ラケットちゃんさんのつぶやき

ブルセラコスチュームで、あちらこちらに出かけてます。
最近は、主に富士山麓の山に登ったときの、雄大な富士山と、自身の写真をつけてます。
ブルセラアイドルの夢を見ながら、日常の現実に対するいろんな思いを綴ります。


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松下幸之助氏・池田大作先生とブルマ姿の創価学園生たち(SGIグラフ2014年1月号より)
 
いつもお越しいただいてありがとうございます。いつもいいねやぺたとありがとうございます。
立春を過ぎ、梅の花が咲き始めましたが、大雪が降ったり、インフルエンザやノロウィルス感染がさらに流行しています。どうかご自愛くださいませ。
 
池田大作先生と、松下幸之助氏は、私の尊敬する人です。

松下幸之助(1894-1989)
和歌山生まれ。松下電器(現・パナソニック)の創業者、社会活動家。
小学校を中退し、火鉢屋などで丁稚奉公。
関西商工学校夜間部に学ぶ。
18年、松下電器器具製作所を創立。一代で世界的電機メーカーに成長させた。
また46年にPHP研究所、79年に松下政経塾を創設した。
SGI会長との対談集「人生問答」を発刊。

関西創価学園に松下氏(右)を迎えて
SGI会長の教育事業に期待を寄せた松下氏は「この乱れた日本を救い世界の平和と繁栄を築いていく人は池田先生しかいません」と語った(1975年10月 大阪)

SGI会長「社会をよくしていくには、人間自身を変革していくことが根本です」
松下氏「会長のおっしゃる通りです。根本は人間です。人間をつくらなあきまへん。それが一番大事なことやと思います」


関西創価学園は、未来部の私にとって、憧れの的でした。交野の丘で、かなり電車を乗り継いで通うことにもなるし、貧乏だったから中学受験は断念させられました。創価学会の紹介状がいるなんて指導されちゃってさあ。
こんな一コマを見つけて、喜んでおります。
松下幸之助氏と池田大作先生、バックに並んで迎えているのは、ブルマ姿の体操服の学園生です。
お宝写真ですねぇ。
今から42年前。
彼女たちも、子育てを終えたおばちゃんたちでしょう。創価学会婦人部で、頑張っているんでしょうね。

池田大作先生と松下幸之助氏との出会いもさることながら、今回の注目は、バックに並んで迎えた体操服ブルマ姿の学園生です。
平成育ちの若い人たちは想像できないでしょうけど、私の中学時代は、体操服といえば、クラスメートの女子は白のU首シャツにノーコンのブルマ、男子は白のU首シャツにノーコンの短パンでした。
着替えは男女どちらかが交代で隣のクラスへ移動して着替えていました。体育の前後の授業などは、着替える時間がなかったりしたり、そもそも面倒だし、夏は制服では暑くて冷房もないので、女子はブルマ姿の体操服のまま、私はノーコンの短パンのまま、しばしば授業をうけていました。
恥ずかしいという子も中にはいたけど、みんな、当たり前のファッションだったから。


体育の授業だけでなく、教室でも、男子は短パン、女子はブルマの体操服で、机に座って授業を受けてました。
机を二つ並べて隣の女子は、セーラー服の長いスカートかブルマでしたし、私も詰襟の学生服でズボンか短パンでした。
思春期なので、お互いに異性を意識して、嬉し恥ずかしの期間でしたね。
短パンとブルマの違いは、太ももの裾にゴムがあるかないかだけで、下半身にぴったりなのは同じ。
むしろ短パンのほうがお尻に食い込んでいて前面のもっこりもあらわでしたので、元気に大きくなっちゃったら恥ずかしいから、よく自制してました。
男子は大きくなっちゃったら明らかにみんなからわかるのに、女子は変化がないからいいなあ。
大きなサイズに代えたら少しはましだろうけど、ハミチンの恐れが高まるしなあ。
第一、ビンボーだったから、別のサイズを用意する余裕なんてなかった。
冬は男女ともジャージになったけど、男子の体育の先生は年中短パンで筋骨隆々の姿だった。余計なことをしたり遅れて行ったりルールに従わなかったら男女差別なく体罰が待っていたし、ツッパリがいても素直に服従していましたね。
ペアを組んでた女子の体育教師は冬でもブルマとジャージが半々ぐらいだったわ。
男女別に別れての体育の授業はそれなりに厳しい訓練だったけど(だから体育なんだろう)、女子のほうをチラチラよそ見していると、いきなり平手打ちを食らったこともありました。
しかし、気になるのは仕方がありません。
多感な時代でしたから、クラスメートのブルマ姿は新鮮で可愛くって時には大胆で女の子らしくって女性らしくって・・・
しかし極めつけは、女子の体育教師の美人で豊満なボディと模範演技には魅せられましたねえ。
クラスの女子は比べモノにならなかった。まあ、当たり前ですか。
男子の視線をほぼ独占してたっけ。

でも、いらんこと言ってきたらほっぺたつまみあげるわよって感じだったし、ちょっかいだしたら承知せんぞお~という睨みが効いてましたねえ。ええ、主に男子の先生方から。
男子の体育の先生は、まさにみんなが目指すべき男の象徴といった体格と素振りでした。
俺に見習え!俺の真似をしろ!俺のゆうとおりにせよ!と、その場にいるだけで有無を言わさないオーラがあふれてました。
男子がちょっとでも女々しいしぐさをしたら、「そんなことでどうする!男になれへんぞ!お○ン○ン使いモンにならヘンぞ!」・・・と、ゲキがとんできましたねえ。

