何のために生き、死ぬの? 意味を探る旅 』(地湧社)
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  • 28 Dec
    • 惜しげなき貴公子、ジョージ・マイケル、逝く。

       まさか去年の…ではなく最後のクリスマスになるとは…。2016年の12月25日に亡くなったジョージ・マイケルにはたくさんの思い出がある。 プレスリーやビートルズ、オールディーズ、それに日本の歌謡曲を聴いて育った私が、ジェイムス・ブラウンのライブアルバムをきっかけに、ずぶずぶとR&Bにのめりこんでいた時期に、やたら洋楽に詳しい友人に勧められて聞いたワム!のアルバムが後々まで愛聴盤になったこと(オリジナルを知る前に聴きまくったアイズリー・ブラザーズのカバー曲“If You Were There”は出色だった)。ワム!解散後のソロ・アルバムの熱狂的なセールスの報が、叔母からCDとともに届いたこと。ソニーに移籍してすぐのライブに、その叔母に連れて行ってもらったこと。 坊主頭の影響を受けたこと…。髭もちょっとは影響受けたのかな(苦笑)。冗談はさておき、彼がギリシャ系のルーツを語った赤裸々な自伝は、マイケル・ジャクソンの伝記より生々しく読んだ記憶がある。アイドル時代の苦悩。数々の事件と無縁でない奔放な私生活。彼独特の、少し粘りがかかった甘い無二の歌声。そしてセクシュアリティのカミングアウト。まだ性の多様性への寛容が当たり前のように語れらない時代、きわめて保守的に育った多感な年頃の私は複雑な心境でこのニュースを受け止めたが、私の中で、そうしたセクシュアリティの多様性は人間性の価値を優先的に左右するものでは断じてない(仮にジョージの音楽的才能を差し引いても…)ことを学ぶ大きなきっかけになった「忘れえない師」でもある。 プリンスやボウイとは異なり、惜しげも無く老いていった美しい天才。ポップスという舞台の上で、ポッピズムと作家主義の間で浮沈した貴公子。間違いなく、私の中に大きな居場所を占めていたアーティストの一人。逝くのがあまりに早すぎた。と同時に、なんとなく、こんな最期が近い気がしていたアーティストだった。(了)▲叔母と行ったライブチケット…随分と時が経ったな…。▼存命中は、あえてあまり聴くことのなかった“Last Christmas”だが、今年は何度も聴きかえしている。

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  • 07 Nov
    • 特別展「世界遺産 ラスコー展 ~クロマニョン人が残した洞窟壁画~」@国立科学博物館

       少し前の話ですが、特別展「世界遺産 ラスコー展 ~クロマニョン人が残した洞窟壁画~」@国立科学博物館、行ってきました。って、まだ始まったばかりですけど(開催直後に行く、なんてのはほとんどないことだなぁ、ほんと、偶然ふらっと入っちゃんたんだなぁ…)。 しかし、科博は久しぶりに来まして…。そしていつも思うのは、時々来ると常設展が楽しすぎる(笑)。それはさておき、特別展。 あまり期待していなかった&教科書的な印象が強くて、洞窟壁画の展示ってどうなの?と思っていましたが、これは面白かったですね。最近足を運んだ企画ものでは、ちょっと変わり種。とにかく、壁画と石器、出土品しかないので、地味なんですけど、あたかも洞窟を探検しているかのようなワクワク感が…たまらん、です。 精巧な2万年前の母子像に迎えられて進むと、すっかりおなじみ3Dプリンタを用いた1/10スケールの洞窟…これがまた意外にも面白い。また3Dプリンタか…と思っていたのですが、見事、複雑で想像以上に広大な洞窟の内側をほぼ完全再現したミニチュアは、この洞窟がどのような目的で使用されていたのか、様々な想像が広がります。 そして、精度にして誤差1ミリ以下で再現されたあの有名過ぎる壁画たち。これらを前にすると、その迫力、描画力、臨場感に驚かされます。ぼーっと眺めていると、限られた支持体、道具、絵具を用いて、とにかく絵を描くという行為として、それはすでに十分に完成されていて、ならば、連綿と続くアートの文脈が「そこ」に乗っけてきたものって何だったの?そういったコンテクストを取り外した部分でのアートというものは、原始、2万年前から成立していたのではないか、という、こちらも原始的な感動を覚えたりするわけです。 もちろん、フランスまで行って、ラスコーを覗けたらそれに越したことはないのですが、“世界遺産に行ってきた”という記念的な意味を求めないのであれば、十分に発見の多い展示だと思ってしまったのは、後援者に失礼でしょうね。これ見て、ちゃんと現地行きましょうね(笑)。 さて、原始、人が火を手にし、明暗をコントロールできるようになった瞬間、文明にどのような変化が起こったのか。そしてその中で、目に見えるものを記録していくという行為に付された目的はどのように、今日のアートへと流れ着いていくのか…照度という意味では、暗闇が減じて明るいということのありがたさや意味を考えることの少なくなった不夜城時代にあって、武骨なだけに深く考えさせられるいい展示でした。 (了) ***************特別展「世界遺産 ラスコー展 〜クロマニョン人が残した洞窟壁画〜」  開催概要:国立科学博物館2016(平成28)年11月1日(火)〜2017(平成29)年2月19日(日)毎週月曜日、12月28日(水)〜1月1日(日)、1月10日(火)※ただし、12月26日(月)、1月2日(月)、1月9日(月)、2月13日(月)は開館。

