全員、
三好のスパイクを
磨くこと
L(゚皿゚メ)」





あんな悲惨な結果だったのに、試合後も妙な一体感があったのは救い。
まだまだ死んでないヨ!
AD

ブッダの教え

テーマ:

 

 

 

この夏、2度読みました。

心構えを記録しておきます。

 

P34.正しく理解すること

P36.心の状態を「きちんと見る」

心の状態を言葉で確認する

カラダの感覚を意識する

アタマのなかを分類する

貪欲/怒り/妄想

P46.悩みの原因は、“心の反応”である

“心の反応”の背景には“求める心”や“七つの欲求(特に承認欲求)”がある。

心の状態をよく理解するには

(1)言葉で確認する(2)感覚を意識する(3)貪欲・怒り・妄想の三つに分類する

P47.「正しい理解」とは、「自分が正しいと考える」ことではありません。

「自分流の見方・考え方で理解する」ことではありません。

むしろ逆に、「自分はこう考える」という判断や、解釈や、ものの見方を

いっさい差し引いて、「ある」ものを「ある」とだけ、ありのままに、

客観的に、主観抜きの“ニュートラル”な目で、物事を見すえることを

意味しています。

P50.人が悩んでしまう理由の一つは、「判断しすぎる心」にあります。

P52.判断すること自体が「気持ちよい」

P63.人はみな、「自分が考えることは正しい」と、心のどこかで思っています。

P68.「つい判断してしまう」からの卒業

(1)「あ、判断した」という気付きの言葉

(2)「自分は自分」と考える

(3)いっそのこと「素直になる」

P76.「自由な心を取り戻す」エクササイズ

(1)一歩、一歩と外を歩く

(2)広い世界を見渡す

(3)「わたしはわたしを肯定する」

P82.仏教は「正しい理解」を基本に据えるので、現実と合致しない言葉がけ

(ある意味妄想)を当てにしません。

P83.仏教の中には、「方向性を見定める」「今に集中する」「妄想するのではなく、

行動する」といった、別の励まし方があります。わざわざ自分を否定して

「怒り」をエネルギーにするより、ずっと頑張れる考え方があるのです。

P86.人生は、あやまち、失敗はつきものです。ただ、肝心なのは、そのとき

「どう対応するか」なのです。落ち込まない。凹まない。自分を責めない。

振り返らない。悲観しない。それより、今を見据えて、正しく理解して

“ここからできること”に専念するのです。もちろん、人に迷惑をかけた時は、

事態を正しく理解して、「すみませんでした」と素直に謝りましょう。

それもふくめて、もう一度、新しくやり直すのです。

P87.仮に、一度は成功したとしても、状況はつねに新しく変わるので、

次もうまくできる保証はありません。過去の成功をもとに「自身がついた」

と言っても、その自信は、次の状況には通用しないものです。

ということは、あらかじめ「自信を持つ」というのは、現実には不可能

なのです。

P88.それでもなぜ「自信」を欲しがる人が多いのかといえば、

やはり「妄想に囚われている」からでしょう。

P89.仏教的な考え方が身についてきた人なら、ここで「妄想は当てにしない」

とすぐに発想できることでしょう。「自信めいた気持ち」が出てきた時は、

「あ、妄想が湧いた」「あ、判断した」と気づいて、リセットしようとする

はずです。「それより今できることはなんだろう?(やらなきゃ)」と考える

ーーこれがブッダの合理的な思考法です。

P93.「やってみる」という発想に立てれば、仕事、人生は、かなりラクになります。

何をすればいいかわからなければ、「何をすればいいですか?」と聞くだけで

す。やり方が分からなければ、「どうすればいいですか?」と聞くだけです。

教えてくれれば、「ありがとうございます」と言うだけです。迷惑をかけて

しまったら、「ごめんなさい」と素直に謝るだけです。そして「頑張ります」

という最初の思いにたちます。

P97.仏教によれば、「感情をめぐる悩み」は、大きく二つに分けて考えることに

なります。

(1)不快な感情が生まれるのを防ぐ。湧いてしまった感情は、早めにリセット

(解消)する。

(2)相手とどう関わるかを考える。

P99.もし罵る者に罵りを、怒る者に怒りを、言い争う者に言い争いを返したならば、

その人は相手からの食事を受け取り、同じものを食べたことになる。わたしは

あなたが差し出すものを受け取らない。あなたの言葉は、あなただけのものに

なる。そのまま持って帰るがよい。

(罵倒するバラモンとの対峙 サンユッタ・ニカーヤ)

