ラケットちゃんさんのブログ

ブルセラコスチュームで、あちらこちらに出かけてます。
最近は、主に富士山麓の山に登ったときの、雄大な富士山と、自身の写真をつけてます。
ブルセラアイドルの夢を見ながら、日常の現実に対するいろんな思いを綴ります。


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 いつも、フォローいただいて、ペタやいいねをつけていただいてありがとうございます。

 しばらく、記事をお休みさせていただきました。

あることに没頭していました。

やっと、ひといきつきましたので、また記事にいたしました。

 

 

 私達都民が選んだ舛添知事が、知事の職務で公私混同を指摘され辞職に追い込まれた。
一流企業の三菱やスズキが、燃費不正問題を暴露され揺れている。
一流企業の業績はアップしたようだが、労働者の給料は伸び悩み、消費は冷え込んだまま、消費税増税が見送られた。

パナマ文書が解析されつつあり、合法とはいえ、ずるい富裕層が解明されつつある。
財政赤字は増え続け、国民の借金も増え続け、右肩上がりの社会保障費の見通しがたたず、日本国債の格下げもなされた。
国際的なテロ、難民問題、英国のEU離脱問題などが、世界の経済へのリスクとなっている。

 

 私も忙しい中、毎日毎日新聞には目を通してはいるが、暗いニュースばかり目につく。
そんな中、Windows 10の無償アップグレード期間が、2か月先に迫った。

 

 


 私は、実のところ、小学時代から、趣味のひとつにラジオ作りがあった。
ゲーセンにあるインベーダーゲームやパックマンを憧れたが、貧乏で、小遣いがなかった。
NEC製のZ-80(8ビットCPU)の名器PC8001 ROM16KB、RAM16KBが¥168000もした時代。
ミニフロッピーディスクが20万円。
カセットテープやフロッピーディスク内のファイルが、よく壊れた。
京都の親戚の叔父さんちに行ったとき、当時のゲーセンで流行ったパックマンやインベーダーゲームを、N-ベーシックで入力して遊んだものだ。


 その当時、PC(パーソナルコンピューター、パソコン)は、マイコンと言われていたが、
その後、PC-8801や、16ビットマシン(8086CPU)のPC9801シリーズも、パソコン同好会で究めた。


 一浪して大学医学部に入ってからは、PCを自作しマイクロソフトのWindows 3.xを使い、アルバイトをして稼いだ。
麻雀や将棋・パチンコ・RPG・シューティングゲーム(の攻略)で、夜明けを迎えたことも多い。
もっとも、これらは、たばこの煙がムンムンと立ち込める雀荘や、軍艦マーチなどの流れるパチンコ店やゲーセンではなく、アルバイト先の自作PCのモニターの前ではあったが。

 

 受験勉強からの解放感の中、その反動か、教養課程での、できちゃった結婚や、こういった趣味に落ち込んだことやアルバイトも、この時代の良い思い出である。
まあ、当時も、窮地に陥って、激動の時代ではあったが・・・

 

 

 PCは、人間と違って、うそをつかない。
プログラムや操作が間違っていたら動作せず、正しかったら確実に動作する。
正直である。
因果関係が明確である。
努力が必ず実る。
何より、他人には絶対に不可能な先進的なプログラムや操作が実現したら、感無量である。
まあ、自分だけ、金メダルをとったような気分になる。
つまり、自分自身も趣味にハックされる。

 

 ちなみに、日常の診察や手術や化学療法などなどの治療では、こんなに正直には進まない。
PCなら、不都合なパーツを見つけて取り換えればいいが、外科手術がスキルとして成功しても、患者に必ずしも好ましい結果が出るとは限らない。
それなのに、医療紛争では、往々にして、機械の修理のように、治療に間違いがなかったらよい結果が出るものと勘違いされて論議される。
だから、だからこそなのか、手術もうまくいって、患者が元気になって喜んでくれれば、趣味の時を遥かに超越して感無量である。


 話を戻して、自身の技術を駆使して、プロテクトを外し、暗号を解読し、ウィルスや不正アクセスをするハッカーの感激もよくわかる。
それが背徳的であればあるほど、魅力的であるから、麻薬中毒のように嵌っていく。
自身も趣味にハックされる。
これほど、プログラミングを自由自在にできることは魅力的である。

要は、そのスキルを悪用してはなるまい。

 

 

