ラケットちゃんさんのブログ

ブルセラコスチュームで、あちらこちらに出かけてます。
最近は、主に富士山麓の山に登ったときの、雄大な富士山と、自身の写真をつけてます。
ブルセラアイドルの夢を見ながら、日常の現実に対するいろんな思いを綴ります。


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いつもお読みいただいて、ありがとうございます。
ペタやいいねを、いっぱいつけていただいて、本当にありがとうございます。
まだまだ残暑は厳しいです。
熱中症や風邪には、気を付けてくださいネ。

今回は水着(ビキニ)画像があります。

不快に感じる方はスルーしてください。

これからも、よろしくおねがいします。

 

 


某年8月、また、江の島が見えるビーチにやってきました。
ここは広くて、都心から気軽に行ける、人気のビーチ。
小田急、新宿駅から快速急行で1時間弱、藤沢駅で乗り換えて6分、片瀬江ノ島駅を降りて、竜宮城のような駅舎の前は狭いけど賑わっている。これを左に向かって橋を渡り、国道の下の地下道を潜り抜けたら、ビーチはすぐ。

江の島の桟橋を挟んで、右と左に分かれている片瀬西浜・片瀬東浜。
西浜は湘南の海へ、東浜は腰越浜へ、連続して続いている。

 

 

この年も、八月は、若者や家族連れで大賑わいだった。

海の家の兄ちゃん姉ちゃんが、楽しく声をかけてくる。
桟橋に近いほどパラソルやシートで混雑している。
一人なので、混んでいるところは、少しバツが悪い。
江の島を見ながら、少しずつ腰越のほうへ歩いていく。

ようやく、人のまばらなところにきて、一畳くらいのシートを敷いて、ショルダーバックを置き、水着になって、UVカットクリームを塗って、遠くの海を眺める。

いいなあ。
やっぱり、海はいいなあ。
水平線に溶け込んでいきたい。
命が洗われるような感じ。

 

サーフィンを楽しむ人、レスキューの訓練をする人もいる。


人気グループのサザン・オールスターズが好きだった。
ヒット曲、HOTEL PACIFICを思い浮かべた。
ここを舞台として、夏の浜辺の恋をうたっている。
私の好きな歌。

「ギラギラ輝く太陽が
時代の片隅へ堕ちてゆく
錆びれた海辺の国道(ルート)には
今もセピアの幻影(かげ)が揺れてる
・・・
八月の濡れた誘惑が
水着の奥まで沁みたとき
江の島にかかる桟橋で
恋の花火が浮かんで消えた
・・・
風に燃える陽炎(かげろう)みたい
空と海の偶像(アイドル)・・・
・・・
夏の太陽が ああ 燃え上がる to me
愛・・・渚に今日も
寄せては返すでしょうか・・・」

 

う~ん、現実をしばし離れて、こんな気分になれるのもいいなあ。

 

また、桑田佳祐さんの、波乗りジョニーも、大好き。
コカ・コーラのCMソングにもなってた。


ジャケットのイラストは、ローアングルからの、水着のお姉さん。
このアナログ盤(透明のユニークな12inch)には、イラストの水着(ビキニ)が付いている。
私は、これをリサイクルショップで手に入れたが、検索すればアマゾンにあった。

ヤフオクにもあるねえ。
その他、かなりヒットします。画像リンク
ひもで結ぶタイプのビキニなので、フリーサイズ。
かなり大胆でセクシーだあ。

さあ、コスプレでっすぅ~
私が着用するには、かなりの工夫を要するが、チャレンジ
私も、これを着て渚に立ってみた。

わぁ~い

迷惑千万だなあ~

 

うひょひょひょ~

その他にも、チャコの海岸物語では、
「烏帽子岩が遠くに見える・・・
浜辺の天使をみつけたのさ・・・」

私には、ほど遠いなあ。

 

