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2005年09月30日 04時04分03秒

最近はまったコンビニのおまけ

テーマ:本日の・・・?

今日はちょっと文章がまとまりません。休もうかとも思いましたが、9月の最後だという事に気付き、小倉の事件で締めくくるのはあとあじが悪いというか、それを中和する事にします。


コンビニには毎日欠かさず通う僕です。コンビニってドリンクに余計なおまけをつけますよね?おまけ欲しさにそれを続けて購入させようといういわゆるグリコ商法です。各コンビニで限定ものをつけるとか、対メーカーに限らず、コンビニ同士でも客の奪い合いや囲い込みに躍起になっています。そういうおまけがついた最初はもちろん新鮮で、得した気分にもなりましたが慣れてしまうと正直邪魔です。場合によってはレジでそれを外して、「これ、いらないからあげる」と店員さんに渡したりもします。

おまけの種類も、ストラップに始まり、クリーナー、受信の際に光るヤツとかの携帯グッズが多いです。女の子ってやつは、「これ、かわい~いぃ~」って言えるものならなんでもOKなご様子ですが、ほどほどにした方がいいです。前にテレビで公開されてましたが、ベッキーの携帯。あれに至っては、携帯は今やストラップのおまけと化していました。

あ、僕はベッキーには大変好感をもって見ています。素直で無邪気な、いい子だと思います。今後、結婚して母に(ちょっと気が早いけど)なっても生活用品のCMなんかには引っ張りだこの、理想の女性タレントとして長く活躍するでしょう。彼女から推薦されれば、その商品は安心して購入できそうです。彼女の人柄だと思います。


話がそれてる。

で、最近僕がはまっているのはコカコーラについていたチョロQです。正確には「プルバックカー」と書いてございます。チョロQはタカラの商品だったかな?従って固有名詞としてのチョロQとは呼べない。全てフォルクスワーゲンですが、塗装やらが色々と変えてあって、なかなか可愛いです。作りも、おまけにしてはそこそこ納得のレベル。「いったいお前、いくつだよ?」と突っ込まれそうですが、男の子は何歳になってもクルマには惹かれるのですよ。全部で12種類あるのですが、結果は8種類しか集められませんでした。ガンメタとグリーンは1台づつだぶりましたが。現在はコンビニに行ってもこれはもうついていません。出荷されるロットに限定的に一定数が付けられ、それが売れてしまうともうおしまいです。ま、初めから8種類しかなかったと思って、うふふと眺めて、ちょっと走らせたりして楽しんでおります。金かかんないよなぁ。


でもよくよく考えると僕のやってる事は、女の子が携帯のストラップを増やすのと根本的には変わらないわけですよね。

おそまつ。


ワーゲン正面

ワーゲン横



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2005年09月29日 05時38分30秒

小倉連続殺人~底のない闇

テーマ:それでいいのか?!


昨日、北九州市小倉で起きた連続殺人事件の判決が出ました。7人の殺害及び十代少女の監禁。2002年3月の事件発覚から3年半が経過しており、公判は76回を数えるそうです。それだけの時間と労力を費やしてもなお、事件の闇は完全に照らし尽くされてはいないといいます。


2被告はともに死刑です。女の方が全面自供に転じた事で、事件の全容が相当に明かされた訳で、ひょっとしたら女の方は死刑を免れるかもしれないという見方もあったようです。しかし僕が思ったのは、「2人殺めれば死刑」という量刑基準から推し量れば、7人の命の重さから、極刑以外にはないというものでした。言うなれば、松永被告は7回死刑で、緒方被告は3回死刑でしょう。全面自供の成果を考えた場合に、緒方は一度の死刑でよい、という考えです。いづれにしても死刑です。僕はスリラー小説とか怪奇小説の類は読まないし、ホラー映画も観ません。だって怖いですから。ありとあらゆるそういう創作物をかき集めても、この事件ほどおぞましい地獄はかつて描かれてないのではと思います。はるかに創作物を超えて現実に起こった事件です。


周辺の住民の声がニュースで流されていました。

のこぎりの音がぎこぎことず~っと聞こえてて・・・」

「腐ったにおいがかなりしてましたよ。ほんとに臭かった」

えっ?!・・・ちょっと、あんたら、何~んで今頃そんなことが言えるの?気になったんなら警察に苦情を言うなり・・・何か対策を取ってたら・・・7人も亡くならずに済んだかもしれないでしょう?!!!!それはないんじゃないの?無関心にもほどがありますよ!!

そののこぎりの音はいったい何だったのか?

その鼻をつく臭いがいったい何だったのか?

