ラケットちゃんさんのつぶやき

ブルセラコスチュームで、あちらこちらに出かけてます。
最近は、主に富士山麓の山に登ったときの、雄大な富士山と、自身の写真をつけてます。
ブルセラアイドルの夢を見ながら、日常の現実に対するいろんな思いを綴ります。


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先週の26日、3か月ぶりに雪頭ヶ岳・鬼ヶ岳に登ってきました。

22日、台風21号が迫って大風・大雨の中、衆議院選挙は低投票率の中、自公安定多数で終わりましたが、翌23日は台風が日本列島をついに直撃・縦断し、各地に大いなる被害をもたらしました。

その翌日は少し晴れて、富士山の今秋の初冠雪だったかなあ。

山頂に、ほんの僅か、積もっただけでした。

すぐに溶けちゃいましたねえ。

24・25日、秋雨前線により関東地方は雨。

そして、当日26日、南太平洋に発達した台風22号を控えたまま、低気圧が通り過ぎた朝、絶好の快晴となりましたねえ。

この数か月、ほとんど巡り合えなかった、雲一つない青空。

 

7時33分、登山道入り口の林道です。

 

7時50分、東入川堰堤広場、登山口です。

いつもは枯れ沢ですが、前日までの台風と大雨によって、清水が流れてました。

両手で少しすくって飲んだら、冷たくって、とってもおいし~い。

 

8時3分、堰堤を超えて北側の斜面に取りつき、植林の中を登っていき、最初の左折の表示です。

 

不鮮明な登山道には倒木や枯れ枝が積もって、数か所崩れかけていました。

まさに、大自然の爪痕。

 

 

綺麗な秋の実?

 

 

8時50分、北側の尾根に出ました。

ここで20分休憩。

9時11分、出発。

 

9時27分、ブナ原生林の表示です。ガイドに乗っています。

 

風雨に耐え忍んだ紅葉が綺麗です。

 

 

9時52分、

最初に開けた南側から、富士山を仰ぎます。

前夜の雨雲が去ったあと。

見事に雪化粧してます。

 

望遠レンズでズームです。

 

 

可憐な花。

 

 

10時6分、いつもの危険な岩場です。

 

これを登って少し行ったところの急斜面から、富士山です。

 

10時20分、草原地帯に出ました。

 

 

これを登りつめて、

10時25分、雪頭ヶ岳山頂(1715m)です。

 

 

足元にはススキの穂。

西湖を見下ろし、雲一つない青空。

眩しい太陽。

雄大な富士山。

誰もいない大自然に溶けて・・・

 

 

 

いつもながら、歓喜感激の私。

吹きさらしの風も、気持ちいいです。

 

 

12時50分、鬼ヶ岳へ向かって出発。

岩尾根を進みます。

 

13時0分、最初のピーク。

紅葉の向こうに富士山です。

よく見ると、少し、雪が溶けてきてますねえ。

 

 

遠くの、河口湖大橋です。

 

アルミのハシゴを登って、続く第二のピークです。

足元にはハシゴ。

手前には越えてきた第一ピーク。

向こうに富士山です。

 

 

 

岩の間から、のぞき見の富士山。

こんな構図は、丹沢山系からもありましたねえ。

 

 

 

第二ピークの岩場です。

この岩の上からも絶景ですが・・・

 

 

 

あと一登りで、鬼ヶ岳です。

 

13時19分、鬼ヶ岳山頂(1732m)に着きました。

 

 

この、山頂にある大岩の上に登ると、360度のパノラマです。

まさに、山頂の一番高いところですねえ。

 

 

南側は、富士山。

富士山頂の向こう側に、わずかに雲ができていますが、これ以外には雲はみられません。

まさに、この秋一番の絶景です。

西湖、河口湖、山中湖、箱根の山、遠くは駿河湾まで一望です。

 

左回りに、ぐるっと一周。

 

 

東側、手前は鬼の角の形をした岩です。

十二ヶ岳、接頭が岳、黒岳などの御坂山系、丹沢山系、そして、とっても珍しいですが、筑波山まで?・・・

 

北側、甲府盆地の向こう側は、中央アルプスと北アルプス。

 