P100.ただ相手を見据えて、理解するのみ

仏教における勝利とは、相手に勝つことではありません。「相手に反応して心

を失わない」ことを意味するのです。

P102.こうした精神状態は、妄想と慢という「非合理な発想」に囚われた状態です。

相手と自分の反応をわけて考える。相手の反応は相手に委ねるーーこれが、

人間関係で悩まないための基本です。

P104.ただそういう相手に対してこそ、「反応しない」というクールな前提に立って

「言うことはわかります」「どうしたいのでしょうか(何を求めているので

しょうか)」という客観的な状態に立ってみるのです。

P109.心の半分は、相手への理解に、心のもう半分を、内なる反応に気づくことに

使うーーこれを向き合い方の原則にしたいものです。

P110.(1)相手のことを「判断」しない(2)過去は「忘れる」(3)相手を「新しい人」

と考える(4)「理解しあう」ことを目的とする(5)「関わりのゴール」を見る

P117.ただ、「我慢する」というのは、正確には、相手に我慢しているのではなく、

「自分の怒りを押さえ込んでいる」状態なのです。

P119.大切なのは、「理解してもらうこと、理解しあうことが大事なのだ」という理解

P120.苦しめ合うために、関わっているのではない。理解しあうために、

お互いの幸せのために、関わっているのだ。

P129.ということは、他人の目が気になる心理の正体は、やっぱり「承認欲」なのです。

つまり、“承認欲が作り出す妄想”ーーそれが「気になる心理」の正体です。

P134.ただ大切なのは、自分自身の人生の「目的」を、はっきりさせることです。

P135.他人の目が気になる人にとって、「妄想をやめる」ことが最優先課題です。

なぜなら、妄想癖こそが、「他人の目が気になる」という悩みの元凶だからです。

P140.長年の悩みを一気に解決する方法

(1)「よく気づいて、反応しない」(2)「感覚を意識する」(3)「反応の源を断つ」

P147.「承認欲」を満たしたいなら、そのための「正しい努力」をしましょう。

(1)認められた気持ちをモチベーションにして、今の仕事・生活を「改善」して

いく。(2)どんなときも「自分のモノゴトに集中」する。(3)「自分で納得でき

る」ことを指針(基準)とする。

あなたが出家するつもりがない限り、承認欲は大切にして良いと思います。

ただ、それは「モチベーション(動機)」として利用するだけです。「目的」

そのものにしてはいけません。

P149.「正しい努力」とは「人に認められるため」とか「成果を上げるため」と

いった“外部のもの”を目標にすることではありません。

P165.つまり、「勝つ」という動機以外で、競争社会を生きていくこと。勝ちか負けか

という二者択一の価値観ではなく、別の価値観を持って、競争社会の中を生きる

ことです。

P167.(1)求める心がある→(2)勝ちたいという欲求がある→(3)勝ちか負けかという判断

や、自他を比べたり張り合ったりする意識、競争に駆り立てられている心がある

ーーはい、今見えているこの思いは、すべて「妄想」です。

P168.私たちが目醒めるべきは、競争という現実、社会の現実に対して、日頃「どんな

心で向き合っているか」という、最も根源的な部分です。

P172.人間関係をまあるく治める「四つの心がけ」慈・悲・喜・捨

P183.五つの妨げ

(1)快楽に流される心(2)怒り(3)やる気の出ない心(4)そわそわと落ち着かない心

(5)疑い

P196.嫉妬から自由になるというのは、まずは相手に目を向けている状態から

「降りる」ことです。相手は見ない。「相手は関係ない」と考えて、怒りからも

降りる。さらに、「他人と同じ成果を手に入れたい(他人と同じになりたい)」

という妄想からも降りることです。そうやって、嫉妬という感情から、まず完全

に降りてしまいます。そのうえで、もしまだ認められたいという気持ちがあるの

なら、「では、自分になにができるだろう?」「わたしは、今自分にできること

を十分やっているだろうか?」「まだできることがあるのではないか?」と考え

るようにします。すると、自分自身の能力を高めていくこと、仕事・生活を改善

していくことに心が向かうようになります。禅の世界で言う「脚下照顧」ーー足

元を見るーーという生き方です。

P199.究極のところ、人間の動機は「貢献」です。どんな人も、「お役に立てればよ

し」なのです。貢献という動機に立って、できることをして、暮らしが立って、

ほんの小さな喜びや楽しい出来事が日々に見つかったら、もうそれで十分では

ありませんか。

 

