2009年07月16日(木)

倒置法を使いすぎると中二病だと思われる

テーマ:考え方

中二病の定義はさまざまですが、「何かになりきったつもりの自分に酔いしれてしまっている症状」が中二病だと、広い意味で僕は解釈しています。


中二病の種類もさまざまですが、最近普通によく見かけるのは、「失恋など悲しい出来事があったときに、明るい曲を聴かずに悲しい曲を聴いてドラマチック風に仕立てた自分に酔いしれるケース」や、「SNSのコミュや、Webサイトの管理人になった人が、かしこまった難しい口調でお知らせを出すなどして過剰に管理人気取りになってしまうケース」など、かなり日常的なケースが多いです。


中二病だと思われても構わないという考えもありますが、中二病だと思われた場合、たとえば素直にロマンチックな発言をしても「ロマンチックな人だな」とは思われずに「ロマンチックなことを言う人だと思われたい人なんだな」と思われてしまうので、これはかなり大きなデメリットです。

もちろんロマンチックなことを言う人だけでなく、まじめなことを言う人、賢いことを言う人など、あらゆるパターンでどれも周りからはそんな風なイヤな見透かされ方をしてしまいます。


中二病だと思われてしまうポイントとしては、発言するときの言い方や表情がシリアスだったり、単語のチョイスが非日常的な難しさだったりする場合など、いろいろあるかと思います。


そんな中でも僕が特に中二病だと判断するポイントは、倒置法チックなセリフが多い人です。


例えば、「自分のためにもなるから手伝おうかな」と言えばいいものを、「手伝おうかな、自分のためにも」と言ってしまう場合です。

言葉の順序を変えただけで無駄にシリアスになるので、中二病だと思われ兼ねない雰囲気が出てしまいます。


僕のブログの書き方も人のことは言えません。

「~なので~は~だと思います。」と書けばいいものを「~は~だと思います。なぜなら~だからです。」という、倒置法チックな書き方をしているからです。

↑この2行がまさにそうです。

(理屈よりも結論から書くことで興味をひかせたいという目的があるのでこのような文章構成にしています。)


倒置法でどれほど中二病っぽくなってしまうかは、文章の内容にもよりますが、さきほど書いた「手伝おうかな」などのように、自分の意思や決意を書こうとした場合などで倒置法を使うは結構危険だと思います。

本音をカッコつけすぎない言い方で素直に伝えたい場合は、その辺に注意したいと思います。

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