・・・考えたら泣けてきました。言葉にできません。

地獄を支配していたのはもちろんこの2被告です。周辺住民に罪はありません。しかしながら、そういう異変があったのなら、もう少し何とかならなかったのかという思いが湧き上がる。周辺住民の声を僕は今回初めて聞いたので、その言葉に震えました。実にやりきれない思いです。


無関心にもほどがある。暮らしが豊かになって、個人の自由をもてはやし、同時にプライバシーだとか人権だとかが声高に叫ばれるようになりました。しかし、一般常識で捉えて明らかに異常だと感じる事に対しては警鐘を鳴らし、それを調査するよう然るべき機関に要請する事はできたはず。

人に関心が無いという事は、自分に関心がないことに通じます。自分がどうでもいい人は、他人の事もどうでもいい。自分を高めようと思えばこそ、色んなことに好奇心を抱き、「ねえねえ、それ何やってるの?」と自分にもプラスにならないかなと首を突っ込むのです。度が過ぎると鬱陶しいけど。


松永被告と緒方被告の人物に関しては、僕がどうこう語る力はありません。

恐ろしいし、わからないし、それはまさに闇でしかありません。底のない闇

あれは人間じゃない。

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2005年09月29日 05時15分48秒

ネイティブ・アメリカンの教え ラスト

テーマ:本日の・・・?

ネイティブ・アメリカンの教え 1 から続いた話の3回目ですが、今日は最後です。


ひとりの子供を育てるには、村中の努力が必要だ。


―オマハ族―


小学校4年生くらいの頃、5~6人の友達と遊んでいた時に「キレた」奴がいて、その辺の石を投げつけられました。「何だよ、このやろう!」的な威嚇のつもりだったらしいですが、感情をそのままぶつけてるんで抑制が効かず、僕の頭に飛んで来ました。かなり痛くてやり返そうとしましたが、それより先に泣きそうになり涙をこらえていたら、頭を抑えた右手がぬるっとしてがどくどく流れてきました。どくどくたらたらと流れる血で、僕のTシャツはみるみる鮮血に覆われ、「あ、死ぬかもしれない」と思いました。もちろん周囲は大慌てです。

「どがんしよう、どがんしよう(どうしよう、どうしよう)だいか(誰か)呼んで来てぇ~!」とみな血相を変えていました。あたふたおろおろとせわしない連中。しかし石をぶつけた張本人だけはその場にぽつんと立ち尽くし、みるみる赤く染まる僕とは対照的にその顔がどんどん青ざめていくさまを妙に記憶しています。


子供たちだけではどうしようもなく、とりあえずは家に帰ってタオルで拭うなり水で洗うなりしなければいけません。しかし血が止まらないものだからみな焦ってパニック状態です。僕はその時、生まれて初めて「体内の血液が失われていく感覚」を味わいました。すうと身体から力が抜けていく、意識が次第に薄れる感覚でした。

「僕はどうしたらいいんだろう?周りはみんな頼りにならないし、ましてや自分自身が無くなりそうで、身体に力は入らないし・・・・」


その時でした。通りかかったばあちゃんが「どがんしたと(どうしたの)?」と僕の頭の傷をまじまじと見詰めました。そのばあちゃんは3軒隣りのお宅に住むばあちゃんです。顔を知ってるだけのばあちゃんで、僕を特に可愛がるとか、僕も親しくしているとか、そんな事は全くない、ただの近所のばあちゃんです。「ばあちゃんじゃ頼りにならん。。。」と、僕を含めて周りの全てがそう考えたはずです。ただ、そこに居合わせた唯一の(頼れるとは到底思えないけど)子供ではない、大人です。みんな黙ってばあちゃんがどんな手当てをしてくれるのか見守っていました。すると、ばあちゃんは「ふん・・・ふん・・・」などとひとりごちながら、今度は今来た道を戻っていくではありませんか!


「なんやぁ!(なんだよ)」とか「早よ、傷口ばもっと押さえろ!」とか、「やっぱり頼りになら~ん!」という空気が渦巻いて、皆のパニックが再燃しました。「あぁ、もうほんとにだめかもしれ~ん・・・」と僕は薄れる意識の中で思ったものです。

と、そのばあちゃんがひょこひょこと戻って来ました。そして、僕の頭に何やら変なものを塗り付けるのです。何だ?と思ったそれは、つぶした草でした。そして、手にしていたその草を傍らで見ている者達に向かって、「石でつぶせ」と命令します。皆がおずおずと従いました。それはヨモギでした。大きめの石の上でそのヨモギをつぶし、汁が出て柔らかくなったものをばあちゃんは僕の頭の傷口に擦り込んだのです。