 その後、Windows95から、DOS/Vパソコンが出て、PCも自作マニアがふえた。
パソコン通信がインターネットとなり、一般化した。
一部のビジネスから利用され始めた携帯電話が小学生にも普及してスマホになって、LINEも普及した。


 一時は14万円もした固定電話加入権は、¥72000、¥39000になって、いつの間にか消滅し(加入権裁判もある)、格安スマホやIP電話も一般化しつつある。
振り返ってみれば、私の学生時代(1990年代)からのIT化は、凄まじい勢いである。

 

 現在、私の管理するPCは、自宅にディスクトップ4台(自室に2台、妻用、どら息子用各1台)、ノートPC1台、医局にディスクトップ2台、合計7台。
ノートは、7年前に購入したFMVのC/70で、これ以外はすべて自作。
 数年前に、最後に自作して以来、すべてOSやパーツの交換だけで使い続けている。
自作のPCは、同じスペックなら、メーカー製のPCの、およそ半額以下で組み立てられ、パーツも一部は中古などで調達できる利点がある。
しかしDIYなので、すべて自己責任である。


 家庭やビジネスにも自身の趣味を発揮し続けてきたが、いかんせん、病院勤めからは仕事の事情などで、停滞気味だった。
パーツはハードディスクやDVD-ROMなど、前世紀からのものも4台あるし、OSも、Windous 7が最新で、サポートが終了したWindous xpのものもある。
稼働しているアプリも、64ビット版がある中で、実のところ、古いものでは、前世紀からの16ビットの自作プログラムを使い続けている。


 この7台のPCは、パーツを取り換えても、全体として、そろそろ寿命が来る頃ではある。
というか、いつ臨終を迎えてもおかしくない状況で、最期まで最高のパフォーマンスを発揮しつつ臨終を迎える予定である。
仕事に例えれば、末期がんで、新薬を待ち望みながらも、残された人生を最大限に価値あるように生きようと、毎日戦っている患者さんのようである。
正直である。
私にとってはイヌ・ネコなどのペット(家族同様のペット)を超える、愛着が深いPCなのである。

 


 こんな中、昨年、Windows 10が発表され、Windous 7以降のOSが、一年間に限って無償アップグレードできるようになった。


 最初は様子を見ていたが、自作プログラムも含めて、どうやら十分に使えるらしい。
そのうち、一気に7台のPCを、無料アップグレードして、さらなる延命につなげようと目論んでいたが、趣味に没頭できるほどの十分な休日が得られず(まあ、得られるわけはないが)、忙しさに紛れ、うつ病への戦いの期間もあって先延ばしとなっていた。


 Windows 10の無償アップグレード期間が、2か月先に迫った先月の末、ついに、重い腰を上げた。
現在も、うつ病の治療薬を飲み続けてはいるが、徹夜覚悟で、自宅や医局の机にある、自作パソコンやオーダーメイドディスクトップPC、ノート型パソコンなど、合計7台を、一台ずつ、アップグレードし始めた。
いや、うつ病の克服のためにも、没頭できる趣味を生かすことは価値的であろうと、リスクをわきまえてチャレンジしてみた。
この際だから、HDDもSSDに取り換え、USB2.0も3.0へ、一部のPCのメモリも増設して、すべて64ビットのWindows 10ProまたはHomeにしてやれ・・・

 

 

 5~6年前までは、上記の写真のように、歩行者天国の秋葉原にちょこちょこ行っていた。

普段は車に占領されている、中央通りの中央線をまたぎながら歩くのが快感だった。

近頃は当然に秋葉原に出かける暇がなく、SSDなどの部品はネットで調達している。


 しかし、ショップで購入しても、そもそも初期不良や相性問題があるため(こんなことはDIYなら当たり前で、解決に数時間かかることも少なくないので)、少しずつ注文し、動作を確かめながらやっていき、期間が長引いてしまった。
ようやく、7台の無償アップグレードを済ませ、それぞれ64ビットのWindows 10ProとHome3台ずつのPCへ、最後のFMVは、メーカーサポートが一切無い中で32ビットのWindows 10Proに生まれ変わった。

とてもうれしい。

 

 

 そんな中で、ひとつ、くやしい思いをした。


 今回、無料アップグレードを狙って、新たに購入したWindows 7DSP版の中に、海賊版が一つだけ紛れ込んでいた。
海賊版をはじめ、ライセンスの数を超えたプロダクトキーは、ネットではもちろんのこと、電話認証で、いくら粘っても絶対に通らない。
ネットで購入できるから、少し安い値段に飛びついてしまったのも、自分の失態ではある。