鍵掛、王岳の向こう側は、身延や南アルプスの山々。

 

天使山系の山々の向こうには、南アルプスの山々や駿河湾。

 

 

 

15時、鬼ヶ岳から、もと来た道を下山です。

15時8分、

倒木が登山道を遮っています。

 

紅葉と松が綺麗です。

 

 

15時15分、第一ピークに戻りました。

2時間前と比べてみると、さらに、雪が溶けています。

 

ここで、お昼寝を40分。

一時的に、南風がおさまり、ぽかぽかと日向ぼっこ・・・

 

そして、16時0分、出発。

16時10分、雪頭ヶ岳に戻りました。

草原の吹きさらしの斜面にテントが二つ、はられています。

昼過ぎまでは、なかったから、その後、登ってきたのでしょう。

夜には、星を観察するのかしら。

この斜面、風が吹き曝しなのにね。

ススキの穂も、手前に傾いてかなりゆれている。

大丈夫かしら・・・。

でも、今晩一晩は、きっと、満天の星でしょう。

ロマンチックです。

 

 

16時13分、夕日に向かって、尾根を下ります。

この位置の夕日だと、山中湖あたりからは、見事なダイヤモンド富士が見れるだろうなあ・・・。

 

その道すがら、南側に見る、富士山です。

 

 

 

草原地帯の、最後のあたり。

往路で、最初に草原地帯に出て、振り返ったところ。

松の木の向こうに富士山。

最初来た時と比べても、雪が溶けていますねえ。

 

再び戻った岩場の手前、

 

 

 

岩場を降りました。

 

さらに、下ります。

最後に開けた南側の富士山です。

夕焼けの富士山。

ここより、自然林の尾根の中を降ります。

 

 

17時2分

ブナ原生林の表示。

日が暮れちゃいました。

 

 

この後は、ヘッドライトをつけて下山。

 

 

 

18時20分、

登山口まで下りました。

見事な清流です。

 

 

 

 

残っていたペットボトルのポカリスエットを捨てて、この清流を3リットル分ゲット。

根場・東入川の、めったにない天然水。

家内へのお土産になりました。

 

18時35分、無事、登山道入り口に着きました。

夜空は、満天の星。

三日月が輝いてます。

 

 

以上、10月26日の登山日記です。

朝から夕暮れまで、またとない快晴の一日でした。

綺麗な富士山を中心に、綴ってみました。

 

 

その後、この28・29日(土日)は、また台風がやってきて(台風22号)・・・

富士山は、再び、スッピンになっちゃいました。

 

 

 

 

 

結びに一言・・・

 

陰徳あれば陽報あり

日蓮大聖人の御書に
「陰徳あれば陽報あり」
とあります。
(陰徳陽報御書、P1178)

人知れず徳を積む者には必ず誰の目にも明らかな良い報いがあり、

隠れて善行をしている者には必ずはっきりとした名誉があるものだ
 『淮南子・人間訓』、故事ことわざ辞典より

景気回復や

働き方改革といっても、

効率や生産性向上ばかりではなく、

人徳をともなうものでありたい。

そうでないものは近い将来、結果として

AIにとって代わられていくだろう。

 

頑張ろう。

 

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みなさん、こんにちは~。

お久しぶりです。

 

早くもインフルエンザが流行り始めています。

お体には、十分大切にしてくださいませ。

 

写真は、某年10月、鬼ヶ岳頂上に上った時、初冠雪の前の富士山です。

 

 

 

・・・1年間で5か月程度は、ただ働きの苦役を強いられている労働者・・・


こんな表現をされたら、幕末か、共産主義・独裁国家の話かと思いますねえ。
何を隠そう、これは、昨年までの私自身の話なのです。


私だけではありません。
今の日本の、自称:民主主義国家?の中で、汗と涙と・時には血を流しながら、ひたすら患者さんのために病院で働く勤務医の先生方は、ほとんどがそうです。


私なんか、昨年まで、毎年5か月前後ですが、半年以上、ただ働きの先生もいます。
これでは、奴隷に近いかも・・・?
なぜ?
なぜ?
なぜ?




