした。そして、プロという立場でありながら、ファンがいたからこそ今の自分があると言い切ったのです。それが、最後に言った「ユニフォームを脱ぐ時は福岡」につながります。例えば、消化試合であれ、お客さんが見ていなくても最高のパフォーマンスを常に求めるものがプロでしょう。また、プロである限りはお客さんを驚かせるのは「出来て当たり前」とも言えるのです。そこを、お客さんであるファンや福岡やホークスあっての自分だと宣言しました。なんか、九州男児の株が上がりそうですね。嬉しいですね。ファンによって育てられ、ファンと共にある、と。メジャーの舞台に立てはしても、活躍出来るかどうかはもちろん未知数です。しかし、彼ならやってくれそうです。大いに期待しています。


ひょっとしたら、城島は高橋尚子の走りを見て感動を覚えたのかもしれませんね。高橋尚子の復活優勝から二日目の会見だし、あり得るかもしれません。

城島メジャー

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2005年11月22日 04時36分27秒

「1リットルの涙」の印象的場面を勝手に並べてみた (第1話~3話)

テーマ:テレビ的なはなし

僕はビデオで見ていますが、保存はしていません。見終わったら他の何かを重ねて録っちまう。それで、自分の中であらすじを整理していく為にも、また記録の意味も込めて、そういう場面を記しておく事にしました。この間の、第6話が終了した時点で書き始めたんで、忘れちゃって書けない部分もあります。

第1話

亜也がクラスメイトに語りかける場面。

「だから、寄り道をしたり、遠回りしたって良いんじゃないかなって。焦らずに、いろんなことに挑戦したり夢中になったりして。(中略)だって、私たちにはまだまだたくさん時間があるんだから」


水野医師が潮香に告知する場面。

「お嬢さんの病気は脊髄小脳変性症だと思われます。症状はゆっくりですが、確実に進行します。ただし、身体を動かす神経を破壊されても、知能にはなんら問題はありません。身体を動かしたいのに動かない。しゃべりたいのにしゃべれない。そういう自分をしっかりと認識出来てしまうんです。非常に残酷な病気です。」

「治りますよね?・・・・・・治るんですよね?」

潮香の必死な問い掛けに、水野は非情に答える。

「私の知る限り、完治した例は一例もありません・・・・」


第2話

潮香が、セカンドオピニオンの目的の為に検査データを借りたいと水野医師に申し出る場面。水野は応じながらも冷静に、一刻も早く病気を認めて治療を速やかに進める事の重要性を説く。「娘が治らない病気ですだなんて言われて、そんなに簡単に納得したり、認めたり出来ないんです。」

第3話

亜也を必死にかばう両親に対して、次第に不信感を募らせる次女の亜湖。この時点で、亜也の病気については、まだ両親しか知らない。「亜也ネェはいいよね。私も病気になりたい」と愚痴った亜湖に対し、潮香が思わず手をあげてしまう。

「何でよ?おかしいよっ!おかしいよ、この家っ!!」


告知をぎりぎりまで待って欲しいと潮香が水野医師に頼む一方で、亜也はもう充分に気付いていた。ネットでも調べて、自分の体のただならぬ異常を自覚していた。

診察室での医師と3人(亜也、潮香、瑞生)。

「脊髄小脳変性症ですか?」亜也が聞く。驚く他の3人。

「・・・そうだよ」

「私、将来、将来、ゆうかちゃんのお父さんみたいになりますか?教えてください、先生。」

「ずーと、先のことだけどね。なると思う。」

「一つ聞いてもいいですか?」

「いいよ。」

「病気は、病気はどうして私を選んだの?」

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2005年11月21日 05時45分43秒

自分なら信じるけど、たまに後悔

テーマ:それでいいのか?!