もうおわかりだと思います。ばあちゃんはヨモギに止血効果があることを知っていて、それを摘むためにいったん離れていったわけです。そのヨモギも、それこそ僕らが遊んでいる場所のすぐそばに生えていたものです。不思議と患部が冷やされる感覚があったし、何よりも、そのばあちゃんの「冷静かつ包み込む」眼差しに僕はすごく落ち着きました。もちろん止血効果があったと見えて、滲んではいても流れては来なくなりました。ほどなく、石を投げた友達の母親が駆けつけてきて、僕は病院まで車で運ばれ、医者の手当てを受けました。頭部はちょっとした傷でもひどく出血するものなのだと、身を持って知りました。


村中の努力の一部にかつての僕が浴した例を挙げました。


でも、近頃は近所に子供がいない。頭から血を流している子供がいたら、僕が飛んでいってヨモギを擦り付けるんだがなぁ。


他にも色んな言葉があるそうですが、きりが無いし、あと興味がある方がいたら、エリコ・ロウさんの著作を手にとってみて下さい。ま、そういう昔からの教えは日本にもたくさんあるんですけどね?こないだ、「日本語を見直した先に見えるもの 」という文章を書きましたが、そういった日本独特の文化をできる限りきちんと継承していく事は大切な事だと考えています。

エリコ ロウ, Eriko Rowe
アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉
エリコ・ロウ
アメリカ・インディアンの知恵


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2005年09月28日 05時22分57秒

彼女とは別れるしかなかった。

テーマ:本日の・・・?

それは先週の木曜日の事。彼女は僕に、突然別れを告げた。ふいに押し黙ってしまったのだ。愛撫したところでどうにもなりはしなかった。


彼女との出会いをもたらしてくれたのは、僕の3つ上の姉だった。13年も前の話だ。思えば永い付き合いになる。

彼女はいつも僕にうるおいを与えてくれた。共に笑い、そして泣いた。どちらかというと、泣く事の方が多かったかもしれない。僕が仕事を終えて家に帰ってくる。彼女は僕の望みどおりに反応してくれた。僕が彼女と過ごす時間は夜、それも深夜が多かったせいもあって、誰にも邪魔されずにすんだ。だが深夜のこととて、一軒だけ存在するお隣りさんには一応の気を遣い、僕は彼女の声を押し殺す日々。もう少し小さく、おさえて、おさえて。


そういうシチュエーションを選んでいたせいもあるが、僕はよく泣いた。涙を流すと、人はすがすがしい気分になれる。そうして「明日もまた頑張ろう!」という活力を得るのだ。彼女と過ごした13年間、僕にはいろんなことがあった。仕事だって変わったし、かなしいかな、腹の肉もだぶつき、頭の色もずいぶん薄くなった。人間の細胞は毎日生まれ変わるというが、マイナスに向かう部分もあるという事を身を持って知らされた日々。


彼女の微妙な変化に全く気付いていなかった訳ではない。一ヶ月くらい前も、妙な独り言を彼女はつぶやいていた。それが聞こえなくなれば僕は安心する。しかし気付くとまた・・・。はじまりがあれば、いつか必ず終わりがやってくる。ひょっとしてもう終わりなのかもしれない。僕にはそんな気がしていた。

それが僕の考えすぎだったらよかったのに。

終わりが来るとしても、もっと先ならよかったのに。


しかし、先週の木曜日の夜、彼女は僕に(予感があったとはいえ)唐突に別れを告げた。いや、正確には無言のまま、彼女は「彼女でいる事を」終えたのだ。


彼女の名前は「シャープ製21型ブラウン管」テレビ。92年の製造。13年間お疲れ様でした。

新しい彼女は、これもたまたまシャープ製の21型が部屋に来ています。現在関係構築中。いったいどういう訳なんだろう?ビデオ入力ではきっちり映るのに、テレビに切り替えると惨憺たる荒れ具合なのですよ。室内アンテナからテレビ単独はきちんと映るが、それではビデオ録画ができないっ!

ビデオ録画をしながら、別のチャンネルを観たりしたいのだっ!

う~む、これは室内アンテナを別途購入して付けんとしゃぁないのかなぁ?

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2005年09月27日 04時31分35秒

岡山国体情報

テーマ:がんばれ!清峰高校!