海の家で、ドリンクを。

夕方5時を過ぎて、海の監視の人たちが引き上げても、まだにぎやかですねえ。

アイドル気分ねぇ~

 

やがて夕日が沈む、
風も穏やかになる。
黄昏。

さだまさしさんの曲「夕凪」のなかに、
「今は、こうして膝を抱えて、寄せては返す波の思い出に、身を任せていよう・・・
海猫たち、もうお帰り 僕も砂を払おう・・・
やがてここにも風は戻って、陸から海へとまた、くり返す くり返す くり返す・・・」

いいなあ。

寄せては返す・・・波・・・
また日は上る・・・
大自然のリズム・・・

 

帰りは、19時過ぎの、ロマンスカーに乗って帰ります。
全席指定、ゆったりです。

 

 

8月15日付近は、お盆休み。
毎年、お盆では、みんな、亡くなった父母や先祖の霊を供養する。
私も、みんなで集まって供養してきたところ。
以前は、大阪へ、また田舎の高知へ帰って、あったこともない人もいる親戚一同で、お坊さんを呼んで供養したのを覚えている。
もう私は、同志の皆さまとともに供養している。
どこでやっても科学的には同じ。
大自然・地球はつながっているから。
最近は、ネットでウェブ供養というのもある。

 

日本には、いろんな形式があるけど、その本来の意味と、崇高な目的を、きちんとアピールしているのは少ない。
これをちゃんと踏まえていれば、お墓がどこにあっても、供養をどこで行っても、効力は同じ。
いつもきちんとまとめておこうと思っていたので、この機会に。

盂蘭盆について、日蓮大聖人が解説したお手紙がある。
原文(斜線)と、私風現代語訳(太字)を、区切りごとにあげてみました。

 

 

盂蘭盆御書 治部房祖母への書

コ牙一俵・やいごめ・うり・なすび等仏前にささげ申し上候畢んぬ。
盂蘭盆と申し候事は仏の御弟子の中に目連尊者と申して、
舎利弗にならびて智慧第一・神通第一と申して須弥山に日月のならび 大王に左右の臣のごとくにをはせし人なり、
此の人の父をば吉懺師子と申し母をば青提女と申す、
其の母の慳貪の科によつて餓鬼道に堕ちて候しを目連尊者のすくい給うより事をこりて候、
其の因縁は母は餓鬼道に堕ちてなげき候けれども・目連は凡夫なれば知ることなし、
幼少にして外道の家に入り四ゐ陀・十八大経と申す外道の一切経をならいつくせども・いまだ其の母の生所をしらず、
其の後十三のとし舎利弗とともに釈迦仏にまいりて御弟子となり、
見惑をだんじて初果の聖人となり修惑を断じて阿羅漢となりて三明をそなへ 六通をへ給へり、
天眼をひらいて、三千大千世界を明鏡のかげのごとく御らむありしかば、
大地をみとおし三悪道を見る事冰の下に候魚を朝日にむかいて我等がとをしみるがごとし、
其の中に餓鬼道と申すところに我が母あり、
のむ事なし食うことなし、
皮はきんてうをむしれるがごとく骨はまろき石をならべたるがごとし、
頭はまりのごとく頚はいとのごとし腹は大海のごとし、
口をはり手を合せて物をこへる形は・うへたるひるの人のかをかげるがごとし、
先生の子をみてなかんとするすがた・うへたるかたちたとへを・とるに及ばず、
いかんがかなしかりけん。

 

 

