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2011年06月30日 10時39分42秒

感謝状

テーマ:ボランティア活動レポ☆

先日の26日


スマイルメイク協会でも以前に支援をさせて頂いた『ビックパレットふくしま』


再び支援活動をしてまいりました。


『ビックパレット』には富岡町の皆さまが避難されている施設ですが、


その富岡町の町長様より感謝状が届きました。


↓↓↓


<炊き出し等の御礼について>

去る3月11日に発生した東日本大震災より引き続く原子力発電所の事故により

避難した当町町民も対し、炊き出しボランティアを開催して頂き、

大変感謝しております。

おかげを持ちまして、厳しい避難生活の中で町民は 憩いと癒しのひと時を

持つことができたものと考えております。


原子力発電所の事故は、未だ明確な終息の時期が見えていないなど

厳しい情勢が続いておりますが、私共は必ずふるさとと富岡町に戻り

そして町の復興に全力を尽くして参る覚悟であります。


今後とも引き続きご支援、ご指導を賜わりますよう お願いします。



◆◆◆◆◆


被災地や被災者の情報がニュースで扱われることが


日々、少なくなってきている現状ですが、


被災者は24時間休むことなく犠牲を強いられています。


『ビックパレット』に避難する いち被災者の言葉が心に残っています。


↓↓↓


『遠くからの義援金や応援メッセージもありがたいのですが、


何より一番嬉しいのは、直接現地に来て下さり、


私たちの避難生活を見て頂いたうえでの支援活動なんです』



◆◆◆◆◆



テレビに出ている キレイごとだらけの評論家の言葉は心に響かないということなのでしょう。


コンビニ弁当よりも目の前で作ってくれる手料理が良いに決まってるし、


お寿司だって、回転寿司よりは、目の前で握ってくれて、


手渡しでいただく方が嬉しいのと同じなのだと思います。


つまり直接の『触れ合い』というものを被災者の方々は望んでいるのだと思います。


避難所に隔離されたように閉じ込められれば、


国や世間から見放された気持ちになるのも仕方ありません。


その気持ちを察し、直接 会いに行き、直接 触れ合いの手を差し伸べることが


本当の支援活動なのではないか?と考えさせられた1日でした。

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2011年06月27日 08時52分14秒

福島ビックパレットでの支援活動

テーマ:ボランティア活動レポ☆

6月26日


福島県の郡山市にあるビックパレットへ支援活動へ行ってまいりました。


ビックパレットは以前、スマイルメイク協会でも支援活動をさせて頂いた避難所のひとつですが、


今回、私はスマイルメイク協会の代表として、再びビックパレットさんを訪れさせて頂きました。


ビックパレットは現在も約1000人の避難者が生活をしています。


なんとか、被災者の方々の気晴らしのひとつにでもなれれば……という想いで臨みました。



Real voice by Fukushima

Real voice by Fukushima

今回の支援活動は、


かつて多くのベトナム人が日本へ留学していた時、


大変、日本人にお世話になったので、今こそ その恩返しをしたい……ということから


始まりました。


日本で活躍するベトナム人の社会人


福島県に留学しているベトナム人学生


そしてベトナムにある日本語学校のスタッフ


そしてFSGカレッジリーグという福島県最大規模の専門学校のスタッフと学生の皆さん、


その他 色々なベトナムとの交流を持つ団体の皆さんが、この企画に賛同し、協力をして下さいました。



Real voice by Fukushima
Real voice by Fukushima


私は以前、ベトナムの『さくら日本語学校』で教師として働いていた事があるので、


そのご縁でご協力をさせて頂きました。

(すぐ下の画像が『さくら日本語学校のスタッフの皆さんです)


Real voice by Fukushima

活動内容は、


ベトナム料理を目の前で作って、被災者の方々に召しあがって頂いたり、


ベトナム人の子供たちの手作りのお土産などを差し上げたりと、


会場は終始、人ごみで溢れておりました。



さて、今回の支援活動で ベトナム人の姿を見て、確信したことがあります。


それは


笑顔と優しさは国境を超えるということです。


どこの国でも、どんな文化の中でも、笑顔は世界の共通語なのだということです。


金儲け一点張り、利権のみの欲望にまみれた人間がはびこる世界の中で


ベトナム人の笑顔と優しさに触れた僕は、少しだけ心を許せた一日となりました。


スマイルメイク協会は、もはや国内だけではく世界を繋ぐ架け橋を担う時代を迎えようとしている。


Real voice by Fukushima

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2011年06月22日 09時20分26秒

~福島から二人のお母さんの訴え~ vol.2

テーマ:ボランティア活動レポ☆

・・Smile Project・・
・・Action for Fukushima・・

工場長 菅原麗子 の4L Blog

一人・一人アクション
大きなアクションへ。

○・○・



 
2011.06.16
     Reported by Kitagawa
 
 