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  • 30 Sep
    • 憧れの伯父の死に寄せて。

      父の最後の肉親である伯父が28日早朝に亡くなった。 伯父と父は歳が離れていたから、兄弟というよりは先輩のような感覚であったようだが、それでも末っ子の父にしてみれば憧れの人、大事な兄であった。 カラーテレビが若々しくお茶の間化した時代に、テレビ業界で数々のヒット番組や名物番組を生み出した伯父は、私にとっては伯父以前に、華やかな芸能界にいる人として眩しく見えた。制作マンであるよりも、スターよりもスターに見えた。 彼の作った番組は、正直私の考える美しさとはちょっと違うけれど、亡くなった今でも、伯父なら静かに笑って、「いや▲(私)ちゃん、テレビって▲ちゃんが思っている以上に面白いのよ」とユーモアたっぷりに諭す声が聞こえてきそうだ。 業界にいても染まることなく、かえって飄々としていた。じじむさいわけでもないのに、軽くない。気取ってないのに優雅。適当そうなのに筋は曲げない。そしていつも本質をついている。 長身痩躯の優男で物腰ソフト。男女誰にでも優しく、気配り上手の次男らしい次男坊。歌を歌えば玄人はだし。シャンソンを愛し、タンゴを愛し、麻雀を愛し、晩年は静かな暮らしと碁を愛した。頑固だった長兄(私はとても可愛がってもらった大好きな伯父だったが)とは仲良く、ケースでビールを空けて酔った二人の掛け合いは、年の離れた三男坊の父には羨ましく映ったに違いない。 祖父は孫の私に「▲(私)ちゃんは●(父)じゃなくて◉(伯父)の子じゃないか?」とよく冗談めかして言っていたが、そういう時、父にすまないと思いながらちょっと嬉しかったことを隠すつもりはない。同時に実際、私が目指すナヨ・ハードボイルドな生き方は、この伯父に倣うところが大きいような気がする。 最期の挨拶は葉書になってしまったが、伯父の一部が従兄妹である彼の子や孫たちに、さらにそのほんの一部は私の中に生き続けている。 近づき過ぎるにはもったいない、男が惚れる素敵な男でした。合掌。(了)ブログをまとめてみる

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  • 16 Aug
    • 愛を取り戻せ‼︎〜終戦

      終戦記念日をまたいでしまった。原爆忌に深く書いたので、ここでまた重たいことを書くことは控えるが、誰か、愛は難しくなんかないって言ってやれよ。 難しい愛を探し求めても挫折しか積み重ならない。身近にある、どうということもない、しかし紛うことなき愛が、思いの外あるはずだ。そういう愛を取り戻せ。(了)

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  • 09 Aug
    • 祖母の詩~71回目の長崎原爆の日に。

       71回目の長崎原爆の日を迎えた。被害妄想に駆られるつもりはないが、どうも今年は関連ニュースが少ないような気がする。単に、周年であった昨年と比較して、というものでもない気がしている。 71年前の今日、祖母は仕事で、重要な書類を届けに市外にバスで向かっていたところ、後方、自宅のあるあたりがまばゆい光と爆音に包まれるのを目のあたりにした。間もなく、熱風が襲いかかってきた。バスの窓は爆風で割れてしまった。社内にはガラスの破片が散乱していた。 同乗していた人は皆下車して一目散に逃げ出したという。運転手も逃げ出した。しかし祖母は、生真面目な人で、厳格な父に育てられた気骨の人だから、「あなたも降りて逃げなさい」という声を背に、バスから降りて目的地に向かった。 書類の届け先にも、もう誰もいなかった。はやる心を抑えながらも足早に自宅へ向かう途中では、負傷して逃げ惑う親子、途方に暮れる老人、鳴き声、叫び声。そして、全身にやけどを負って水を求める人、人、人。祖母は、あれこそ阿鼻叫喚と呼ぶのだ、と毎年回想する。 もはや彼らに余命はないのだ、と察した祖母も、せめて最後の水をと、死体の浮かぶ川の水をヘルメットに汲んで声にひとつひとつ応えながら、どれだけ長い時間がかかったろう、ついに自宅のあった場所にたどり着いた。もちろん、家はなかった。母も、兄妹も死んでしまった。朝、出勤前にああして手を振りあったのに、夕方には再会叶わなかったのである。 これまでは、日本が「唯一の被爆国」であることに私も目が行き過ぎていた。しかし一方には、人類史上唯一の「原子爆弾の使用国」がいるのだ。被爆国の経験だけでなく、使用国の意識と知見を合わせて、「人類の愚行リスト」の追加を阻止しなくてはならない。たとえそのバックに政治的な駆け引きが垣間見られても、である。  「平和」は難しい。けれど、21世紀にもなって、それがいまだにロマンチシズムで語られるのは時代遅れだし、いかにもナンセンスだ。「平和」はもはや、抽象的な目標ではない。現に、その反対である「戦争」は今まさに、より具体的にそこにあるのだから。「具体的な平和」の実現には、具体的な実践と、ほんの少しのロマンティシズムがあればいい。(了)

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  • 08 Aug
    • 大妖怪展@江戸東京博物館、行ってきました。