 

 人間はうそをつく。不正をする。
機械はうそをつかない。正直である。
やはり、海賊版に先を越されたプロダクトキーがあったのは残念だ。
解らなければいいと、不正なことをして、金儲けをする輩は少なくない。

 

「ずる ― 嘘とごまかしの行動経済学 」(ダン アリエリー (著), Dan Ariely (原著), 櫻井 祐子 (翻訳) )には、万人が、大なり小なり、不正に手を染める仕組みを、科学的に実験をして証明している。
これは、仏法から見たら、餓鬼、畜生、修羅の生命境涯を万人が持っていることを科学的に証明していて、とても面白い。


 また、ITが飛躍的に発達しつつあり、ネットやITを少しでも触れていれば、いかなる不正もすべて白日の下にすることが可能である。
セキュリティプログラムを作ったことのあるプログラマーの立場から見れば、十分な時間とプログラムで観察すれば、使われたPCを特定することなどは容易で、その中の情報も、簡単に引き抜ける。
 これらのIT技術は、ハッカーのと表裏一体であり、今後もウィルスなど「悪意のあるプログラム」とのいたちごっこが続いていく。
 この現象は、詐欺の手口の巧妙化なども含め、人間社会の中だけでなく、幅広く、生物学などでは当たり前の摂理である。
抗生物質と耐性菌の出現、抗ウィルス薬と耐性ウィルスの出現、など・・・
また、機会があれば、考察してみたい。

 

 

 今回は、サポートが終了したWindous xpのPC一台にWindows 7DSP版をインストールし、無料アップグレードする計画だった。
 このWindows 7はアクチベートされたが、Windows 10にアップグレードしたら、認証されなかった。
Windows 7では、ライセンス違反であっても、別のPCで、一度ライセンス認証された後4~6か月以上経過すれば、再認証されることがあるらしい。
Windows xpでは、これが4か月だったそうだ。
しかし、Windows 10になってからのデジタル認証は、おそらくこのようなことは起こらないであろう。


 Windows 10の海賊版は、最初から100%認証されない。
無償アップグレードされたWindows 10でも、以前のOSのプロダクトキーと、認証時点のPCの部品構成(ハッシュ値)を、マイクロソフトのサーバーが永久に記憶している。
ライセンス違反になるから、踏み込んだ解析はできない。

推測ではあるが、ハッシュ値を割り出す関数の能力と、サーバーの管理能力が莫大になっていて、人類史上、半永久的に、自前で発売していくOSの管理ができるレベルに到達しているようだ。
だから、海賊版のWindows 7を不正な手段でアクチベートした後、無償アップグレードしても、Windows 10では、ほかのPCで利用されていますと表示され、マイクロソフトストアに誘導される仕組みになっている。
そして、ここでは新たに正規プロダクトキーの購入を促がされる。
 また、海賊版であることが判明したプロダクトキーは直ちにサーバーで無効にされ、それ以前にいったんは認証されたPCでも、起動中の自動アップデート時などに判別されて同様の表示が出て、30日経過するとフリーズするらしい。

 

 Windows 10の無償アップグレードは、アップルやグーグルに先を越されたマイクロソフトが、巻き返しのために、Windowsユーザーを取り込むためと吹聴されている。
何のことはない、裏では、世界に出回っている計り知れない海賊版を判別し、そのユーザーも、取り込む戦略なのだろう。
 元のOSがDSP版だったならば、CPUやマザーボードの一部が壊れて交換すれば、それが全く同じ製品でも、出荷時に製品ごとに割り当てられたイニシャルナンバーが異なるため、再びライセンス認証されることはない。電話認証でも通らない。
このような例を認証してしまうと、海賊版が横行するのは明らかだからだ。
つまり、主要な部品が故障したり寿命が尽きたりしたら、OSライセンスもろとも消滅なのだ。
もともと、これがライセンスというもののようだ。
運転免許や医師免許が、子供や親族に相続されないことに似ている。

ただ、元のOSが正規版だったら、電話で、前のPCが認証されていないのを確かめられてから、認証されるようである。
これは、国籍のようなものだ。

 