つまりは、税金(所得税+住民税+年金保険料+社会保険料+介護保険料+雇用保険料)を稼ぎ出すために、4か月~半年間ぐらい、給料なしで働いている計算になるのです。


勤労所得って、こう見ると、バカバカしい・・・。


国や経営者側からは、「コスト削減」「生産効率の上昇」=労働者から見れば「搾取」


こんな税制だから、優秀な人材は海外へ流出し、後には逃げる能力や勇気のない人たちばかりが残るんだそうです。
私も含めて・・・



以上は、実は、「節税」のために不動産投資やふるさと納税を、盛んに進めてくる人たちから聞いた話です。

な~んだって、思いますけど、
医者の名簿が、彼らの間で売買されていて、片っ端からメールや電話をかけてくるんです。


多くの金持ちがやっている、
不労所得を貪ることが、いかに賢いか、
真面目にコツコツと汗して働くことが、いかにバカバカしいか、
をアピールしながら・・・


まあ、病院勤務に多忙な医者は、その分野ではいわゆる「バカ」ですし、低姿勢で熱心に勧誘されると、患者さんを信用するように相手の話を信用してしまいますから、

とてもいい「カモ」だそうですね。とてもいいかも・・・?





昨年一年間、私は4000時間を超える勤務でしたが、
でも、このことは、すなわち、自分の労働が、国や地域社会に、より多くの人たちに比べて、貢献していることなので、むしろ私は誇りに思っています。
職場勤務の半分以上が、ボランティア。
大自然の摂理=仏法からみれば、善業を積み重ねていくことになるからです。

さあ、今は、政府の言う通り、働き方改革を、より一層、すすめながら頑張っている私です。
うつ病も、克服しつつありますよ。
多くの人たちに助けられ、支えられて、働くことができ、とってもありがたく思っています。




ところで、突如として、安倍総理による解散総選挙・民進党の事実上分解・希望の党と立憲民主党の出現、そして、もう終盤戦ですね・・・
おまけに、私の住む東京は、選挙区の区割り変更が紛らわしい・・・


今度の選挙は波乱ですねえ。
最近のマスコミ(マスゴミ?)によれば、自公で300をうかがうなんて書かれているようですが、


でも、
私の予想では、自民党は大敗、希望の党は躍進、公明党はなんとか現状維持となって、自公連立は衆議院過半数を割り込み、かといって、野党の連合政権も足並みがそろわず、かろうじて憲法改正の流れだけが続くだろうなあ。

だってねえ、もり・かけ問題・「こんな人たち」発言の安倍総理や、自民党も公明党も不祥事が重なっていて、多くの善良な庶民の支持を得るのはちょっとねえ。
かといって、希望の党にどれだけの期待が集まるのか、不確定。



消費税は、上げてはならない。
むしろ、下げるべきだと私は考えています。
教育の無償化や待機児童問題は、大阪を例にすれば、地方自治で何とかなるし、むしろ何とかするべき問題でしょう。
(なんなら、国民の医療のためには、私立大学の医学部こそ、無償化してもらいたいものですが・・・。)


それに、老若男女・貧富を問わず、基本的に医療費は、タダにすべきではないかも・・・。
あくまで「病状」に合わせた、公平な負担にすべきでしょう。
健康な人や健康に努力して健康を実現させている人には負担ゼロ・病気を繰り返す人には、それなりにかかった分だけ負担すべきでしょう。
これが、本来あるべき大自然のルールでしょう。
その上で、ある程度の社会的な助け合いとして、税金や医療保険によって、負担の割合をある程度和らげるべきでしょうけど、
社会の在り方が、因果応報をきちんと反映したものでないと、かならず不公平・不道徳やモラルハザードが起きています。

加えて、医療費に限らず、無償化というのは、モラルハザードを必ず引き起こしてきましたねえ。
タダ=無料というのは、ウケはいいですが、必ず悪平等・不公平・えこひいきを生む危険性が潜んでいます。
これを餌に、多くの悪徳商売や詐欺・陰謀などがはびこっていることからも、自明です。
聞いたり指摘されたりしたら耳が痛い事実ですが、現実は現実です・・・。
最近では、大阪の門真市が、幼児費を無償化したら、待機児童が4割も増えたって、毎日新聞に載っていました。
他にも、救急車のタクシー利用や公衆トイレの汚染、
老人医療費を無償化した前世紀に、何が起きたかを見れば、一目瞭然です。


