アルバム「monsoon jam」、8曲目は「一休歌姫恋物語」。


この曲もライブではお馴染みのナンバーです。
「ジャンプしろー!」と、高確率で叫びます、わたくし。
踊れます。


この曲は、2001年、旅から帰った直後に作って、たしかrainmanのデビューライブ(3人の頃)でも演ってる。

3rdミニアルバム、「ヒマリホテルの花 」にはライブ音源として収録されているが、スタジオレコーディングされたのは今回が初めて。



この曲は、今回のアルバムの中で一番最初に録音した。
いい意味で初々しく、勢いのあるロックなテイクになってると思う。



全体を通じて、
アジアの大地を勢いよく手を振って進んでいくイメージかな。



アレンジも、「monsoon jam」バージョンとしてイントロを長めにしてある。


ギターかっつんの軽快なカッティングから始まり、たむのどっしりとしたタム回しが印象的なドラムが入り、その上に重なるジャンベを中心としたパーカッション。そしてブルースハープソロが一気に勢いを加速させる。
ちなみにベースラインは、個人的にはアルバムを通じてこの曲が一番好き。なんともいえない変なグルーブだが、なぜだか顔がほころぶ。普通の人がいかないところに指が動いてるんだなきっと…。奏者の生き方を表しているようでもある(笑)。




歌詞に関しては、以前書いていた「自問風答 」(※このブログはrainman初心者には超お薦め!最初から読むとrainmanの全体像が見えてくるよ)というブログで、この曲についての出来事を書いたので、古くからのファンは知ってる人が多いと思う。


「一休歌姫恋物語」は文字通り、「一休さん」と「歌姫」の物語であり、アジアを舞台とした壮大な恋の話…実話です。



説明するより、その時のブログ記事を載せたほうが早いと思うので、知らない方は長文ですが是非背景を知ってほしいので読んでください。




●その1



今回は中国を舞台に壮大な恋をした旅人「一休さん」のお話です。


「一休さん」と呼ばれる青年とは、中国雲南省・麗江で出会いました。同じゲストハウスでたまたま滞在してました。この話は事実に基づいた恋物語ですが、6年前の話なので(今となっては9年前)すこーし会話の内容は曖昧です(汗)。


ある日、ゲストハウスの庭で日向ぼっこしていると、一休さんが話しかけてきた。
「リーダー、実は僕、今、恋をしているんです。」
(あ、言い忘れました、このゲストハウスで俺はなぜか『リーダー』というあだ名でした(笑))
「おっ、一休さん、ほんとですか!それは素晴らしい。一体誰に恋をしてるのですか?」
「それが…、実は、チベットから出稼ぎで中国に来ている楽団の一員で、歌手をしている女の子なんです。ちょっと前に偶然街の路上で歌っているのを見かけて、それから毎日彼女の歌を聞きたくて、その場所に通っているんです…。」
「ほぉぉ。そうなんですか。で、彼女とは話したのですか?」
「はい。英語が通じないので、初めはダメだったのですが、僕が中国語を勉強して、少しずつ話せるようになって、今度デートしてくれることになったんです…。」
「えー、マジすか?それはすごいね!しかし、彼女のために中国語を覚えるなんて、かなり本気ですねー。」
「はぁ…まだ自分でもよくわからないのですが、コレは恋なんでしょうか…。」
「間違いないねー。で、そのデートってのはいつなんですか?」
「それが、明日なんです…。もう心臓ドキドキですよ。」
「明日ですかー!そうですかー。それはそれは頑張って下さいねー!」


そして次の日の、デート当日。
俺は少し心配で一休さんの部屋を覗いてみた。
そしたらなんと、一休さん、熱を出して寝込んでいたのだ。。

「一休さん、どうしたんですか?汗びっしょりですよ!」
「い、いや、実は昨日ドキドキしすぎて、不覚にも熱を出してしまいました。。」
「こんな大事な日に…今日のデートどうするんですか?」
「ちょっと動けそうにありません…。リーダー、1つ頼まれてくれませんか?」
「え?なにをですか?」
「すまないのですがリーダー、彼女に会いにいって、俺が風邪で行けないという事伝えてほしいのです。」
「えー?俺がですか?う、うーん…まぁいいですけど…、で、でも俺会った事ないし…。中国語話せないし…。」
「大丈夫です。。チベット人の服装なんですぐわかります。○時に○○橋の上で会うことになっているんです。手紙を書いたので、これを渡してくれたら、理解して貰えるようにしておきました。」
一休さんはそう言って、漢字で書かれた手紙を俺に渡した。


