…二月から書いていませんよ。もう半年ですよ。

というわけで、久しぶりのブログ更新です。

この半年…いろんな事がありました(遠い目)

ほんの一瞬のような気もしますし、何十年も経ったような気もします(更に遠い目)


その間に、十回転生するくらいのプロセスがあって、もう、以前とは別人のような気が、自分で自分にしてしまう私です。

そういう事も書いてみようかな…と思うけれど、なんといっても、転生十回分ですからね。すべては書けません。Facebookはかなりマメに投稿していたんですけれど。


なんかね…以前の私って、かなり自由に生きているつもりだったけれど、それでもまだまだ、常識の枠にがんじがらめだったなあ…って、振り返ると思います。

枠からのブレイクスルーは、2月29日の閏日で、閏日って本当は無いはずの日じゃないですか^^
だから「無駄な事をする日」と決めて、「無駄な事しかしない!╭( ・ㅂ・)و ̑̑ グッ !」って、一日過ごしてみたの。つまり、役に立つ事を一切しない日ね^^

結構いろいろ、忙しくて切羽詰まっていたところがあったのだけど、それでもやってみたの。
そういう事が、とても必要な気がして。

やってみたら案外難しくて(笑)、普段、いかに「役に立つこと」を一生懸命しているか…と、びっくりしたわ(笑)

けれどね、無駄な事だけをしていると、「あれ?これって無駄な事?」って、ふと思うの。

意味のない散歩。理由のないちょっとご馳走。無駄な(かわいい)おかいもの…あと無駄に優しい無駄にイケメンな店員さん(「無駄にイケメン」って慣用句だよね?慣用句として使っているから!ウケ狙いだから!!笑)とか?www

迷子になって見上げる綺麗な空も、雨上がりの濡れた綺麗な葉っぱも、いやいや、ちっとも無駄じゃないではありませんか!

むしろ、心を潤してくれるもの、大切な時間。だよねえ…と思っていたら


私、生まれつきアボリジニの過去生を覚えていて、産科医の池川明先生の著書にも体験談が載っているわけですが、それは、感情を伴うざっくりとした記憶でしかなくて、おぼろげなものだったんですね。

なのにね、アボリジニのおじいちゃんが、私に話しかけてきたわけですよ。「無駄な事をする日」の、散歩中に。

私は元々チャネリングしながら生きているわけですけれど、アボリジニのスピリットがこんなにはっきりと話しかけてきたのははじめて。最初は、「このおじいちゃん、私の過去生かな?」と思いましたが違うらしいです。私との関係は、おじいちゃんと孫、みたいなものらしい。私が孫ね(笑)、「みたいな」というのは、おじいちゃんいわく、アボリジニは子供を部族で育てるようなところがあり、誰が誰の子供かをそれほど厳密には気にかけないという。

びっくりしましたねえ…

おじいちゃんは、いろんな事を教えてくれました。

「現代人にとっての無駄な事は、アボリジニにとってはとても大切な、生きる意味とも言えるものばかりで、現代人にとっての大切な事は、アボリジニにとっては意味のわからない事ばかりだ。」

と言って、首をかしげるんですね。


そこから、人生が、あれよあれよと変化していきました。

「私らしさ」に、より深く、どかんと入った感覚がありました。


「無駄な事をする日」と決めて、心や身体が感じるままに、直観が赴くままに歩いた散歩は、大切な散歩でした。

私は、それを、今では、「タオジャーニー」と呼んでいます。


タオ(道)というのは、老子のタオ思想で使われる言葉ですが、私、老子をまともに読んだ事はありません。だけど「これはタオ(道)と言えるものだ」と感じたんですね。

ただ「人生の己の道」を歩く為に必要な旅で、
直観と心に従えば、足が自然と、必要な方向へ向かっていき、その時「必然」が起こり、「自分の人生に必要なもの」に出逢える旅なのです。

目に見える道を、魂のままに歩く事によって、人生の道が整っていく、一種の儀式といいますか…


アボリジニは旅する民族です。
彼らの旅は、「星のタオを整える旅」だったと、私はその時出逢った、アボリジニのおじいさんのスピリットから、教えてもらいました。

その後も、様々な事を、教えてもらっています。


【8月12日は】ネットラジオ「愛原実鳥の人生いろいろ」※演歌じゃないよ
のお知らせの為に、久々に更新しはじめたのですが、まずは、リハビリ投稿として(笑)
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