【安藤慶太が斬る】

 鳩山内閣が退陣し、菅直人氏が新首相に就任する。本稿はこの間の出来事を振り返るのだが、実は鳩山内閣が総辞職し、菅氏が国会の議決で新首相に選ばれた今(5日深夜)でも、正式な組閣と認証式を済ませていないため、現時点ではわが国には「職務執行内閣」である鳩山氏と新たに就任を予定している菅氏の2人の「首相」が存在することになる。(厳密に言えば、法律上の首相はまだ鳩山氏である)これは失態であろう。子ども手当にしろ、事業仕分けにしろ、高校無償化もそうだった。何をやっても民主党のチグハグは今に始まったことではないが、この首相交代劇でも、まずはじめに指摘したいのはこの点である。

■なぜ組閣は8日に?

 菅直人新首相は首相指名を受けた後、組閣を8日に先送りした。通常の組閣では首相指名選挙後、直ちに行われ、首相任命式、閣僚認証式を経て新内閣が発足するが、彼はなぜ先送りしたのか。

 今回小沢一郎幹事長らは「政治空白をつくるべきではない」として、首相指名の4日中に組閣をする段取りで事を進めた。ところが、この時点で官邸側は宮内庁側との調整を十分に行っておらず、天皇陛下が神奈川県内での行事に臨まれた後、8日まで葉山で静養なさるというスケジュールを考慮に入れなかったことを報じられる。

 このことが明るみに出ると、直ちに批判が生まれた。中国の要人である習近平氏の来日にあたって宮内庁にあった「30日ルール」を破って批判を生んだことは今も忘れられない出来事だ。

 民主党政権になり、天皇陛下の夜のご公務が増えたという話もあった。皇室を大切にしない民主党を彷彿(ほうふつ)させる出来事に再び批判が生まれたのである。

 宮内庁側との間では、4日に天皇陛下は神奈川の行事に出席なさった後、静養先に入られる。しかし、4日に組閣となれば、認証式のために東京に戻られる場合もあり得るという形でいったんは決着が図られたようである。

 ところが、こうした段取りに今度は菅氏側が難色を示す。報道によると、4日に即日組閣を唱える山岡賢次国対委員長の動きを菅氏が警戒した。これは小沢幹事長サイドの敷いたレールであり、首相指名後、間髪入れずに4日中の組閣をやるとなると、自分の思いを込めた体制が敷けなくなる、として「人事構想に一定の時間をかけたい」と言い出した。

 結局、組閣は先送りされ、菅内閣の正式発足は天皇陛下がご帰京される火曜日8日になったというわけである。

 ■万事、党優先

 まず菅氏も鳩山氏も「皇室よりわが党ありき」だったということである。菅氏についていえば首相指名後に組閣をやらないことについて、天皇陛下のご静養の日程を考慮し、こういう日程になった旨発言したようであるが、なんだか天皇陛下のご静養を持ち出して自分たちの組閣の遅れの免罪符にしているように聞こえてならないのである。

 小沢氏の敷いたとされる4日首相指名、即日組閣という日程も腑に落ちない点がある。政治空白をつくるべきではないという話自体は、間違ってはいないのだが、ならば、8日に首相指名を行えば済む話だからだ。

 首相指名後の組閣に要する時間を短くすることで自分の影響力を残すという邪(よこしま)な画策があったのか否か。どちらにしたって党内にくすぶる小沢、反小沢、非小沢といった反目構図を国政に持ち込む。

 2人の首相がいて官邸がガラガラではチグハグかつ前代未聞の珍事である。それが党内抗争でもたらされたのであれば、なおさら許されないことである。民主党は「ノーサイドで挙党体制」を云々(うんぬん)する以前に、政治家として素人集団であることを猛省すべきであろう。政権政党として、というより組織として意思決定のあり方がまずもっておかしいではないか。国家を運営する意識や大局観、国の統治システムに対する理解や行政に課せられる責任感に乏しいし、危機管理にも疎いといわざるを得ない。さらに言えば、そうした疑問を感じていることに肝心の当事者たちがほとんどといっていいほど自覚がないか、無頓着であることがますますこちらを「大丈夫か」という気にさせてしまう。そしてこうした思いは今回の首相交代劇だけに感じる話ではない。民主党のやるさまざまな施策や決定過程に共通して感じる病だといえよう。

■東国原知事の不満

 今も口蹄(こうてい)疫問題と格闘している東国原英夫・宮崎県知事は4日、「政治的な空白、対策の空白がないように、特に口蹄疫や普天間でないようにお願いしたい。いろんなご意見があると思うが、人事とか組閣は、きちんと早くやっていただきたい」と述べ、組閣の先送りにいらだちを隠さなかった。

 首相指名が行われた4日、えびの市では家畜の移動制限が解除され、全県で夏休み前までに沈静化を図ると宣言した日でもあった。

 しかし、口蹄疫をめぐる課題は依然山積している。迅速な対応が不可欠であることはいうまでもない。何しろ、赤松広隆農水相は、初動段階でキューバなどへの外遊に出かけ、初動対応の遅れを散々批判された。農水省からは山田正彦農水副大臣が宮崎入りして事態を収拾中だ。そんななか、司令塔であるべき首相が2人存在し、2人とも官邸にはいないのである。

