2016-03-13 02:16:01

【避難指示解除まであと1年】原発事故で奪われ、東京五輪で棄てられる~浪江町民の怒りと戸惑い

テーマ:被曝

帰るべきか、帰らざるべきか。浪江町民が選択を迫られている。「なみえ 3.11 復興のつどい」が12日、二本松市の安達文化ホールで開かれ、原発事故による避難でバラバラになってしまった町民たちが、つかの間の親交を楽しんだ。故郷を想う気持ちと放射線への不安。そして避難先で既に始まった新しい生活。安倍晋三首相は、2017年3月末の避難指示解除をステップに東京五輪で世界に〝復興〟をアピールしようと目論むが、住民たちの感情は、そんなに単純なものではない。町民の言葉からは、被害者置き去りの復興政策が垣間見えてくる。



【「これ以上、何を頑張るの?」】

 「頑張りましょう!」

 午前10時から始まった開会式で、3期目に入った馬場有(たもつ)町長の口から何度も語られたのが、この言葉だ。

 「心が折れないように頑張り抜いていただきたい」

 「みなさん、頑張っていきましょう」

 故郷を、わが家を、地域を、原発事故や津波で破壊された浪江町民。5年間、福島県内外に点在しながらそれこそ「頑張ってきた」。これ以上、何を頑張れば良いのか。関係者ですら「頑張りましょうって、何を頑張るのかわがんねな」と違和感を口にしたほどだ。

 原発事故被害者の失ったものは、金銭に換算できないものも含めてあまりにも大きい。その上、慣れない土地での避難生活は、苦労の連続だった。
 「家を建てれば『さすが、賠償金をたくさんもらっているだけあるなあ』と陰口を叩かれ、近所の人に旅行のお土産を買って来れば『賠償金のおかげで余裕があるのね』と言われる。それが現実です。何も好きで避難しているわけではないのに…」

 作品展の会場で、中通りの大玉村に新居を構えた女性(62)は怒った。仮設住宅に入らず民間借り上げ住宅で暮らしている町民は孤立しがち。そこで、大玉村や本宮市に避難している町民で「コスモス南達会」をつくり、情報交換や手芸品づくりなどに取り組んでいる。「作品づくりはね、結局はおしゃべりなの。月1回集まって気兼ねなく愚痴をこぼすことって大事なのよ」。暮らしぶりが派手になったと言われないように、周囲に気を遣いながら生きてきた。町の仲間が集まる時間が唯一、心から笑って泣けるひとときなのだ。

 女性の住んでいた津島地区は、最も汚染の高い帰還困難区域(年50mSv超)に指定されている。浪江町は海側から津島地区のある山側に向かうにつれて汚染が酷くなる。「もう帰れないわよね」と女性。「国は帰還困難区域以外の避難指示を来年3月末で解除するんでしょ?でも周りは帰りたがらないよ。山が汚染されているのに、どうして街なかが安全と言えるの?」

 津島地区の住民が国や東電を相手取って起こした集団訴訟も、目的はお金ではなく失われた故郷の回復。2020年3月までに汚染を年1mSvに低下させることを求めている。しかし今、安倍晋三首相ら国が見据えているのは福島ではなく東京五輪に他ならない。

 「オリンピックが東京に決まった段階で、私らは棄てられると思っていた。2020年までに福島は片付いたことにしたいのよね…」
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(上)「請戸の田植え踊り」など伝統芸能の継承も

浪江町の課題の1つ

(下)避難先での作品づくりは、愚痴をこぼし合う

重要な場だという

=二本松市・安達文化ホール


【「帰りたい」と「帰れる」は別】

 安倍首相の言う「復興」とは何か。国は2017年3月末までに帰還困難区域を除く避難指示解除準備区域(年20mSv以下)、居住制限区域(年20~50mSv)の避難指示を解除。東京五輪の開かれる2020年までにJR常磐線を全線開通させ、世界に「復興」をアピールしようとしている。
 「町の復興とインフラの復旧は分けて論じられるべきです。とても帰れる状況ではないですよ」

 つどい実行委員の1人は話す。児玉龍彦・東大アイソトープ総合センター長を中心とする「避難指示解除に関する有識者検証委員会」は今月下旬にも馬場町長への答申をまとめる予定。来賓として開会式であいさつした吉田栄光県議も「ドクターヘリの配備、福島医大までの搬送時間が50分を切るよう国道114号線の整備など、医療機関も含めて復興計画を加速させなければならない」と帰還に前向きだ。しかし、先の実行委員はこう批判する。「馬場町長は『きれいな浪江町を取り戻したい』と言うが、そんなこと出来るのだろうか?町議だって口では『帰りましょう』と言いながら、避難先に自宅を新築している。本音と建前があまりにも違い過ぎる」。

 避難指示解除を心待ちにしている町民もいる。小学5年生の母親は、居住制限区域に自宅を建てたばかり。自宅での生活より、避難生活の方が長くなってしまった。一時帰宅のたびにネズミの糞を掃除している。

 「ぜひ帰りたい。自宅周辺の空間線量は1μSv/h程度だからかなり落ち着きました。夫は国家資格を持っていて放射線に関する専門知識がある。その夫が『帰っても大丈夫』と言うのだから心配はありません。子どもも戻りたがっている。まったく、野生動物のために住宅ローンを支払っているようなものです。もっと早く避難指示を解除して欲しかったくらいですね」

 だが、このような町民は実際には少ない。同じく居住制限区域に住んでいた男性(78)は、二本松市内の復興公営住宅への入居が決まった。「妻が市内の病院に入院しているから、なるべく近くにいたいと思ってね。でも、そういう事情がなくても帰らないよね。数km先に原発があるんだから。誰だって故郷に帰りたい。でもそれと、帰れるかどうかは別だよ」。
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(上)浪江小学校や津島小学校の児童が制作した

「なみえっ子カルタ」。自然豊かな津島地区は、町内

で最も汚染されてしまった

(下)つどいに先立ち、黙祷する町民たち。津波で亡く

なった人々や故郷を想い、祈った

=二本松市・安達文化ホール


【「緑地公園にしていれば…」】

 「帰るも何も、津波で自宅は流されてしまいましたから…。でも、国が新築費用を全額負担してくれたとしても、元の土地に戻るつもりはないですね」
 津波で壊滅的な被害を受けた請戸地区から郡山市に避難した女性(47)は、市内に一戸建て住宅を建てて新たな生活を始めている。「夫婦2人だけならともかく、目と鼻の先に原発があって何が起こるか分からない。この子たちに被曝のリスクが本当に無いのかも分からないですしね」
 立派な病院が整備され、ショッピングモールが出来たとしても帰還の動機つけになりにくいところに、原発事故の根の深さがある。別の女性はこうも言った。「5年という歳月は、新しい土地での生活に慣れてしまうのには十分な時間だった」。今さら帰れと言われても困る、という戸惑いもある。
 「そもそも原発を造る時の説明では、40年後に廃炉にし、コンクリートで埋め立てて緑地公園にするという話だったんだ。40年を過ぎても使い続けるから、こんな事になった」

 仮設住宅の自治会長を務める50代の男性は、そう言って悔しがった。男性は、原発事故前に撮影した町内の桜並木の写真を展示した。今年も「リバーライン」は満開の桜で彩られるが、花見をすることも叶わない。
 別の男性は、「鶴田浩二の『傷だらけの人生』が好きなんだよ」と笑った。歌詞通り、生まれた土地は荒れ放題になってしまった。

 「右を向いても左を見ても、馬鹿と阿呆の絡み合い」
 男性には、国の復興政策がそう映っているのかもしれない。



(了)

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