ラケットちゃんさんのブログ

ブルセラコスチュームで、あちらこちらに出かけてます。
最近は、主に富士山麓の山に登ったときの、雄大な富士山と、自身の写真をつけてます。
ブルセラアイドルの夢を見ながら、日常の現実に対するいろんな思いを綴ります。


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 読者のみなさん、いつもお越しいただいて、ありがとうございます。
いつもぺたやイイネを、本当にありがとうございます。
それは、私の生き甲斐のひとつになっています。

しかし、また、記事の更新が遅れてしまいました。
実のところ、ほとんど出来上がっていたのですが、後半の部分が、ためらっていました。

東京都知事選挙も、一週間後に迫っています。
待機児童問題は、東京都知事選挙のみならず前参議院選挙でも、争点のひとつになっていて、今日の毎日新聞にも、トップで「隠れ待機児童」5万人の記事が載っていました。
その31面には、育児休業中などは、待機児童に含まれない、遠い保育所を断れば待機外になるなどが、指摘されています。
しかし、老若男女・古今東西にわたり、共通の課題であるので、私なりに、それを克服した現時点で、一応、答えをまとめておきたかったからです。

 

 

平成24年7月4日、曇りのち晴れ

梅雨時期の真っ最中、梅雨の中休みの日を、ひたすら待っていました。
この日は十二ヶ岳に挑戦しました。

以前の記事にも書きましたが、十二ヶ岳は、河口湖から眺める山のうち、もっとも鋭い。
甲斐國志にも、「十二峯櫛ノ如クニ立テリ故ニ名トス 十二ヶ岳権現の少祠アリ」とあるが、
十二ヶ岳周辺の険しさは、東西に長い御坂山塊のなかでダントツである。

 以前から、有名な岩稜コースである、毛無山~十二ヶ岳の縦走を目論んでいたところ、文化洞トンネル~毛無山は、すでに達成していたので、次の目標として、十二ヶ岳~桑留尾コースを、何かの機会につぶしておきたかった。


よって、今回は、桑留尾からのピストン(往復)です。
コスチュームは、白のセーラー服にオレンジのブルマ(ギャレックス Galax、G-7161111)、白のミニスカート。

朝、新宿7時0分発JR特急スーパーあずさ1号に乗り、大月駅で富士急行・河口湖行に乗り換え、河口湖駅を降りたのは9時20分ごろ。
トイレに行って、しばらく待って、レトロバス(西湖周遊バス)に乗って、西湖方面へ。
観光客が多い町は、にぎやか。
独特のコスチュームなので、旅行客、特に外国人に、よく声をかけられました。
英語は少し話せるけど、中国語はダメ。
Oh, I can speak poor English, but...
それでも、バスの中で、身振り素振りも含めて話すと、案外、会話が成り立つものだなあ。

朝10時40分過ぎ、レイクホテル西湖、温泉いずみの湯の前にある、十二ヶ岳登山口バス停(桑留尾バス停)に着いた。
西湖に注ぐ桑留尾川の左岸の道に入ると、登山口がありました。


東京の朝は晴れていたけど、案の定、曇ってきた。

気温は既に30度。風はほとんどない。
暑いですねえ~。
最初から、松林の急斜面を、北東方向に登る。
すぐに汗だく。
30分ぐらいで、文化洞トンネル方面の分枝と合流するはず。
暑いけど、マイナスイオンたっぷりの林の中。

やはり、暑さのためか、水分供給も、マメにしたら、ペースが上がらない。
前日の時間外診療で、帰りが夜11時になったのも負担であった。

ようやく分枝について一休み。
なんと、11時30分を過ぎていた。

持っていた水分3Lのなかで、早くも500ml飲んでしまって、バテ気味。

まあ、ゆっくり登っていけばいい。
日が暮れるまでは、十分時間があるわ。
ダメだと思ったら、その地点で昼寝でもして、引き返せばいい。
それより、天気が心配だなあ。


 

小休憩、汗だく。セーラー服、スカートも脱いじゃって、うちわで扇いで放熱。

熱中症になったら、突然、筋肉が痙攣して動けなくなる。
つまり、その時点で、遭難である。
「そうなん」だ・・・
さて、早くもここで奥の手。
自家製の、放熱兼虫よけ対策スプレーを、ザックから取り出して、全身にスプレーし、うちわで扇ぐと、もう最高。
放熱用のスプレーは、シャツクールなどが市販されているが、高価なうえに、効果が小さい。
また、皮膚に直接スプレーしないように書かれている。
私は、虫よけ対策も兼ねて、大量に使っても副作用が出ないように、自分用に調合したものを使っている。
実は、エタノール、メントール、ユーカリ油の入った200ccスプレー。
まあ、かなり強力で、皮膚が弱くなくても、炎症を起こす人もいるだろうが、自分を実験にして何回も使って大丈夫なように配合したもの。
まあ、これっていうのも、DIY・AOR(自己責任)であるけど・・・。