長い目で見たら、全体としてみたら、
「タダより高いものはない」・・・


努力してもしなくても給料が同じなら、みんな努力しなくなります。
ゼロの努力でも見返りが受けられるのなら、いったいだれが努力するというのでしょうか。
「能力に応じて働き、必要に応じて分配される」・・・
こんな聞こえのいいきれいごとを理念にした共産主義国はどうなっているか・・・

どこかの本に、
「人間は、性格とインセンティブの奴隷である」・・・
なんて、載っていましたけど。

格差や差異・競争も、インセンティブの根源。
インセンティブが起きなくなるような助け合いや平等な制度は、皮肉なことに、甘え・惰性・堕落・没落を招いてきてますねえ。
これも、例を挙げればきりがありません。

だって、これも、大自然の摂理、仏法ではちゃんと説かれている。

病気についても同様です。
日常の診療で、常にみられることですが、
病気にならない・病気になっても自己責任で自己管理する・・・
こういった、当たり前のことができない・やろうとしない中高年が多すぎます。
結果、誰もが病院をコンビニのように考えるようになって、医療費が膨大化。
身の丈(税収や保険料)に合わない状態が常態化しています。

こういう意味では、小児医療費も無償化すべきではありません。
子供にきちんと向き合おうとしないで、欲しいままに与え、食べたいだけ食べさせるという中高年の親が多すぎます。
そのため、小児にも肥満や適応障害など、生活習慣病などを引き起こしていますねえ。
現実に、小児医療は荒廃しているといえます。
実際には病気でない子供たちや、売薬で治る軽症の子たちが、親たちの不勉強や子育て能力の低下・管理不十分などの都合のため、夜間や時間外救急に、親に連れて押しかけてくるためです。
結局、天につばをはくように、国民一人一人の自己責任の無さ・生活能力の欠如が、それぞれに全体として降りかかってきているのでしょうね。
自業自得、因果応報。


北欧の高福祉国家では、老人ホームで寝たきりの人や、在宅で車いすの人はいないそうです。(それを紹介する本も出版されてますが、耳当たりのいいことばかり載っています)
つまりは、それなりに年齢を重ねる過程で、自分で歩けなくなったり寝返りを打てなくなったり、食べなくなったら、自ら大自然に帰っていく、そして周りの人もそうさせるのだそうです。
介護福祉士も、ほとんどは限られた公務員で、ほかに選択の余地はありません。
オランダなんかでは、安楽死も法的に認められているそうです。
胃瘻を増設して経管栄養をしながら生き延びたりすることはほとんどなく、むしろ虐待と考えられているそうです。
国民全体が、身の丈という現実を直視し、大自然の摂理をきちんと受け入れ、これで納得しているんでしょう。


対称的なのは、我が国の高齢者の行く先。
我が国の老人ホームの入所者は、至れり尽くせり・上げ膳据え膳の待遇を受けながら毎日を過ごしています。
ですが、その惨状(高齢入所者の間に見られる便コネ・徘徊・異食・絶叫・暴力・いじめ・セクハラ・パワハラ、人格崩壊など・・・)は、事実をありのままに表現すると、あまりにもエロ・グロ・ナンセンスなため、公にアップできない(差別や人権無視になったり規約違反になる)ほどです。
精神病院のベッドは、若者よりもむしろ中高年の認知症患者でいっぱいだそうです。
こういった施設内で自ら転倒してケガをしたり骨折したりしても、今の法律では施設や現場担当者が責任を問われたことがしばしば発生しました。
医者の診察を受けても、退院しても、「ありがとう」などの感謝を言わずに去っていく高齢者を多く見てきました。
私は毎年、敬老の日に近づくと気分が悪くなりますが、我が国に、尊敬に値する高齢者の割合が、年々減少し、一割にも満たないか、かなりゼロに近くなってきているのではないでしょうか。
人生の最期とは、生命として自らの世話が自らできなくなった時点で、基本的には成り行き任せにすべきで、その人以外のだれの責任でもないでしょう。