さらに恥ずかしいといえば、ブルマ姿や短パン姿そのものじゃあなくて、ハミパン(ブルマや短パンからパンツがはみ出ること)したり、短パンの場合、ぶらぶらしたものがそのままはみ出る(ハミチン)ことでしたわ。
特に男子は、ハミチンを防ぐためにぴったりのブリーフを穿いたり、今風のボクサータイプのパンツを穿いて、短パンをずらして(通称:腰パン)にしたりしてましたわ。
私は、自分の下着を選ぶ権利はなく、ママの選んだ白のブリーフを穿いていました。汚れた下着の洗濯はママの独占でしたから、自身の思春期や第二次性徴の様子までしっかり把握されていました。
ちなみに母親というものは、こうして子供の下半身まで管理するものなんですね。

ちょっぴり甘酸っぱい、見える角度によってはときめいたり落胆したりわくわくしたりといった時間でしたねえ。
皆が同じ姿だったから、短パンが恥ずかしいという気持ちは共有しながら超越していました。
女子も同様だったと思います。
体にぴったりな服を着て健康的な太ももや腕を露出することは、恥ずかしい気持ちと引き換えに無意識下に湧いている性的アピールを、社会のルールに従って自然な形で遂げていました。
それで心身ともに男性・女性になっていくんでしょう。個人的にも社会的にも。
男は男らしく、女は女らしく。
目標が決まってましたし、誰も疑わず、当たり前と思っていたから。
古い時代の管理教育の中に、こんな身近に、ローカルならではの、甘酸っぱいエロスがいっぱいありました。



思い返せば憧れの創価学園でしたけど、
父が日蓮正宗の檀家、母が日蓮正宗創価学会でしたから、創価学会未来部担当の先輩が、日蓮仏法を教えてくれました。
いかる(瞋)は地獄、むさぼる(貪)は餓鬼、おろか(痴)なるは畜生、てんごく(諂曲)なるは修羅、平らかなるは人、喜ぶは天・・・
五重の相対なんかで、日蓮正宗創価学会こそ、正しい宗教であって、それ以外は邪宗である。
幸福は、日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の題目しかありえない・・・
私は、小中学校時代から、こんな風に、友達にも言ってましたし、未来部の会合にも誘っていました。
成績も中の上ぐらいでしたが、貧乏で、様々な困難に直面したけど、この時代から信仰体験として、とても良い基盤を築くことができたと思ってます。

私は、小中学校時代、よくイジメにあいました。それというのも生来独りよがりで生意気でしたから。その上前述のように仏法対話してたら、当然に「えらそー」「生意気」と思われるのもやむを得ないですね。反抗期もあって。今の子は放課後や休日は、スマホやゲーム機に夢中で、主に屋内で遊んでます。だからイジメは加害者の姿がはっきりわからなくなり陰湿になる傾向です。
当時はそんな楽しいアイテムはなく、放課後や休日には主に屋外でグルーブになって遊んでいました。グループのほとんどは番長やスケバンが仕切っていて、それを傘下に収める上位グループがあって、グループ間の勢力争いなどもあって、どの傘下のグループに入っているか等、人間関係が重要でした。イジメにあうということはシカトとか村八分とかじゃなくて、ボディーへの直接的制裁でした。不良グループが跋扈して、生意気な人や先生に好かれる人に対し、陰で呼び出して見せしめや洗礼をやってました。
チビで腕力がなくケンカに弱くて、男のくせに女の子からもすぐ泣かされる反面、いつも生意気で傲慢な私は、当時流行った「なめ猫」にちなんでネコとかミケというあだ名で、月に一度~二度は洗礼を受けていました。
有難くも南無妙法蓮華経の題目を毎日唱えていて、諸天善神の加護があり、肉体的な致命傷はありませんでした。
涙を流して泣き声をあげたら、そのうち解放されました。恥ずかしい声をあげ、彼ら彼女らのなすがままに、体を委ねていたら、そのうち解放されました。涙を流すことは、現状を受容して昇華させる作用があることが、大人になって分かりましたが、こういう修羅場に適応するための本能でした。
でもね、いつもは仲良しの男友達や女友達が、決まってあるきっかけで加担しているから、後からごめんなさいって言われたり、他人にチクったらタダじゃすまヘンぞと脅かされても先生や先輩に言っちゃったりで、

イジメは、イジメる側が全面的に悪い!
南無妙法蓮華経
当時はこう教えられ信念として持ちながら耐えていましたが、社会に出ても同じような構造であり、結局のところ子供社会も大人社会の縮図に過ぎないことが分かりました。当の大人社会が変わらない限り、それを手本とする子供は変わるすべはないのでしょう。

中一の7月初め頃、6時限目体育の授業、続いて掃除当番終了直後、まだ制服に着替えてなかったけど、仲良しだったクラスの女子友達から「いいからすぐきて」と呼び出されて近くの大きな倉庫の裏へ行ったら、待っていたのは他高校を含む番長グループ6~7名でした。
この連中にあったのは初めてじゃあなかったけど、うち二人がスケバンで、剃刀の替え刃を手に持っていました。「よう、おまえ、えらそーにしとるやろ。わかっとるやろな。」「むかつくわ~」。まあいえば、不良グループからのありきたりな洗礼でした。すぐに逃げようとしましたが周りを囲まれ、小柄な私は胸ぐらつかまれて、一発二発腹パンチ、かがみかけたところへ膝蹴り。別の二人に抱え上げられ両手をあげて「暴力反た~い!」「おとなしくせー、ゆ~とおりにしたら痛い目はあわせへん」。