~福島から二人のお母さんの訴え~
vol.1.・宍戸さん(福島県伊達市月舘町ご在住)・
のお話はこちらから読めます。


━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
そして、だんだん色んな情報が出てくるにつれ、

「やっぱりこれは危ないな」と思うようになって、

避難を考えるようになったんですけれども、自分のPTA会長という立場、

今年から受けている身で、果たしてその職を放り出して逃げてもいいものか、

ここに住んで10年になりますが、

子供会や交通安全会などで地域の子供たちにもの凄く係わってきたんですね、

この子達を置いて、

自分の子ども達だけを連れて避難することは果たしてやっていいことなのか?

ましてや、富岡町というところに住んでいて、原発の危険性を私は認識していたのに、

私は(原発を)止めることもせず止める運動にも関わらず、

それでこの場から逃げていいのかずっと悩んでいました。


でもやっぱり、毎時2マイクロシーベルトというところに自分の子供たちを置いておけない、

そう思って避難することを決めて、周りの親御さん達にも言って、周りにも散々言って回りました。

「危ないから逃げって」って。

だけど福島本当普通らせるんです。

避難地域でいなくなったところはそのまま手付かずなので、もちろん入れないと思います。

だけど、中通りは瓦が落ちたり道路がひび割れたりとか、そういうのはありますが、

本当に普通に暮らせます。

その中で

「あなたは何を言ってるの?」


「県も国も安全だと言っているじゃない」


そういうことがずっと続いていました。

ストロンチウムが出て、メルトダウン、メルトスルーが発表されて、

徐々に人に意識は変わってきています。

私はあの街で、実は声を上げることがどんどん出来なくなっていました。

提言書のようなものを町の集まりに出したことがあるんですけど、

そこで

「そういうこと、この辺が危ないということを言わないで欲しい」

「お客さんがいなくなる、

ここに住んでいる人がいなくなってしまう、

ここで作ったものが売れなくなってしまう。

だからそんなこと言わないで」


と言われたんです。

そして、地元で声を上げられなくなった分、もう積極的にテレビに出たり、

今回もここにいるように、外から少しでも気付いて欲しくて発信することにしました。

最近では

「避難するにはどうしたらいいの?」

「本当はどうなっているの?」


と聞かれることも多くなりました。

でも、テレビに出たりしたことで無視をされたりすることも若干ありました。

福島県たちは、本当今迷っている状況です。

何が正しいのか分からないんです。

情報は、あとからあとから出てきます。

でも、

あとから出た情報って、「ああ、やっぱりね」済んでしまうんですよね。

「ああ、もう起こってしまってたんだ」

「しょうがないや」

「ここにいるしかないのかな」


そう思っている人も大勢います。

逃げたいと思っているお母さん達も大勢います。


だけど、私の住んでいる町はとても田舎なんですね。

もとから、代々その土地に住んでいる人たちが大勢いるんです。

水田や果樹園、商店など、ずっとずっと何代も守り続けてきた人たちです。

外から「早く逃げないのはバカじゃないの」みたいなことも言われます。

それでも、

つながってきた人間関係を断ち切って、

生まれ育った土地を捨てて逃げるというのは、

本当にとても辛いことです。



私は、この月舘町に10年しか住んでいません。

でも

もの凄くいいところです

四方を山に囲まれて緑豊かです。

たくさん動物がいます。

私は蝶々が大好きですが、蝶々も多いし虫もたくさんいます。

今の季節は、桑の実がたくさん採れます。山イチゴも美味しいです。


そんな中で、子どもをずっと家の中に囲って過ごすことに、

私はもう耐えられなくなりました。

子ども達に、外に出ることを我慢させて、ずっと過ごしてきましたけど、

「こんなの嫌だ」と娘に泣かれました。

娘は、外に成っている山イチゴなどを食べるのを、毎年とても楽しみにしていました。

今まで当たり前に出来ていたことが出来ない。

その辛さを訴える術が、

本当無いんです。

よく「福島のお父さん達お母さん達は声を上げてないの?」と遠くにいる友達から言われます。

声を上げるも何も、危ないと思っている人たちはまだそれ程多くありません。

