1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
テーマ:Brainstorms
2015年03月21日

復興

4年前の3月11日に私はバンコクで日本行きのチケットを購入したところでした。
チケットを購入後、バンコクの街中を歩いていると、人の群がる小さなテレビ。

ミーハーな私はその人だかりに紛れてテレビを見ると、
そこにはハリウッド映画のような光景がニュースと
“Worst quake in Japan”の表記が流れていました。

はっとして、日本の家族に電話をかけても全く繋がらず、
タイに住んでいる友達から、日本で大地震があり電話回線がパンクしていることを知り
いつも電話やメールで会話をしていたから距離を感じなかった家族が
とても遠くに感じたのを覚えています。

東日本大震災から4年が経った今。
メディアに幾度となく現状のアップデートが取り上げられるも
遠くから復興を祈るばかりのもどかしい気持ちがずーっとあって
家族の協力でやっと被災地に行くことができました。

降り立ったのは、宮城県南三陸町。
津波によっての町の被災率は61.1%と町の半分以上が崩壊されてしまい、
メディアにも大きく取り上げられていました。

南三陸さんさん商店街には

Tohoku3

天皇皇后両陛下も訪問され、
農漁業の盛んな町なので、たくさんの海の幸が販売されていて

Tohoku13

海の幸たっぷりのきらきら丼はすーぱー美味しかったです

Tohoku7

おなかがいっぱいになり、町の中へ行ってみると
低地部への盛土工事を行っていました。

Tohoku11

将来津波が来たときに備えての盛土工事とのことですが
地元にかたのお話では、町のカタチになるには、あと3年くらいかかるとのことで
少しずつ、強い町づくりが行われていました。


町には、まだ津波の爪痕が残っていました。

以前は栄えていた駅のロータリーや

Tohoku2

卒業式の前日だった学校も

Tohoku6

時計も

Tohoku10

地震が来た時間で時が止まっていました。

そして、メディアでもっとも取り上げられていた防災庁舎。

Tohoku4

悔しさを肌で感じました。

丘の上の小さな神社では、たくさんの子供達が津波の寒さから身を守るために
小さな社殿で過ごしたそうです

Tohoku8

また、この神社には

Tohoku9

同じ被害を繰り返さないために
未来の人々へのメッセージが刻まれていました。


今回お手伝いさせて頂いたいたのは菊農園。

Tohoku12

若い人が町離れをしているとのことで、
ボランティアに来てくれるとうれしいと
菊農園のおじさんが仰っていました。

おじさんはどのくらい農家をやっているのですかと尋ねると、
津波がくるまでは漁師さんだったそうで
船がのまれてしまったので、農業に転職されたそうです。

『だから、農家のことあんまりわからないんだよ~』
って、とっても気さくにお話くださった元漁師さん、
やっぱり海が好きなんだと胸のうちを語ってくれました。

少しずつ町が再建されているものの、
まだまだ避難生活をされてい方々がたくさんいる現状。

自分の欲求を押さえて、
子供達の未来のためにと復興に頑張る町の人たちの思いを
直接受け止められたこの旅は、本当に貴重な経験でした。

そして、まだまだぼくたちができることがあるし、
みんなのちからを必要としている人たちがいることを

Tohoku14

リマインダーしたかったのです。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事
 もっと見る >>
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。