真実の結晶

真実の体験をお伝えします!気づいて下さい!
あなたはもともとパーフェクトだと言うことを♪


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Oshoの「ボーディダルマ」と言う本があります。その中で皇帝とボーディダルマの覚醒に関する大切なやり取りがありました。長文ですが最後まで読んでみてくだい。きっと、全てがプログラム通りで心(思考の集積所)はないことに気づくはずです。ではシェアしますので最後まで読んでみて下さい。


Osho
:この人については多くの伝説があり、それらのひとつひとつがなんらかの意義を持っている。最初の伝説だが、彼が中国に到達したとき…それは三年もかかる長旅だった…中国の武帝が彼を出迎えにやって来た。ボーディダルマの名声は本人よりも先に届いていた。武帝は仏陀の哲学のために最大の奉仕をしていて、何千人もの学者たちが仏教の経典をパーリ語から中国語に翻訳していたが、皇帝はそのすべての翻訳事業のパトロンだった。

何千もの寺院と僧院を建立し、何千人もの僧侶を養っていた。彼は仏陀に奉仕するために全財産を投じていた。当然のことながら、ボーディダルマよりも以前に到着していた仏教僧たちは、「あなたは、大いなる徳を積んでいるのだから、天上に神として生まれ変わることが できるでしょう」と武帝に進言していた。そんなわけで彼は、ボーディダルマにまずこう切り出した。「私は多くの僧院を建立し、何千人もの学者を養い、仏陀の教えを学ぶための総合大学も開設しました。私は自分の全帝国と全財産を仏陀への奉仕のために捧げています。 どのような果報を受けることができるでしょうか?」
皇帝は、ボーディダルマを見て少し戸惑いを覚えた。こんな人だとは思ってもみなかったのだ。その顔つきはひどく恐ろしそうだった。きわめて大きな目をしていたが、その実、ハートはごく柔和だった…ハートに蓮の花が咲いているかのようだった。だが、彼は想像しうるかぎりの凶暴な顔つきをしていた。足りないのはサングラスだけで、もしサングラスをかければ、まさにマフィアの顔つきだった!

武帝が恐る恐る尋ねると、ボーディダルマはこう言った。「いや、果報などあるはずがない。 それどころか、地獄の底まで落ちることを覚悟しておきなさい」皇帝は尋ねた。「しかし、 私はなにひとつ誤ったことはしておりません…なぜ地獄の底まで落ちねばならないのですか?私は仏教僧に言われたことならすべてやってきました」ボーディダルマは言った。「自分自身の声を聞くようにならないかぎり、誰もあなたを助けることはできない。仏教徒であろうとなかろうと。あなたはまだ自らの内なる声を聞いていない。聞いていたなら、こんな愚かな質問はしなかっただろう。仏陀の道には果報などというものはない。なぜなら、果報を求める欲望そのものが貪欲な心から来ているからだ。仏陀の教えのすべては無欲であることの教えだ。心の欲望からこれらのいわゆる善行を為し、寺院や僧院を建立し、何千人もの僧侶を養ったなら、あなたは地獄行きの道を自分で準備していることになる。だが、これらのことを喜びから、自らの喜びを帝国のすべての者たちと分かち合うためにやり、しかも 果報を求める欲望などみじんもなかったら、その行為そのものが果報になる。そうでないとしたら、あなたはことの要点をすっかり取り逃がしている」

武帝は言った「私の心は思考でいっぱいです。私はこれまで心の安らぎを得ようとしてきましたが、うまくいきませんでした。しかも、これらの思考やそれが立てる騒音のために、あなたが内なる声と呼ぶものを少しも聞くことができません。私はそれについては、なにひとつ知らないのです」するとボーディダルマは言った。「それならば明朝の四時に、護衛をつけずに たったひとりで、私が滞在することになっている山の寺まで来なさい。あなたの心を永遠に安らかにしてあげよう」この男はなんと礼儀知らずで粗暴なのだろう、と皇帝は思った。これまで多くの僧に会ってきたが、みんな非常に礼儀正しかった。しかしこの男は、相手が大帝国の皇帝であろうがまるっきりおかまいなしだ。それに早朝四時の暗いなか、たったひとりで彼に会いに行くなんて…。それだけではない、この男は危険きわまりないように思える……いつだって手にはあの長い棒を握りしめている。皇帝は一晩中眠ることができなかった。「行くべきか、行かざるべきか?あの男ならなにをしでかすか知れたものではない。まったくあてにならないように見えるからな」