米一俵・やきごめ・うり・なすび等を御仏前におそなえいたしました。
盂蘭盆ということについてのお話は、仏の御弟子の中に目連尊者という人がいました。
彼は、舎利弗とならんで、舎利弗は智慧第一、目連は神通第一といって、それぞれ須弥山に太陽と月が並ぶように、大王の左右に並ぶ大臣のような存在でした。
この人の父を吉懺師子とい、母を青提女といいました。
その母が生前の「慳貪の咎」(欲が深く物を惜しんで人に与えないこと)によって餓鬼道(という世界)に堕ちていたのを、目連尊者が救い出したことから始まっている物語です。
その因縁は、母は餓鬼道に堕ちて嘆き苦しんでいましたが、目連尊者は、はじめは凡夫なので知ることもありませんでした。
目連は幼少にして外道の家で修学して、四韋陀・十八大経という外道の一切経を習い尽くしましたが、それでも母のいる所が分かりませんでした。
その後、十三歳の時に舎利弗とともに釈迦仏に参り、弟子となり、見惑を断じて初果の聖人となり、阿羅漢となり、修惑を断じて阿羅漢(声聞・縁覚の悟り)となり、三明六通を得ました。
そして天眼を開いて三千大千世界(全宇宙)を、明鏡に影を映すようにして御覧になって、大地の下を透視して三悪道を透視する様子は、私達が、氷の下で泳ぐ魚を朝日に向かって通し見るようにでした。
その中の餓鬼道というところに自分の母がいたのです。
その姿は、飲むことも食べることもできない。
皮膚は金鳥の毛をむしりとったようであり、痩せ衰えて、骨は丸い石を並べたようであり、
頭は鞠のように、首は糸のようであり、腹は大きく大海のようでした。
口を張り、手を合わせて物を乞う姿は、飢えた蛭が人の香をかぎつけているようです。
そして、先生の子(目連の姿)を見て泣こうとする姿、飢えてひもじい様子は、たとえようもなく、
目連はどんなに嘆き悲しく思ったことでしょう。

 


法勝寺の修行舜観が・いわうの嶋にながされて
はだかにてかみくびつきにうちをい・
やせをとろへて海へんに・やすらいて
もくづをとりてこしにまき
魚を・一みつけて右の手にとり口にかみける時、
本つかいしわらわのたたづねゆきて見し時と、目連尊者が母を見しと
いづれかをろかなるべき
かれはいますこしかなしさわまさりけん。

 

かの法勝寺の執行であった俊寛が、硫黄の島に流されて、裸の体に、髪が首つきをおおい、痩せ衰えた姿で海辺をさまよい、藻くずを取って腰に巻き、魚を一尾見つけて右手でつかみ、口で噛んでいる時、元仕えていた童子が訪ねてきて、その姿を見た時と、目連尊者が母を見た時と、どちらが愚かで、哀れでしょうか。
目連のほうが俊寛のそれよりも、いま少し、悲しみが勝っていたでしょう。


 

目連尊者はあまりのかなしさに大神通をげんじ給ひ・
はんをまいらせたりしかば、
母よろこびて右の手にははんをにぎり
左の手にては・はんをかくして
口にをし入れ給いしかば、
いかんが・したりけん
はん変じて火となり・
やがてもへあがり、
とうしびをあつめて火をつけたるがごとく
ぱともへあがり、
母の身のごこごことやけ候しを
目連見給いて、あまりあわてさわぎ
大神通を現じて大なる水をかけ候しかば、
其の水たきぎとなりて
いよいよ母の身のやけ候し事こそあはれには候しが、
其の時目連みづからの神通かなわざりしかば・
はしりかへり須臾に仏にまいりてなげき申せしやうは、
我が身は外道の家に生れて候しが仏の御弟子になりて阿羅漢の身をへて、
三界の生をはなれ三明六通の羅漢とはなりて候へども、
乳母の大苦をすくはんとし候に・
かへりて大苦にあわせて候は、心うしとなげき候しかば、
仏け説いて云く
汝が母は・つみふかし・汝一人が力及ぶべからず、
又何の人なりとも天神・地神・邪魔.外道・道士・四天王・帝釈.梵王の力も及ぶべからず、
七月十五日に十方の聖僧をあつめて百味をんじきをととのへて母のくをはすくうべしと云云、
目連・仏の仰せのごとく行いしかば其の母は餓鬼道一劫の苦を脱れ給いきと、
盂蘭盆経と申す経にとかれて候、
其によつて滅後末代の人人は七月十五日に此の法を行い候なり、
此は常のごとし。