「タバコ吸え」「四つん這いになれ」「昨日えらそーに言ってたこと、もういっぺん言うてみ~」「ほんと、生意気やわ」「今まで悪いことしたこと、ここで言うてみ~」「言うだけとちゃう。ごめんなさい赦してくださいと言わんか~!」そのうち、スケバンが、定番の制服の超長いプリーツスカートを出してきて、「ようやく可愛くなったわ、これ、穿いてみ~。」
短パンの上からしかたなく穿いたら、「こいつ、チョー似合うわ~」
そしてスカートめくり(流行っていた悪戯)を・・・。一緒に来た彼女もスカートめくりされましたが、ブルマを穿いていて対策済みでした。「なんや、おもろない、わかってたなあ」
その後私は、「いてまえー」と言うや否や、数人がかりでスカートを頭上まで捲り上げて裾を縛り、袋にされました。茶巾縛り(ちゃきんしばり)ともいわれている、女子の間で流行った悪戯。
目が見えないまま、そのまま両肩を取られて、短パン下ろし(これも流行ってた悪戯)、パンツ(白のブリーフ)を見て「ダセー、こいつ、やっぱりマザコンやったわ~」
「おらあー、おとなしくせい~」前から後ろから、好きなように叩かれたりつつかれたり弄ばれました。ぐるなのか命令されたのか、私を呼び出した彼女からも、「カンチョー!」されました。
しばらくして疲れたのか、茶巾縛りから解放されたとき、私はわ~と泣いてしまいました。少し休んだ後、「これから本番や」「おらあ、じっとしとけ~、チカラぬいとけい~」再び茶巾縛りされ、パンツ脱がされ、鉛筆とか使い捨てライターとか指とかでいじめを・・・。
泣きながら耐えていたら、周りはますます面白がって、それに飽きたら、ブルマを穿かせようということになり、彼女が穿いていたブルマを穿かされました。
腰を持ち上げて「これが恥ずかしいはみパンや~」。カメラのシャッター音が・・・
見張り番が「やべ~」と言って走ってきて、倉庫の曲がり角の向こう側から他人の気配があったのか、グループは急いでスカートを私から回収して、退散しました。私は茶巾縛りから解放されたら、すぐ大人が来たので、そのまま急いで短パンを穿いて取り繕いました。「何してたんや」事情をきかれて咄嗟に、彼女と共に「二人で遊んでいました」とやり過ごしました。
大人が少し離れていった後、彼女はすぐに「命令されて、しゃー(仕方)なかった、ごめんなさい」と小声で言って、走って帰ってしまいました。
私は教室に戻って着替える時、そのまま彼女のブルマを穿いていたことに気づきました。
後日ママの目を盗んで洗濯してから、返そうと差し出したけど、「ブルマは捨ててください・・・。」
まあ、男子が一度穿いちゃったから、洗濯しても穿く気にはならないよねえ。いじめも含めて恥ずかしくて、結局だれにも相談できませんでした。
後日、彼女は、体育の授業が終わって教室に戻るとき、代えのブルマを穿いていました。私はこの女にスキを見ていきなり「カンチョー!」してやりました。このくらいのお返しはいいよねえ。その後逃げたけど、結局数人の女子に取り押さえられ、同じ仕打ちを十倍返しされました。その後も、彼女とはちゃんと仲直りして、彼女のグループとは放課後ふざけあう関係が続きましたが、2年になって、他校へ転校してしまいました。

ところで、このブルマ、捨てられなくて、しばらく隠し持っていたけど、ママにバレました。
盗んだのではないことを必死に主張しました。男兄弟2人だったので、でもいじめのことは言えなくて心配かけました。
それから約30年後の現在、悔しくて恥ずかしくて甘酸っぱい思い出、卒業アルバムとともに、大切な宝物となってます。
ブルマは、競パン(ビキニタイプの競泳水着)、テニスの定番の白のプリーツスコートやアンダースコートとともに、貴重な青春時代のアイテムでしたね。

当時、女子制服のスカートは膝丈以上長く、ツッパリといえば今の時代とは逆にスケバン刑事のような超長セーラースカートが定番で、たまに校庭でミニスカートといえばテニスのスコートぐらいでしたねえ。
もっともテニスは白のプリーツスコートが定番で、中が見えることを前提にブルマやアンダースコートを穿いてましたね。
セクシーアクションという写真雑誌が、昭和56年(1981年)サン出版から出版され、大い人気でした。
私はよく立ち読みをしました。お小遣いをはたいて2~3冊購入し、大切に持っていますが、
日常の運動やパレードなどの瞬間を素人が投稿した雑誌ですが、エロ本のように”やらしい”とか”わざとらしい”ショットではなく、日常よく目にする一瞬の幸せな瞬間を見事に集められていましたねえ。
以下、黒岳からの富士山写真です。