だが、彼はそう思う一方で、ハートの奥底ではこの男の誠実さを、彼が偽善者でないことを感じていた。相手が皇帝で自分がただの乞食坊主であることなどちっとも気にかけていない。その振舞いはまさに皇帝であり、あの男の前では自分の方が乞食のように感じる。それに「あなたの心を永遠に安らかにしてあげよう」と言ったときの、あの自信に満ちた態度……。「不思議なこともあるものだ」と皇帝は思った。「インドから来た多くの賢者たちに尋ねてみたが、彼らときたら私に技法やテクニックしか教えてくれなかった。私はそれを実践してみたが、なにひとつ起こりはしなかった。ところがこの不思議な男は、ほとんど気違いか 酔っぱらいのようにしか見えないし、あの大きな目の奇異な風貌ときたら、人に恐怖感すら与える…。だが、彼は誠実そうにも見える…彼はまるで野生の生き物のようだ。危険を冒すだけの価値はある。彼にできることといったら、せいぜい私を殴り殺すことぐらいのものだ」
とうとう、その…「あなたの心を永遠に安らかにしてあげよう」…という誘惑は抵抗しがたいものとなった。武帝は、約束していた早朝四時の暗闇のなか、たったひとりでその寺に到着した。ボーディダルマは石段のすぐ上で棒を手にして立っていた。彼は言った。「あなたが来ることはわかっていた。一晩中、行くか行くまいかと心のなかで迷っていたのだろう。 あなたはそれでも皇帝かね…なんとも臆病な男だ。この世に持つものといって杖一本しかない、貧しい乞食坊主を恐れるとは。さあ、この杖であなたの心を静めてやろう」

皇帝は考えた。「やれやれ、杖で人の心を静めるなんて聞いたこともないぞ!この男ならやりかねない。頭を一撃して息の根を止めてしまうかもしれない…心を静めるどころか、心の持ち主がおしまいになってしまう。だが、もう引き返すには遅すぎる」ボーディダルマは言った。「この境内に座りなさい」あたりにはまったく人影がなかった。「目を閉じなさい。私はあなたの前に杖を持って座っている。あなたの仕事は心を捕まえることだ。目を閉じて、 心を探しに 内側へ入ってゆきなさい…それはどこにあるか。それを捕まえた瞬間、すぐ私に言いなさい『ここにあります』と。残りの仕事はこの棒がやるだろう」
それは、かつて真理や安らぎや静寂を探し求めた者が誰も経験しなかったような、まったくもって奇妙な体験だった…だが、今やほかに取るべき道はなかった。ボーディダルマが自らの言質に違わぬ男であることを知りつつ、武帝は目を閉じて座った。武帝はあらゆるところを探してみたが、心はどこにも見つからなかった。杖はその役目を果たした。彼は初めてそんな状態を体験した。なにしろ心が見つかったら、あの男が杖でなにをするかまったく見当もつかない。それにこんな静かな山のなか、独自のカリスマを持ったこの男、ボーディダルマの臨在のもとでは……。光明を得た多くの人々がいたが、ボーディダルマはエベレストのように独り孤高にそびえ立つ。その振舞いのひとつひとつが独自でオリジナルだ。そのしぐさのひとつひとつが彼ならのものであり、借りものではない。