僕にとっては大変貴重な情報です。岡山国体の情報を(勝手にですが)頂きましたので、自分の備忘録も兼ねて載せておく事にします。頂いたブロガーは馬球1964 さんです。どうも(勝手にですが)ありがとうございます。

我が清峰高校はしょっぱな第一試合、宮城の東北(今季限りで引退するベイの大魔人佐々木投手の母校)と当たります。まず初戦は突破して欲しいですね!


で、その次が問題です。いや、東北のレベルがわからないんで、東北を応援している方、ごめんなさい。初戦を突破したならば、次は駒大苫小牧VS京都外大西の勝者と激突するわけですよ、これが。相変わらずくじ運悪いなぁ、清峰は。ただ、このカード、高校野球ファンにはたまらない試合とは言えますよね。言うまでもなく、二ヶ月前の甲子園大会の顔合わせです。京都外大にはリベンジマッチですからね。この二試合を勝ち上がってくれたならば、もうその先はそん時考えるけん。今はまだ頭が回らんけんさ。

※そう書いておきながら、この二校は単に夏のベスト4だっただけで、当たってはいないんじゃないかという気もしてきました。間違っていたら、どなたか修正していただければ幸いです。どちらも強豪校には違いないんですが。


まあ、何しろ、AAA選手権ではいいとこなかった古川君がその悔しさをぶつける舞台であり、全国の清峰ファンにもう一度その勇姿を見せる事のできる大チャンスですよ。

期待してますよ~!!!


★岡山国体組み合わせ決定!!

大会第一日目10/23
1回戦
第一試合 清峰(長崎)-東北(宮城)
第二試合 駒大苫小牧(北海道)-京都外大西
第三試合 遊学館(石川)-大阪桐蔭(大阪)
第四試合 鳴門工(徳島)-樟南(鹿児島)
大会第二日目10/24
2回戦
第一試合 静清工(静岡)-宇部商(山口)
A
第二試合 清峰・東北の勝者-駒大苫小牧・京都外大西の勝者
B
第三試合 関西(岡山)-日大三(東京)
C
第四試合 遊学館・大阪桐蔭の勝者-鳴門工・樟南の勝者
D
大会第三日目10/25
★準決勝
第一試合 Aの勝者-Bの勝者 
E
第二試合 Dの勝者-Cの勝者 
F 
大会最終日10/26
決勝
Eの勝者-Fの勝者

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2005年09月26日 04時01分02秒

ネイティブ・アメリカンの教え 2

テーマ:本日の・・・?

え~と、昨日の続きです。


「怒り」は自分に盛る毒。

―ホピ族―

僕は比較的穏やかな人間です。めったなことではキレたり怒ったりしない男です。それはどんな理由からくるのかなと考えてみても、3人兄弟の真ん中の、男一人の長男だから、女二人に挟まれているせいで我慢する事が多かったのかな?と思うくらいです。じゃぁ鬱憤を腹の中に溜め込んでいるのかしらと考えても、そうでもないようです。むしろ、人のする事を観察しつつ、「ああすれば下手を打つな」とか「怒られないようにするにはこうだな」などと、うまく立ち回っていたような気もします。そうする事で「うまくいけば」、怒りやストレスにはつながりにくく、穏やかでいられたのかもしれません。


しかしながら、社会に出て自分が様々な競争にさらされると、家庭内での処世術は通用しない場面にも多々遭遇します。そういうケースでは、逆に自分に対して「怒る」事は多くなった気がします。なんでこうなんだよ、俺!それじゃダメじゃん、自分!

ただ、そういう種類の怒りは、むしろ「自己嫌悪」とか呼ばれていて、ここで言う「怒り」とは違うもののようです。


そんな僕も、近頃は時々「怒り」狂うのです。焼肉店にはまってからほぼ3年になりますが、この自営の職場ではしばしば怒ってしまいます。その「怒り」が向かう先は殆んどが母に対してのものです。「何で言った通りにしないんだ!」「何ですぐ忘れるんだ!」「何で教えてもできないんだ!」「何でこんなに仕事が遅いんだ!」などなどです。

でも、よくよく考えると、「母を責められない」ということは理解しているのです。21年にわたって店を守ってきたのは母なのです。姉や僕が手伝った時期も3割くらいはありますが、それでも概ね、母が1人で守ってきた店です。もうとっくに「孫のおもり」だけをしていればいい年齢に達している母に対してそれは高すぎる要求なのです。もう、母の仕事は「もっともっと減らしてやらなければいけない」とわかっていながら、甘えてしまう僕が悪いのです。

お客さんを待たせられないと思うあまりに、店ではついつい怒ってしまいます。

「何しよっとや!そいじゃなかっ!(何やってんだ!それじゃないっ!)」

「違うやろがっ!こいが先たいっ!(違うだろ!こっちが先だっ!)」


今日は、普段の週末と比べて3倍の売上げがありました。母と二人でフル回転です。

まだまだ、もっともっと頑張れ、俺!しっかりしろよ、俺!