ちなみに、日本へ初めてブルマが採用されたのは、セーラー服とセットだったのです。
つまり、本来、セーラー・ブルマだったんですねえ。
以下、参考書等(*1~*4、コメント欄参照)により、まとめてみました。
「そもそもブルマーは、19世紀半ばのアメリカ女性解放運動の中で、女性をより活動的にするための服装として考案され、この服装改良運動の宣伝者だったフェミニスト、ブルマー夫人の名前をとって普及したものだった。・・・ブルマーとは、その起源においても、またわが国の普及過程においても、女性解放=「前近代的な存在である女性的なるものからの解放」のシンボルだったわけである。」
明治30年代より起こった女子体育のブームは「真の女性」の定義をめぐる論争まで発展したが、前近代的な価値観に押されて依然として体操服は和装(着物)であった。
大正末期に運動競技で自由に動き回れる洋装のものが和装に勝つことが示され、自由な身体運動が女学生の快楽・興味をもたらし、女性の身体についての伝統的な観念から葛藤を繰り返しながらも、洋装運動服化が進んだ。
「和服の着流しでは到底テニスはできません」
その後、女子体育の競技化が進み、ショートパンツ型が登場し、それを着用した選手が記録を更新し、運動服としてスカートは競技性で不利となり、
「こうして、決して股などの見えないように」などという通念は次第に消滅していき、大正10年代の数年の間に女子運動服は、和装からスカートを経て、ショートパンツ型へと一挙に変化していくのである。」
その良家の子女の股と太い脚が公衆の前面にさらされ、「ブルマー型・ショートパンツ型運動服は、わが国の女性の身体の歴史に画期的転換をもたらした。」
女子選手は支持を集めて次第にアイドルとなった。全国レベルだけでなく、「対外的には無名であっても、各地方あるいは各学校で崇拝の対象となっていたローカルレベルのアイドルが無数に存在していた」「運動熱の過熱に比例して、彼女らアイドルへ注がれるまなざしは、ますます熱烈なものになっていった」「女子運動選手が当時の女学生にとって、セクシャルな愛着の対象として選ばれることがしばしばあった」
あこがれのまなざしは「女子選手たちの「雄々しさ」、すなわち一種倒錯的な男性性、もしくは「脱女性性」にむけられていた」
「男性の女性に対する家父長制的な支配は、女性が男性に対して劣った存在であるというロジックによって正統化される。その場合にしばしばもちだされるのは、男性=理性的/女性=感情的、あるいは男性=文明/女性=自然というステレオタイプである」
「女子体育が近代化し普及するためには女性イメージを否定し男性イメージと結びつく必要があったというジレンマは、以上のように一般化することができるであろう(もちろん、このジレンマは、体育領域に限ることではなく、近代社会のなかで女性という存在が不断に直面しつづけてきた問題として、しばしば形を変えて指摘されてきたのだが)」*1

東京オリンピック頃、憧れのぴったりブルマーと、ファッション感覚も伴って採用し支持され、繊維業界の開発・発達もあり、ぴったり伸縮性のあるブルマーが人気となった。

ブルマーの思い出を一部あげてみる*1
「体にピッタリして伸縮性がありましたから、動きやすくてよかったです」
「ブルマーをベルトで締めて、少しでも足を長く見せようとしました。カッコよかった」
「あこがれのブルマーでした。中学生になったぞという気持ちでとにかくうれしかった・・・体育・部活以外にスカートのときパンツが見えないようにとよく活用しました。冬も暖かいので着用しました」
「カモシカのような足の長い先輩がとてもカッコよく短めのブルマーをはきこなし、みんなの憧れの的でした」
「小・中・高とすべて男女共学だったが、足を全部見せるのには抵抗はなかったし他人の目が気になることもなかった。ミニスカート全盛期だったからかもしれない。陸上をやっていたので走ったりするときはハーフパンツより動きやすかったと思う」
こうしたプラスの反面、マイナスの思い出が多くある。
「体にぴったりだったのでおしりの形がそのままなのでいやでした」
「足全体が出て、おしりの形もそのままわかるため恥ずかしかった」
「ちょうど太ってきて、ブルマーが小さく、おしりがはみ出てとても恥ずかしかった。はみパンもイヤだった。共学だったので、気にしてばかりいた」
「マット運動で足を開くのがとてもいやだった」
「友達で、特に太っている子など、体形そのまま出るので、なんとなく気の毒に感じた。男女共学なので、男子の目が気になった」
「体のラインが出ることに不快を感じていた」

女性は開放的ファッションによって身体を解放した。それは羞恥心と好奇心との表裏一体のものであった。ブルマーは体形がそのまま出るので、自分の体を誇る一方、恥ずかしさを伴った。さらに下着の線や下着のはみだしも恥ずかしかった。しかし自分の感情を公の規則に対抗させることはわがままとしてはばかられて、公にも無視され、秩序が乱されると受け入れられなかった。

女性の下着ショーツのミニ化、伸縮性がさらに発達し流行しておしゃれになり、ハイレグのブルマーも出現した。
時代が進み社会が豊かになるにつれて、人権意識や情報の進歩で、羞恥心を大きく受ける者とそうでないもの、可愛さをアピールできるものと・・・精神的個体格差が広がりつつあった。
朝日新聞にある生徒の投稿に対し、「ブルマー姿になると、男性の視線にさらされるのが嫌、ということだろうが、彼女たちのとった行動は、あまりにも偏執的といわざるを得ない」「スポーツの世界では、記録の向上に向けてより軽く、薄くの方向に向かっている。ブルマーの方がトレーニングズボンよりはるかに機能的だ」「大勢で行う体育の授業にそれを着用するのに抵抗感があるとは思えない」という投書もあった。
ブルマーに対する羞恥心は当初からあったものの、およそ20年にわたって学校で採用され続けたのは、「羞恥心を公に表明することへの抑止力が働き、かつその抑止力に社会的合理性が認められていたからだ」「羞恥心を堂々と表明するこを促進する力が働いていなかったからである」*2
「かつて、学校は生徒に対してはっきりした権力関係を保持し、またその枠のなかで教師も生徒に対してはっきりした権力関係を保持していた。制服はそれを示すためのシンボルという意味をもっている。だからそれは、この権力関係の強さに応じて必要性が高く、しかもその関係を明示できるくらいに強力なものである必要があった。・・・*2