現在我が国では、天の寿命や人格を無視して、いたずらに胃瘻や医療で延命をするようなことが、実質的に義務化されています。(善良なる管理者としての注意義務:民法400条、保護責任者遺棄致死罪:刑法219条、など)
欧米では、このような処置は虐待と考えられている国もあるそうです。

 


徘徊して鉄道の踏切に入り電車にはねられても、家族の責任ですか?施設の責任ですか?
自ら、閉めてあるドアを開けて外へ出て、山に入ってそのまま冷たくなったとしても、施設の責任ですか?
自ら食べたものを誤嚥して窒息死したら、現場で食べ物を与えた人の責任でしょうか?
自ら食べなくなったり人格崩壊がある程度進んだ時点で、生命として自然に、何の余計なお世話もなくして大自然に帰るようにすることが、真の生命尊厳ではないでしょうか。

 


このような、原因が99%以上老化現象による死への責任が、施設や病院などの他者に転嫁され、示談や裁判などで換金化されたといえるようなことも、少なからず起きてきています。
文明が発達した社会の在り方が、道理としての自然な大自然への回帰を阻む構造になっているのは、皮肉な現実です。

(ちなみに、これらに実際に加担される弁護士先生の数も増えてきて、たとえば年収200万の弁護士の先生方も多くいらっしゃいます。かつての研修医も無給無休のタダ働きでしたが・・・
過払い金の請求や、肝炎支援金請求などのCMが、最近、目立ちますねえ。
次は、残業代未払い訴訟なども多くなってくるそうです。
医療に関する紛争も、青天井に増えてきています。
やがて、アメリカのように、訴訟社会になっていくのでしょうね。・・・)


膨大化する社会保障費を、政府はあの手この手で抑制しようとしています。
防衛費がGDPの1%以内と決められているように、社会保障費などのすべての分野で、比率を決めて、その範囲でやりくりするという発想が、なぜ出てこないのでしょうか。


今の大人たちの多くは、子供の時、限られたお小遣いの中で最大限の満足を得られるように計画的に使うことを習いましたよねえ。
例えば医療費は?%、介護費は?%、生活保護費は?%以内というふうに、身の丈に応じて、限られた範囲内で最大限の満足を得ることができていません。

それを場当たり的?に国債などの借金として重ねてきて、ひたすら先送りしてきてますねえ。
その額は超1000兆円とも・・・
国の財政はご存知のように、一般家庭では、既に破産しているのと同じ状況です。
そして、こんなことに消費税や社会保障費が費やされ、某政治家などから、まだまだ足りないと喧伝されています。


政府は、現状である身の丈(税収)に応じた生活(給付)を、どうしてしようとしないで、借金(国債など)ばかり続け、後世の若者につけをまわすのでしょうか。
その額、1000兆円とも・・・


世界経済がトレンドとして縮小に転じているにもかかわらず、
前世紀の右肩上がりの持続成長やバブルの幻想に、なお囚われながら、
景気が良くなることを前提としての、耳当たりの良い政策ばかりか、党利党略?選挙目当てで?展開されている。


まあ、その若者たちも、親が裕福なら中年になっても親にパラサイトしてたり引きこもりしてたりしてるのが社会的問題となっていますし・・・。
親が経済的に余裕があるからこそ、子供時代からスマホがもてたりして、今のような便利な暮らしができるのでしょう。(厳然とその結果として生活習慣病がふえてきている)
親である高齢世代の福祉のために膨大な借金を積み重ねてきて、そのつけを払う世代は親にすがっている・・・


これは、なんだか、
タコが自分の足を切って食いつないでいるのに似ていますねえ。
この付けは必ずやってきます。
ある日、突然、やってくるでしょう。
因果応報です。
じわじわではなく、ある日突然、リーマンショックのように、隠された情報が暴露されたことがきっかけで、ドミノ倒しのように広がっていくでしょう。
なぜって?
最近注目を浴びていますが、行動経済学の観点から、十分に予測可能なことなのです。