また次回にします。

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2005年09月25日 06時12分00秒

ネイティブ・アメリカンの教え 1

テーマ:本日の・・・?

僕が愛読している雑誌(小学館の週刊ヤングサンデー)に「絶望に効く薬」という作品があります。先日もその中から「山田バウ」氏の話を取り上げましたが、今日は「エリコ・ロウ」氏を取り上げます。ま、エリコさんよりかは、今回はネイティブ・アメリカンの言葉にいたく刺激を受けたんですが。


ネイティブ・アメリカンの予言によると、「2012年あたりで、白人中心の今の文明が終わる」そうです。


近代文明によってもたらされる害を極力なくした、健康で文化的な人間らしい暮らしを願う人たちが集まるエコビレッジがニューヨーク郊外にあります。その名もレイチェル・カーソン村。

レイチェル・カーソンは1960年代に環境問題を警告・告発した生物学者で、代表作の「沈黙の春」はあまりにも有名。僕も読みました。

※そういった、健康と環境意識の高い生活の事を「ロハス」というそうです。

LOHAS=ライフスタイルズ・オブ・ヘルス・アンド・サステイナビリティ


ネイティブ・アメリカンの考えや予言を信じるか信じないかはこの際おきます。環境に対する意識としては、僕の生活環境ではせいぜい省エネとか、アイドリングストップとか、一般的に啓蒙されている範囲が関の山です。それはそれとして、彼らが自然と共存する生活の中で培ってきた教えというものが、いたく僕を刺激しました。いいとこどりでずるいんですが、いくつか紹介する事にします。


「大いなる神秘」は誰もに美しさを見る。カラスがワシになる必要はない。

―スクァミッシュ族―

小さい頃、友達が持ってるものを親にねだると、たいがい「よそはよそ。うちはうち。そんなに言うんなら○○君の家の子供になりなさい」と言われたものです。成人して自分で買い物ができるようになると、欲にまかせて他人の真似(服を購入とかその他いろいろ)をしてみたり、お金で買えない場合はただただ羨んで卑屈になったりという事が思い起こされます。

比べるというのは最も簡単で、しかし最も単純な行為です。問題の本質はまだまだ遠くにあって、見た目を同じくしたところで事は解決しません。また何かに上達するには、その道の先達を真似するのが一番と聞きますが、それはあくまでも入り口ですよね?先達の真似をしたからといって、その人には絶対になれません。真似をした結果、成果が上がったとしたら、それは先達の良さを身につけたという事。始めは真似であったとしても、それはもう自分のものなのです。真似から入って、その後本質に近づいたからこそです。そして、真似をするという事にも、必ず困難や努力が伴います。

真似をする事で己の本質を高められる場合はいいですが、それが難しいケースでは、やはり自分を見つめるしかありません。自分にも必ずいい部分があるのです。それを忘れているか、見つけられないのです。ワシはワシ。カラスはカラス。自分がカラスである事を百も承知であれば、もっと自分をみつめてカラスのよさを発揮するしかないでしょう。そうして最高のカラスを目指すのです。


他にもありますので、また次回にします。

レイチェル カーソン, Rachel Carson, 青樹 簗一
沈黙の春


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2005年09月24日 04時06分16秒

琴欧州負けました

テーマ:スポーツ全般関連

琴欧州負けました。残念ながら負けました。さすがは横綱です。琴欧州も、他の力士ならとっくにばったりイってたところを、粘ってくれました。足がすべってなければなぁと最初は思いましたが、いやいや。横綱のスピードに完敗ですよね、今日は。あれは「ついていくのがやっとだった」からこそすべったんで、惜しいという内容ではありませんでした。何しろ今日の琴欧州は硬かった。横綱相手に、考えてちゃ勝てませんよ。上回る攻めをどんどん仕掛けないといけません。しょうがない。

でも、朝青龍がふたつ取りこぼしたおかげで、あと二番勝てば優勝なんですから。こないだ星ふたつ差がついた時点で、「横綱には負けることが許される」状況であって、この一敗は計算どおりのはずです。取り組み後はショックを引き摺ってたようですが、ここはしっかり切り替えて、あとふたつ勝って欲しいですね。そしたら文句なく幕内最高優勝です。


ところで、今日のヤフー記事内に力士のコメントがたくさん載せてありました。こんなに多くのコメントに接する機会はあまりなかったし、ちょっとおもしろいので取り上げる事にします。