武帝は懸命に心を探したが、今や初めて心というものを見つけることができなかった。それはちょっとした策略だ。心
(マインド)が存在するのは、あなたがそれを一度も探したことがないからだ。心があるのは、ひとえにあなたがそれに醒めていないからだ。それを探したなら、あなたはそれに醒め、そしてその〈気づき〉が確実に心の息の根を止めてしまう。何時間もたって、涼しい風が吹くなか、静かな山中に陽が昇ってきた。ボーディダルマは武帝の顔にまるで彫像のような安らぎを、穏やかさを、静けさを見た。皇帝の肩を揺さぶると、彼はこう尋ねた。「ずいぶん時間がたった。心は見つかったかね?」武帝は言った。「棒を使うこともなしに、 あなたはすっかり私の心を静めてしまいました。心などありませんし、それに私はあなたの言っていた 内なる声を聞きました。今なら私にもわかります。あなたの言ったことはすべて真実でした。あなたはなにもせずに私を変えてしまいました。今の私には、それぞれの行為そのものが果報でなければならない、ということがわかります。そうでなかったら、それをやってはいけないのです。果報を与えてくれる人などいるでしょうか?それは子供じみた考え方です。罰を与える人などいるでしょうか?行為が罰でもあり、また果報でもあるのです。人は自らの運命の主人なのです」

ボーディダルマは言った。「あなたは希有な弟子だ。私はあなたに愛を感じるし、敬意を覚える。皇帝としてではなく、それほどの勇気を持った人として。たった一度座ることにより それほどの気づき、覚醒の光をもたらし、心のすべての暗闇を消し去った」武帝は彼に宮殿に来るように勧めたが、ボーディダルマは言った。「そこは、私のいるべき場所ではない。 私が野生の人間であることは、おわかりだろう。この私ですら、自分のすることを前もって知ることはできない。私は瞬間から瞬間を内発的に生きている。私を予測することはできない。私はあなたや宮廷や廷臣に無用な厄介を生み出すかもしれない。私は宮殿で暮らすようにはできていない。私が自らの野生のうちに生きることを許してほしい」
Osho - Bodhidharma The Greatest Zen Master

どうだったでしょうか!皇帝とボーディダルマとの素敵なやり取り感じて頂けましたか!ポイントは今に生きることの重要さや皇帝の言う「人は自らの運命の主人」という箇所、それにボーディダルマの言う「私ですら、自分のすることを前もって知ることはできない。私は瞬間から瞬間を内発的に生きている。」という所です。ぜひ、あなたも素敵な気づきを感じてくださいね♪


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一般な人間は、頭脳のセンターを使い思考優位で生きています。それが苦の原因である善悪のジャッジによるものです。ある方から「頭脳のセンターからハートのセンターに落とすにはどうしたらいいでしょうか?」と言う質問がありました。

これは思考優位から感覚優位に移行させることです。でも、これはなかなか難しい!それは、普通の人は今まで思考を使い生きているからです。では、どのようにしたら思考から感覚へ移行できるのか?

まず、思考と言われているものは何でしょうか?

それは、一般的にその人の持っている過去のデータによるジャッジと言われています。しかし、いつもお話している通り、全てはプログラム通りのことしか起きません。この思考と思われている現象を紐解と、頭に思い浮かぶことに「思考」と言うレッテルを張っているにすぎません。そう、この思い浮かぶ現象は思考ではなく全て真我のプログラムによるものなのです。

そう、あなたが思考だと思っていたものは、大きな勘違いです。それは、起こるべきして起こることと同じで、その思いがその時期にプログラム通りやってきたにすぎません。これを勘違いして思考によるジャッジだと思い込んでいるのです。ですから正確に言うと、これは思考ではなく完全なる真我のプログラム結果だということです。

ですから、まず初めは思考優位の方、このことをシッカリ!まずは頭脳で理解してください。そして理解し終わったら、これは思考ではなくプログラムだと言うことを感覚で感じてください。そして、この後に(悟るため)直感で受け取る中心のセンターに移行するのです。でも、思考優位だとなかなか中心のセンターに移行するのは難しいですが、感覚のハートのセンターから移行するのは差ほど難しくはありません。