 

 

 

メモ完了。2時間かかった。疲れた。買ったほうが良かったかもwww

AD

読書SNSの知り合いが「ハイ・ライズ」という映画を観て、デビッド・クローネンバーグとつぶやいてた。調べてみたら、クローネンバーグのデビュー作「シーバース」がこの「ハイ・ライズ(原作)」にオマージュされて作られたものらしい。残念ながらこれは見つからなかったが、にわかに沸き立つクローネンバーグ熱を鎮めるにはなにか見るしかない!と、逆に熱に浮かされるかのように調べたら、これを見つけました。

 

 

 

 

 

 

有料だけど見たことない作品だったので、速攻お支払い300円(安い!)。

 

 

感想ですが、とにかく暗い、の一言に尽きます。

舞台は冬のカナダ。

ほとんど太陽が出ない。

常にどんよりとした天気で、雪も降る。

人々は厚手のコートを着ている。

登場人物も、全員暗い。

 

精神科に入院しているかみさんがいる主人公や、秘密を知る精神科医が暗いのはわかるが、最後まで立ち位置の分からなかった助手の兄ちゃんまでなんだか暗い。

カナダってそういう国?(;´∀`)

 

 

 

本作は"医学による人体の変貌"がテーマの作品。離婚や虐待、新しい精神疾患の治療法など、社会問題が細かく散りばめられていました。

自分が期待していた、ザ・クローネンバーグな造形はほとんどなく、肩透かしをボリボリ食っていたんですが残り10分。やっと出ましたグチョグチョズルリのクリーチャー。控えめだったけど、ひさびさにみたグローネンバーグはやはりいいです。悪夢が見れそうです。

しかし、インターネットでクラウドな時代でも、クローネンバーグの古い映画はなかなかないものですね。とにかく1作、観られてよかった。

 

 

ではでは、当然みなさまにはオススメせずこれにて。

 

AD

日時 7月18日(祝)
場所 フロンタウンさぎぬま
団体 ちょい悪オヤジ(仮)
得点 0(9)

 

 

試合終了後、反省会のあと知り合いのオヤジとふたり、迎えを待っていました。

炎天下の中、アルコールも手伝って饒舌にしゃべるふたり。

そして最後に、お互いが「俺たちはこんなもんじゃねぇ!」「次はもっとできる。やろう!」

 

 

40歳過ぎて(自分は来年50ですがw)、接触プレイもある激しいスポーツに対して、これほど真摯に想いを語れることがあるだろうか。素晴らしい友人を持った、と感激しました。

 

 

もう一回やろう。で、優勝しようぜ!

自分、体幹トレーニング続けますから!

 

 

 

※なお、内容結果については割愛させていただきます。

※暑さと朝食のトルティーヤの食べ過ぎでまったく動けず、途中ちょっと吐いたのは自己責任です。

※前週のフットサルでそれなりの結果を出していたことによる慢心も自己責任です。

とある工場街の片隅にある公園にいた猫たち。

魅力はその鋭い視線とふてぶてしい態度。

それはまさに、夜の世界に生きるものたちの姿。

かわいさやもふもふはいらない…。

 

 

 

 

 

 

 

奴の名は「ミミカケ」

事が起これば一番最初に飛び出してゆく。

彼の耳を削った奴の凄惨行く末は、ここでは語ることができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴の名は「ハナシロ」

薬のやりすぎでいつも虚ろな目をしている。

鼻は自分でもぎ取った。

抗争の時、奴の狂気は度を超えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴の名は「ヨコヅナ」

銃弾の雨にさらされてもなお、敵を10人屠ったという伝説を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴の名は「ハニーboy」

甘いマスクで女を拐かすのが彼のやり方。

相手の目が眩んだ隙に喉を掻き切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョジョ立ち

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョジョ第四部っぽくにゃんこの紹介してみました。

 

 

「このジョルノ・ジョバーナには、夢がある。」

 

 

なんちゃって。