勝った千代大海(29歳) (カド番で2連敗から2けた勝利) 勝っちゃいましたね。連敗中、大分の親父から「負けると苦情の電話が来て迷惑している」と言われ奮起した。

☆大関のかいおうが早々に休場しちまって、何だよ!千代大海!お前もかっ!って憤ってたんですが、どうにか2けた勝ってくれました。


勝ち越した白鵬(20歳) (1勝3敗から勝ち越し) 長かったな。これで一息つけた。序盤には、想像できなかった。

☆番付を駆け上がってきたのは、琴欧州よりこの人の方が先です。でもケガがあって意気消沈。それでも琴欧州にはかなりのライバル心を燃やしているそうです。


カベになった旭天鵬(31歳) (稀勢の里に貫禄勝ち)オレが来日した時、彼はこどもだよ。兄貴としては勝ちたかったね。オレには関係ないけど優勝争いに絡んでいる相手に勝つと、仕事をしたって感じがするね。

☆誕生日は9月13日で、場所中に31歳になったばかり。ちなみに、彼は旭天山と共に日本国籍を(今年の6月に)取得したそうで、本名はニャム・・・ニャムジャブ・ツェベクニャム(発音はかなり困難を伴います)でしたが、太田勝さんになったそうです。


まだまだ元気に勝ち越した琴ノ若(37歳) 勝ち越しがかかる一番はいくつになっても緊張するなあ。子供が見に来ていたので気合いが入ったよ。

☆この人は名前を何度も変えているそうです。今のしこなは6つめ!だとか。

苗字の今野に始まり、「今野」→「琴今野」→「琴の若」→「琴乃若」→「琴乃若」→「琴ノ若」最後のふたつは、「若」の字がポイントです。僕のPCでは表記できないようです。草かんむりの横棒が、棒ではなく切れているのです。これは旧字体らしいです。


ま、ちょっとしたミニ知識を加えておきましたが、それぞれの年齢に注目していただきたい。力士の皆さんって体が大きいし、「まげを結ってふんどし」といういでたちのせいか、年齢がわかりづらい面がありませんか?変な意味ではなく、年齢不詳。それぞれの年齢の、自分の知ってる誰かと比べてみると、なんか微妙に変な気持ちになります。

例えば、ジャニーズの中の、20歳の誰かと白鵬を比べてみる。

例えば、千代大海と加藤晴彦は29歳で同い年です。


ちょっとしたお遊びです。


琴欧州!歴史的快挙はすぐそこにある!自分の相撲を取りきれ!



琴欧州

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2005年09月23日 05時40分08秒

日本語を見直した先に見えるもの

テーマ:テレビ的なはなし

こないだ、お店の休みの時に観た「タモリのジャポニカロゴス」は、なかなかおもしろい特番でした。僕は今回初めてでしたが、過去二回特番が放送されているようです。

勘違いしていた事とか、全く知らなかった事とかがあって「へぇ~」と感心してしまいました。

色々なコーナーがありましたが、中でも印象に残ったのが日本語の一人称に関するものでした。広辞苑に掲載されているものだけで、100個以上!(数は忘れた)あるんだとか。自分が使うものを考えただけでも、私(わたくし)、私、僕、俺の4つがあります。それに、同級生と話す時は時々方言の「おい」も使います。

「おいとお前の仲やろがぁ~」(俺とお前の仲じゃないかぁ~)


随分と昔ですが、元NHKのアナウンサーだった鈴木健二さんの著作(タイトル忘れた)を読んだことがあります。もう数十年前です。その中に、「話し言葉で、一人称に『わたくし』を使いなさい」というものがありました。『わたくし』を使うと、そのあとに続く言葉が自然と丁寧になる。ていねいにならざるを得ない。それは全てに影響を及ぼす、と。丁寧な言葉遣いをするということは、発言者の立ち居振る舞いにも影響します。足を組んで椅子にふんぞり返って使う言葉ではないし、口からでまかせや、他人を誹謗中傷したりだとか、発言によってトラブルを生みかねないような文脈に『わたくし』はそぐわない言葉です。『わたくし』のひと言が自らを律し、質の向上を促してくれる、と。

なるほどと思いました。「わたし」と『わたくし』にはかなりの開きがあるのです。僕は当時営業の仕事をしていましたから、これはいいなと思いました。初対面の相手と話す機会も多いし、これは「ハッタリ」をかませられるな、と。・・・ま、その程度の認識ですから、まだ若い頃でしたし、思いっきり照れくさいし、僕には全く似つかわしくない言葉でもありましたから一度も実践はできませんでしたが。