 

目連尊者は、あまりにも悲惨に思い、大神通力を現じて、ご飯を差し上げたところ、
母は喜んで右の手でご飯をつかみ、左の手でつかんだご飯を隠して口に入れたところ、
どうしたことか、ご飯が変じて火となり、灯心を集めて火をつけたように、ぱっと燃え上ってしまい、母の体がゴコゴコと音をたてて焼けました。
これを見た目連は、あまりにあわてて、再び大神通力を現じて大水をかけたところ、その水が薪となってますます母の体が焼けてしまい、まことに哀れな様子でした。
その時目連は、自らの神通力が通用しないので、走り帰って真っ先に仏の前に参上しました。
「私は外道の家に生まれましたが、仏の御弟子となって阿羅漢果を得、三界の生因を離れ、三明六通を得て羅漢になりましたが、いま乳母の大苦を救おうとしたのに、逆に更に大苦にあわせてしまい、心苦しく残念でなりません」と嘆きながら申し上げたのです。
目連の嘆きを聞いて仏は
「あなたの母は罪深い人だから、あなた一人の力ではとうてい救うことはできない。またどのような人でも、たとえ、天神・地神・邪魔・外道・道士・四天王・帝釈・梵王の力でも救うことはできない。
どうしてもと願うなら、七月十五日に十方(全世界)の聖僧を集め、百味の飯食を供養して母の苦を救うべきである」と説かれたのです。
目連尊者が仏の仰せのままに行なわれたところ、その母は餓鬼道での一劫の間の苦を脱れることができたと、盂蘭盆経という経に説かれています。
そのことによって、仏滅後、末代の人々は七月十五日にこの法を行うことになりました。
今、この日に盂蘭盆会をおこなうのは世の常のようです。

 

 

旧暦七月十五日は、新暦(太陽暦)では、8月15日あたりになることから、8月15日が、お盆となっていることなのだろう。
盂蘭盆経は、方便の教えであり、法華経に至って明らかにされているのは一念三千の現実の世界であり、餓鬼道は、十界のなかの餓鬼界にあたる。
日常の現実には、目連尊者の母のような餓鬼道を地で行くような場面も目の当たりにするだろう。
つまりは、物やカネなどの富をいくら得ても永久に満足することなく、更なる欲をとめどもなく求めて止まない姿を、餓鬼という境涯として表わしている。
得られた富やカネも、得られた瞬間から更なる欲望が燃える炎に早変わりし、それを消そうとしてふりかけた水が、さらの油に変わって燃え上がる。
者が得られても本人の苦しみは増すばかりで、その有効な解決法自体(神通力、魔法やテクノロジーなど)も、裏目に出てさらに苦しみを増すだけ。
私たちに本来具わっている「餓鬼」という苦しみの生命境涯を、分かりやすく方便として、見事に説かれていると感じる。
そして、神通力(魔法やテクノロジーなど)だけでは、根本的な解決にはならないことが示されている。