 ライセンスの違いで、高々、2~3000円ぐらいの価格差をどうみるのか。
Windows 10の、OSとしてのサポートは5年ぐらいだそうだ。
PCパーツが故障する期間の平均ぐらいである。
半面、OSとしての機能は格段にアップしていて素晴らしいし、ウィルス対策も、同時に面倒を見てくれる。
マイクロソフトストアでDSP版も高々と宣伝されているが、なぜか複雑な気分である。

 

 これも、不正に対する正義の戦いの一つである。
正義の実現や証明にも、リスク(危険)とコスト(費用)がかかる。


 そういう思いでも、この際だから、頑張ってアップグレードした。
少ない休日をすべてこれに費やし、この一か月間で、没頭している間に夜明けを迎えること数回。
以前のPCが、以前の16ビットのアプリから、最新の64ビットアプリまで、すべて、生まれ変わったように、きびきびと速くなった。
とてもうれしい。

これからは、老化した、前世代のCPUやマザーボードが、どのくらい生き延びてくれるかだろう。
ちなみに、私のCPUは、Core2Duoが3つ、第一・第二世代のi5とi7がそれぞれ2つ。

 

 

 ところで、
・・・・・at your own risk.
どのパーツの説明書にも、書いてある。
DIYというのはDo it yourselfのことであるが、これは当然に自己責任(at your own risk)なのである。
 つまり、自分で行動を選択することは、すべてリスクも自分で負うということ。
ちなみに、登山も同じではある。
 do it yourselfといえる、瞬間瞬間の、思いや行動の選択も、自己責任がすべてであるということ。
 まあ、あたりまえのことではあるが、西欧では、この前提で、経済活動をはじめとするすべての契約や文化的生活が成立している。


 しかし、わが国では、余計な無責任論・責任転嫁が、法律や建前・弱者救済・消費者保護・格差是正・差別撤廃・福祉・・・などといったきれいごとを旗印に、往々にしてまかりとおっている。

 迎え撃つ超高齢化社会の介護現場、 認知症や寝たきり老人の治療介護などでは、自己責任が全く通用しない現場なのである。

日常の経済活動、政治や司法、行政にとどまらず、教育、医療、介護福祉などの現場においても、毎日毎日報道され続けているし、煩わしいので、改めて具体例をあげない。


 しかし、少なくともDo it yourself・・・at your own riskは、人生を賢明に生きるには、不可欠な基本的心得のひとつであることは間違いない。

不正に対する正義の戦い
悪に対する善の戦い
困っている人への愛や慈悲の行動
害悪を廃し、価値を創造する
これらはリスク(危険)とコスト(費用)がかかる。
しかし、その価値ある行動は、瞬間瞬間、業として積み重ねられ、やがて実を結ぶときが必ず来る。


悪は必ず滅ぶ。
不正はいつか必ず暴露される。
その瞬間は、なんとみじめなことであろうか。

初めにも挙げた通り、昨今のニュースでも、政治家や、企業のトップなどの不祥事と失脚などが繰り返されている。
こういった例は分かりやすい。
半面、一見何の因果も無いように見える不幸な悲しい事例もみられ、人類社会の多くでは、思考が負の評価を下すことすらタブーとなってはいる。

しかし、前世からの因果は厳然と存在し、厳しく見える時も多い。

 

 すべての因果応報が現世だけで完結するなら分かりやすいであろうが、

前世の原因が現れるのが現世になったり、 現世の結果が来世に持ち越されたりする上、 無明に包まれた一切衆生には、 記憶が現世のみにとどまるから、偶然のようにしか見えないからである。

努力が報われず、罪も償われないで終わる(ように見える)ことも多い。

だから、憎悪や報復の連鎖、格差拡大などの原因が根本的に解決しがたい。


おまけもなければ割引もない。

これが、大自然の摂理である。

 

 ちなみに私は、ユングの精神科医として実践した方法を長年の間使って、自分の前世の記憶をある程度よみがえらせている。

そして、それを臨床に役立てている。

まだ一世代前までであるが、一部はプロフィールに、アメブロを始めた時に書いた。

ある程度まとまったら、これも、人類のために、誰もが閲覧できるように、記録に残しておきたいと思う。

 

 