       個人的な関わりがあって、混雑する前の中だるみ時期に行ってきました、大妖怪展@江戸東京博物館。この手の夏の展示は、あくまでイメージながら、似たような作品の使いまわしのような印象で、あまり好んで行く気はしないのですが、今回は、妖怪のルーツに土偶を持ってきたり(未知なるものへの人類の想像力、という文脈ですね)、など、ちょっと変わった視点も入っていたこともあって。妖怪ウォッチ…はどうでもいい(笑)!!ま、夏休みイベント、ということもあるので、ね。 で、結果として、まぁ面白かったのですが食い足りない点もあって。ただ、やはり夏休みでしょうか、小学生と思しき子供たちが、結構本気で怖がっていたり、泣き出す子もいて、ああ、妖怪、まだまだイケるぞ、と(笑)。資料の面白さや貴重さもさることながら、個人的には、「妖怪の機能性」に興味があったこと、そして「妖怪はどう“観賞”されるようになったか」という、扱われ方の推移など、勉強になりました。「疳(かん)の虫」とはよく言ったもので、病理の原因を妖怪に求めた奇書『針聞書』からは、それこそ妖怪ウォッチの駄洒落よろしく、しょうもない名前の妖怪がたくさん(肝積:かんしゃく、とか、腰抜けの虫:こしぬけのむしとか)。出色は重要文化財「土蜘蛛草子絵巻)」と、幽霊画の数々。 その翌日でしたか、敬愛する友人(通称:師匠)とSNS上でたまたまた、心霊写真の話になりまして。登山道の監視カメラに写ったアレやコレ、てなニュースについての話なんですが、皆さん様々な意見を交換しておられます。で、その友人より友人:「○○(私)さんは国外でお育ちになったんですよね。我々からすると、感覚が違い過ぎて、(*ニュースに出てくる写真は)ほぼファンタジーな感じなんですよ。それこそ、キリスト教圏ならヤギ男は恐怖の対象かもしれませんけど、お、造形いいな!って感じ。」と。私:「はい、ブラジル育ちですので、特にカトリシズムの強い国です。でも、幽霊と奇跡って、隣りあわせなんです。特に、旧宗主国でない場合は(*それがもっと強いのです)。グアダルーペの聖母なんて、逆に日本人からしたら100%オカルトなんですけど、向こうでは50%くらいリアル。(中略)ブラジルなどは、土着の幽霊や妖怪なども交じってきているので、変な造形物も多いんですけれど、やはり怖がるのは子供までじゃないですかね。私もちょうど4-8歳向こうなので、かなり感覚はバタ臭い(めちゃ甘でクランチ入ってるまずいチョコが好き、みたいな)んですけど、やっぱり怖いものは怖いです。」友人:「なるほど、貴重な体験&情報ありがとうございます。すると逆に日本的な幽霊談とか心霊写真とかはピンと来ないのでは?」私:「幽霊のデロリ感は、自分がハーンになったような気分で聞いてしまいます。幽玄なんですね。その意味では、逆に幽霊話こそファンタジックに思えたりします…が。」友人:「なるほど、やはり外人さん感覚なんですね。そうか、心霊写真は万国共通かあ(笑)。」私:「やっぱり形状より違和感なんですよ。多分。姿形の恐ろしさではなく、ここにないはずのものがある、という違和感。ここにあるはずのものがない、というのが危機感だとすれば…。あるという存在がとてつもなく後味悪いんですね。これは人類共通ではないでしょうか…。」(以上原文。文末のハートマークや(汗)(苦笑)などは、読みやすさを考慮した箇所では省略。文中*マークは、文意通すため筆者補足)とここで大体意見交換は終わったのですが、そのあとずっと、私は自分で書いた「ここにないはずのものがある、という違和感。ここにあるはずのものがない、というのが危機感だとすれば…。」ということを考えていました。ここにないはずのものがある…そうだ、これがあの居心地の悪い感覚。間違いない。そして、ここにあるはずのものがない、というのは危機感なのか…確かにそうだと思う。警鐘や、事件性を惹起させる危機感。emergencyとattentionの間、warning未満くらいだろうか…聖地奪回など、結局この感覚を幻想化して拡大し、それを共有した結果なのだもんな、などなど。 友人のおかげで、なんだか思った以上に深みを持った『大妖怪展』。夏はまだまだ、お近くにお越しの際は是非。「自分と妖怪」について考えつつ、見えないものに目を凝らしてみてはいかがでしょうか???(〆)

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  • 27 Jul
    • 再開も検討中。

      最近めっきりこちらは使っていなかったのだけど、ツイッターやってない私としては、相変わらず大事なプラットフォームな訳で…。自分でウェブサイト持とうとも考えたが、そちらはもう少し時間をかけたいので、久しぶりにこちらを使ってみようか、などと考えている。(了)#ブログ #ツイッター #ウェブサイト #再開ブログをまとめてみる

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  • 10 Aug
    • 2015年の8月9日という一日。

       私は、長崎原爆直接被爆三世である。二世である母も家族の誰も、それを隠したことは一度もない。祖母90歳、元気である。2015年の8月9日という一日。そういうことを飄然とただ噛み締めた一日であった。 祖母は一瞬にして父、兄(両名は後に原爆症で死去)、弟(当時東京で大学生だった)以外の家族全員を失った。少女の身でありながら、もはや助かる見込みのない被爆者の「水をください、熱い、熱い」という四方八方から聞こえる声の主に、溶けたヘルメットに、これまた死体で溢れかえり飲むことかなわぬ川の水を汲んで、慰めに飲ませながら、焦土と化した街を彷徨いつつ自宅と家族を探して、今では変わり果てた見慣れたはずの長崎の景色を歩いた。 そういう祖母でも、これまで戦争の話は幼少のころからたくさん聞かされてきたが、辛い、哀しい、という言葉は出ても、憎い、許せない、という言葉を口にしたのを聞いたことがない。 その祖母の、剣豪譲り(祖母の父は大正、昭和期にかけて「熊蜂」の異名で活躍した剣術家・教師であった)の精神の強さのゆえか、彼女が「原爆手帳」を使ったことはこれまで一度もない。(了)