じゃあ、これを救済するにはどうすればいいのか。
日蓮大聖人は、次のように明かされている。


日蓮案じて云く
目連尊者と申せし人は十界の中に声聞道の人・二百五十戒をかたく持つ事石のごとし、
三千の威儀を備えてかけざる事は十五夜の月のごとし、
智慧は日ににたり・神通は須弥山を十四さうまき大山をうごかせし人ぞかし、
かかる聖人だにも 重報の乳母の恩ほうじがたし、
あまさへほうぜんとせしかば大苦をまし給いき、
いまの僧等の二百五十戒は名計りにて事をかいによせて人をたぼらかし一分の神通もなし、
大石の天にのぼらんと・せんがごとし、
智慧は牛にるいし羊にことならず、
設い千万人を・あつめたりとも父母の一苦すくうべしや、
せんするところは目連尊者が乳母の苦をすくわざりし事は、
小乗の法を信じて二百五十戒と申す持斎にてありしゆへぞかし、
されば浄名経と申す経には浄名居士と申す男
目連房をせめて云く
汝を供養する者は三悪道に堕つ云云、
文の心は二百五十戒のたうとき目連尊者をくやうせん人は
三悪道に堕つべしと云云、
此又ただ目連一人がきくみみにはあらず、
一切の声聞乃至末代の持斎等がきくみみなり、
此の浄名経と申すは法華経の御ためには数十番の末への郎従にて候、
詮するところは目連尊者が自身のいまだ仏にならざるゆへぞかし、
自身仏にならずしては父母をだにもすくいがたし・
いわうや他人をや。

 

日蓮が考えるに、
目連尊者という申人は、十界のなかの声聞道の人で、二百五十戒を堅く持つことは石のようであり、三千の威儀を備えて欠けないことは十五夜の月のようでした。
智慧は太陽に似て、神通力は須弥山を十四層に巻き、大山を動かすほどの人でした。
このような聖人でも、重恩のある母の恩に報いることは難しく、そればかりか、恩を報じようとして、かえって大苦を増してしまったのです。
それに比べ今の僧等は、二百五十戒は名ばかりで、持戒ということに事を寄せて人をたぶらかし、一分の神通力もありません。大石が天に昇ろうとしてもできないようなものです。智慧の劣っていることは牛や羊のようで、たとえ千万人を集めたとしても父母の一苦をも救うことができるでしょうか。
所詮、目連尊者が母の苦を救えなかったのは、小乗の教えを信じて、二百五十戒という持戒の人であったからです。
ゆえに、浄名経という経典には浄名居士が目連房を責めて、あなたを供養するものは三悪道に堕ちる、と言ったと説かれています。
これは、ただ目連尊者一人を指していわれたのではなく、一切の声聞乃至末代の持斎等を指していわれたのです。
この浄名経というのは法華経に比べると、数十番も末につながる郎従のようなものです。
詮するところは、目連尊者自身が未だ成仏していないから救済能力がないのです。
自身が成仏せずして、父母を成仏させることは難しく、ましてや他人を成仏させられるでしょうか。

 

しかるに目連尊者と申す人は法華経と申す経にて正直捨方便とて、
小乗の二百五十戒立ちどころになげすてて南無妙法蓮華経と申せしかば、
やがて仏になりて名号をば多摩羅跋栴檀香仏と申す、
此の時こそ父母も仏になり給へ、
故に法華経に云く我が願既に満ち衆の望も亦足る云云、
目連が色身は・父母の遺体なり
目連が色身仏になりしかば父母の身も又仏になりぬ。

 

ところが、目連尊者は法華経という経に、正直捨方便とあるとおり、
小乗の二百五十戒を立ちどころに投げ捨てて、南無妙法蓮華経と唱えたところ、
やがて成仏して多摩羅跋栴檀香仏となりました。
この時こそ、父母も成仏することができたのです。
ですから法華経に、「我が願既に満ちて、衆の望も亦足りぬ」と説かれているのです。
目連の色身は父母の遺体です。
そうであれば目連が色身が成仏したので、父母の身もまた成仏したのです。

 

つまり、母を救うためには、自分自身が成仏(仏の境涯を保つ)ことが不可欠であり、自分自身が成仏して初めて、他人を成仏させる力が出てくる。
追善供養を、「回向」というが、これは、回し向けると書く。
成仏によって自分の積んだ功徳(福運)を「回し向ける」こと。
積んだ功徳(福運)がなければ、「回し向ける」ものも、もともと無い。
逆に言えば、自分自身が成仏して、積み上げた福運がない以上、単なる人任せの供養だけでは、先祖にも、なんのご利益もないことになる。