まあ、気が付いたら、この地点で、なんと1時間近くも休憩してしまった。
午後0時時30分すぎ、ようやく出発して、少し緩やかな尾根を登っていきます。
しばらくいくと、尾根を東側に巻き、ながら、森林浴ですかあ~。
小さな沢を越えて東側の斜面に移ります。


 

そのまま斜面を南側に巻くようにして登り、次の沢に合流する付近で植林地帯に入ります。

登山道は、落ち葉のためほとんど隠れていますが、所々テープがついていて、なんとなく分かります。
地図を確認しながら進みます。

 

 

午後1時20分、地蔵の標識がありました。

お地蔵さんは、この西側少し入ったところにいます。
休憩して、昼ご飯を食べたら、眠たくなってきて、シートを敷いて、仮眠・・・

 

午後3時10分、もう引き返そうかなあ・・・って思った。

午後3時20分、でも、なんとなく悔しいから、頂上を目指して、出発。


ここからは、ブナの自然林の急斜面を、登っていきます。

午後3時40分、最も危険な岩場のふもとまで着ました。

 

 

これを、トラロープに沿って、登り、大きな岩尾根の斜面にある、細い踊り場に出ると、断崖絶壁で、周りは雲の中。
富士山は見えない。
 

そして、この大岩の南岸にできている、わずかな幅の登山道を、トラバース(水平移動)し、
慎重に、バランスをとり、足元を確かめながら通過。
この後も急な斜面を登っていく。

午後3時55分過ぎ、十二ヶ岳毛無山分枝に到着。雲の上。

 これを左に折れて・・・
ようやく、午後4時0分、十二ヶ岳山頂(高度1683m)に着きました。


小さな社があります。こじんまりとした山頂です。
大きな松の木が一本。

 

 

際に立って見ると、足元は切り立った岩稜の上、眼下700mには西湖、桑留尾の町が、雲の隙間から展開している。
正面には雄大な富士山、手前は和田山、東は河口湖・山中湖・箱根の山、西は本栖湖から天使山塊の毛無山などなど、広大な富士山ろくが、雲海の隙間から見渡せます。

 

 

ようやく着いたわあ~

\(o⌒∇⌒o)/ ワァイ♪♪♪

セルフ撮影です。

喜びと達成感で、感激。

 

 

しばらくしたら、ガスってきました。

 

 

午後4時55分、いそいで下山開始です。
さあ、帰らなきゃあ。


登山は、帰りが勝負。
たるんでいると、事故が多い。
まあ、午後6時15分ごろの富士急バスには、間に合わないだろうなあ~

 

地蔵さんの前で5分休憩し、文化洞トンネル方面の分枝に着いたのが、午後6時15分ごろ。

あと30分、早かったら、よかった・・・
いつも、こう思う・・・


ここで、スマホからダメもとで、タクシーを呼ぶ。

その後の急降下を迷うことなく、午後6時40分ごろ、桑留尾に到着しました。

ほどなく、タクシーが来てくれました。ラッキー。

 

午後7時10分、河口湖駅発、富士急行線・大月行に乗り、
午後8時10分過ぎ、大月駅で一旦降りて、大通りに出て、コンビニで弁当やおやつを買った。


いつもの、下校途中の中学生・高校生と少し絡むのが楽しい時間でした。
まあ、彼らにしたら、珍しいキャラクターに出会えたって感じでしょう。
午後8時37分発、JR特急かいじ124号・新宿行に乗り、午後9時38分到着予定のところ、少し遅れたような・・・。

 

 

 

先の参議院議員選挙は、現政権与党の勝利に終わった。
憲法改正論議が活発になりそうである。
自民党は単独過半数に及ばず、公明党が躍進したので、公明党がブレーキの役割を担い、いい意味で、政治は安定していきそうである。
しかし、政治家たちが、よからぬ方向へ進まないように、政治を監視するのが、国民としての務めであると思う。


今、日本、とりわけ東京は、待機児童問題などに揺れている。

東京都知事選挙が告示され、子育ての問題についても、各候補が競っているが、とりわけ熱心に具体的に主張されている候補は小池百合子氏のようだ。
自民党は分裂選挙となり、野党は連合して鳥越氏を推している。
公明党は増田氏を推しているが、私は、個人的には、小池百合子氏に期待したいところである。
まあ、今日、TVで、毒舌っぽいところが、批判されていたけど、東京都への最も篤い思いが伝わってくる。
しがらみのあるほかの候補に比べ、なあなあの現状に対して、確実に「NOー」と言い、改革に向けていける人であると思う。