日本語の一人称がことほどさように多く存在する理由としては、対人関係を円滑に進めることに重きを置くのだという事でした。まあ100個以上あっても、その殆んどは古典文学に使われているもので、現代人には縁のないものばかりです。ただ、この対人関係重視という精神はうなずける部分があります。敬語を考えたらわかるように、話す相手が誰であるかによって、日本語は様々に変化します。敬う、尊ぶ、型を重んじる、親愛、慈愛、寵愛など、そこには日本人の心が間違いなく介在するのです。


日本の会社は基本的にアメリカをまねたものですから、ビジネスの上ではそういったバリエーションを排除する側面があります。僕は外資系の会社に在籍していた経験があり、どちらかといえばドライに割り切るやり方が新鮮に写ったのも事実です。やるのかやらないのか?イエスなのかノーなのか?目標を明確にして、そこに至る経緯を数値化する。ですが、会社は「いけいけどんどん」な時期ばかりではありません。成長過程はそれでいいかとも思いますが、停滞期に会社を維持しなければならないとき、集団のモチベーションをより高め、コミュニケーションを円滑に進めるうえではこういう日本式の礼儀や対人関係の処世術は縁の下の力持ちになりそうな気がします。海外では、日本式の経営を学んで取り入れる企業も多いみたいだし。


最近、日本語のよさが見直されるというのは、それが失われて来つつあるからこそでしょう。僕の想像ですが、「友達親子」がその遠因ではないかと考えています。社会がどんどんアメリカナイズされていく中で、日本の伝統や慣習がダサいものとされ、重視されなくなった。そういう環境に生きて、「アメリカ的」に慣れた人たちが親になりました。彼らは子供を厳しくしつけることができないのではないか?しつけという言葉は美しい身体と書きますが、「美しくある為に必要な事が何なのか」がわからなくなっている。

昔は、よくわからなくてもよかったのです。何故なら、道徳規範であるとか、儒教の精神であるとか、日本の伝統文化に根ざしたやり方を踏襲すればそう間違いはなかったのですから。しかし、アメリカナイズされた社会においては、そういったものはどんどん排除されて忘れられてしまった。じゃあ「アメリカ式の教育」をすれば?そんなことはできません。だってそういう文化は日本に入ってませんからね?結局どうしたらいいかわからない。


厳しくされなかった子供は生意気になります。それを「ませてる」という言葉でごまかします。思春期に入って、大人社会が充分わかるようになると、子供側としては「もう子供じゃない!」と言い出しますね?それをいつまでも子ども扱いした家庭は徹底的な反発にあって、暴力を引き起こします。暴力に走らせないようにするには・・・もう友達になるしかないんです。「自分が家庭内で子供である事を意識している」子供は、上下関係の大切さが解っています。そうでない「友達親子の家庭内にいる子供」はそんな意識がありません。従って外でも目上の人や周囲の大人たちに敬意を払わないのです。そう教えられていないからです。


もうお分かりだと思いますが、言葉遣いは行動に影響を及ぼします。電車内でのマナーを初めとした公衆における道徳心の欠如。将来のビジョンを持つことなく今現在だけを楽しく過ごす刹那的な毎日。ニートや引きこもりの出現。いろいろありますね?


僕が言いたかったのは、日本語を見直すという事は、日本の伝統文化を見つめ直すという事で、それはとりもなおさず、日本社会における日本人、そしてその中の一員である自分を改めて振り返ることにつながるんではないかなという事です。


本日のおやつ。またまたロッテの爽です。ポテチに乗っけて食します。

ロッテの爽 再


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2005年09月22日 04時30分10秒

プロスポーツの厳しさ 4 ~桑田を応援するっ!~

テーマ:巨人、プロ野球関連

今シーズン、桑田は一勝もできずに終わりました。厳しい現実ではあります。スポーツ新聞やなんかには散々書かれてるし、僕も「そろそろ、いっぱいいっぱいなのかなぁ」と見てました。

今年限りで引退する選手は、僕の知ってるは範囲では2000本を達成した広島・野村、勝負強い打撃でめちゃくちゃ頼りになったロッテ・初芝、忘れちゃいけない「清原を泣かした」横浜・佐々木。今日現在ではこれくらいかな?ボーダ-ラインとされているのが、監督就任を要請されたヤクルト・古田、拾う球団はありやなしや?と囁かれている巨人・清原、あとは楽天を解雇された元広島・紀藤元阪神・川尻元近鉄・小池あたりかな?プロスポーツでやっていくには、第一線で結果を出さなければいけません。相手があることだし、巡り合わせや運もあるでしょう。しかしながら、一番分かっているのは本人だと思います。色々言われながら書かれながらも、少なくとも桑田はまだやれると僕は思っています。