なんだか変な展開になってきたぞー。
でもここはひとつ、俺も一休さんのために一肌脱ごうじゃないか。

「よし、わかった一休さん!俺に任せて!」
俺は手紙を握り締め、地図を見ながら、待ち合わせの橋を目指して走った。

少し迷ったが、なんとかその橋を見つけることが出来た。


待ち合わせ時間より5分ほど早く着けた。
俺は橋の中央で、ぐるぐる辺りを見回しながら、それらしき女の子が来るのを待った。

時計が待ち合わせ時間を10分程過ぎた。俺は少し不安になった。


見逃したのか?それとも彼女が、一休さんが来ていないのを遠くから確認して帰ってしまったのか?

「ちくしょー、会えなかったら一休さんに合わせる顔がねぇぜ…。でも、もう来ないかな…」

諦めようとしたそのとき。


チベットの服を着た女の子がこちらに向かって歩いてくるのが遠くに見えた。


間違いない!あの子だ!



●その2


チベット人の女の子は、橋に近づいてきた。一休さんの姿を捜しているようで、キョロキョロしている。間違いない!この子だ!


俺は、片言の中国語で声をかけた。彼女は、ビックリした様子で、警戒心を持った目で俺を見た。そりゃそうだろう。知らない外国人がいきなり声をかけたのだから…。
俺は、一休さんに渡された手紙を見せた。

彼女はそれを、手にとって読んでくれた。
そして、少し寂しそうな顔で、俺を見た。


俺はその時無性に、「このままじゃいけない」って思った。
そして、彼女の腕をとり、「彼のところに一緒に行かないか?」と伝えた。
といっても、言葉が話せない。身振り手振りでそう伝わってほしいと願って、ジェスチャーをした。

彼女は、最初困った顔をしていたけど、少しずつ俺の伝えたい意味を理解してくれた。
俺は、彼女の手をとり、ゲストハウスまで引っ張っていった。

無事に、彼女を連れてゲストハウスまで辿り着けた。



俺はまず一人で、一休さんの部屋に入った。一休さんはベッドに寝ていた。
「一休さん、無事に彼女に会えたよ。」
「あ、リーダー…。会えましたか。。よかった。」
「あのね、一休さん…、手紙は無事に渡せたんだけど、俺、なんかそのまま帰れなくて、実は、彼女連れて来たんだ…。大丈夫だったかな…。」
「え?ほんとですか?いるんですか?」
俺は彼女を部屋に呼んだ。
彼女は恥ずかしそうに部屋に入ってきた。
一休さんも恥ずかしそうだったけど、嬉しそうだった。
「ありがとう、リーダー…」
一休さんにそう言われて、俺はほっとした。
そして俺は部屋を出て、二人だけにした。


その日を期に、風邪を治した一休さんとチベット人の女の子は何度かデートをしたようだった。
俺は特に口を挟むわけでもなく、遠くで気にしながら、自分の旅の日々を過ごしていた。

その数日後、一休さんは航空チケットの都合で日本に帰ることになった。


帰る日の朝、俺は一休さんに、その後の彼女との進展をそれとなく聞いてみた。
一休さんは「いやぁ、どうなんでしょうか…。なかなか打ち解けられなくて…」と、答えただけだった。

その数日後、俺も次の町に向かうために、このゲストハウスを出た。
そして、しばらくの間、この二人のことは記憶から無くなっていた。



その約5ヵ月後…。
俺は、インドの南部、ゴアという町にいた。

いつものようにインターネットカフェに行き、届いたメールをチェックしていたら、一休さんからのメールが入っていた。
そこにはこのような事が書かれていた。


「リーダー、その節はお世話になりました。リーダーにはその後の経過を伝えておくべきだと思い、メールしました。あの後日本に戻り、彼女とは何度か手紙の交換をしたんですが、何度目かの手紙から返事が来なくなりました。
今、ひとつ考えていることがあります。それは、『もう一度彼女に会って自分の気持ちをしっかり伝えたい』ということです。僕は今、もう一度中国に彼女を探しに出ようと思っています。」