まさに、我が国は、公共施設から介護施設・医療施設のいたるところまで高齢者天国ですねえ。

政治家たちも、高齢者の票をとるために必死です。

某宗教団体の壮年部・婦人部は、認知症で寝たきりや車いすの高齢者を、数人がかりでわざわざ投票所まで運び出して、不在者投票などをさせる?代理人になって投票する?・・・




私の病院でも、毎日毎日、老害をまき散らしている管理職や事実上の隠居が、少なからずはびこっていますが・・・
私は、絶対にこんな年寄りたちのようにはなりたくない。
少なくとも、今の多くの高齢者のような、若い人の足を引っ張るようなことは、やりたくない。
少なくとも、老害って言われるような人物にはなりたくない。





加えて、
公的年金は、すでに破綻しているとみなしてもいいのでは?・・・
将来にわたって、現役世代の収入の50%を保証するって、喧伝されてますけど、
基礎年金は、満額払いでも年額80万円に満たないですね。
私の年金も、自分で計算すると、厚生年金の比例報酬部分も含めて年額90万ちょっと・・・。


これではリタイヤしては絶対に生活していけません。
これは、つまりは、「死ぬまで働け」ということでしょう。


ものは言いよう。
ものは良いよう。
「一億総活躍・・・」などと、聞こえのいい言葉で、きれいごとを並べることもできます。
すべての人に、このことを、言葉をはぐらかしてまで誤魔化しているともみなせるかもしれません。

 


まあ、私は、世の中のために、死ぬまで現役で、むしろ殉死してもいいと思っていますが・・・

その方が、善業を積むことになりますし。


「百年安心年金プラン」って、かつて、公明党の坂口厚生大臣がおっしゃってましたが、現世だけでみたら、どうなのかなあ。
その後こんなにいろんな問題が暴露されてきてますが・・・
現役世代はとりっぱぐれするとかなどとささやかれていますけど・・・


きっと、坂口厚生大臣は、正しい仏法を把握されており、三世の生命の観点から、おっしゃっていたと思います。
これは正しいことなのです。
現世で年金をとりっぱぐれても、収めた分は来世で確実に福運として戻ってくるのですから。
現役世代の方々、ご安心下さい。

 

 

 


また、北朝鮮のミサイルが、我が国のどこかに着弾したとき、国民がみんな心を一つにして戦えるか???
他人事?、無関心?、果ては、敵に我が国を売るような輩も出てくるでしょう。


さて、現世に限れば、問題は、山積みです。
もり・かけ問題すら、ろくに説明・追及できない政治家たちでは、・・・将来は・・・?
既に鎌倉時代に日蓮大聖人が、末法である今の時代の様相を、立正安国論で指摘されています。

さまざまな誤魔化しや不正、疑惑・偽造・詐欺が横行し、予防対策といたちごっこの連続、冤罪や、冤罪をビジネスにするもの、聖域である医療にまで、紛争・裁判が多発する・・・
もり・かけ問題のみならず、大手鉄鋼メーカーによる長年にわたる組織ぐるみの不正をはじめ、粉飾決算、
また、ハンドルを握る一般ドライバーの些細なことがきっかけでの危険行為による交通事故死・凶悪犯罪などが問題となって、ドライブレコーダの不可欠性がクローズアップされていたり・・・。
これらは、末法の世相として、立正安国論にあるように「上ひとりより下万人にいたる」まで、
「民衆は誰一人として善を貫く心が無く、ただ拘束・搾取・殺害・対立紛争ばかりがあって、互いに自分勝手な主張をして、悪事をしない人に罪をかぶせるだろう。」
という指摘通り、まさに、今の世相そのものでしょう。

そして、あさって投票日には、台風が迫ってきていて、これも立正安国論に予言されていますが・・・
これが日本全体として、吉とでるか凶と出るか、
大自然の働き=諸天善神の善処を祈っています。

さあ、若者の、みなさん。
雨にも負けず、風にも負けず、
日本のために
選挙にいこう。




 

 

国難・災難由来の根本原因を明かす、立正安国論

旅客来りて嘆いて曰く 近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る牛馬巷に斃れ 骸骨路に充てり死を招くの輩既に大半に超え 悲まざるの族敢て一人も無し、・・・
 

