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2009-08-31 14:47:26

窮地での判断

テーマ:ブログ

会社を再生させるに当たり、資金繰りを改善させることは不可欠である。

その手法として、様々なリストラ策を講じたり、資金調達を図ったりといったことが挙げられる。

リストラというと、日本では雇用面での縮小と直訳されがちであるが、あくまでも事業再構築策という意味であり、雇用面での縮小は単なる一方法でしかない。

不採算部門を廃止してコア事業に専念するよう事業を効率化することもまたリストラ策である。

無駄な経費を抑制し、経費管理を徹底する仕組みを設けることも同様である。

こういった社内努力によって自力で再生の道が切り開かれるのであれば理想的であるが、このような事業再構築が必要と判断する場面に陥った会社というのは、概ね資金調達の必要性も生じる。

その場合に、自社の与信によって金融機関から調達できるならば、返済の見通しがある限りは問題ない。

しかし、この状況下の会社には与信枠が残っていないことが多い。

その際に、ノンバンクや個人資産家といった先から融資を受けることもあるが、高い金利が負担となったり、確定申告書の勘定科目明細に記載することによって既存借入金融機関へ与える印象が気になったりするものである。

そして、更にはスポンサー企業に資金提供してもらうという場合もある。

この手法を選択する際に、経営者には今一度冷静になって判断して頂きたい。

通常、スポンサー企業は、支援する会社が再生し、業績を改善させ、その新たな利益を享受することを目的としているものである。

このような状況は、もう経営者の会社ではなくなるということを意味している。

確かに、従業員を守るために、そのような決断を下すこともある。

しかし、それにより従業員自身のモチベーションが下がることも想定される。

最終的にあらゆる面を勘案して、前に進むための決断をしなければならないのだが、直面している急場を凌ぐことだけに捉われるのではなく、今の決断が将来どのような状態を導くのかということを、余裕のない精神状況の中で精一杯考えて頂きたい。

理想としては、出資ではなく、融資の形態にすることである。

多少、金利が高くとも、出資を受けるよりもフレキシブルに展開していける。

スポンサー側もリスクを承知の上で資金提供するのだから、出資形態を求めてくるのが通常である。

その場合には、できるだけ出資比率を低くし、将来的に買い戻すことも可能なオプションを付しておくことも一案である。

経営者にとって、自分の会社として返り咲く可能性も残され、その目標があることで、更なる大きな力が宿ることであろう。

窮地に立った場面においては、冷静さを欠き、将来的な発想を持つことは難しく、今という時を乗り越えることだけに終始してしまうのは、よく理解できる。

また、今を乗り越えることができなければ将来なんて訪れないという考え方ももっともである。

しかし、将来を捨てて今を乗り越えても、その先には何も存在しないことを理解してもらいたい。

今を乗り越え、そしてその先に自らが描く未来が存在するという一連の流れがあって初めて、そこに道が現れるのである。

未来へ続く道が存在する方策が必ず存在することを信じて決断されることを願いたい。



2009-08-04 15:04:12

破産はリスタート地点

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一言で再生と言えども、その手法は様々である。

法的手続を回避して、自力のみで再生すること。

スポンサーを確保して再生すること。

法的手続を踏んだ上で再生をすること。

更には破産という道を経て再起すること。

これらそれぞれが再生への道程である。

破産という手段が再生手法の一つであるかというのは様々な考え方があるが、一人間としての経営者の再生として捉えるならば、一つの有効手段と言えよう。

ただ、当然のことではあるが、この破産という選択肢は最終手段であり、しかもその決断には時間も要するものである。

破産という選択肢が頭をよぎった際に、弁護士に相談に行かれるケースも少なくないが、その場合、大方の弁護士は破産以外の選択肢を検討することもなく、破産のメリットを強調してその決断を促す。

