りょうかオフィシャルブログ「帰ってきた!本日もりょーか☆りょーこー☆」Powered by Ameba

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ブログお久しぶりです!!

お久しぶりになってごめんなさい😭


昨日、2017年11月25日

私は12年間続けていた芸能活動を終了しました。


ライブに駆けつけてくださったみなさん、本当にありがとうございました。赤いサイリウムがたくさんで嬉しかったです。


ラストブログということで、クッッソ長くなりそうなんだけど私の人生の事を書かせて頂きたいと思います。


自分が思い出す為に書いたっていうのもひとつの理由だけど、なにより文章力がヤバイので、最後のご挨拶まで飛ばして頂くことをお勧めします😭😭😭🙏🏻



ではいきます、、、



私は小学生の頃からモデルを始め、中学生のバリ島ロケでグラビアデビューをしました。


バリ島ではグラビア撮影の何もかもが意味不明で、めちゃくちゃ戸惑ったし、異国だし、マネージャーに怒られたりカメラマンさんが恐ろしくドSで厳しかったり毎日ホームシックで号泣していたので作品内で途中から目が腫れているというアナザーストーリーがあります(笑)


今年は最後のDVDをリリースさせて貰えて、イベントも満員で本当に嬉しかったです。今ではワクワクするお仕事だし、自信がついたきっかけになったひとつ、それがグラビアです!


そして高校2年生で、Finecolorの緑担当、初期メンバーとしてアイドルとしての活動を始めました。


まず細胞レベルのダンス音痴だったのでサイドステップができるようになるまで8時間かかりました(笑)


それからクソ音痴だったので毎日毎日カラオケに通って歌になってない歌を歌って録音して毎日聞いて練習したりしていました(笑)


遠征先に早朝に岐阜に捨てられてひとり彷徨って見つけた古びたネットカフェで朝を待ったり、家が遠くて深夜練習から家に帰らずネットカフェ早朝を過ごしてそのまま遠征に行ったり、学校終わってレッスンに行ってそのまま終電まで舞台稽古してほぼ始発でまた学校に通う日々でしたが、不思議なんだけど辛いとか辞めたいと思ったことはありませんでした。


2014年には念願だった東京アイドルフェスティバルにも出演できて、ワンマンライブも達成してとっても充実感のある毎日でした。この時は、メンバーとの絆がとても深かったので一緒に乗り越えて来れたんだと思います。


そしてわたしは当時、色んなサバイバルオーディションを受けては逃し続けていました。


そこで2013年、BSフジのイメージキャラクターを決めるオーディションワッチミーナ2014の募集が事務所に届きました。


初めはマネージャーさんにサバイバルはもう辞めといたほうがいいんじゃ、、、、と反対されましたが、高校生のうちにグランプリがどうしても欲しくて、最後のチャンスだと思って受けました。


やっぱり楽な道じゃなかったけど、マラソン大会で文字通りファンの方と走ったり、24時間生放送したり、センター争奪戦で1位になれたり、今ひとつひとつ思い返すと全部が輝いていました。私もみんなも、本当に全力だった!頑張ってたなあ。ってしみじみ思います。青春でした!!

 

最後は晴れてグランプリを頂けて本当に嬉しかったです。


そしてその年は、前述したファインカラーの他にもワッチミーナとしてもTIFに出演することができました。憧れのステージに兼任で出られて、私の中では忘れられない一番の夏の思い出になりました。出番から出番に走りながら着替える楽しさはこの先味わえることはないと思います


そして201410月、Finecolorを卒業、事務所も離れ新しい環境で頑張ろうと思っていた矢先、卒業からほんの数日で救急車に運ばれ、1ヶ月間入院することになりました。


病状はなかなか厄介で毎日毎日クソ痛い検査とか採血とか症状とかで拷問のような日々でした。

退院後も今よりも20キロ痩せていて、要介護の状態でした。当然、卒業後に決まっていたお仕事も全部キャンセルすることになってしまい、事務所もファンの元も離れたばかりだったのでこの時の私には何も無かったです。


辛いとか寂しいとか思うことすらできなかったし、毎日生きてるのか死んでるのかわからなくて「自分は19歳で死ぬんだなあ」と割と本能的に思ってました(笑)


母が毎日手を握ってくれていたのを覚えています。


そういえば、この時もTwitterを見てくれてる達はいたから、その人達にも心配かけるようなことはしたくなくて、病気についてはあんまり触れないように元気なツイートを心がけていたら母に「仮病だと思われるよ」って言われたこともあった(笑)


そんなこんなで実家に帰った私は絶対元気になろうと決めて、春頃には急激に普通の生活ができるほど回復しました( •̀ω•́ )و


回復期は、家族がずっと一緒にいてくれました。ご飯が美味しかったです。今まで見えていなかった事がたくさん見えて、心が少し広くなりました。(自称)


今後もアイドル活動を続けられるか不安に感じていた時期に、ワッチミーナで同じくグランプリを頂いた柳田絵美花ちゃんが、「ライブがあるからよかったら来ない?」と誘ってくれました。

ステージで輝いてる姿を見て、これだ!私はやっぱりアイドルがやりたいんだ、と決心して、すぐに芸能活動を再開し、今までお世話になった事務所の方にお仕事が頂けないか自分で電話をしたりして復帰に至りました。復帰ライブはえみかちゃん主催のライブでした。