俺は、ぶったまげた。
おいおい、捜すって、中国ははんぱなく広いよ!町から町へ移動しつつ出稼ぎしてるチベット人の楽団を、どうやって捜すっていうんだい。俺はメールでそう返信した。


次の日、再びメールを見に行くと、
「リーダー、確かに見つかる確率は低いです。でも、もう一度、彼女に会って自分の気持ちを伝えないと、整理がつかないんです。」
と、答えが送られてきていた。


俺は、ゴアで一緒に滞在している仲間達に、一休さんのことを話した。
仲間達はみんな、「それは無謀だ!」と、声を合わせて答えた。
俺は気になってしょうがなかった。
一休さん、大丈夫かよ…。

その数十日後、再び一休さんからメールが届いた。



「明日、中国へ旅立ちます。彼女にもう一度会うために。」



●その3


「明日、中国へ旅立ちます。彼女にもう一度会うために。」


というメールが来てから、一休さんからはしばらく音沙汰が無かった。

俺は一休さんのことが気になってしょうがなかった。
だけど、そこまで熱くなれる一休さんをかっこいいとも思っていた。


中国を旅した人なら解ると思うが、中国は本当に広い。どこまで進んでもどこまで進んでも中国だ。彼女と会わせてあげたいな、と本気で思った。



しばらくしたある日、再び一休さんからメールが入った。

「今、彼女と会った町、麗江にいます。彼女が当時寝泊りしていた家を訪れたんですが、すでにそこには彼女の姿はありませんでした。」

うーん。。そりゃもういないだろ。。が、がんばれ一休さん。


その数日後またメールが入った。

「彼女の手がかりがつかめました。彼女が滞在してたという宿の人と会えて、彼女達の楽団が次に向かった町を教えてくれました。大理だそうです!僕はこれから大理に行ってきます!」

おーーー!一休さん、すげーー!よく手がかり見つけたねー!しかも大理なら麗江からそんなに遠くない。バスで半日もあればいけるじゃん!すげーよ、一休さん!

そして、それからまた数日後。


ついに一休さんから、このメールが届いた。

「リーダー、彼女と再び会うことが出来ました!
そして、自分の気持ちを伝えることが出来ました。
彼女と会えたとき、もう僕には『再び会えた』という事実だけで充分でした。自分でも、自分の行動力に驚いています。」


俺は、インターネットカフェでパソコンの画面を見ながら、「おっしゃー!!!」とガッツポーズをとってしまった。感動していた。ついにやりやがったぜ一休さん!かっこいいぜー!!



それから数ヵ月後。
帰国した俺のもとに、一休さんから↓この写真の入った手紙が届いた。
彼女とは、やはりその後、定期的に連絡をとることは、難しかったようだ。
でも、一休さんの気持ちはすっきりしていたように思えた。


今、彼とは連絡をとっていない。
たぶん、このblogも読んではいないだろう。
でもきっと、彼は、今でもあの時の旅を時々思い出しているんじゃないだろうか。
そして俺も、彼とチベット人の歌姫との、この壮大な恋物語を、この先忘れることはないと思う。


終わり






という、話。読んでくれた方ありがとう。


まぁしかし、長年歌ってきた今となっては、一休さんの代弁というよりは、自分の気持ちとして唄うことが多くなった。


俺らrainmanは6人で、決して贅沢ではないツアーを機材車に揺られて何年も続けている。
大きな会場ばかりじゃないし、ホールに空間が目立つ動員数の場所もある。

それでもこうして、好きなことが出来ることに感謝しつつ、楽しくやってる。



その理由は1つ。




名も無きロックバンドがこの街までやってきたぜ、


「あなたに会いたくて」。



●雨奇風好●rainman_daisuke

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