ビニ本であったアダルト本や大衆の中に成人雑誌が売り上げを伸ばし、性の商品化が並行して進む。1980年代からフェミニズム論の中で活発に論議された。
橋爪大三郎は「売春のどこがわるい」という論文の中で、「売春は性的サービスの売買」といい、風俗産業は社会的な強制(搾取)から女性の自由意思による性労働へと変化していると指摘する。
確かに生き延びるための売買春もあるし、それに従事する女性は性的奴隷であって解放されるべきという見方もある。しかし、セックスワーカー自身が強制ではなく自己決定によって職業を選択したことを主張した。このことは「産む/産まないは私が決める」という、女性たちの妊娠・出産・中絶に関する自己決定権を得る歴史に連なる。
売買春も労働となるなら、旧来の性規範を容易に封印できた女子中・高生たちは「売る/売らないは私が決める」と自己決定権を主張し、単なる高額商品としてブルマーや制服を売って小遣い稼ぎをした。
彼女らは、「販売のどこがわるい」と言わんばかりに、性的接触につながるわけでもなく、迷惑を誰にもかけず、購入者からは逆に喜ばれ、高額の現金が見返りに得られた。
ダイヤルQ2の普及で起きたテレクラブームと並行して、ブルセラブームが爆発した。そして裏で援助交際が広まり社会問題化していく。
豊かになって価値観が多様化していき、同時に彼女らを子供として保護すべきとする近代家族観も薄れつつある中で、旧来の女子中・高生の清純なイメージは崩れ、未成年のグラビアアイドルが人気となって、性的な存在であることがすっかり定着した。
性的であってはいけないのに性的であることが魅力だった、女子高生=清純というフィクションが前提となっていたブルセラ写真投稿誌は、逆に売り上げを落としたという。見た目と現実のギャップ、あるいは平均的なものからの違いが個性の魅力いうのとしたら、その乖離こそが周りにとっては価値であり商品性を帯びる。だからその幻影を打ち壊して実態を暴露してしまえば価値は消滅する。見えそうな女性のスカートの中を男性が自分にとって魅力的なものと妄想する原理と同じで、見えてしまえば期待外れのこともあり、見える状態がずっと続いてしまえば魅力的な妄想が壊されてやがて価値がなくなる。グラビアアイドルも脱いでしまえばアイドルとしての価値が消滅し、恋人同士でも結婚してしまえば理想の恋人としての価値が消滅するのと同じで、結果として思いもかけなかった隠された現実と否応なく向き合うことになるのである。
ブルマは体操服だけでなく性的アイテムの意味をもち、盗難や盗撮の対象となり、ブルマの体育祭などのビデオが全国に流通した。
これよりかなり以前からも、日暮れから営業のアダルトショップでは匂いのついた女子学生の下着や制服を売っていたので、必ずしもブルマーだけが性的アイテムというわけだはなかったが。
他方で、旧態依然とした学校では、性教育としてあくまで純潔を基本に性行動の管理・指導が続けられ、結果ブルセラや援助交際を取り締まる発想に終始し続け、校則や教師の権力でブルマを体操服に指定する意義が次第に薄れていく。
更に人権意識、とりわけセクハラ意識が広がって、羞恥心を理由としてブルマ着用に反対する主張や運動が、次々にマスコミに取り上げられて社会問題になっていく。
「私たちは履きたくないブルマーを履かされています。これは人権問題ではないでしょうか。」作新学院の女子生徒が授業の一環として宇都宮裁判所に行った際、裁判官にこう質問した。東京小金井市議会では女性市議が、廃止すべきではないかと質問をした。

この頃、日本の女子のバレーボール・バスケットボールや、世界レベルでのトップアスリートたちが、1960年代の東京オリンピックの頃と違って、ブルマでなく短パンで競技していたことなどは、これよりレベルが劣る学校体育において、ブルマーの機能へ固執する正当性を失わせた。
シンガポールの日本人学校において、赴任した「女子」の体育教師が、体操服をブルマーに統一し、ブルマー着用を強制したことが女子生徒から反発を受けトラブルとなり新聞記事となった。校長は「99%の生徒が従っているのに、1%の生徒が従わないのはわがままだ」と、あくまで方針を貫こうとした。
これを見て、精神科医で後に民主党衆議院議員になる水島広子氏が投書で、女子生徒に対してはセクハラ、地域住民に対しては戦前の侵略者態度だ、と強烈に批判した。
「女子生徒の身体の一部を強制的に露出させる事柄である以上、問題は明らかなセクハラである。・・・ましてや海外、生徒自身への配慮はもちろん、こうした地域文化への理解は、海外日本学校として当然ではないのか。・・・戦前の植民地教育が、どのような思想の下に行われたのか思い出していただきたい」*3
「朝日新聞」はその後、女子中学生と31歳の牧師の意見を掲載した。
「私たち大部分の生徒は、ブルマーを嫌がっていると思います。下着と同じかたちで、ボディーラインがはっきりと出るうえ、足の付け根まで見えてしまうのですから」*3
学校周辺がイスラム文化の人々の居住地であれば、肌の露出によるランニングは、現地の人の価値観を無視し、見下した行為とみなされ、その土地の公序良俗に反する。」*3

これ以降も、他の新聞社もブルマーに関する保護者の声や学校の姿勢の報道が重なり、ブルマー着用の強要がセクハラとして訴えられ、いつ自分たちが被告として法廷の場に立たされてもおかしくないという危機感が学校に広がっていった。一旦セクハラ概念と結びつけられた以上、抗議の声に学校としても対抗できなくなっていく。
こうして、長い間無視・抑圧されてきたブルマー拒否への要望は、セクハラ概念の浸透を背景にようやく受け入れられ、学校ではブルマー廃止へ一気に進むことになり、男女平等の観点からハーフパンツが採用され、今に至っている。