現在では、より根本的な法理である一念三千が明かされた。

私たちに本来具わっている「餓鬼」という苦しみの生命境涯を克服できなければならない。
仏の境涯を涌現させることにより、餓鬼の境涯も菩薩の境涯(利他の行動)へと変えていく。
これを煩悩即菩提という。
人任せの他力本願では、自身の成仏も先祖の成仏も、理論的には実現しえない。

前記事で、ヒトラーの心も万人に潜んでいることを書いたが、これは、仏法でいえば、餓鬼・畜生・修羅の境涯である。
仏の境涯を涌現させることにより、餓鬼・畜生・修羅の境涯も菩薩の境涯(利他の行動)へと変えていく。
自分自身に内在する地獄・餓鬼・畜生・修羅という苦しみの境涯を解決できないならば、自身の絶対的幸福(成仏)はおろか、どうして他人や先祖の地獄・餓鬼・畜生・修羅という苦しみを救済できるであろうか。
たとえば、1mのハードルを越えられない者に、10m、20mのハードルを越えることが、どうして出来よう。
地域や国家間の紛争、環境破壊など、あらゆる分野での問題解決と平和実現へは、このような観点からの、全ての個々人の変革が必要であると思う。
これは、地球規模・人類的規模でいう煩悩即菩提である。

 

例せば日本国八十一代の安徳天皇と申せし王の御宇に平氏の大将安芸の守清盛と申せし人をはしき、
度度の合戦に国敵をほろぼして上太政大臣まで官位をきわめ当今はまごとなり、
一門は雲客月卿につらなり、
日本六十六国・島二を掌の内にかいにぎりて候いしが、
人を順うこと大風の草木をなびかしたる・やうにて候しほどに、
心をごり身あがり
結句は神仏をあなづりて神人と諸僧を手に・にぎらむとせしほどに、
山僧と七寺との諸僧のかたきとなりて、
結句は去る治承四年十二月二十二日に七寺の内の東大寺・興福寺の両寺を焼きはらいてありしかば・
其の大重罪・入道の身にかかりて・
かへるとし養和元年潤二月四日
身はすみのごとく面は火のごとくすみのをこれるがやうにて結句は炎身より出でて あつちじにに死ににき、
其の大重罪をば二男宗盛にゆづりしかば
西海に沈むとみへしかども東天に浮び出でて、
右大将頼朝の御前に縄をつけて・ひきすへて候き、
三男知盛は海に入りて魚の糞となりぬ、
四男重衡は其の身に縄をつけて京かまくらを引かれて結句なら七大寺にわたされて、
十万人の大衆等・我等が仏のかたきなりとて一刀づつ・きざみぬ、
悪の中の大悪は我が身に其の苦をうくるのみならず子と孫と末へ七代までもかかり候けるなり、
善の中の大善も又又かくのごとし、
目連尊者が法華経を信じまいらせし大善は我が身仏になるのみならず父母仏になり給う、
上七代・下七代・ 上無量生下無量生の父母等存外に仏となり給う、
乃至子息.夫妻・所従・檀那・無量の衆生.三悪道をはなるるのみならず皆初住・妙覚の仏となりぬ、
故に法華経の第三に云く「願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」云云。

 