私は、二人の子育てを終えて、ほっとしているが、
せっかく自立して社会で子育てと仕事を両立させようと頑張っている若いお母さんたちに立ちはだかる苦悩は、相当なものだ。

たとえば、「元証券マン 日本の保育を変える! 」山口洋 (著)では、現状の保育を今風にとらえる、少し前向きなものもあるが、

「ルポ 保育崩壊 」(岩波新書) 小林 美希 (著)
「子育て」という政治 少子化なのになぜ待機児童が生まれるのか? 」猪熊 弘子 (著)
「ブラック化する保育」大川 えみる (著)
「事故と事件が多発する ブラック保育園のリアル」脇 貴志 (著)
以上の各書は、その問題の深さ・深刻さが生々しく書かれている。

しかし、私が最も印象に残り、「本当」を言っていると感じたのは、
「便利な」保育園が奪う本当はもっと大切なもの」長田 安司 (著)である。

 

 

一方、29歳次男の結婚相手(27歳)が気に入らない、子に忠告するのは親の役目、どうしても結婚が認められないという人生相談が、毎日新聞(7月18日朝刊)に載っていた。
憲法24条で、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立することを原点に一蹴し、親というものは、何とか頑張って理解しようと思うものじゃないでしょうかと説得されていました。
「人生のめでたい門出にあたって、理不尽なケチをつけられているご次男たちが気の毒です。」と結ばれていたところは、私にとって、なんとも快感に思えた。


時代も変わったものだ。

実は、私の結婚の時も、双方の両親が大反対であった。
今から23年前の平成5年4月、私は一年浪人して、ようやく、関西にある国公立大学の医学生になった。
collegeではなく、universityである・・・といえば、既にどこに入ったかが、限られてくるけれど・・・
入学式のあと、多くの先輩たちで囲まれつくられた、長い花道の中に誘導されて歓迎され(多くのサークルに勧誘され)、軟式テニス部に入ってまもなくのこと、歓迎コンパがあり、そこでOBに病院に遊びにこないかと誘われた。
そこで知り合った看護師:京子(23歳)に”ビビビ”ときた。・・・(当時、国民的アイドルであった松田聖子の言葉)
小池栄子によく似た、姉さん風のグラマラスな美人看護師・・・

 


まあ、最初はどちらも遊びのつもりだったけれど、次第に愛が深まっていった。
避妊には十分注意していた(つもりだった)が、ある日、京子の妊娠20週が判明した。
翌年の平成6年3月23日、婚姻届けを出したってところ。
つまり、できちゃった結婚。

京子24歳、私19歳。

「C」から始まる愛があってもいいだろが~あ。

 

 

 

まあ、 時代は未曽有の少子高齢化社会に突きすすんでいて、結婚したカップルの4組に一組はできちゃった結婚という統計もあるし、現代では普通に「アリ」だろうけど、20年前は、さだまさしのヒット曲にある「関白宣言」さながら、まだまだ昭和風の家族観、つまり、星一徹の、ちゃぶ台返しの風潮が色濃く残る時代であった。
だから、日本国憲法の、「・・・婚姻は両性の合意のみに基づいて成立・・・」なんて出してきても、理解が得られるワケねーわなあ。
(正直なところ、先に挙げた新聞記事がきっかけで、思い出してしまった、ざま~みろ・・・)


区役所、市役所にも相談に行ったけど、両親が(経済的に)しっかりしているんだったら、ちゃんと面倒をみてもらえっていわんばかりの門前払い・・・。
親から勘当され、何の支援も受けられないから、相談に来ているのだあ・・・
私は、予備校時代から、アルバイトなどで、すでに親からは独立していたが、家賃や食費などの経費節減のため、京子のワンルームマンションに、ほどなくもぐりこんだ。
つまり、同棲。
もとより、清貧は承知の助。
そのうち二人は、いかなる障壁も突き破ろうと思うようになった。


中絶は、法律が認めていても、殺人だと本能的に感じていた。
その過程はどうであれ、子供として私たち男女を選んできたのだから。
京子の妊娠は、私たちふたりの結束を、より強いものにした。

 

 

そして、6月28日には、第一子:沙智を出産。
無事、五体満足に生まれてきた。
万歳!。
私は、さっちーと呼んでいた。


ところで、阪神の監督の奥様で、野村沙知代さんが有名になったのは、その数年後の衆院選あたりからですねえ。
サッチー騒動もあり、有名になりました。
豊島園のCMで、メリーゴーランドに乗っている、ブルーの昭和な水着姿のサッチーは、とっても魅力的でしたあ。