 菅氏の記者会見を見て東国原知事は自らのミニブログ「ツイッター」で「ご就任おめでとうございます」とは述べたものの、「菅首相の記者会見、僕が見た限り、口蹄疫の『こ』の字も出なかった」と不満を記している。

■鳩山氏の信じがたい講演

 鳩山氏に至っては論外である。5日、都内の東京工業大で講演、緊張感ゼロのギャグ連発講演だったそうである。

 「こんにちは。内閣総理大臣と紹介され、恥ずかしい思いで聞きましたが、正確に言うとまだ総理です。菅君が首相に指名されましたが、天皇陛下の任命式があって初めて正式な総理大臣になる。その間は国家の一大事があれば私が仕事をしなければならない」

 「私よりも(菅氏は)1000倍も頭が切れるが、時々切れすぎる」。

 「米国留学時代は貧しい学生で仕送りが年間1500万円、いや150万円だった」

 大規模災害・事故はもちろん、口蹄疫などは予断を許さない状況ではないのか。朝鮮半島の緊張は高まっている。外国からの侵略など一朝有事となれば、自衛隊の最高司令官は鳩山氏にほかならない。

 また、鳩山氏の支持者のなかにはあの辞任劇を見て、どれだけみじめな辞任劇だったか、と鳩山氏の失意を案じた人もいたと思うのである。この講演は、そうした思いを踏みにじる、鳩山氏を案じるのがアホらしくなるくらい、あまりにものんきで見識を疑うものである。

■トップは貴方でしょ

 あきれるほどの鳩山氏の言語感覚は今に始まったことではない。5月20日には国際宇宙ステーション(ISS)から帰還した宇宙飛行士、山崎直子さんの表敬を受けた。「応援いただき、無事に任務を終えることができた」と報告する山崎氏に、首相はこともなげに「ミッション(任務)の達成おめでとう」とねぎらい、「日本は(有人宇宙船の開発を)やらないのか?」とケロッと聞いてしまったのである。

 今さら何を蒸し返しても仕方ないが、鳩山氏本人が自分が宇宙開発戦略本部本部長である。有人宇宙船の開発を決断できる立場なのである。自分の立ち位置を忘れた言葉遣いを見ていると、もはや首相以前に職業人としての資質を問われるべき発言だ。これを見て「こりゃ駄目だ」とあきれた科学者もきっと多いと思う。

 事業仕分けではどんなに自分たちの研究や仕事の意義や意味、可能性を訴えても、効率性や収益性、あるいは会計上の齟齬をつかれて短時間で葬られた無念の研究者はたくさんいるだろう。一つの成功事例の影にはその何倍、何十倍ものトライ&エラーが存在する。それを無駄だというのはたやすいが、ならば科学者の営みなどほとんどが無駄である。鳩山氏、菅氏ともに理系出身であり、そのことを知らないはずがないし、科学者のモチベーションを奪うことはひいては、国力の減退を招くのである。

 辞任の会見の時もそうだった。

 「ただ、残念なことに、そのような私たち政権与党のしっかりとした仕事が必ずしも国民のみなさんの心に映っていません。国民のみなさんが徐々に徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。そのことは残念でなりませんし、まさにそれは私の不徳のいたすところ。そのように思っています」

 慇懃(いんぎん)な言葉遣いだが、一体どういう意味なのだろうか。「国民が聞く耳を持たなくなってきた」という発言である。鳩山氏は私たち政権与党がしっかりと仕事をしているにもかかわらず、それが国民の心に届いていないといっているのである。それはなぜかといえば、国民が聞く耳を持たなくなったからであって、彼の頭の中では悪いのは自分ではなく国民だと認識しているのである。要は自分はほとんど反省していないのである。

■マニフェスト至上主義を続けるのか

 8日には菅内閣が正式に発足する。船出前から「失態」を演じたとはいえ、多くのメディアは民主党の失態を報じることに抑制的である。週明けの世論調査で内閣支持率は回復するだろう。それまでの支持率が低迷すればするほど、新政権は相対的に良く見えるものだし、今回、鳩山氏だけでなく小沢氏も辞任したことで大きな回復を期待する向きが党内にはあるだろう。今週は組閣に加えて施政方針演説、代表質問と菅内閣のお披露目週間である。ただこれらは参院選挙勝利を狙った一時的に回復した数字であり、内実が伴わなければ、また数字はダウンするだろう。鳩山内閣は自らが掲げたマニフェストの呪縛(じゅばく)に縛られ、身動きがとれずに破綻(はたん)した。自分が野党時代、気軽に口にしていた言葉が自分に跳ね返り、自分の首を絞めているという構図は菅政権でも当面変わらないだろう。菅新首相がどんな手腕を発揮するか、おおいに見物である。

(安藤慶太・社会部専門職)

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