『クールちゃん』届きました。
この本、Amazon(古書)では、2000円の値がつく品と、100円の値が付く品がありました。値の張るほうは美品にちがいないと思い、そちらを注文したのですが、手元に届いたそれは、ビニール袋に入れられ、密封されてはいたものの、上部には黒い粉塵が溜まり、そこかしこに黴とおぼしき汚れが付着するものでした。
とはいえ、他の100均の品は、きっとカバーも色褪せており、あるいは破れ等もあるかもしれません。気を取り直し、袋を開け、汚れを拭い取りました。
見返しの部分を拭くために、表紙を開いた私は、驚きました。
そこには、ペンで以下のようにしたためられていたのです。
●●●●● 様
岡田昌壽
これはつまり、著者の岡田先生が、みずから知人に贈呈されたものにほかなりません。
「御本人から貰ったのに、手放すなんて・・・。」とも一瞬思いましたが、何らかのご事情があるのでしょう。あるいは、ご家族がそれと知らず手放してしまった可能性もある、と思い直した私は、そのまま本書をはらはらと一瞥しました。
そののち、私には、ある思いが湧き起こりました。
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エッセイ集のタイトルを『クールちゃん』とするからには、岡田先生はよほどトキサカオウム(先生は「キバタン」という呼称は用いても「オオバタン」という呼称は用いないのです。画家にして詩人、元国語教師である先生にはなにかこだわりがおありかと思い、ここでは先生の表記に倣います)がお好きで、さぞかし長く飼われていたのだろう、本書には「クールちゃん」のエピソードが多く収録されているに違いない、と、私は想像していました。
しかし、その予想は、半分正解、半分不正解となるものでした。
先生はたしかに、トキサカオウムをこよなく愛しておられました。このあと別記事で紹介したいと思いますが、それはもう「溺愛」を通り越して「男女の交歓」に比すべきもののようにさえ思える程です。
しかし、岡田先生がクールちゃんと過ごされたのは、わずか2年あまりの間にすぎませんでした。
そして、「クールちゃん」のエピソードも、41篇のうちわずか1篇で語られるのみです。(しかし、たいへんな力の込め様なのですが)
「1980年頃のトキサカオウムの飼養状況」を詳しく知ることができるのではないか、という私の期待は、肩すかしに終わった感があります。
しかし、逆から見れば、わずか1篇のエピソードをして、本書を『クールちゃん』と名づけせしめるものが、あったということに他なりません。、このことはむしろ、先生のトキサカオウム愛を何より物語っているのではないか。そのように、私には思えました。
そして今、私の手許にある『クールちゃん』には、岡田先生直筆のサインがあります。
これが意味するところはすなわち、この本は、岡田先生が、「クールちゃん」を撫でたその手で触れた一冊、だということです。
そのことに気づいた私は、その刹那、この1冊を通じて、同じようにトキサカオウムに魅せられた岡田先生と私たちが、つながった気がしたのです。
もっと言えば、岡田先生が、本書を通じて、私たちの手をとり、「クールちゃん」にさわらせてくれた、そんな気さえするのです。
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この話は、「私がたまたまネットでこの本の存在を知り、それが古本で今も流通していることを知り、購入してみたら、著者みずからが手にした本だった」ということにすぎません。すぎませんが、オウム飼い(とオウム)にとっては「触れる」ということがことさら重大な意味を持ちます。著者が飼鳥に触れ、飼鳥に触れた手で本に触れ、そのまさに同じ本に触れることで、たんに出版物を読み、活字を追うだけでない「何か」が、「触れる」ことを介して、私たちに伝わったのだと思いたい、私にとってはそう思わせる、不思議な偶然のできごとでした。
そして、先生のお知り合いが、この本を手放さなければ、いまこうして、私が手にすることもなかった訳です。そう思うと、むしろ私は、元の持ち主の方に感謝すべきなのでしょうね。
(追記)
岡田先生は2004年に鬼籍に入られているとのことです。私たちが「Dragon Castle」を立ち上げたのが2003年2月ですから、先生がネットに触れることがあったなら、あるいは見ていただいたこともあるのかなぁ・・・等と思ったりもします。