私は、大学に通いながら、家庭教師やパソコンショップなどで、必死にアルバイトしながら勉強した。


京子は、育児休暇?を目いっぱいとったかなあ・・・。
自然に、病院で働くことが困難になったみたい。
・・・で、円満退職した。
アグネス論争も、巻き起こっていたなあ。
なんか、職場(病院)の託児所なんて、なかった。
一緒に大学に連れていくことなんて当然にあり得ない。
二人の軍資金(貯金)も2~30万ぐらいしかなく、経済的には自転車操業だったが、二人ともローンや借金は一切しないという取り決めで工夫していた。
バブル期に乱立された、日の当たらないワンルームマンションの一室で、育児も稼ぎも二人三脚だったわ~。

 


なんでもやりましたわ~
突撃インタビューの市場調査のバイト、家庭教師のバイト、進学塾の講師、マクドナルド、パソコンショップのバイト・・・

遊んでいる暇はない・・・

講義の合間をぬって・・・
早朝からトラックに乗って、建設現場に行ったこともあり。


家庭教師は、いいバイトだった。

他の学部は詳細は知らないけれど、医学部生は、時給2000~2500円ぐらいの話がよくあった。

週2日、夜7時~9時まで教えて、月謝は4万円。

2人担当すれば、結構おいしい収入になった。

先輩たちは、 時給5000円ぐらいの話 もあるという。

今はどうか知らない。

家庭教師のトライからは、話がなかったが、この時ほど、浪人時代の積み重ねが、ありがたく思えたときはなかった。


極め付けなのが、教養学部の時、大学のまわりの、歩いてすこし入ったところに、ウナギの寝床のようなスペースで営業している書店。
奥のほうへ入ると、大学の各講座の過去の試験問題の回答や解説が、A4用紙にコピーされて、こっそり売られていた。
試験問題は、毎年、ほとんど変わらない講師も多いそうである。
そういう講座についてのみ、需要があるのである。
まあ、当たり前か。
なんだか、これを何回も縮小コピーして指輪ぐらいの大きさにして、引田天功やDrマリックの如きマジシャンの手さばきで、試験期間の難局を乗り越えることが流行っているらしい。
これは、・・・シメシメ・・・と思った。
当時は、すでにバブルは崩壊しつつあったが、まわりはみんなバブル世代で、優雅に、華美に遊んでいた。
試験前になってあわてる学生も多くいるのだろう。
私は、得意である物理・科学・数学・哲学系統の講座に関して、試験問題の回答・解説のオリジナルを作って持ち込んで、並べてもらった。
友達や先輩から、突っ込まれた。
「お前、単位をカネで売っているのか!」
そしたら、すかさず返してやった。
「みんな、単位をカネで買っているんだ!」
そこで、双方とも爆笑。

家庭教師のアルバイトとともに、浪人時代の知識や根性が、思いもかけずプラスとなった。
いい思い出のひとつ。

 


天王寺公園には、浪人時代に、図書館に通っていた。
本命は、四天王寺公園の前の、夕陽丘図書館だったが、ここは朝6時に並んで整理券をもらえたら、やっと9時から入れる所だった。
天王寺公園から西に下っていけば、阪神高速の下あたりから、新世界に通じている。
歩いていくと、有名な通天閣、ずぼらやなどがある。その先に歩いていけば、かの有名な、浪速警察署がある。
段ボールでつくられた家に住んでいる人たちが多い地域。
しかし、とっても人情に富んでいる。
ボランティアの炊き出しもあるし、そもそも物価が安い。
ここに来れば、一日300円あったら食べていける。
服も安い。もちろん再生品であろうが、下着やセーター、礼服に至るまで、なんでも2~3桁の範囲でそろっている。
私は、礼服や背広を、ここに出店していたマルトミで購入した。1~2000円ぐらいだった。
ちなみに、趣味のセーラー服やブルマも、この時代、ここで購入したものが多い。
JelenkのU-718など、今では超お宝である。
薬も安い。
正規かどうかは不明だが、抗生物質や鎮痛解熱薬も10~50円ぐらいで手に入った。
まあ、最悪の場合、ここに来れば、それなりに生きて、みんな暮らしているから、なんとかなるわあ。

 


この子のために、私は家にいる。
夫婦のどちらかが必ず家にいて、この子の世話をする。
運命共同体なのだあ。
これが二人の、自然な取り決めだった。

 

この子を抱っこし、肩に背負い、手を握り、対話する、その時間の長さと愛情の深さが、成長には不可欠なのだ。
両親、特に母親の胸や腕の中が、ほかの誰よりも大切なこと。

 

三つ子の魂、百までっていう。
この子にとって、私たちがそばにいることが、
この時期に一番大切である。
人間として、生物学的に見ても、当たり前のことなのだが、お互い、医療の道に進む者としても、当たり前だった。