「ブルマーのイメージは、20世紀を通じて全くの対極を揺れ動いてきた・・・大正期における女性解放(=女性なるものからの解放)の象徴から、現代における女性への抑圧(=男性の欲望のまなざしによる、女性の性的身体の商品化)の象徴へ、である。」*1
女子運動服としてのブルマーは「脱女性性(女性解放)」というイメージの下で急速に普及したが、現代に至り「女性性(女性の性的身体)」のイメージを獲得して消滅した。
「近代日本におけるブルマーの歴史は、女性とその身体の近代化をめぐる、抑圧と解放のジレンマを読み解くための格好の素材を提供しているのである。」*1

このような抑圧と解放のジレンマは、いたるところに見られる。
たとえば一般認識は乏しいが、ブルマをタバコ、羞恥心の主張を嫌煙権や副流煙の被害者意識と置き換えれば、医学的な肉体的エビデンスを背景に、病院や家庭内や職場から、しだいに喫煙者が精神的社会的に抑圧・阻害されていく構図が見えてくるであろう。おかげで喫煙率は減少した。
他国では、ポリティカル・コレクトネスを覆したアメリカ国民の主張なども、その反動なのだろう。女子生徒の間でも、スマホ保有やスクールカーストからの抑圧など、いたるところに存在し続けている。

こうして、ブルマが教育現場から消えた後も、女子中・高生が性的商品である意味は、ますます高まり、携帯やiモード・インターネットのアダルトサイトや出会い系サイト・掲示板などを通じて、下着・運動着・制服を売るのみならず、援助交際や性風俗産業で収入を得る流れが一般化し問題となって久しい。それ以降アダルトDVDでも女子中・高生を題材としたものが人気である。昔のビニ本で出てくることはめったに無かったことが・・・。
萌え文化にのって出てきた同人誌もアダルト漫画とともに、有害図書に指定されていった。
バブル崩壊後も科学技術の発達・社会インフラの整備などで時代はますます豊かに便利になっていったが、これか同時に油となって、便利さへの渇望・自由への欲望の炎は、青天井に際限なく人権として認められていく。家族や地域などといったローカルな共同体をまもり共生するには、自身の欲望を犠牲にし自分が嫌なことにも協力したり忍耐を要するが、人権・男女平等・被害者意識・弱者救済意識の高まりなどを背景にして、結局のところなおざりにされて崩壊していく。
そこから仲間はずれや支援を得られなくなった人は地下に潜って貧困化していく。
こんな中で、セックスワークに関わる女子中・高生が更に増え続け、崩壊しつつある家族や学校での権力における保護・管理も実質的に無力化して、行政による支援・救済も十分に行き届いていない。
ブルマーの廃止は、問題を解決したわけではなく、問題そのものを単に隠ぺいしただけに過ぎなかったのである。
思春期の、自身の第二次性徴に伴い異性への関心は、羞恥心だけでなく好奇心や目を引き求めたいという本能の芽生えである。
体育の授業は、文字通りの肉体の育成だけでなく、純潔教育・男らしさ女らしさなど、社会が要請するバランスの良い精神の育成をも引き受けていたにちがいない。
人権意識や男女平等・ジェンダーフリー・セクハラ意識などの、社会的変化の中で、羞恥心からの解放を勝ち取った青年たちは、それと引き換えに保証されていた性的好奇心や欲求の発露の一機会を皮肉なことに自ら封印してしまった。
ブルマを可愛いとして積極的に着用していた子たち。
その後も少なからずいるであろう、この人たちの後輩は、学校生活の時期に、ブルマを穿くことで自身の肉体の女性らしさ・可愛さを主張し、男子の目(女子からの男子を見る目=同じ女としてのライバルとしての目)をひくことがなくなった。

しかし、ハーフパンツに変わった後、まもなくスカートを極端に短くする、ミニスカートがファッションとして流行している。ミニスカートは、これによって自らの女性的成熟を主張し、押し付けられる校則などの一般社会的規範への反抗を示すアイテムとして、有効に機能している。股下すれすれの子も多くなりました。
やはり、思春期以降は異性に見られたい。無意識下に厳然として存在する、性的本能の発露でしょう。
実は女性が女性を見る目も、セクシーな点を見るのは女性目線ではなくて、男性(としての)目線と指摘する人もいる。漠然とした相手に競争意識を抱く。「女の敵は女」といわれていますが、これは、男の敵は男女を問わない社会的客観的な指標による競争相手であるのに対し、女の敵は本能としての女であること、つまり女性らしさ、性的な女性としての競争なのでしょう。このような少なからぬ学者の指摘がある。
ミニスカートをはくことで、自然と女性らしい歩き方や素振りも身につけていく。

大自然の変化や社会的な流れの中には、対立する権力が数多く存在している。
「ファッションに関するジェンダー研究は、女性の抑圧か解放の二つの方向性しかなかった。しかしいまでは、抑圧/解放の二項対立ではなく、ファッションを文化的実践ととらえ、「日常の社会的実践がどう営まれているかを見ること」が重要だとされている」*1