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  • 27 Apr
    • apple watchを使ってみてわかったこと。

       予約段階では5月中旬発送と告知されていたapple watch、なんと発売日に届きました。うーん、やはり今回の過熱は予約日発表まで、その後は買い控えという判断が多かったのでしょうか。apple製品は、最近この傾向が多いような…。リリース直後は待て、が正解、という…。個人的には、もちろん嬉しいニュースではありましたけれど。。。 さて、38mmミラネーゼループを注文した私。結論として、現段階でのapple watchは未完成、という感触。ハードウェアとしてはある程度完成していますが、いかんせんソフトが弱い。スタンドアローンアプリがない中で、iPhone連携のアプリではまだまだ弱い、という印象は拭えません。私はbackerとして発売直後からpebbleを使ってきましたが、日本語未対応(iOSのみ)という弱点以外は、ほぼウェアラブルデバイスとして求めていた機能はカバーされていた気がします。しかしapple watchは、ハード面での目新しさばかりが目立って、それでなければできないこと(プラス、その特別な付加機能が促進すること)、というのが圧倒的に物足りないのです。懸念されていたバッテリーも、やはり時計単体で使用したとしてもまだまだ弱い(ウェアラブルデバイスとして使用した場合には、圧倒的に弱い)です。これで、アプリが充実すれば、バッテリーの脆弱さは加速しますから、appleとしてもかじ取りが難しいことでしょう。けれど、apple watchがいま抱えているこの弱さは、今後ラッシュが予想されるアプリ開発とリリースで相当カバーされるという確信はあります。それまで購入を待つもよし、私もゆっくりこのデバイスの成長を見守っていきたいと思っています。 しかし単純に、緻密にデザインされた製品としては実に素晴らしい。画像や広告では伝わらない美しい実物の形状、予測をはるかに上回る使い勝手(タッチやスワイプの感度も素晴らしいですし、デジタルクラウンにも可能性を感じます)。私としては一番気になっていたベルトのホールド力も文句なく、特にミラネーゼループ独特の、メタリックな質感とシルクのような滑らかさは、“時計としてのapple watch”を魅力的にしていました。 もともとこれらウェアラブルデバイスに関心が強いのは、日常の利便性にも増して、ウェアラブルデバイスの当初の理想としての「身体性の拡張」と現実とのの距離感に関心があるからですが、appleは、身体性の拡張よりも、生活様式の変革(=apple社製品で完結するライフスタイルの確立)の方へひた走っているような気がします。腕時計というポジションが、個人に付帯する情報の中のパーソナルな部分にコミットしていく現段階での最大最良のスポット(単に骨格的な点からではなく、身体運動の理から見ても)であるところに着目したのは流石ですが、かえってますます腕もとから、apple製品に縛られているような感覚があり、これは、appleライフという現実の拡張ではあるけれど、電脳福祉論的な意味での身体性の拡張という方向とは違うな、というのが実感です。 デバイスのハッピーエバーアフターとウェアラブルの未来が交差するところがどこなのか、これもまた時間をかけて見守っていきたいところです。(了) ブログネタ:最近、ドキドキしたこと 参加中本文はここから

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  • 17 Apr
    • 大坂秩加『おおさかるた』@GALLERY MoMo Ryogoku

       以前から注目しており、ファンとして作品を拝見させていただいている大坂秩加さんの個展、『おおさかるた』に足を運ぶ。小さいながらも、46点と作家過去最高の出品数、そのタイトル通り、かるたをテーマにした作品がギャラリーに壁に並ぶ。 各作品の足元に配されたひらがなには、これに対応する物語が付され、まさに絵札と読み札一体で大坂世界に彷徨い込める仕掛けとなっている。 いつもながら、大坂さんのシゴトは、これでもかというほどに仔細なディティール表現がされており、描かれるどのモチーフも凝視を避けたくない。そして、その描き方も、たとえば、足の爪、チラシを折って作った紙箱など、記憶の中に“正確に存在はしている”誰にでもある「曖昧なイメージ」の輪郭を提示してくれる。そういう細かさがあってこそ、このファンタジックな物語に、厭らしいリアリティがやおら立ち上がってくるのである。大坂さんの作品世界が、とてもストーリーテリングである、といつも思うのはそのためだ。 ところで、姿態に思い描く美醜の基準はひとぞれぞれである。それを(おそらく)よく分かった上で、あえてあのように描かれる大坂さんの人物像は、私にとってとても美しい。身体がエロティックなのだ。そして、特に今回の個展では、その艶めかしく美しい女性たちは、みな顔を隠している。表情はまったく見えないし、目鼻も造作もわからない。隠されると見たくなる。そういうわけで、ますますこの大坂物語のヒロインたちへの倒錯的な情欲が焦らされるのである。 しかし、ふたたび大坂さんの作品はストーリーテリングである。だから、画面全体に、受け止められないほどの「表情」が溢れている。それは、「顔の表情」というものを描かないことによって、個々の作品が持つ豊かな表情を描き出しているのである。 さらに、顔がない、というこのヒロインたちは、逆説的にきわめて「自画像的」なのである。肖像画、わけても自画像というものに、必ずしも作家自身が描かれていなくても成立するのかもしれない(おかしな言い方ではあるが)し、大坂作品においては、顔を描かないことで、作家自身の自画像と観者の像とが、両方投影されるのかもしれない。観者が、たとえ私のような男子であっても、である。 それにしても、大坂さんの作品は、「笑える」。いや、「嗤われて笑える」と書くべきだろうか。一般に、ギャラリーで吹き出すことは滅多にない。先にも書いたような「厭らしいリアリティ」、抑えようとしても抑えきれない情念、そうした深い仄暗さが前提にあるから、底意地の悪い、ご都合主義的な欺瞞への嘲笑が心地よいのである。大坂秩加の作品は、決して「おどろ」のみにあらず、存分にユーモラスでもある。会期は明日までであるが、機会があれば、是非大坂世界に彷徨っていただきたい。(了)大坂 秩加 『 おおさかるた』2015年3月21日(土) - 4月18日(土)GALLERY MoMo Ryogoku〒130-0014 東京都墨田区亀沢1-7-15​Tel : (03)-3621-6813  Fax : (03)-3621-6814営業時間火曜日 – 土曜日(日曜・月曜・祝日休)11am – 7pm地下鉄大江戸線両国駅A3出口(改札正面エレベーターがA3出口になります)より徒歩1分。JR両国駅東口より徒歩約5分