だから、今どきのように、子供を保育所に預けて、両親とも働きに行くなんて、そんな選択肢は全くなかった。


子育ては、いつの時代であれ、大変重労働である。
正面から直面して初めて、その大変さが分かる。
自分も、両親に、大変な思いをさせて大人になったことが、初めて身に染みて分かった。

赤ちゃんは、その存在だけで、周囲に喜びと微笑みをもたらす・・・なんて、
いわれているけど、それは、たまに会って、機嫌がいい時だけ。

24時間つききり。
オムツやミルクだけじゃあない。
世話だけでも重課なのに、
体調も常に変化する。
夜中に何度も起きて泣く。
泣き止まない時も多い。
逃げ場がないのよねぇ~。
成長に応じて、気を抜けないことも膨大。
はいはいできるようになると、更に負担が増える。
余計なものを口に入れる。
歩けるようになると、尚更、危険度が増す。
鍵を勝手に開けて、外へ出る。
テレビや流し台の上へ登って、転落する。
狭い間に入り込んで抜け出せなくなる・・・
ネジや十円玉などを飲み込んだり、滑り台の梯子の間に頭を突っ込んで抜けなくなる。
買っておいたお菓子を、袋ごとカミカミして、食べようと思った時には、中が粉々になってる。
夜中、さあ、寝ようと思ったときに、起きだして、相手をしろと泣き叫ぶ。
しばらく泣き叫んでも思いがかなわなかったら食べたものを吐く。
いたずらだけではない。
片時も目が離せない。

毎日毎日、日中動いて、疲れた夜でもおかまいなしに、大声で泣き止まない・・・で、眠れない日が続く。
不測の事態や思い通りにならないことが続き、鬱積していく・・・
短期間なら我慢の範囲だろうが、これが数年続くのだ。
まあ、ガムテープで口だけふさいだろか!・・・と思うこともしばしば。
社会問題になっていた幼児虐待やネグレクトの根を垣間見た。

 

 

だが、育児は、育自でもある。
自分たちも、人間的・社会的に大きく成長しなければならないし、成長していく絶好のチャンスなのである。
こんなとき、昔なら、家族・親戚や地域のコミュニティも、助けになっていたのであろう。
私たちには、それが望むべくもなかった。

 

食用油を飲んだ時は、おいしかったのだろうなあ。
熱が出たり下痢なんかはしょっちゅうあったが、前述の薬局で購入しておいた安い薬を粉々にして調合し、ミルクやジュースに混ぜて飲ませた。
大泣きしたあとに嘔吐したときなんか、病気でないことなんてわかっていたので、誤嚥しないように、あやす。
そのうち、収まったものだ。
アニメ「タッチ」、また岩崎良美の「タッチ」も好きだった。

 

でもねえ、深夜、ようやく寝入ったわが子を、じっと見ていると、安らぐときもあったよねえ・・・。

肩車してあげた時も、喜んでいたっけ・・・。

肩車や背中でおんぶの時、ニコッと笑った後に、かならず起こる、特異な音と臭い・・・。

無視していたら、当然に怒り出す・・・。

なにより、ごはんやおやつの時の喜びようは格別。

 

夜中に、泣き止まないから時間外外来に駆け込む母親も多い。
病気じゃあないことも少なからずあり、母親が抱っこして5分ぐらい周囲を走り回れば、泣き止むことも多い。

これは本能でもあるが、えてしてスキンシップの足らない例に、よくみられる。

親の背中ではなく、ベビーカー に乗せられている子供が多い。

最近のベビーカーも、いいものが出ているが、電車など公共施設でのマナー問題で、炎上したブログもあった。

京子も私も、ベビーカーなんて買う余裕はなく、外出の時は常に、「おんぶに抱っこ」であった。
「タッチ」が大事なのですねえ。

周囲が何をいっても、職場に子供を連れてきていたアグネスチャンは、立派だと思う。

 


京子も、たまの土日に、看護師のアルバイトをしたけど、その間も当然に私が子供の世話をしたわ~。

平成8年5月3日には、第二子(真彦)を出産した。
私の名前:鈴木真理(まこと)の真をとって、真彦・・・昭和のアイドルの名前だあ。
「マッチで~す」
なんていっても、今の時代では、通じ合える人は少ないでしょうが、・・・

医学部は、6年間で、各学年に一年に限り、留年できる。
だから、12年かけて、うまく卒業すればいいのだ・・・
こんなリスキーな計画だったが、今にして思えば、若くて向こう見ずであったからであろう。

 

双方とも両親とは勘当状態の中、創価学会の女子部・男子部・婦人部の人たちには、大変にお世話になった。
これも、仏法に巡り合えたおかげである。

 

平成11年、私はなんとか順調に卒業でき、医師国家試験にも合格して、まんまと卒業した大学の医局に入った。
研修医時代も、時間との闘いでもあったが、夫婦が協力して、なんとか乗り越えてきた。