女性が「ミニスカートをはく理由」についてのある調査結果を見ると、女性は「かわいさ」45%、「異性を意識して、あるいは異性から注目を集めたいから」17.2%、「自分に似合う」17.2%、「流行」15.1%、「彼(あるいは好きな人)の趣向にあわせて」5.5%
男性からの推測では「かわいさ」29.9%、「異性を意識して、あるいは異性から注目を集めたいから」35.4%、「自分に似合う」16.0%、「流行」16.6%、「彼(あるいは好きな人)の趣向にあわせて」2.1%
男女間での意識の差はあるものの、全く性的主張がかかわっていなくはないようす。男性は「かわいさ」で自らの服を選ぶわけはなく・・・
ミニスカートは意外と中が見えているものです。
こうした「パンチラ」、ともすれば「パンモロ」、痴漢などのリスクも、承知の上で?・・・。

しかしなんといっても女性のミニスカートは魅力的です。年齢を問わず美しいです。
(男性だって、体毛を処理すればミニスカートも魅力的です)

ブルマをスケープゴートにした学校側や父兄たちも、制服のスカートを巻き上げ超ミニスカートにして登下校する女子の風紀対策に手をこまねいている。それどころかかなりの部分は既に放棄されている。
反面、以前にも増して、援助交際や使用済み下着と抱き合わせ販売の制服が流通し、女子校生を扱ったアダルトDVDやサイトも多くなっている。
前世紀では古い時代意識の学校に管理を任せることができた性管理も、人権意識で打ち壊して自立を主張することは、結果も含めて自らの責任で自己管理を要求される。

かくして、JKの太ももが風の強い日や寒い冬でもオールシーズンで見られるようになって、パンチラだけでなくJKPMにお目にかかれるのもまれではないし、痴漢・盗撮犯罪も日常茶飯事、その冤罪すら問題になっている。
ただ、性的な男性にとっては喜ばしいことこの上なく、街を歩くだけで嬉しいウォッチングになっているかも。

何事も、古いものの抑圧から解放されようと、努力されていくものです。
ブルマも、採用当初は、女性の解放でした。その流れでスタイリッシュなショーツ型のぴったりブルマーがファッションとなって採用されました。
それが時代が進んで90年代には多くの女子学生のある部分のみを抑圧するアイテムとなり、ブルマや短パンがハーフパンツにかわってから、同時期に性的羞恥心と性的願望や好奇心を培う機会が少なくなり、男も女もユニセックス化しています。
草食男子・肉食女子の出現、三次元はダメで二次元OK(アニメやフィギュアへ性的願望の発露を求める)の出現などです。
アニメの女性キャラは、ほとんどがミニスカートや水着ライクですねえ。

安室奈美恵さんがヒット曲を連発し、アムラーと称される若者ファッションが大流行したことも一例です。
ブルマが教育現場からエスケープゴートになる時をほぼ同じくして、1995年以降、安室奈美恵のスレンダーなボディに生足のミニスカートは、多くの女子学生にも支持され憧れとなりました。

同時に、秋葉原では萌え文化が芽生え始め、漫画やゲームの女性キャラクターの多くがミニスカートに制服、メイド喫茶やコスプレイヤーが生まれてきました。
ブルマは暗い性的アイテムだけでなく、萌えキャラやコスプレイヤーの「明るい」アイテムとして、定着しています。
また、以前からのようなパンチラ対策や見せパン、あるいは防寒対策として、年を問わず女性のスカートの中に生き続け、チアリーディングや陸上スポーツの一部にも、形を変えて支持されています。
一方ではアダルト分野に女子校生が性的商品として人気を確立しているのは事実であるし、それは当の女子校生だけでなく学校や父兄など世間一般に自覚されているところですが、
他方には、売買される商品としての性的なものではなく、写真家の目のような、性としての美を追求することに価値を置く芽も併存していたことを示唆してます。*4
萌えキャラやコスプレで男女が穿くブルマは、当の本人だけでなく世間一般のうけも、いわゆる「いやらしい」目ではなく、神聖なモノに陶酔すべき対象の一部分として見なされている。
たしかにある時は自身や他人の性的満足を得る要素も幾分あるだろうが、それだけにとどまらない。水着愛好家、ビキニ愛好家などと同じように、自身の趣味の対象となっている。
これらもすべてフェティシズム(性的倒錯)とみるのは誤りでしょう。

こうして、セーラー服とともに私の憧れのスタイルだったブルマ姿は、残念にも抑圧すべき性的商品として学校から消し去られたけど、アニメの萌えキャラやコスプレイヤーの間で、自発的積極的に明るいアイテムとして広く支持されています。
権力や規則による強制ではなく、自己実現への発露として自発的に選ばれていることは、むしろ喜ばしいことです。
しかしなんといっても、ブルマが醸し出す、他からの抑圧と自身の解放(=実現)という独特のイメージは、このような過去の歴史が不可欠な要素であることは間違いありません。
私も、自己実現への演技をずっと続けていきたいと思っています。

ところで精神科医中嶋聡先生が著書「ブルマーはなぜ消えたのか― セクハラと心の傷の文化を問う」*2で指摘するように、セクハラ、行き過ぎた人権意識や男女平等意識による被害者帝国主義(*2)の蔓延が、現在の様々な一方的強迫観念を煽り、多くの社会的軋轢を引き起こして、生活が生きづらくなっているのも、事実だと思われます。
和をもって尊しとする日本人らしさや伝統的な家族意識、男らしさや女らしさなどをはじめとする伝統的価値観が排除すべき標的となっていて、人権意識や自由意識、グローバリズムや民主主義の理想を笠に着て、さまざまなハラスメントが生まれてきています。
その対立する強迫観念の片方のみを、被害者の観点から暴力と煽る人たちもいます。