けたたましい拡声器の大音響。場所は広尾の有栖川公園の裏あたり。

「・・・こう、・・こう、・・こしょこ・・こう、・・はらしょうこう」

何じゃ?!と思いました。信号待ちをしていた僕のうしろのクルマが突然歌いだしたのです。ルームミラーを覗き込み、更に窓から首を乗り出して振り返ってまじまじと見てしまいました。

「あ・さ・は・ら・・・しょう・・・こう・・・?」

どうやら選挙運動のようです。いきなり妙チクリンな歌が始まるから、僕はビックリしてしまいましたが、うぅむ、選挙運動のようです。麻原彰晃。変な名前。姓名判断あたりで勧められて改名したんだろうな。そんな風に考えました。


当時、僕はタバコのルートセールスをやっていました。都内はどこへだってクルマで馳せ参じます。ま、その話は今回はなし。で、営業所は代々木にありましたが、本社は杉並区、荻窪でした。僕はそのあとクルマで走り回る仕事から本社勤務に変わったんですが、ここでまた彼らに遭遇します。荻窪駅前での一風変わった踊りと学芸会を思わせる稚拙なぬいぐるみ。そしてそう、あの聞き覚えのある「うた」です。何やら薄気味悪いものを、僕は一等最初に感じたのです。

選挙運動が派手に行なわれる事は承知しています。やかましく、しつこく、おおげさで、懸命です。それは仕方がないというか、そういうものでしょう。しかし、荻窪駅前における彼らのPR活動には、何かしら違う空気があったのです。これは明確な記憶ではないものの、運動員の彼らには、あまり笑顔がなかった気がします。どこか淡々としていました。そして或る日、いつも通り彼らをそそくさと避けながら家路を急ぐ僕の手に、1冊の小冊子があてがわれました。つい手にしてしまったそれを眺めつつ、電車の中で僕はおずおずと開きました。漫画が書かれています。そのおかげで比較的抵抗は薄れますが、眺めてみて「うぇっ」とのけぞりました。

「なんだよ。これ宗教じゃん」

インドの高僧だとか、もう忘れましたが修行とか、瞑想とか、宗教そのものです。だから不気味な、違うにおいがしたのです。教祖がパンツ一丁で汗をかいています。空中浮遊?「この人、どう見ても飛び跳ねてますが?」

僕はそれきりポイと網棚に置いて、「あぁ、ちゃんとゴミ箱に捨てなきゃ」と思いつつ、確か降りる時に忘れて来ました。


宗教は何を信じようとも個人の自由です。これは憲法にも保障されています。僕はといえば無宗教で、そのくせクリスマスにはケーキを買って、正月にはおみくじを引いて木の枝に結ぶという事をします。信じるものがあるとすれば、それは自分しかなく、善きにつけ悪しきにつけ自分を信じますね。


従って、オウムなるものが宗教である事を知ってからは、僕としては創価学会と同様に避けていました。世の中には、そういうものは他にもあります。おデコのあたりに手をかざして、ただ念じるという「ものみの塔」かな?一度だけ、「やらせて下さいお願いします」みたいに言われて、「な何を?」と好きなようにさせて見ていましたが、「で、だから何?」で、「はい、終了」です。それ以後はもう関わりません。学会さんとやらも、「話に付き合わされる状況」に陥ってさんざん聞かされたことがありますが、苦痛なだけです。

宗教には、「それを信じる人には」心の平安が訪れるもので、その事自体の有用性は認めています。が、「それを信じない人には」無価値です。時間の無駄です。もちろん、人生を生きていく中でいつか「そういう何かにすがる時が」自分にもやって来るのかもしれません。その可能性はあります。現に、ジンクスであったり、星占いであったり、何かしら「自分発ではない何かの力」の作用を疑う場面はいくらでもあって、何かを拠り所にする気持ちそのものは決して否定しないからです。だから宗教を全否定するつもりは全くないのです。


しかしです。オウムは恐ろしい団体でした。今更僕が書くような、書けるようなものはありません。夕方、TBSの「報道特集」でこの教団が取り上げられていたのです。地下鉄サリンから10年だそうです。1995年3月から、もう10年がとうに経過したのです。そして、現在は形を変えて今尚存在するアーレフ。残念ながら、番組の中身は来客で忙しくなって見れませんでした。気付いたら終わってたんで。