例えば、日本国八十一代の安徳天皇の治世に、平氏の大将、安芸守清盛という人がいました。
度々の合戦に国敵を滅ぼして、上は太政大臣まで官位をきわめ、安徳天皇は孫にあたります。
一門は雲客月卿につらなり、日本六十六ヶ国・島二つを掌中におさめ、人を帰順させることは大風の草木をなびかすようでしたが、
しだいに憍慢の心が起き、つけあがって、結句は神仏を蔑視し、神人と諸僧を掌握しようとしたので、比叡山の僧や七大寺との諸僧を敵にしてしまったのです。
つまりは、治承四年十二月二十二日、七大寺の中の東大寺・興福寺の両寺を焼き払ってしまったのです。
その大重罪は太政入道の身に報いとなって現れ、
翌年、養和元年潤二月四日、熱病にかかり、身は炭のようになり、顔は火のようになり、炭の中に火が起こって燃え広がるようになり、結局は体内から炎が上がって熱死してしまったのです。
そして、その大重罪は、二男の宗盛にも及び、彼は壇の浦の合戦に敗れ、西海に沈んだと思われたが東天に浮かび、捕えられて右大将頼朝の前に縄をつけたまま引き据えられたのです。
三男知盛は海に沈んで魚糞となってしまい、四男重衡は一の谷の合戦に敗れ、身に縄を付けられて、京都、鎌倉を引き回されたあげく、奈良の七大寺に引き渡され、十万人の大衆等に「我等の仏の敵である」といわれて、一刀ずつ切り刻まれてしまったのです。
これらのことから悪の中の大悪は、その罪を我が身に受けるだけでなく、子と孫と末代に七代までもかかるのです。
善の中の大善もまた同じです。
目連尊者が法華経を信じた大善は、目連自身が仏になっただけでなく、目連の父母も仏になったのです。
また父母のみならず上七代・下七代に及び、ひいては上無量生・下無量生の父母達までが存外に成仏することができるのです。
さらには、子息・夫妻・所従・檀那・その他無量の衆生までも三悪道を離れることができただけでなく、皆、ことごとく初住・妙覚の仏となったのです。
ですから、法華経の第三の巻に「願くは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」と説かれているのです。

 

されば此等をもつて思うに貴女は治部殿と申す孫を僧にてもち給へり、
此僧は無戒なり無智なり二百五十戒一戒も持つことなし三千の威儀一も持たず、
智慧は牛馬にるいし威儀は猿猴ににて候へども、
あをぐところは釈迦仏・信ずる法は法華経なり、
例せばジャの珠をにぎり竜の舎利を戴くがごとし、
藤は松にかかりて千尋をよぢ鶴は羽を恃みて万里をかける、
此は自身の力にはあらず。治部房も又かくのごとし、
我が身は藤のごとくなれども法華経の松にかかりて妙覚の山にものぼりなん、
一乗の羽をたのみて寂光の空にもかけりぬべし、
此の羽をもつて父母・祖父.祖母・乃至七代の末までも・とぶらうべき僧なり、
あわれ・いみじき御たからは.もたせ給いてをはします女人かな、
彼の竜女は珠をささげて・仏となり給ふ、
此女人は孫を法華経の行者となして・みちびかれさせ給うべし、
事事そうそうにて候へば・くはしくは申さず、又又申すべく候。恐恐。
七月十三日 日蓮花押
治部殿うばごぜん御返事

 


それゆえ、これらをもって考えてみますと、貴女は治部殿という孫を僧にもっておられます。
この僧は無戒・無智で二百五十戒の一戒も持つことはなく、三千の威儀の一つも満たしていませんし、
智慧は牛馬の頭で、威儀の整わないことは猿のようですが、
その仰ぐところの仏は釈迦仏であり、信ずる法は南無妙法蓮華経です。
これを譬えれば、蛇が宝珠を握り、竜が舎利を戴いているようなものです。
藤は松に懸って千尋をよじ登り、鶴は羽の力によって万里を飛ぶことができます。
これらは自身の力ではありません。
治部房もまた同じです。
我が身は藤のようでも南無妙法蓮華経という松の木に懸かれば妙覚の山にも登ることができ、一乗妙法の羽をたのんで寂光の空を自由に翔ることができるのです。
この羽をもって父母・祖父・祖母・乃至七代の末まで弔うことのできる僧なのです。
あなたは、立派な、素晴らしい宝をお持ちになっている女人です。
彼の竜女は宝珠を仏に供養して成仏されました。
あなたは孫を法華経の行者にして、寂光浄土に導かれていくことでしょう。
あれこれ忙しく、詳しくは申し上げません。また申し上げます。恐恐。
七月十三日 日蓮花押
治部殿うばごぜん御返事