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  • 26 Mar
    • ブルーボトルコーヒーに行ってみた。

       ようやくブルーボトルコーヒー清澄店(一号店)に行ってきました。事務所からも自宅からも、すごく近いんですけれど、やはりオープン当時四時間待ちとの情報あり、もともとあまり並ぶのが好きでない質なので、もう少し空いてから、と思いつつも、やはり仕事柄気になります(デザイン、ブランドづくり、飲食業、などさまざまな点から)し、大病した、仕事上お世話になっている盟友と快気祝いにブルーボトルにいくと約束していましたので、まずは下見に、これまた別の仕事仲間と。 清澄白河駅からはかなり近いのですが、もともと住宅街で、昔ながらの街並みの中にありますので往路は長く感じました。帰りは、「あ、こんな近かったんだ」と。 さて、噂の行列…さすがに四時間とはいきませんが、しっかり列が続いています。結局、列に並んで、中に入ってコーヒーを手にするまで、約1時間半。夕方遅くなるほど、列は短くなっていたので、夕食どきなどを狙えば、外で待つ時間はぐっと短くなるかも、です(これから暖かくなるので、また状況は変わると思いますが)。 外観は、それこそ立地的にも、どこか物流会社の倉庫のような、無機質というか、無愛想というか、とにかくシンプル(笑)。大体、回転状況を見ながら、10人ずつ中に入れてもらう、という形で、吹き抜けの高い天井で開放感ありながら、実際にコーヒーを飲むスペースは意外に狭く…。スツールも何脚かありますが、私たちは立ち飲みでした。 その場でオーダーしたおすすめを、海外からのスタッフでしょうか、一杯ずつ、一人一人が時間をかけて淹れてくれます。たまたま、BGMにメリー・ウェルズの“ My Guy”などがかかったりしたんで、雰囲気出まくりでしたけどね。 コーヒーは…やっぱり美味しい。けれど、同じ味ではなくとも、同じ「おいしさ」のコーヒーを、ゆったり座って、並ばず飲めるお店ならいくらもある気がしました。じゃぁ、お店に魅力がないのか、と言いますと、まったく逆で、とても魅力的なのです。訪店の目的の一つであるロゴマークのデザイン。これは、やっぱり素晴らしい。ブルーのボトル。それだけ。なのに、どこに、どう配置しても、まったくロゴの持つイメージが変わらない。スクエアの中だろうと、右側に長い余白が来ようと、バックがブラウンだろうと、マークの持つイメージや主張の精度が変わらないんです。精確なのです。こういうロゴのブランド力というのは、もちろんデザインの作業だけでなく、さまざまなコンテクストの中で作り上げられていくものではありますが、フラフィック単体だけで考えても、すごいデザインだなぁ、と。 ただ、ブルーボトルコーヒーの最大の魅力は、このロゴマークでも、特別なコーヒーでなく、もっと他にあるような気がしてならないのです。それは、「ゆったりとした時間」とでも表現すべきものなのか、ともかく、味覚や嗅覚、視覚などとは別の次元で、抽象的に感覚する付加価値があるような気がするのです。そして、「コーヒー」というタグにぶら下がる、お店の中に存在する時間や空間を共有するお客さんやスタッフのワクワク感のようなものがあるような気がします。もしかすると、この謎の感覚が癖になった頃、ようやくコーヒーをじっくり味わえるように、緻密に誘導されているのかもしれないとまで思ってしまいました。まず、「場」を愛してもらう、そのお供のコーヒー、という感じでしょうか。それがやがて逆転し、ひいては「コーヒーを飲む」という文化そのものを底上げする、そういう文脈が構想されているのかな、なんて。 結局、仕事仲間と行ったのに、肝心の打ち合わせも立ち話のような案配でしたし、感じることはできたお店の魅力も、その成分を明確に分析することはできませんでした。 そうか。おそらく、話題の新名所として記念に足を運ぶ今の状況も確かに楽しいけれど、もしかしたら、上陸旋風がおさまった後、ブルボトルコーヒーの、謎の魅力がじわじわと本領発揮してくるのかもしれない…。 そういうわけで、まずは第一回目の訪問でしたが、健康を取り戻した朋友と、あるいはまた別の誰かと、私はおそらくブルーボトルコーヒーにいくと思います。けれどそれは、当面コーヒーのおいしさを求めてではなく、あの、どこか楽しくて心地よい雰囲気を求めて。(了)

