2015-11-07 15:11:34

原発事故で生活を破壊された双葉町民の怒り、前町長の決意~「井戸川裁判を支える会」設立集会

テーマ:被曝

福島県双葉町から埼玉県内に避難中の井戸川克隆さん(前町長)が、国や東電を相手取って起こした損害賠償請求訴訟の支援団体「井戸川裁判を支える会」が6日、設立され、集会が参議院会館講堂で開かれた。裁判で求めるのは金ではなく、国や東電の責任の明確化と謝罪、そして被害の回復。井戸川さんは改めて支援者に誓った。「誰かに遮られたとしても、本当の事を言うのはやめません」。双葉町から泣きながら逃げた女性の話を中心に、前町長の決意を届けたい。



【極寒の中、着のみ着のままで逃げた】

 「まだまだ話したいことはいっぱいある。1時間くらい欲しい」

 わずかに与えられた時間では、原発事故から4年8カ月の苦労を語り尽くせるはずもない。それでも分かってもらいたい。なぜ私たち双葉町民は切り捨てられなければならないのか。あふれそうになる涙をこらえ、怒りを哀しみを込めて女性は話した。
 70代の女性の自宅は、福島第一原発から、わずか1.2kmの距離にあった。巨大な揺れになす術もなく這いつくばった。夫にやっとの思いで屋外に出させてもらうと、屋根瓦が音を立てて落ちてきた。飛び込んだ自家用車は「船が揺れてるようだった」。

 「放射能が漏れる可能性があるから逃げろ!逃げろ!」。しばらくすると、男性の怒鳴り声が聞こえた。実家のある浪江町に逃げよう。しかし大渋滞。普段、15分もあれば行かれる実家まで4時間も要した。着いた頃には3月12日になっていた。そして6時50分、非常事態を知らせるサイレンの音。「10km以遠に逃げてください」。再び大渋滞。結局、自宅から持ち出せたものはわずか3000円の現金だけだった。
 ワゴン車での避難は「地獄でした」。今にも雪が降りそうな寒さ。ガソリンが減ってしまうからと暖房を我慢していたが、手足の冷たさはもはや、限界を超えていた。あと何日、自宅から離れていれば戻れるのか。誰も教えてはくれない。「ここには居られない」。親類を頼り、横浜へ向かった。

 親戚と言えども他人。初めは良いが、そうそう長居もできぬ。「仕方ないですよ。親戚だって、20日も面倒見られませんよね」。都内の住宅に落ち着くことが出来たのは、かなり時間が経ってからだった。行くあてもなく、芝公園(東京都港区)の横に車を停めて二晩を明かしたこともあった。しかし、新しい住まいに入居しても、着替える服も布団もない。お金は借りての避難生活。「夫の前で何回泣いたか分かりません」。

 女性が自宅に初めて一時帰宅出来たのは、事故から5カ月後の8月26日。「うれしかった」。限られた時間内に何を持ち出そうか。そんな期待はしかし、一瞬にして打ち砕かれた。「自宅は変わり果てていました。はっきり言います。泥棒です。泥棒に入られて、現金も洋服もバッグも宝石も全部持って行かれて何も無かった」。あの日、干した洗濯物が風に揺られていた。失意の中、実印を持ち出すのが精一杯だった。

 「泣くたびに、夫には我慢しろと言われた。でも、そう言ったって…」。

 この4年8カ月、様々な機会を使って原発被災者の苦しみを訴えてきた。「国も東電も理解しようとしない」。名前も顔も隠さずにいたら、バッシングに遭った。本当のことを語っているだけなのに叩かれる社会。以来、顔写真や名前を伏せて語るようになった。だからこそ、裁判を通して「本当のこと」を明らかにしようとする井戸川さんの姿勢に共感し、賛同する。「埼玉県加須市の町役場を訪ねた時、いつも物資を分けてくれたのが井戸川町長だった」。