この文章を読んで思考優位の方!ハートのセンターに移行するのは難しいと思っているのではないですか?でも、あきらめることはありません!頭脳のセンターから中心のセンターに移行ことは可能です。かの釈迦牟尼は思考優位でしたが、悟れると師に言われたことを超ストイックに100%こなして探求した結果、頭脳のセンターから中心のセンターに移行して悟ったのです。ちなみに、キリストはハートセンター優位の方でしたが、安心してください!二人とも皆さんと変わらない普通の人間ですので
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今回、Oshoの講話の中で身体について書いたあるところを見つけました。身体が覚醒する為に大切な道具であることを解説しています。シェアしますので、ぜひ参考にしてください。


Osho
:身体について、こうあるべきという一定の観念を持っているなら、あなたは苦しむだろう。身体はあるべきようにある。この身体こそあなたの持ち物であり、神があなたに授けたものだ。身体を使い、楽しんでごらん!身体に好意を抱き始めたら、身体が変化するのに気づくだろう。

なぜなら、自分の身体に好意を抱けば自分で身体を気づかい、その気づかいはすみずみに行き渡るからだ。気づかえば不必要に食物を詰め込まなくなる。気づかえば身体を飢えさせたりしない。身体の要求に耳を傾け、その気配に耳を傾ける・・・身体は何を望んでいるのか、いつそれを望んでいるのか。気づかい、愛する時、あなたは身体と調和する。すると、あなたの身体の問題は自動的に解消する。自分の身体を好きでないとしたら、問題が生じる。なぜなら、次第にあなたは自分の身体に無関心になり、無頓着になるからだ。

誰が敵に構うだろう?

あなたは身体を見ようとしなくなり、避けるようになる。身体のメッセージに耳を傾けるのをやめ、身体をさらに毛嫌いするようになる。だが問題全体を作っているのは、あなたなのだ。身体は決して問題を作らない。問題を作るのはマインドだ。

さあ、これはマインドの観念だ。自分の身体のイメージに問題を抱える動物はいない。そんな動物はいない。たとえカバであっても!彼らは完全に幸福だ。それは否定的な考えを生み出すマインドがないからだ。そうでないならカバは思うかもしれない。「なぜ私はこんな姿なのか?」と。動物には、そのような問題はない。ただ理想を捨てなさい。自分の身体を愛しなさい・・・これがあなたの身体であり、これが神からの贈り物だ。身体を楽しみ、気づかうといい。気づかうと、あなたは運動をしたり、食べたり、眠ったりする。あなたは、ありとあらゆる気づかいをする。

身体は自分の道具だからだ。ちょうどあなたの車のようなものだ。あなたは車を掃除し、車に耳を傾け、そのうなりを聞き漏らさない。こうして調子の悪い箇所があるかどうかが分かる。車体が小さな傷を負っても、あなたは気づかうだろう。ちょっと身体を気づかってごらん。すると身体は完全に美しくなる・・・それは美しい!身体は実に美しいメカニズムであり、しかも非常に複雑だ。身体はたいそう効率よく働くので、
70年も機能し続ける。あなたが眠っていても起きていても、気づいていてもいなくても、身体は機能し続ける。しかも、その機能するさまはとても静かだ。あなたが気づかわなくても、身体は機能し続ける。あなたの為に仕え続ける。人は身体に感謝した方がいい。ちょっと、あなたの態度を変えてごらん。すると6ヶ月もしないうちに、身体の形が変わるのに気づくだろう。

それは恋愛の時とよく似ている・・・

あなたは彼女が突然美しくなるのが分かるだろう。それまで、彼女は自分の身体を気づかって来なかったかもしれない。しかし恋愛が始まると、彼女は気づかうようになる。彼女は何時間も鏡の前に立つ・・・誰かが彼女を愛しているのだから!あなたが自分の身体を愛する時、同じことが起こる。自分の身体が変わり始めるのが分かるだろう。身体は愛され、気づかわれ必要とされている。それはとても繊細なメカニズムだ・・・人々は身体を粗野に、乱暴に扱っている。ちょっと態度を変えて、違いを見てごらん!
OSHO:「こころでからだの声を聴く」より

いかがだったでしょうか。やはり、身体を雑に扱わず大切に使うことが覚醒するための重要なポイントの一つだとお分りになりましたか!さあ、今日この瞬間から実践してみて下さいね♪

 

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