さっちーは一昨年結婚して独立し、マッチも、浪人中であるが、成人式を済ませた。
まもなく「年金払え」通知もやってきた。


京子は、いまも専業主婦だが、時にアルバイトに行っている。
早々と、2人の子を成人まで育てて、ほっとしている私、42歳の厄年。
振り返ると、このころの苦労自体が、今の自分を支えている。
苦労は、やはり、買ってでもするものであるか。
次なる課題は、なんと、数年前に仲直りして、親孝行をしてきた双方の両親の「介護問題」である。

 

 

マッチが2歳ぐらいだったか、当時、国民的アイドルの安室奈美恵さんが、「できちゃった結婚」で、幸せいっぱいに報道されてた。
「育児をしない男を、父とは呼ばない」・・・こんなポスターも見た。
安室奈美恵さんの旦那さん:サムさんが、子供を高く抱き上げている、幸せそうなポスター。


このポスターは、当時は、私にとって、大いなる励ましになっていたものだが、今、振り返ると、別の趣旨で使われていたようだ。
つまり、いまも唱えられている、男女機会均等・男女平等参画社会への一環として、女性の社会参加を促す後ろ盾としての趣旨。
私は、このような社会の流れの中で、その後、この夫婦の行く末がどうなったかについて、これに引っ掛けて云々するものではないが・・・

しかし、一億総活躍社会っていっても、保育所待機児童問題といっても、最も大切な視点が欠けているように思う。
これは、科学技術が進歩して、便利で豊かな社会となってくる過程(家庭でもいい)によって、置き去りにされてきた視点である。

この問題に真正面から踏み込むと、今の日本の社会では、当然に、働きに出ている子育て世代のお母さんたちから、批判を受けることはしかたがないが・・・。

生まれてきた子供からの、尊厳なる人間としての視点・・・
その時期の子供の生涯にとって、一番大切なもの・・・
それは、子供に24時間365日すっと大人になるまでそそがれるべき、両親の、絶え間ない二人三脚のスキンシップである。
特に、小学校入学までは、母親の腕の中、胸の中をどれだけ長い時間、経験したかが、最も大切なのである。
子供を絶対に守ろうという、親鳥が卵を温めるような、片時も離れない愛の「タッチ」があるか。
人類が発生してからもずっとこの原理は不変である。


これと同等のものは、どんなにお金を出しても買えるものではない。
他の誰に頼んでも、換えられるものではない。
社会が補うといっても、所詮、表面上のことでしかなく、その場しのぎに過ぎない。

 

 

東京などの都会において、母親の働いて得たお金のほとんど多くが、保育料に消えていくことは、いったい何を物語っているのだろうか。
子供にとって、保育士にとってかわれる部分は、ほんのわずかな部分でしかない。
家族の「タッチ」は、買えない。
子供にとっての、その時だけに必要な、父親母親独自の「愛情をともなった行為」は、女性や、むろん男性にとっても、その時に得られるキャリアや所得などとは換えることができない価値なのではあるまいか。

そして、そのことを、再び、夫婦でじっくりと考えるべきであるという示唆ではないだろうか。

「単位」や「キャリア」はカネで買えても、「タッチ」は金で買えない。

子供に対して、その時でしかできない夫婦自らの手で注ぐべき愛情の行為の少なからずを、自分たちの都合で、お金や税金を払って何か他の方法で引き換えて良しとするのは、なにか、生物学的にも、人間的にも、残念な感じがする。


それが、豊かな時代、少子高齢化社会を迎えた時代の、「本当」になっていくのが、とても悲しい。
これが、子育てを終えた世代の嘆きだけにとどまっていてほしい。
といっても、隣は何をする人ぞ・・・これが現実の流れである。
つまり、地域のコミュニティや家族間での助け合いを捨てて、代わりに豊かさや便利さや個人の都合などを選んでしまうこと自体を、変えていかなければならないのではないだろうか。
そんな社会では、税金を集めて社会体制という仕組みを整えてカバーする中でしか、表面的な穴埋めができないのは自明である・・・。

 

 

前述したが、育児は、育自でもある。
自分たちも、人間的・社会的に大きく成長しなければならないし、成長していく絶好のチャンスなのである。
80年という長い人生の中で、数年から十数年ぐらいの子育ての期間ぐらい、清貧であっても、キャリアがつめなくても、いいじゃあないか・・・。
アグネスチャンのように、堂々と、子供と一緒に、職場や一般社会に乗り込んでいくのもいいじゃないか。
チャンスがあったら、それだけ、自身を磨き、社会に必要とされるように、頑張っていくのもいいじゃあないか。
前世紀末に比べ、学びの機会は増え、多くの高校生が卒業したら大学へ進学する時代となっている。
大学も高校も少子化対策を迫られているのに、大学を無事に卒業しても、職に就けずに、将来に夢や希望が持てなくなっている若者が多くいるのは何故なのだろう。
なんという、皮肉な現実であろうか。