 「後から知りました。私たちは汚染の高い方、高い方に逃げていたんです。誰も教えてくれないから」。募るのは悔しさばかり。「私たちの苦しみだけは分かってください」。原発再稼働へ邁進する安倍晋三首相にこそ、女性の言葉を届けたい。
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「逃げるつもりはありません。誰かに遮られたとしても

本当の事を言うのをやめません」。改めて〝闘争宣言〟

をした前双葉町長・井戸川克隆さん

=参議院会館講堂


【邪魔されても「本当の事」言い続ける】

 「原発事故を知り、すぐに死ぬと思った」

 体重が落ち、手や喉のしびれが続く中、それでも井戸川さんは法廷闘争を選んだ。「いつまで本当のことを隠し続けるのか。あんな思いをさせられて遠慮する必要は私にはありません。被曝したことのない連中が『健康に影響無い』などと言っている。失礼な話だ」と語気を強めた。「裁判なんて起こす必要は無かった。国や東電が『ちゃんとやっているんだな』という姿を見せてさえいれば…」。

 集会で頒布された冊子「訴追に至った経緯」。表紙にはこう、記されている。「正論言う為に立ち上がりました」。原発事故前に東電と福島県、大熊町、双葉町の間で交わされた「福島第一原子力発電所周辺地域の安全確保に関する協定書」も掲載した。第12条では「発電所の保守運営に起因して地域住民に損害を与えた場合は、東電は誠意をもって補償するものとする」とうたわれていた。井戸川さんは言う。「東電は下手な工作を止めて被害者には真摯に向き合い、要求には対応しなければならない」、「この協定書には国は入っていない、部外者。事故以来、進めてきた様々な被害者切り捨て政策には効力は存在しない」。
 「直ちに影響無い」という錦の御旗の下、福島には被曝の危険性など存在しないという雰囲気が醸成され、国は原発被害者の切り捨てと帰還政策を加速させている。井戸川さんは「被曝させ続けるのが、日本では〝おもてなし〟のようだ。東京五輪で世界中の人々にこの現実を見ていただきたい」と綴る。

 8月21日の第1回口頭弁論での意見陳述でも「東電は、安全協定にうたわれた通報連絡を怠り、双葉町に重要な事実を隠ぺいしていた」、「3月12日の14時40分、双葉町上羽鳥地区のモニタリングポストで4613μSv/hが記録された(20秒間の空間線量率)。事前予告も避難誘導もないベントによって、平時の0.05μSv/hと比して実に9万倍以上の放射性物質が放出され、住民の生活を破壊した」などと国や東電の対応を批判した。「町長応接室で、東電や原子力保安院はいつも、理路整然と『町長、大丈夫です。放射能は出しません』と説明し続けて来た」。

 支援者を前に、井戸川さんは改めて誓った。「逃げるつもりは全くありません。誰かに遮られたとしても、本当のことを言うのはやめません。裁判では、事故前に東電と交わした約束を『これでどうだ』と出して行きたい」

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8月21日に東京地裁で行われた、第1回口頭弁論で

の意見陳述書の一部。次回期日は11月19日午前10時


【「傍聴席を埋めて裁判所を監視しよう」】

 「支える会」の設立集会には、裁判の弁護団長を務める宇都宮健児さんも参加。「原発事故から4年8カ月が経過し、被害者の苦しみや悲しみが風化しつつある。被曝を強いられた、故郷を奪われた人々の代表する裁判。避難者全員を代表する裁判だろう。井戸川さん1人の裁判ではありません」と語った。「傍聴席がガラガラだと居眠りをする裁判官もいる」と、支援者によって傍聴席が満席にすることで、裁判所を監視することも必要だと述べた。
 第2回口頭弁論は11月19日午前10時から、東京地裁103法廷で開かれる。第3回は2016年2月4日、第4回は同4月20日に予定されている。

 年が明け、3月になると原発事故から丸5年。被害者が声をあげ、正論を吐き続けなければならない不条理は、いつまで続くのか。原発政策の最前線にいた元首長の闘いを注視したい。


(了)


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