少しずつ増えてはいますが、まだまだ安全だと思っている人も大勢います。

その中で、

声をあげるのはやっぱり辛いと思うし、

また福島県外の人が福島をどう思っているのかも分からない。

福島県の外から「避難しておいで、疎開しておいで、サマーキャンプもあるよ」という声が、

実は福島には届いていません。

福島県情報は、

全部ブロックされています。

そういう情報を知るのはネットだけです。

県や市の広報誌にも載りません。

テレビでも報道しないし、新聞にも載りません。

そのような状況で、「えっ、そんなのがあるの?」と何人のお母さんに聞かれました。

私達は、大勢の人たちに「こういうのがあるよ」と伝えていきたいと思っていました。

でも、誰かが率先して動かないと勇気って出ないなと思いました。

大したことないと思われるかもしれませんが、

PTA会長の職を捨てて、私はその責任に押し潰されそうになりました。

何晩も泣きました。

それでも、

私が動くことで他の人に動く勇気を与えられたらと思って、札幌に避難します。

何人か、私も続きたいと言う人が出て来てくれています。

Real voice by Fukushima
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2011年06月18日 04時07分40秒

仮設住宅へ化粧品などの物資を届けてきました。

テーマ:ボランティア活動レポ☆

・・Smile Project・・
・・Action for Fukushima・・

工場長 菅原麗子 の4L Blog

一人・一人アクション
大きなアクションへ。

○・○・



 
2011.06.14
     Reported by Smile Project・日本スマイルメイク協会・社団法人GoingTouhoku
 
 


NGOスマイルメイク協会社団法人GoingTouhoku

そして5/9のスマイルメイクプロジェクトがきっかけで知り合い、

現在も南相馬市で活動されているNOP団体メックスとの共同で、

入居が始まった仮設住宅の視察を兼ねて化粧品や健康ハンドブックなどを

手渡しで届けてきました。

------------------------------------------------------------------------------------------------------

■日時■
6月14日(火)

 

■場所■
南相馬市鹿島区小池原畑第一応急仮設住宅
(第一次入居で優先順位の高い方たちがお住まいです。)

 

■実施事項■

仮設住宅にお住まいになったかたへのインタビュー
(状況視察(住まい)も兼ねる)


仮設住宅での不都合はないかなど

健康ハンドブック・女性のかたへの化粧水・乳液のお届け

ハンドブックは簡単な説明をしながらお渡しする。
化粧水は被災後使っていなかったんだけど使ってみるわ。と大変喜ばれていました。

野菜・果物のお届けのテストケース
南相馬イオンスーパーセンターにて、1セットにつき200円の予算で、

野菜と果物のセットを各6つ購入し、小池原畑の仮設住宅へ伺う。

所要時間

約5分/1軒

 

住宅に備え付けられていたものについて

日本赤十字からの「生活家電セット」
(洗濯機冷蔵庫、テレビ、炊飯器、電子レンジ、電気ポット(寄贈))

・エアコン、ガスコンロ、こたつ、テレビ台、食器棚、蛍光灯、ゴミ箱(退去時に返却)

 

生活者の声(インタビューにて)

・玄関に雨よけがなくて困っている。
6月15日に工事予定

・室内が暗い
一軒屋で広い庭のある家で生活していた人が大多数で、アパート暮らしなどを経験したことがないため余計に暗さを感じるのではないかと思いました。

・狭い
⇒見せていただいたお部屋は2kで4人でお住まいでした。備え付けだったもの以外の家具はありませんでしたが、少し窮屈そうに見受けられました。

・買い物をするところが遠い。
一番近いスーパー(フレスコキクチ)まで4kmくらいと、移動手段のない高齢者は困っています。

・水がくさい
今まで井戸水の利用者だったからからかもしれないとご本人がおっしゃっていました。




--------------------------------------------------------------------------------------------------