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  • 24 Mar
    • ウレタン劣化の補修法。‐サバゲーグリップテープ

       サバゲーグッズってすごいわ……。いやサバゲー全然分かりませんけど、このモデルガン用マガジンラップテープ、すごい‼︎ 実は、愛用のnixonのヘッドフォンの合皮部分?が劣化してきまして……。ウレタンかな……湿度高い日本では劣化が速いんです。チョコケーキみたいにボロボロに崩れてきまして、どうしようか悩んだのですが、家でしか使っていないし愛着もある。じゃ修理しようと思ったのですが、合皮テープは仕上がりがもこもこになって美しくないし、修理しても改善にならない。悩んでトライしたこのサバゲーグッズ……見事に使えました‼︎糊なしなのに、サランラップのようにしっかり張り付き、境目も迷彩柄で違和感なし。曲面でも気泡やもたつきなしで修理以上のイメチェンに仕上がりました。 nixonカモ柄、アリですね。マットなメタルともよく合うし……他にも応用できそうなので、ブラウン系カモテープも追加オーダーしてました。このヘッドフォン、また一層愛着が湧きそうだなぁ。(了)【Touch VIP】 サバゲー グリップテープ 迷彩 2.3M 布製 伸縮 可能 カモフラ.../タクティクスAmazon.co.jp

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  • 20 Mar
    • 村井千明個展『いける』@アユミギャラリー

       フラワーアーティストの村井千明さんの個展『いける』のためアユミギャラリーに足を運ぶ。この個性的な、特別な時間流れるギャラリーでは、空間や余白、壁がつくる目隠しが、村井氏の生ける花々の、小さく、あるいはささやかな「命」を、最大化していく―。素敵なDMを手掛けた相澤竹氏んによる花器も、会場や花とマッチしていてとても素晴らしい。壁をのたくる花器などは、花を追う蟲のようであり、品のよいエロスを感じるほどだ。 そうか…村井氏が個展タイトルに込めた想いとは、ただ、花を生ける、ではなく、「生きとし生ける」小さな命の生存表明、命の賛歌であったか…。 写真は、アンティークに生けられた花。無機物に生けられた花が醸すのは、静かな、異端の美。「死んだ」「西洋の」器物に、まだ命ある花が居場所を得たとき、ああ、なるほど。この両者セットではじめて「活け花」、それも単に「生け花」でなしに、活かし合い、両者一体で主張する命をしばしとどめるところに、その命の素を送受する根や茎や幹から花を切り出してまで、活ける美があるのかもしれない、と、相変わらず理解も知識も足りないながら、そう感じたのである。(了) <アユミギャラリー>162-0805 東京都新宿区矢来町114■東京メトロ東西線「神楽坂」 神楽坂口出て右、矢来口出て左それぞれ徒歩1分■都営大江戸線「牛込神楽坂」 A3出口出て右 交差点左折 徒歩10分■JR総武線「飯田橋」西口出て右 徒歩15分、 地下鉄「飯田橋」B3出口出て右 徒歩15分

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  • 03 Jan
    • お節コレクション2015、Winter&Spring。〜アワ雪考〜

       今年もやっぱりこれがないとはじまらない。お節コレクション2015、Winter&Spring!!「毎年このタイトルでやってますが、考えてみたらSpring&Summer、ないよなぁ(笑)。」と昨年も一昨年も書きましたが、今年もやっぱりこの書き出しからのスタートです。 8度目の歳男を迎える、一家の長老である祖父を筆頭に、じわじわと高齢化が進む当家。といって幸い皆、年齢の割には元気なのですが、こうした家族行事が小型化していくのも否めません。トータルの量はサイズダウンしていきますが、そこにあるクオリティ、味や見かけはもちろん、そこで家族が共有するものの質そのものは下げられませんから、やっぱり母の作業が一番大変だと思うのです。 昨年も同じ思いで、大した手伝いもできない自分を不甲斐なく思ったりしたわけですが、こうして三が日が過ぎてみると、母への負担は大きいものの、お節料理を囲むことの価値、意味の大きさにも気づかされたりするわけです。 母の負担を軽減したい、とは思いながらも、やっぱり冒頭の通り「これがないとはじまらない」と思ってしまいます。母には、別の部分で親孝行を考えることにして、元気な限り、年末年始の総合ディレクターとして腕をふるってもらう。それもまた、子の私としては幸せなのです。 さて、しんみりモードはここまで。今年も、錦糸卵と淡雪寒を担当。もう、自分がいかに熟練かを自慢する必要もないのですが(笑)、毎年何か一つ工夫をしないと気が済まないタチで。去年は、自分でも大満足の出来の淡雪寒でしたが、ゼラチンを使用するようになってから、これの凝固が早いので、淡雪の中でゼラチンがダマになってしまうのだけは避けたい。 そのためには、いかに上手に卵白をかき混ぜるか、がカギになるのですが、かき混ぜるのはミキサーですから。じゃぁ、どこで工夫できるの?となると、もうミキサーの使い方に尽きるわけです。空気をうまく含ませつつ、適度なハリをもたせつつも、ボタっとした感じにしない。それが、のちにゼラチンを加えるときに大きく影響してくるのです。 そこで、三段階でスピードを変えられるミキサー(30年以上現役‼︎)。このスピードを、卵白の状態によって少しずつ変えてみました。つまり、空気の混入具合に応じて、少しずつスピードを上げていくのです。 結果としては、どこまで効果があったか分かりませんが、ゼラチンを入れる手前、つまり工程の半分のところの状態としては、昨年よりさらに泡のキメが細かく、ふわっと仕上がったように感じました。キメが細かい、ということは、ゼラチンが満遍なく混ぜ合わされ、結果として成形→冷却までの時間が短縮され、ゼラチンの凝固スピードに負けずに仕上げることができる、ということなのです。 こうした、結果論的に子葉の検証をすることでしか、今年の工夫の成果を実感することはぢkませんでしたが、まずは家族にも好評でしたので、作り手としても大満足です。アワと雪の女王…去年流行ったでしょ(汗)??? お節料理づくりのお手伝いがいつまでできるか分かりませんが、この時間はかけがえのない、家族の絆や知恵、伝統の継承の場。「我が能う限り(これ、フランシスコ・ザビエルの御絵の言葉ですが…)」。この時間を大事に、なおかつさらなる熟練を目指していきたいと思っています。(了)▲空前のアワ雪ブーム(苦しい…)‼︎