僕は事件発生当時、田舎に帰ってきていて東京にはいませんでした。しかし、ひとつ間違えばまだ在京していたかもしれなかった。僕は営業職で、その日によっては銀座線を使って客先に直行する事があり、その場合、あるいは事件に遭遇したのかもしれなかった。3ヶ月の差でした。あの団体が水面下で秘密裡に行なった前代未聞のテロ行為。10年たって思い出すだに、彼らが一体何故あのような事を行なったのか?そう考えると、今更ながら恐ろしく、不可解で、許せない気持ちが湧き上がってきます。あの事件と、もちろんあれだけではない数々の無慈悲な殺人事件は、日本という枠ををはるかに超えて、世界、いや人類史の中の特筆すべき事項です。その首謀者が日本社会の中から生まれ、その弟子たちがやはり日本社会から選りぬかれた若者であった事を思い起こすと、何とも言葉に出来ない陰鬱な気持ちを拭えません。


あぁ、そういえばあんな事があったと思って書き始めたら、いかんともしがたい暗い記事になってしまいました。食欲なくしますよね。お食事中または食事がまだの方がいたらごめんなさい。


この次はがんばります。って何を?

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2005年11月20日 15時23分58秒

おめでとうQちゃん!!

テーマ:スポーツ全般関連

ゴール前の高橋は、かなりくたくただった。僕らの記憶にある、笑顔で走るQちゃんの姿とは少し違った。「止まってしまった時間をここから動かす」と決意して、まさに背水の陣で退路を断って敢えて選んだこのレース。プレッシャーは並大抵のものじゃなかったはずだ。もう若くはないという自覚と、それでもやるべきことはやってきたという自信と自負と。そして高橋は積極的にレースを動かし、スパートをかけ、後続をちぎった。事前に打ち明けられた足の故障。2年前の悪夢は彼女の中にも応援する全てのファンの脳裏にも、まるで亡霊のように浮かんだまま消える事がなかった。が、彼女はそれを自分の手で払いのけ、力強く打ち消したのだ。

テープを切る直前の、安堵感と達成感と、そして少しの笑顔。その笑顔は、「走る事が大好きです」とはちょっと違って、たぶん「みなさんありがとう」の笑顔だ。


ゴールインしたあとの高橋のコメントは、およそスポーツ選手のそれではなかった。何でも目標を持って欲しい。陸上に関係なく、自分の思うものにチャレンジして、がんばって欲しいというエールをスタジアムの観客に逆に送った。

高橋は励まされていたのだ。全国のファンが彼女の復活を待ち望み笑顔を見たいと、ただそれだけだった。がんばれ、がんばれ、と。自分が走れたのは、ここで復活できたのは、技術だとか、調整だとか、食事制限だとか、そんなものをとうに超えたファンの後押しだった。「本当にありがとう」と、高橋は礼を述べた。「自分が走れたのはファンのおかげ。皆さんも、それぞれの夢に向かってがんばって欲しい」と。僕らは彼女の走りからまぎれもなく勇気と感動を貰った。おめでとう、Qちゃん!!


専門的な事はわからないが、たぶん「2時間24分39秒」は凄まじいというタイムではない。でもそんな事はもう関係ない。一番でゴールテープを切れたという、もうそれだけで充分凄まじいのだ。


高橋尚子はスポーツ選手を超えて、今日ひとつの情熱となった。

「負けたくない」という彼女の思いと、「そうだ負けるな!がんばれ!」というファンの気持ちが一体となって、熱い情熱へと昇華した。

おそらく、年齢的に厳しいものがある高橋の今後は、このレースで復活したといっても手放しで喜べるものではないかもしれない。しかし、大勢のファンの心を掴んで離さない高橋の存在は、そのファンの声援が途切れない限り価値あるものだ。僕らはまだまだQちゃんを応援する。だから、高橋尚子はまだまだ死なないのだ。



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