最近のような男女平等・ジェンダーフリーの主張を貫くなら、男子の制服を女子が着用したり、この逆も、これらのミックスも可で、体育や労働の場や、極端に言えばトイレなども同一となるでしょう。そうすれば性的マイノリティや同成婚や家事子育ての問題なども解決するでしょう。セクハラ意識は男性が被害者になることも同数でてくるでしょう。

著者はイジメやセクハラ、過労死、医療訴訟問題など、かつては中立的で全体的に公平な観点で見られていたことが、次第に被害者・弱者にのみ審判者が偏るようになっていると指摘します。(*2)
そういえば、社会問題を解決するためには重要な観点が、建前上では自由競争(勝者と敗者を是認する)を、対立が起きれば強者に対し弱者被害者救済を強いる、というダブルスタンダードとなっていて、何をするにもしづらい、生きづらくなっている感じがします。
公から私的な社会的活動にわたるほぼすべての場面で、マニュアル化・ガイドライン化されたものから外れることが許されなくなっているのも、事実です。

個人の精神の確立や責任能力の向上を伴ってないのに、個人的自由や人権のみを強調し、ケースバイケースの柔軟なローカルなルールで成り立っている小さな組織や地域や家族に至るまで、後になって多数決の市民社会ルールが部外から持ち込まれ、結局、それらの組織やコミュニティが崩壊しつつあるのでしょう。
個人情報保護法などは立派な法律ですが、運用面で柔軟性が必要であり、これには自立した個人の確立や責任能力の向上があってこそ可能になるものです。
建前だけに終始し、地域のコミュニティを一層希薄にし、助け合い精神の伝達が困難になって、災害救助の妨げ、DVやストーカーなど、陰湿な犯罪の温床にもつながっているのはなぜでしょうか。
これは、結局のところ、体制が整って社会が便利になっても、一人ひとりの人間的成長がともなわないかぎり、新たな問題が再生産されて循環するのみであることを、示唆しています。

世界に二人として同じ人間がいないように、人の営みも、自身の肉体的精神的条件や時代・場所などの環境が常に変化しているから、全てにおいて異なる。だから、問題が生じたらケースバイケースの柔軟な対応が正解であるわけで、それを乗り越えるためには、それなりの人間的力量が試される。それを、一部分の人が十把ひとかけらにした市民社会のルールを、後から問題解決のために一方的に水戸黄門の印籠のように振りかざすことに終始したら、多くの人はそういう事態を予め避けようとして、ますますマニュアル的な対応しかできなくなっていく。社会体制や法律を整備・改正しても、それによって新たな問題が再生産され陰湿化していくのは、いくら環境を良くしても人間の向上を伴わない限り、根本的な解決にはならないことを雄弁に物語っています。
 
個人主義と利己主義(「人生問答」1975年より)

池田
西欧の個人主義の伝統は、その根源をたどれば遠くアリストテレスのペルソナ(人格主義)の思想にその揺籃(ようらん)を認めることができます。個人主義は、その後、西欧において幾多の試練を経ながら今日の社会に根づいたわけですが、このよき伝統が利己主義と混同されてきた面も指摘されはじめています。個人主義と利己主義との混同を避けるには、人間としてどういうことに注意していけばよいでしょうか。

松下
個人主義というのは、個人は非常に尊いものであるという考え方だと思います。そのことは大いに認めていいし、また認めなくてはならないでしょう。しかし、一人の個人が尊いということは、同時に他の個人も尊いということになります。
ですから、本来の個人主義は、いわば他人主義にも通じるわけで、そこで初めて共同生活が公平に成り立つのだと思います。つまり、お互いの共存共栄が実現してくるわけです。
けれども、利己主義というものは、自分の利益をまず主と考え、他人の利益をあまり重んじません。そして、自分がそうなれば、他人もその人の利益中心に考えますから、共同生活が成り立たないか、あるいは成り立っても非常に低調である貧富の偏った姿になってしまうわけです。
個人主義は、個人を立派にすることを考える、同時に他人の個人主義を認め、ともどもにみがいていこうということでよりよい共同生活が生まれてくる。けれども利己主義は自分だけを大事にするから好ましい共同生活の所産が生まれてこない。だから純正な個人主義は尊ぶべきものであり、利己主義は排すべきすべきものである、そういった個人主義と利己主義の区別をお互いにはっきりわきまえていかなくてはならないと思います。
けれども今日では、ご指摘のように、この二つが混同されて使われているきらいがあります。自分のことしか考えない人間を指して、われわれは不用意に「あいつは個人主義だ、けしからん」などと、利己主義に通じるようなニュアンスで話すことがあるようです。そういうところから、個人主義すなわち利己主義だといった誤った考えがまかりとおってしまう場合があるのだと思います。
ですから、そうではないのだ、個人主義とはこういうもので非常に好ましいのだ、利己主義は自己中心主義で排すべきものだ、という画然とした違いを、お互いにつね日ごろから知っておく必要があるでしょう。さもないと、個人主義が誤り伝えられて、利己主義に変貌してしまうおそれもあります。
そのためには、やはり、そういった個人主義、利己主義の本質というものが、教育の初歩から教えられることも、きわめて大切なのではないでしょうか。

SGI会長「社会をよくしていくには、人間自身を変革していくことが根本です」
松下氏「会長のおっしゃる通りです。根本は人間です。人間をつくらなあきまへん。それが一番大事なことやと思います」

人間が向上することが大切である
この視点は、見事に光っています。
SGIは、日蓮大聖人の南無妙法蓮華経を根本に、人間の向上(人間革命)の輪を世界へ広めています。
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