もっと大切で、おろそかにしてはいけない事があるように思う。
家族の絆。

そして、体制の整備は、そういうことを最も優先する人たちのために、厚く向けられるべきではないだろうか。
生活保護世帯が急増していることは、日本全体が、豊かになっていることの裏付けなのであろう。

 

 

子供は親の背中を見て社会勉強していく。
だから、父親も母親も、子供と一緒に働けるように社会や職場を変えていくべきなのだ。
東京も、以前は、そういう社会やコミュニティが、主体であったはずだ。


今の、ゆとり世代はマイペースであるといえば、聞こえがいい。
悟り世代といわれるのは、バイト先で困難に直面しても、じゃあ辞めますと言う人が多い。
ageハラスメントが取り上げられている。


東京都知事選挙も、一週間後に迫っている。
待機児童問題は、東京都知事選挙のみならず前参議院選挙でも、争点のひとつになっているが、今日の毎日新聞にも、トップで「隠れ待機児童」5万人の記事が載っていた。
その31面には、育児休業中などは、待機児童に含まれない、遠い保育所を断れば待機外になるなどが、指摘されていた。


切実な問題だが、根本的に必要なことが、数字上で待機児童をなくすことや、託児所問題にすり替えられているように見える。
男女共同参画社会のスローガンも、女性のキャリアや経済的な満足に重点が置かれていたら、実質的にすべての子供が保育園に入れるように体制が整備されても、育児問題は解決せず、別の問題として表面化するだろう。
子供にとっての、「その時」だけに必要な「両親独自」の「愛情をともなった行為」が、

そう、別のものに置き換えられていくからである。
どうして政治家やマスコミは、この「根本」に言及しないのだろう。
あえて・・・なのか。

 

子育てを十分に行えることを考えるならば、女性の職場だけでなく、同時に男性の職場でも育児休暇を取らせるべきであろう。
失業保険のように、その間の所得を補償するか、生活保護を容易に受けられるような社会にすべきなんだ。
子供に手がかからなくなって職場復帰しても、子供を仕事場に連れて来ても一緒に仕事ができるようにすべきだ。
男性も、社会に貢献する一人間として、職場で子供に自分の背中を見せながら、誇りをもって仕事をしていく。
昭和の時代ではないのだから、職場や社会全体が、変わっていかなければならない。

男女平等参画社会・一億総活躍社会をうたうならば、どうしてこのようなビジョンを描けないのだろうか。
女性だけに育児を押し付けている社会、男性の仕事優先の社会、利益優先・効率優先・短期的な目線でしかみていない。
豊かになっても、旧態依然とした男性優先で、目先の利益や短期的効率を優先する社会。

いまだに職場や家庭でも、育児や家事は女性の仕事、女性は育児休暇もままならず、男性は申請することすらタブーのようである。
育児、働き方のありかたそのものを、かえていかねばなるまい。
つまり、表面的な形だけでなく、風土も文化も総じて、仕事も育児も、男女平等でワークシェアをし、企業や地域社会においても、家庭や企業でワークシェアしていく体制を、整えていくべきであろう。
一部のヨーロッパの地域では、実現しつつある・・・。


そう、現状をみていると、この今の流れは、なお一層加速していくようである。
だから、云々するべくもないが、その反動として、結果として、子供に、肉体的にも精神的にも社会的にも、短期的にも長期にわたっても、いろんな事象として現れて来ている。
いじめ、虐待、ネグレクト、自殺、家出、犯罪、ひきこもり、登校拒否・・・
そして、そのような子供たちが再び親となって、ますますそのような傾向性が、深まり重ねられつつ、世代が受け継がれていく。


これは、仏法に、いみじくも説かれている、国土世間に現れる業(=カルマ)である。

 


個別の状況にしても、社会全体としても、豊かさや便利さと比例して不安が増大し、生きづらくなっている(と感じる)のは確かである。
翻って、学問的見地からすれば、豊かさや便利さ(科学技術や社会体制などを総じて)が増すほど、生物学的フィードバックがかかり、子供の数は少なく、初産年齢も高くなって、長寿となっていくことが、データとして示されている。
進化論に出てくる、自然選択とか、自然淘汰とか、適者生存とかといわれている。