高山に登る者は必ず下り
我人を軽しめば 還て我身人に軽易せられん
形状端厳をそしれば醜陋の報いを得
人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる
持戒尊貴を笑へば 貧賎の家に生ず
正法の家をそしれば邪見の家に生ず
善戒を笑へば国土の民となり王難に遇ふ
是は常の因果の定れる法なり、
日蓮は此因果にはあらず
法華経の行者を過去に軽易せし故に
法華経は月と月とを並べ星と星とをつらね
華山に華山をかさね玉と玉とをつらねたるが如くなる御経を
或は上げ或は下て嘲弄せし故に此八種の大難に値るなり、
此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを
日蓮つよく法華経の敵を責るによて
一時に聚り起せるなり
譬ば民の郷郡なんどにあるにはいかなる利銭を地頭等におほせたれどもいたくせめず年年にのべゆく
其所を出る時に競起が如し
斯れ護法の功徳力に由る故なり等は是なり、・・・(佐渡御書、日蓮大聖人御書全集P960)

 

 

高い山に登る者は必ず下る。
人を軽蔑すれば、かえって人に軽蔑される。
人の容姿をそしれば、醜く生まれ、
人の衣服や食べものを奪えば、餓鬼(無限に物を獲得しても満足できない状態)となる。
戒を持つ尊貴な人を笑えば、貧賎の家に生まれる。
正法を謗れば、邪見の家に生まれる。
十善戒や五戒を持つ人を笑えば、国土の民となって戦争に遇うのである。
これらは、常にある、因果の定まった法則である。
日蓮が苦難にあっているのは、これらの因果ではない。
過去に、法華経の行者を軽んじたために、また法華経は月と月とを並べ、星と星とをつらね、華山に華山を重ね、宝石と宝石とをつらねたような尊極の御経であるが、
その法華経をあるいは上げ、あるいは下してあざけりあなどったために、この八種の大難に値っているのである。
この八種の難は、未来永劫の間に一つずつ現れる予定であったのを、日蓮が法華経の敵を強く責めたことによって、今生に一時に集まり起こしたのである。
たとえば、人民が郷郡などに住んでいる時は、どれほどの借銭が地頭にあったとしても、厳しく取り立てられることもなく、年々に返済を延ばしてもらえるが、
その住む所を出る時には、厳しく取り立てられるようなものである。
「これは護法の功徳力によるのである」というのはこのことなのである。・・・(私風現代語訳)

 

 


心地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば 其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」等云云、(開目抄、日蓮大聖人御書全集P231)
 
心地観経には、「過去に、自分がどんな原因をつくったかは、現在現れている結果を見よ。未来の結果を知ろうとするなら、現在という原因を見よ」と述べられている。・・・(私風現代語訳)

 

 

 


月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし。・・・(日蓮大聖人御書全集P1190)

月々日々に、信心を奮い起していきなさい。少しでも、たるんだ心があれば、魔がそれを便りにして、おそってくるであろう。・・・(私風現代語訳)

 

 


最初に挙げたニュースなどに表れている因果応報も、当事者ご本人だけでなく、彼らを選んだ都民、選択し購入した消費者、選んで務めた労働者、関係した国民一人ひとりの業となって、かえっていくのであろう。
現実は厳しい。
だからこそ、使命が、生き甲斐が素晴らしくなるのではないか。

万人が、 変化のない、安定した 、つまり万人が同じで、クローンのように平等で平凡で差異も特徴もない状態になって、それで満足されるというのなら、悔しくて悲しい思いもなくなるかもしれないが、歓喜や感激もなくなるだろう。

そもそも、他人に尽くすとか、自身を高めようなどという生き甲斐が、見いだせなくなるのではないか。

落ちたり上昇したりしても、そのダイナミックな変化の中で、価値を創造し、人を助け、社会に貢献し、慈悲・共生の行動を続け、常に前に向かって進んでいくことこそが、真に幸福で充実した生命といえるのではないだろうか。

 

ともすれば陥りがちなこと・・・たとえば、
現状の社会体制にあるような、権利や建前ばかり振りかざすのではなく、
ぬるま湯につかっているような保障に甘えるのでなく、
他(人や他の世代や体制など)に養いを求めるのでもなく、
生命の尊厳と引き換えに助けを求めるのでもなく、

もっともっと賢明になっていきたい。
自己責任で懸命にチャレンジし続け、
もっともっと自尊心と活力を発揮して、
最後の最期まで、ロマンを求めて実現し続けたい。

 

このように、立派な理想をかかげても、反面、現実は困難では・・・あ・・・る・・・が・・・

 

 

 

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