旅人がやって来て嘆いていう。ここ数年から今日まで、天変地異が至るところで起こり、飢饉や疫病が地上に頻発している。牛や馬が小道で行き倒れ、骸骨が大きな道路に満ちている。亡くなった人はもはや半数を超えるというありさまで、悲しまない者は実に誰一人としていない。・・・




若くは万民百姓を哀んで国主・国宰の徳政を行う、 然りと雖も唯肝胆を摧くのみにして弥飢疫に逼られ 乞客目に溢れ死人眼に満てり、 臥せる屍を観と為し並べる尸を橋と作す、 観れば夫れ二離璧を合せ五緯珠を連ぬ 三宝も世に在し百王未だ窮まらざるに此の世早く衰え其の法何ぞ廃れたる是れ何なる禍に依り是れ何なる誤に由るや・・・

国民・労働者を哀れんで、一国の主や地方官がいわゆる善政を行ったりしている。
しかし、ただ憂慮を深くするのみで、ますます飢饉・疫病に苦しめられ、物乞いをする人がいたるところで目につき、死者を見ないことがない。遺体が積み重なって物見台になり、遺骸を並べたら橋になる。よくよく考えてみると、日と月の二つも壁のように欠けることなく照り輝き、五つの惑星も珠を連ねたように美しく輝いている。また仏法僧の三宝もこの世に厳然とあり、八万大菩薩の守護が終わる百代目の天皇にまで至っていないのに、今の世の中は早々と衰えてしまい、仏の教えはどうして廃れたのか。これはどのような禍により、これはどのような誤りに由来するのか。・・・





既に捨離し已りなば 其の国当に種種の災禍有つて 国位を喪失すべし、 一切の人衆皆善心無く唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて 互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、 疫病流行し彗星数ば出で 両日並び現じ薄蝕恒無く 黒白の二虹不祥の相を表わし 星流れ地動き井の内に声を発し 暴雨・悪風・時節に依らず常に飢饉に遭つて苗実成らず、 多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有ること無けん・・・

捨て去った後では、その国には種々の災害があって国王は地位を失うだろう。民衆は誰一人として善を貫く心が無く、ただ拘束・搾取・殺害・対立紛争ばかりがあって、互いに自分勝手な主張をして、悪事をしない人に罪をかぶせるだろう。
伝染病が流行し、不吉な彗星が何度も見られ、二つの太陽が並んで現れ、日食・月食がみだりに起こり、黒い虹や白い虹が不吉な前兆として出現し、星が流れ地が動き、井戸の中から音がし、季節はずれの暴雨・悪風が発生し、常に飢饉になって作物は実らず、外部の敵対者に侵略され、国民は様々な苦悩を受け、その土地には望ましい場所がなくなるだろう。・・・




国難、
北朝鮮の脅威は、鎌倉時代の元寇に匹敵するかもしれない。
阪神大震災・東日本大震災、
東海地震が、現在の地震学をもってしても予測不可能なこと
生活保護受給者の増加、わいろの横行、利益誘導型の政治や選挙、・・・「物乞いをする人がいたるところで目につき」
インフルエンザやノロウィルス、病原性大腸菌O-157、MRSA(多剤耐性ブドウ球菌)、MDRP(多剤耐性緑膿菌)、CRE(カルバペネム耐性腸球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などの流行・・・「疫病」
豪雨や竜巻、ヒョウ、・・・「季節はずれの暴雨・悪風が発生し、」」
毎年の交通事故死者や自殺者は、まさに、それらの「遺体が積み重なって物見台になり、遺骸を並べたら橋になる」くらいに多い。

 



 

 

 

 

 