仮設住宅では準備を含め1軒1軒回って時間が思ったよりかかってしまいましたが、

生活者の生の声を聞かせていただくことができました。

買い物がしたくても、自動車などの移動手段がなかったり

買い物に補助が必要な方も多く

特に今回届けた化粧品野菜など、

なかなか手に入りにくいものなのでかなり喜ばれていました。

今後もプロジェクトの一環として避難所をメインに回り、

お弁当食などで野菜や果物が不足しているところへ伺いたいと思います。

Real voice by Fukushima
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2011年06月18日 03時05分07秒

~福島から二人のお母さんの訴え~ vol.1

テーマ:ボランティア活動レポ☆

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工場長 菅原麗子 の4L Blog

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○・○・



 
2011.06.14
     Reported by Kitagawa
 
 



6/10(金) 原発事故から3ヶ月 子どもたちを救おう
~福島から二人のお母さんの訴え~


に参加しました

『週刊金曜日』+たんぽぽ舎の共催で、

たんぽぽ舎はチェルノブイリ原発事故後から現在まで20年以上

原発環境問題取り上げてきたようです。


当日はニコニコ生放送で同時中継され、約3万人が視聴されました。

『週刊金曜日』編集委員の佐高信さん、落合恵子さんも話されましたが、

福島からいらしたお母様からのお話を書き出しました

(当初の予定の2名にもう1名参加され、3名のお母様からお話をいただきました)。

お母様方は、5月1日に

「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」

を立ち上げ活動されています。


当日放送されたニコニコ生放送では、その当日の内容が視聴出来ます(要登録)。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─
・1.宍戸さん(福島県伊達市月舘町ご在住)・

みなさんこんばんは。

私は、伊達市月舘町というところに住んでいます。

伊達市月舘町は、隣が計画的避難区域の飯舘村で、

つい先日年間20ミリシーベルトを超えると言われた石田地区と

小国地区に挟まれる様に存在する小さな町なんですが、

線量が高くて私が住んでいるところから一番近い公園で毎時2マイクロシーベルトを超えていて、

今もまだそこで生活しています。

実は私の出身は福島第一原発と第二原発から10km圏内の富岡町です。

他の2人のお母さんと違うのは、富岡町に生まれ育って、

原発をずっと怖いと思って生きてきたんです。

今伊達市に住んでいて、直線で50km離れているんですが、

実際50kmったら逃げる時間が稼げると、

何かあっても一定期間こもっている間に何か出来るだろうと、

生半可に知識
があった分そう思っていました。

震災の当日なんですけど、

あの地震はもう本当に自分が経験したことのない凄い地震で、

地震が起こった瞬間に「原発が危ない」と思ったんです。

家に帰って、出来るだけの水を溜めて、

周りの洗濯物を出している人に「洗濯物を閉まって外に出ないで」って叫んで歩きました。

そして、子供たちを学校から迎えて、

家の中にかこって、1週間そのまま過ごしました。

その間に実家の両親も一事避難してきましたし、

こもるような生活をしてきたんですけども、

学校が始まるようになってしまって、結局外に出さなければいけなくなりました。

我が家だけカッパを着て、

帽子を被せて、手袋をして登校をさせていて、

私実は小学校でPTA会長をやっていたんですけど、

「ああ、あんな格好までして学校に来ている子どもがいるよ」

と別のお父さんに言われて、

「あっごめん、それうちの子だわ」って、

その瞬間シーンとしてしまったんですね。

私はもうみんなに

「この原発事故はチェルノブイリを超えるよ、

本当に危ないよ、出来ればみんなに逃げて欲しい」


「集団疎開、学童疎開とか出来ないかな」

などと事あるごとに言ってきました。


でも「それは現実的じゃないだろう」「避難は出来ないんじゃないか」

まだその時は、飯舘村も計画的避難区域にはなっていませんでした。

線量は、今とは比べ物にならない位高かったけど、

みんな「県が安全だって言うから安全だろう」と、

今から思えばタカをくくっていました。

私も、なまじ隣にもの凄くとても線量の高い飯舘村があったせいで、

「月舘村はこの位だからまだ大丈夫だろう」と思っていました。

前に仕入れた知識から言ったら絶対そんなことなかったはずなのに、

その時私は逃げられませんでした。

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