 

 

最後に日蓮大聖人は、孫の冶部房を法華経の行者としたことによって、その祖母が必ず成仏に導かれるであろうと励まされている。
目連に比べ、冶部房は無戒であり智慧も劣るかもしれないが、南無妙法蓮華経を信じ仰ぐ者であるから、その功徳によって必ず成仏の山に登り、寂光の空を翔るであろう。
さらに父母・祖父母から七代の末の子の孫に至るまで、その功徳を回向する僧であると仰せである。
成仏は有限の自身の力や修行によって得られるものではなく、大宇宙一切根源の法=南無妙法蓮華経の偉大な無限の功力によるもの。
ここで「あをぐところは釈迦仏・信ずる法は法華経なり」は、末法の釈尊・法華経の意味であり、つまりは、文底の釈尊である御本仏日蓮大聖人と、末法の法華経である三大秘法の南無妙法蓮華経のことである。

末法、現在では、成仏への直道は、自行化他にわたって、南無妙法蓮華経と唱えることに尽きる、しかも、その功徳は同時に過去の先祖への回向となり、また子孫への福運となっていくのである。
その偉大な妙法を受持した孫をもった祖母は、すばらしい宝をもった女性であり、竜女が仏に珠を捧げて成仏したように、孫を法華経の行者としたことによって成仏に導かれることは間違いないと励まされている。

 

 

現在では、より根本的な法理である一念三千が明かされた。

私たちに本来具わっている「餓鬼」という苦しみの生命境涯を克服できなければならない。
仏の境涯を涌現させることにより、餓鬼の境涯も菩薩の境涯(利他の行動)へと変えていく。
これを煩悩即菩提という。
人任せの他力本願では、自身の成仏も先祖の成仏も、理論的には実現しえない。

前記事で、ヒトラーの心も万人に潜んでいることを書いたが、これは、仏法でいえば、餓鬼・畜生・修羅の境涯である。
仏の境涯を涌現させることにより、餓鬼・畜生・修羅の境涯も菩薩の境涯(利他の行動)へと変えていく。
自分自身に内在する地獄・餓鬼・畜生・修羅という苦しみの境涯を解決できないならば、自身の絶対的幸福(成仏)はおろか、どうして他人や先祖の地獄・餓鬼・畜生・修羅という苦しみを救済できるであろうか。
たとえば、1mのハードルを越えられない者に、10m、20mのハードルを越えることが、どうして出来よう。

「衣食足りて礼節を知る」と言う諺にもある。
人の世話をするには、「自分が充実していなければいけない」と言う意味。
自分の気持ちが充実していなければ、とても他人や地球の気持ちを理解することもできない。
菩薩の境涯となって、慈悲の行動をするといっても、金もうけや自身の満足のため(餓鬼)とか、畜生(弱肉強食、カーストの中で従わざるを得ないまま)とか、修羅(覇権や出世や権力争い、競合他社との争いなどに終始)では、、それよりもはるかに高い境涯である、真に慈悲による利他の行動など困難だろう。
そのためには、自身が仏の境涯となって、すべてを統括した境涯に基づいていってこそ、菩薩・縁覚・声聞の境涯が生き生きと現れ、自他共の幸福に貢献でき、先祖も救われる。
そのためには、地球レベルだけでなく、この大宇宙を透徹した原理・法理・哲理である南無妙法蓮華経という、仏の生命の涌現と合致が有効である。
これは、地球規模・人類的規模でいう煩悩即菩提である。
地域や国家間の紛争、環境破壊など、あらゆる分野での問題解決と平和実現へは、このような観点からの、全ての個々人の変革が必要であると思う。

 

世界の平和と一切衆生の幸福のために。

高齢化社会、ばんざ~い。

 

 

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