さまざまな誤魔化しや不正、疑惑・偽造・詐欺が横行し、予防対策といたちごっこの連続、冤罪や、冤罪をビジネスにするもの、聖域である医療にまで、紛争・裁判が多発する・・・
もり・かけ問題のみならず、大手鉄鋼メーカーや自動車メーカーによる長年にわたる組織ぐるみの不正をはじめ、粉飾決算などなど、
また、ハンドルを握る一般ドライバーの些細なことがきっかけの危険行為による凶悪犯罪などが問題となって、ドライブレコーダの不可欠性がクローズアップされている。
これらは、上ひとりより下万人にいたるまで、官民すべてが、
「民衆は誰一人として善を貫く心が無く、ただ拘束・搾取・殺害・対立紛争ばかりがあって、互いに自分勝手な主張をして、悪事をしない人に罪をかぶせるだろう。」
という指摘通り、まさに、世相そのものでしょう。



 

 

日蓮大聖人は、政治については詳細に、立正安国論において、説いています。
簡単でわかりやすい部分を一部、あげてみます。

「・・・夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む、 
然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず皆此の善に帰せば何なる難か並び起り何なる災か競い来らん。」・・・(立正安国論、日蓮大聖人御書全集)


・・・そもそも、釈尊より前の仏の教えでは、謗法の悪の罪の者は斬り殺すことになっていたが、釈尊が出現された以後の経では、謗法の悪の罪の者への布施をやめることである。
こうすれば、つまり、世界のあらゆる国々で、すべての人々が、悪に布施をせずに、皆が善に帰依したとすれば、いったいどんな難が一斉に起こり、どのような災いが争ってやって来るというのだろうか。
どんな難や災いも一切起こらないのである。・・・(私風現代語訳)



つまり、
「悪に布施をしない」、つまり悪を利益させない・悪に加担しないことが、良い政治を実現させるべき根本となることがわかる。
当然のことでわかりやすい。
しかし、実行するとなると、むつかしい。
何をもって悪とするかも、時代・地域によって異なる。
だから、宗教上で、時代・地域を包括している正しい法則に帰依することが不可欠となるのだろう。





国を安泰に司るためには、悪を絶って、正しい法を取り入れることが必要で、一切の教えの中で、いかなる法が正しい法かを論じきった後、結論の部分では、

「・・・汝早く信仰の寸心を改めて 速に実乗の一善に帰せよ、 
然れば則ち三界は皆仏国なり 仏国其れ衰んや
十方は悉く宝土なり
宝土何ぞ壊れんや、
国に衰微無く土に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、
此の詞此の言信ず可く崇む可し。」



・・・あなたよ。
早速、小さな信仰の心を改めて、速やかに、真に成仏への道である唯一の法に帰依しなさい。
そうすれば、現実の世界すべては皆、仏の国となる。
仏国がどうして衰えることがあろうか。
四方八方はことごとく宝土である。宝土がどうして壊れることがあろうか。
国が衰微することがなく国土が壊れることがないなら、身は安全であり、心が揺れ動くことはないだろう。
この言葉を信じて敬わなければならない。・・・(私風現代語訳)


当時の鎌倉時代は、朝廷に代わって武家政治となった始まりであり、武士は常に死と隣り合わせの毎日であって、民衆も貧しく、戦いや疫病や自然災害のために生き延びるのが困難であった。
立正安国論は、実質的に国家権力の最高者であった北条時頼に提出され、国の安泰と民衆の安全のために、真の仏法に帰依するよう、悠然と、諌められている。

ところで今の、信教が自由で、政教分離の民主主義国家;日本においては、国民「主権」であるから、立正安国論において諌められている対象は、論理的に解釈すれば、天皇でも総理大臣でもなく、国会でもなく、

「すべての国民ひとりひとり」

となるのです。

(こう考えると、つまり仏法上では、民主国家の国民は、政治的には、各種自由が保障された一人ひとりが、それぞれ「王」であり「首長」であり「権力者」になってしまうのだろうか?。まあ、そういう要素もたしかにある。)

さ~あ、たいへんだ~

でも、政治の分野だけではないのであるが、
良い政治を実現するのにも、よい理念・哲学が必要なのですねえ。

悪に加担しないためには、悪への加担を最小限にするためには、だれに投票すべきなのか?
日本中のすべての有権者が、私心なく、こう考えて投票したら、政治はもっと良くなるでしょう。

もう私は、投票してきました。

日本の平和と発展、世界の平和と人類の繁栄を、毎日毎日、祈り続けています。

 

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