すべての生きとし生けるものに共通する法則の一部であるが、生物は、生物学上、個人的な遺伝子を、最大限、その子孫に残そうとして繁栄する。
生物学的に生き残る状況が厳しいほど、その集団の子供は多くなり、大人たちは早死にする。
逆になれば、生き残る状況が甘くなれば、一回の出産で確実に遺伝子を子孫に残せるようになって、多くの子供を産む必要性がなくなり、加えて、老衰しても容易に生き残って死ななくなる。
今、日本では、死産率が0.03%というと、ほとんどすべての出産は確実であり、生まれた子供は、一部障害を持っていたとしても、肉体的にはほぼ確実に大人にまで発育できる。
大人になって、出産のリスクが少なくなると、子供は1~2人で満足して、それを超える子孫への投資をする気がなくなる。
大人たちの都合で、出生前診断も一般的になっている。
そして、もって生まれた細胞にそなわったエネルギーの中で、生殖に費やすエネルギーが少なくなる分、その後の生存のためにまわせるため、成人したら長寿となる。

つまり、生物学的に生き残る状況が甘くなる=つまり社会が豊かになればなるほど、平均寿命が長くなり、死産や成長のリスクが少なくなって、少子化する。
少子高齢化というのは、生物学的に見ても、社会の豊かさの果実と等価ということなのだ。

なんという、皮肉な現実であろうか。
しかしながら、発達しつつある科学技術によって、データとしても裏付けされ、このことは確実になされつつある。

これも、仏法に、いみじくも説かれている、国土世間に現れる業(=カルマ)である。

 

 

教育現場の崩壊が云々されて久しい。
医療や介護問題についても、あてはまる。
後々、記事にもアップしようと思うが、すべての問題に共通することは、自分たちの都合や、便利さ・モノに捉われて、人間としての、本来あるべき姿っという視点が欠けている。
生命の尊厳っという視点、何をもって、幸福とするか、目的とするかということ。

こういった視点での格差は、経済的に云々される格差とは比較にならないほど拡大しつつある。

では、個別の問題としても、社会全体の問題としても、どう向き合っていけばいいのか。

それは、流れにかかわらず、生命の尊厳っという視点、何をもって幸福とするか、生まれてきた目的は何なのか、尊い行為とは何かを、明確にすること。

個々人や社会全体が、慈愛や慈悲という利他の行動が、最も尊い行為であり、その行為そのものが、絶対的幸福であると、哲学的に昇華することであると、私は考えている。

そして、それを完遂する、唯一確実な法則が、日蓮大聖人が顕された、南無妙法蓮華経の、自行化他にわたる実践であると、私は信じている。

 

周りには恵まれた子供たちや社会に、うらやましいと思いながらも、これが、自身で選んだ役割であり、使命であると自覚できた。

だからこそ、幼い時から貧乏で、学校ではイジメにあい、大人になってからは汚れた手で二人の子育てを無事終えたことについても、自分たちながら、人間として最も大切なものを見失わないでやってこれたことを、むしろ誇りに思っている。

きついな~って思ってはいたが、辛いなあ~って感じは少なかった・・・

むしろ、必死だった、

それが、「本当」の幸福なのではないだろうか・・・

 

格差を、個性・使命と受け止め、決してそれに捉われることなく、それがあればこそ実現できるのが、絶対的幸福なのだと思う。


これからも、医療現場だけでなく、個別に医療や介護問題にも、めげずに前向きに取り組んでいきたい。

そうして、残された生涯を、平凡でもいい、多くの人や社会のために、価値を創造していくことに、捧げていきたい。

 

 

 

以前にも記事に書いた。

人として、この世に生まれてきたことの有難さ・困難さ・尊さ、そして、そうであるがゆえに、 心の財宝を積んでいく在り方を、説かれた教えをあげました。

 

人身は受けがたし爪の上の土・
人身は持ちがたし草の上の露、
百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも 名をあげん事こそ大切なれ、
中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ、
蔵の財よりも身の財すぐれたり
身の財より心の財第一なり、
此の御文を御覧あらんよりは心の財つませ給うべし。・・・崇峻天皇御書、日蓮大聖人御書全集

 


人間として生まれてくることは、困難なことであり、その稀なことと言ったら、大地の中で、爪の上にのることのできた土のような存在である。
その上、せっかく人間として生まれてきても、その命を維持することは難しく、その儚さは、わずかな風でも、すぐ滑り落ちてしまう、草の上の露のようである。
たとえ、百二十歳まで長生きできたとしても、汚名を残して死ぬよりは、たった一日(の一生)であっても、価値を生む事こそが大切である。
中務三郎左衛門尉は、国や社会の為にも、仏法の為にも、地域の為にも、優れた人である・優秀であると、鎌倉の人々に評価されるようになってください。、
蔵にたくわえる財宝(金や物質的な財産)よりも、身体の財宝(健康や、身につけた知識・技能)がすぐれており、
その身体の財宝よりも、心に積んだ財宝、「心の豊かさ」が第一である。
この文をご覧になってからは、「心の財宝」を積んでいってください。・・・私風現代語訳

 

 

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