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    • 今年は、不欲。

       新年明けましておめでとうございます。長いなら長いで、結局慌ただしい年末年始。それでも、年々気持ちに贅肉がついてきている心身をリセット&リフレッシュするには、これくらいの時間が必要だったりするのかな、などと考えたりします。 さて、恒例の年始のテーマ設定ですが、その前に2006年からの目標を振り返ってみます。■2006年「欲張らず、必然的でリアルな目標へ邁進」■2007年「ライヴ感を取り戻し、身の振り方を考え直す」■2008年「最優先で大切にすべきものを守る」■2009年「柔軟性ある持続力」■2010年「粋な実験、地道な実践」■2011年「死との舞踏」■2012年「吟味」■2013年「名誉ある委任」■2014年「ハクナ・マタタ」んんん。できてなかったコトのリストみたいですが•••(汗)。そういうネガティヴなことは振り返らず、さて、今年の目標、行きましょう(笑)。もう、冒頭でネタバレしてしまっていますが、本当に、どうやってこの精神の贅肉を落とすか、ということに尽きると思います。要は、欲しがりすぎ(笑)。 別段、規格外の物質的な目標やら、悟りに至りたいというような身の丈に合わないものをねだる趣味はありませんが、どうも、「欲しい」という根源的な衝動や性質というものはなかなか抜けないのです。そして、いま優先すべきは、欲しがるよりも、あるいは欲しがられているかどうかを考えるよりも、提示してみることの方が大事な時期ではないか、と思うのです。つまり、内側に迎えて溜め込むとか、迎えられているかどうかを考えて躊躇しているよりも、まずアウトプットしてみる、ということ。 そのためには、欲さず、つまり「不欲」こそがテーマなのではないかと思い至りました。「無欲」というのは人間外の心境で、到底掲げられる目標にはならないわけですが、「不欲」というのは、ある程度は人間の主体的な意志の力で、近づくことのできるものではないか、と考えます。 2015年。未の年は、羊のような穏やかさ、羊のような経験さ、羊のような恬淡たる態度で、しかし導かれるのを待つのではなく、まずこちらから歩み出してみる。そういう文脈で、欲しがり求めるパッシヴなスタンスを一度ゼロに近づけていく、そういう一年にしたいと思っています。 引き続き、当ブログは不定期更新、備忘録らしいブログに終始することと思いますが、皆様、本年も何卒よろしくお願い申しあげます。(了)▲今年も、象東さんの御陽菓詞(おひがし)で年が明けました。象東さんの御陽菓詞を新春に、家族皆でいただくのは、まさに我が家の新しい文化となりました。羊モチーフがさりげない心遣い&遊び心。カワイイです。

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  • 30 Dec
    • ご挨拶。

       本年も、たくさんのご縁をいただきありがとうございました。ブログとしては、今年も更新頻度は低めながら、逆に絞り込んだ情報のみを投稿することで、「備忘録」の本来的な使い方に徹したような気がします。毎年のことながら、このようにわがままなブログをご愛読、閲覧下さった皆様に、この場を借りまして、心よりお礼申し上げます。 皆様、どうぞ健やかで、佳いお年をお迎えくださいませ。2015年も、ひとつのひとつのことと丁寧に接する、そんな些細な、しかし大切な決意を思い出せる場としてブログ更新してまいります。 来る年も、引き続きよろしくお願い申し上げます。(了) 

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  • 19 Dec
    • クラウドファンディング:「日本の美の文脈」をNYで伝えたい!! 二階堂明弘 初海外個展