巨人がかつて投手王国と呼ばれていた時代がありました。

槙原・斎藤・桑田の三本柱は、誰が投げてもひとまず9割がた勝利を計算できたものです。データがないので記憶に頼りますが、槙原は、近鉄から来た有田とバッテリーを組んでた頃が凄かった記憶があります。スライダーを覚えて、打者はことごとく内野ゴロに打ち取られていた。

斎藤は、言うまでもなく「11連続完投勝利」の記録を作った年でしょうね?淡々と、しゃあしゃあと完投してしまいました。

桑田の場合は、僕にはどうもこれといった記憶がありません。というのも、彼は常に安定していたからです。桑田はご存知のように、エースであると同時に9人目の野手です。彼が投げる試合は、打つ方でもバリバリ活躍していました。冷静かつ大胆な投球と、はつらつとグランドを駆け回る野球小僧の姿は、いつでも安心して見ていられたものです。


おぼろげな記憶です。斎藤雅樹が引退を発表したシーズン。彼は8回裏までどうにかこうにかのナイスピッチング(衰えはさすがに隠せず、シーズンの成績はもちろん振るわなかった)で、それまでノーヒットノーランだった気がする。6-0くらいだったかなぁ?ところが、9回の裏、相手に初ヒットを許した途端、ほろほろ崩れ始めました。あれよあれよとリードを縮められます。確か何人かに連続してホームランを打たれた気がする。当時、桑田は抑えを任されていました。正直言って、先発で結果を残せない為に回された仕事場です。実際、完璧な仕事ぶりではなく、チームも本人も手探り状態です。また、この頃の斎藤は当然引退を囁かれていて、200勝まであといくつ?みたいなデータがテレビ画面にちょこちょこ顔を出して、ファンとしては「ここは何とか!その栄光までひとつでも近づいてくれぇ!」と祈る気持ちで見ておりました。

ピッチャー桑田!長島監督がとうとう交代を告げます。斎藤雅樹が完投できないというのは、はっきり言って滅多にあることじゃありません。完投するのはごく当たり前の事で、完投負けはあるにしても、リードしているのに交代を告げられるという事態は、それだけでニュースになりそうな、まさに「事件」でした。しかも、あとアウト3つ(桑田の登板時点で何アウトか忘れた)以内なのにです。しかし、誰もが勝利そのものは確信していました。救援を仰いだとはいえ、これで200勝まであといくつだ?みたいな感じです。ふるわないシーズンだけに、貴重な1勝です。さすがに斎藤も衰えたもんだなと、仕方ないよと。後輩の桑田が貴重な白星をプレゼントと。

登板した桑田は、しかし打たれてしまいます。サヨナラ負けを喫し、負けは斎藤に付きました。斎藤も桑田も、かなりのショックだったと思います。見ているほうもショックでした。力尽きて崩れてしまった斎藤と、それをカバーできなかった桑田。斎藤は引退後に原政権の投手コーチに即就任してるので、その2年と、堀内政権が今2年目・・・だからたぶん5年前のこと。本人に聞いたら、今なら喋ってくれそうな気がしますが、「引退」を決意したゲームだったんじゃないかと思うのです。ぼろぼろになっても、戦力外を通告されても現役にこだわれば、もういくつかは勝ち星を伸ばせるだろう。しかし、「200勝まで届くか?」と自分の胸に聞いてみたら「届かないだろう」という結論が出た。自分の中に出た。そして、原政権の誕生というタイミングですね。そういう道を選択したのではないかと。野球選手の人生は、現役を退いたあとの方が長いのです。引き際だと考えたのでしょう。


桑田の場合はまだ、200勝するまでは頑張るらしいです。彼には斎藤のような巡り合わせがないのだと思います。自分の中では「200勝はきついかもしれない」という思いもきっと何割かある筈。しかしながら、今やめれば「通用しないと悟って、200勝もあきらめて辞めた」ただのポンコツです。いわばスクラップです。それは彼の美学にそぐわないでしょう。ならば、僕はまだまだ彼を応援します。「納得の行く引退」ができる時まで、彼の気が済むまで。

もう一度、いや何度でも自分を一から見直して、身体を鍛えて、走りこんで、データを研究して、投球の組み立てをして、精神統一をして、ボールに語りかけて、マウンドで躍動して欲しいです。

僕は頑張る人が好きです。

桑田負けるな




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