全てがそうだとは言わないが、弁護士もビジネス上の報酬を目的としているが故である。

確かに、実際に破産をしてみると、「こんなもんか」と感じるといった感想はよく耳にする。

しかし、その決断をするタイミングは、債権者申立の場合を除いて、誰に促されるものでもなく、自分自身が決めるものである。

その決断までどれだけ時間を要しても良い。

債務額、債権者の顔ぶれ、直近の生活、今後の将来性等々を勘案して、自分自身だけに内在する判断基準に基づき、決断を下せば良い。

利害関係の有無に関わらず、破産を勧める声も周囲から聞こえることもあるが、全ての状況を把握しているのは当事者だけであり、また、破産という決断を下すことができる権利も当事者だけに存在するのであるから、周囲の声に耳を傾ける必要もない。

これらのことを大前提として、その最中に居られる方々に助言したい。

破産は、決して逃げ道ではない。

破産したからといって、翌日からの生活は何も変わらない。

一定期間、信用取引が不可能になるといっても、今既に限りなく近い状況のはずであるのだから、ハンデと感じることもない。

商売の失敗は、何ら恥ずべきことではなく、アメリカなどではむしろ事業の失敗経験こそが優遇され、その後の成功に対する確信の裏付けとしてみる風潮さえもある。

じっくり考え、全てに配慮し、冷静に最終的に判断した道が破産という方向であるならば、それは決して間違っていないであろう。

何よりも大切なことは、破産というタイミングを自身のリスタート地点として認識し、そこに立ち止まることなく、前に前に歩を進めていくことである。

そうすれば、気付いた頃にふと後ろを振り返っても、もうそこには破産という景色は存在せず、自分自身が踏み分けて来た新たな軌跡だけが目に飛び込み、それが自信を与え、さらに先に進む勇気を与えてくれるのである。




2009-06-11 14:29:49

従業員の協力

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経営者一人で事業を営んでいる場合を除いて、少なからず従業員が存在する。

会社が困難な局面に陥り、事業再生を必要とした時、この従業員の協力がその成否を左右する重要な要素となる。

一言で従業員の協力といっても様々な形がある。

状況を察して自主退職してもらうことも一つの協力であるし、解雇を容認してくれることも同様である。

また、減給や給与支給遅延を承諾してくれることも協力である。

そして何より、今後の事業回復に向けて最大限の力を発揮し、会社に自己の命運を託す姿勢を供与してくれることこそ、かけがえのない協力といえよう。

これらの従業員の協力が備わるには、それ以前の経営者の姿勢に起因する。

好調時であれ不調時であれ、どれだけ従業員を大切にし、正面から向き合ってきたか。

経営者としての存在感をどれだけ与えることができたか。

会社として、どれだけ安心感を持たせることができたか。

仲間として、どれだけ未来を共感できたか。

経営者と従業員という関係である前に、人間と人間である。

人間としての適性能力が、経営者と従業員という関係を築いているに過ぎないのである。

その前提で、人間としての礼節・恩義を尊重する姿勢が経営者に存在するならば、従業員は協力してくれるはずである。

従業員も物事の分別はできるはずであるから、迫り来る荒波に突っ込んでいく強い決意はある。

この従業員の勇気が、どれ程経営者の勇気の源となることか。

「こいつらがこれだけ力を尽くしてくれている」

「こいつらのために絶対にやり遂げてやる」

という強い思いが宿り、経営者の心はますますたくましくなっていくのだ。

再生過程においては、しばしば従業員に無理を強いることがある。

その際にも、ごまかさず、誠心誠意尽くして向き合えば、共闘体制が崩れることはないであろう。

私の関与した再生先の会社の有能な従業員の方に、「どうして自ら火の中に飛び込もうと決意したんですか?」と尋ねると、「社長が好きだから!」と簡潔な一言で返された記憶があります。

この最高の返答をする従業員を持つ経営者もまたそれに見合う人間でした。

そして、この会社は猛スピードで再生の階段を駆け上がっていきました。


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