その1ヶ月後、今度は声帯の病気になりドクターストップがかかり、またしてもライブは全部キャンセル…こんなに迷惑かけて、どうして自分は何もかもこんなにダメなんだろうか諦めなさいって事なのかもしれない、、でもここで諦めたら一生後悔しながら生きるなと思い、次チャンスがあれば飛び込もう、そして最後のチャンスにしよう。アイドルとしての死に場所にしようと思っていました。


そして2015年の夏頃、わたしは知り合いに誘われて舞台を見に行きました。終演後に「りょうかさんちょっとお話があるので残っててください」と声をかけてくれたのはPACのヒゲ運営こと、お馴染み田中さんでした。「うちの事務所、こんなんですけど興味無いですか?」と言って名刺をくれました。そこには高校生の頃、偶然、デビューから2回目だという凄まじくカッコイイライブを観て、アイドルというものが初めてカッコイイ、かわいい、すごい!と思った合法幼女症候群さんの名前がありました。


しばらくしてPさんが現れ、「姫庭っていうグループ作るんだけどうちこない?!」と誘われました。何ヶ所かの事務所さんに声をかけて貰っていても事務所に入るつもりはなかったのに、この時ばかりは本当に不思議で、「やります!!」と本当にその場で二つ返事しました。

すると驚くことに帰ってきた言葉は「じゃ、帰りにツイートしてね!今からライン招待するのでよろしく!」でした。


翌朝友達(ゆり丸)に報告したら「え?その事務所怪しすぎない?大丈夫なのそれ?」と言われました。


確かにのちのち冷静に考えたら強引すぎ!!怪しい!!!と思うけど、このときは直感でなにか惹かれるものがあってすぐにPACに所属しました(笑)


そして姫庭としてデビューしました。


ゼロからのスタート、新しくがんばろう!!と思っていたけど、初めは知らない人に「経験者だから」「年長組だから」という言葉をよく言われてはもどかしい気持ちでした。


物販も、私のお客さんが本当に本当に少なくて、涙をぐっと堪えて物販スペースから外を眺めていたらTwinBoxGarageの自動ドアに頭を挟まれ号泣した日もありました(笑)


そんな私を見かねてか、Pさんから1度ちゃんとりょうかについて知りたいので時間を設けようと言われ、お話をしたことがあります。


そこで言われたのは私が自分で植え付けて何年もずっと信じて疑うこともなかった「自分の中のルール」について、もっと自由にやっていい。皆が広い庭で自由に好きなようにやって、柵から出そうになったら俺達が戻す、だから頑張らなくていい、楽しくやればいいんだよ。ということでした。


今まで自分が"スキを見せない""アイドルは人間らしくてはダメだ"とか、縛り付けてたマイルールが間違ってるなんて思ったことも無かったから、急に足元を掬われたように自分がわからなくなってその日は朝まで泣きました(笑)


でもその頃から、まずは自分が楽しいと思えるように遊ぼうと初めて思えるようになりました。


姫庭としてのライブもとても楽しくなったし、初めてライブのパフォーマンスを褒められることもありました。時間を忘れるステージや物販でみんなの笑顔も増えて、とても嬉しかったです。


そんな2016年2月のとある日、出演予定だった同じ事務所のキャンストネオさんがインフルエンザで出られなくなったステージに急遽代打で出たのが暇人部の私とあやぽんでした。


これがKILLEDINSADNESSの始まりです。


まさか自分がずっと憧れていたロリシン楽曲を公式に歌える日が来るとは思いませんでした。最後まで不思議な感覚だったし、あの時鹿鳴館の二階席からみて心打たれたステージを自分が継がせて頂いたことはずっとずっと私の中の自慢です( •̀ω•́ )و


その頃からはやっと

幸せだなあ、人生が楽しいなあ!と素直に思えるようになりました。


姫庭ではワンマンを新宿ReNYさんでさせて頂いたり、念願だったCDリリースが出来たり、やりたいイベントを提案して、好きなようにさせてくれたり、運営さんもオタクさんもワガママに柔軟に対応してくれたり、みんなと過ごす時間が本当に本当に楽しかったです。どれも素敵な思い出です。


そしてどんなに辛くても挑戦することを辞めていたら、諦めていたら、みんなもここにはいなくて、私はアイドルすることも、再開することも、病気乗り越えることもできなかったし、楽しい毎日も幸せな時間もずっと知ることはできませんでした。


ひとつひとつがすべて繋がっているんだなと今やっと、全部線で繋がったように感じています。


私は恵まれているなと心から思います。


最近知ってくれた人、Twitterでは昔から知ってたひと、昔応援してくれてた人、休業期間、いつ復帰できるかもわからない状況でも見守ってくれていた人、そしてすっと傍にいてくれた人、私の事を好きになってくれて、本当にありがとう。自分の時間より私の時間を優先してしてくれたこと、雨の日でも会いに来てくれたこと、ライブを楽しいって言ってくれたこと、わたしをここに連れてきてくれたこと、本当に本当にありがとう。


今日まで優しく見守ってくださりって本当に本当にありがとうございました。


私のアイドルとしての人生は、本当に幸せでした。最後まで、みなさんと時間を共有できて本当に幸せです。


そして、最後のわがままです。


わたしのことを忘れないでください。


みなさんと私が過ごした毎日は、たくさんある過去のひとつになるかも知れないけど、みんなの中でずっと生きさせてください。


幸せな毎日を、本当にありがとうございました!!


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最後まで読んでくれてありがとう!!

2017/11/25

りょうか
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