       この男が動き出した!!陶芸家・二階堂明弘氏、満を持してのクラウドファンディングは、ニューヨークでの個展を企図したもの。「凛と和(なごみ)」の二文字が相応しい茶人・傳田京子氏と、気鋭ながら説明不要の大活躍、“旅する和菓子職人ユニット”Wagashi asobiさんを伴ってのプロジェクトは、その名に冠するのは「日本の美の文脈」。 パッシブな時、人は「誰かのテクスト」の中に回収されてしまう。主体的にコミットすることでしかコンテクストの担い手にはなれない。 他者理解とは畢竟、テクストとテクストの相克の中で成されるのであって、決してビジュアルな表層のみで完成するものではないのだ―。 生き物のように、たえず有機的な生成を繰り返すコンテクストの中に飛び込み、海外のおいて「日本の美の文脈」のひと筆を加える二階堂氏のプロジェクトにご賛同いただけましたら是非ご支援ください。(了)↓詳細はコチラです。↓「日本の美の文脈」をNYで伝えたい!! 若手陶芸家二階堂明弘 初海外個展

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  • 05 Dec
    • 「富田啓之展」@ 銀座 petitluxe、行ってきました。

       最終日にはなりましたが、「富田啓之展」@ 銀座 petitluxe、行ってきました。過去に富田さんの作品は拝見してきましたが、カラフルで華やか、粋という印象がありました。しかし、今回は白と銀のみの作品でまとめられた、まさにウインター仕様。 圧倒的な作品群に、作家の創作に対する熱意と、「有言実行」、その肉体的な熱量の大きさを感じる素晴らしい個展でした。 粉引きの無垢な手触りや、あたたかい色味も素晴らしいのですが、特に銀彩の有機性、つまりは「生っぽさ」は、まさに岸田劉生の「でろり」(唐突な比較の持ち出し、悪しからず)を思わせ、妙なる色気があるのです。熱を加えた銀が流れ、今もまだそれを宿しているかのような「動き」が、器という「静」の中に封じ込められている様は、希少な観賞魚の泳ぐ鉢を手にするような、倒錯的な官能性がありました。 様々な作品世界が主張し合うグループ展もいいものですが、とにかくどっぷりと一作家の作品に囲まれる、個展というものの本来持つ素晴らしさや魅力、愉しみを改めて体感させてくれる素敵な展示でした。(了)  

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  • 06 Nov
    • 完全に一致(汗)。高野山開創1200年記念 高野山の名宝@サントリー美術館。

       去る11月1日(土)は、仏像のインテリア提案をするイSムさんの実店舗、イSム表参道店のオープン一周年記念イベントに足を運んできました。イSムの仏像と言えば、当ブログにもたびたび登場していますが、仏像ライブに、美術作家・TETTAさんによる三十三間堂プロジェクト(菩薩メイク‼︎)、新作お披露目など、楽しい時間を過ごすことが出来ました。 そして、以前も取り上げていますが、私、“制多伽童子萌え”でして。そのあたりのこだわりは過去記事に譲る(*ちなみに、現在イSムさんの制多伽童子は現在完売・次回再発売は未定です)として、こんなパーティに出席したら、やっぱりホンモノが観たくなりまして。 勢いで行きました、『高野山開創1200年記念 高野山の名宝』@サントリー美術館。いつもここに来ると思うのですが、一点豪華的な展示の方が向いていますね。数そろえる場所ではないな、と。今回も、国宝・重文(空海筆 聾瞽指帰、快慶作 執金剛神立像、快慶作 孔雀明王、快慶作 四天王立像などなど)がたくさん拝見できますが、「観たいもの」「観せたいもの」がよく調査され、マッチした展示となっていると感じました。 そして、やはりなんといっても、観たいのは運慶作 制多伽童子(八大童子でセットなんですけどね…)!!締め的に持ってきたのか、展示室にドーンと惜しげもなく放置…いや、陳列された八大童子!! なんでしょうね、もう「完全に一致(檜山修之)」というフレーズと切り離せなくなってしまった矜羯羅童子像…ほか…やっぱり制多伽童子が一番かわいい(苦笑)。目がイイんですよねぇ。ふっくらした顔に対して、少しぽちっとした感じなのですが、それがかえって表情を引き立てています。子供らしさと利発さ。そのバランスの妙はこの目にあり、と…。あとは、アトリビュートの木の枝?ですかね、杖ですかね、これがやんちゃでイイですね。 ほかの七名の皆さんも、「オヤジ顔」「ライダー系」「仏頂面」(失礼!!)など十分個性的なんですけれど。 不動明王に仕えるこんな子供たちの像を、当時どのような思いで造ったのか、予備知識が不足しているので何も言えませんが、仏教の世界を視覚化・立体化するあたって「童子」というモチーフやテーマは、仏師のイマジネーションを刺激してやまなかっただろうな、と思ったりします。生老病死。その中で、唯一老いや病、死とは遠い「童子」たちには、戦争や食糧難、衛生不良などによって、子供たちの現実の生命が儚かった時代に、仏師が投影した「幼い命」とはどのようなものだったろうか、などと考え始めると、“八人の児童たち”の呼び合う声が、展示室に木霊すような気がしました。(了)▲ハガキもいいけど、なぜか買ってしまったハンコがイチオシ。勝手ながら、お店で悩んでいた外国人@推定日本在住の小学生にもオススメしました(笑)。

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  • 23 Oct
    • The Lock&AUGUST MOON CAFE by SongoRiver、日本橋浜町。

       ずいぶん前の記事ですが、なぜかキーワードでよく検索されるのが日本橋浜町のBlisterの記事。事務所の近くにアメコミの聖地が、ってな内容だったのですが、実はそこ、撤退しまして。ずっと空いていたのですが、夏ごろからなにやら動きが。 なんだかお洒落で素敵な雰囲気の外国の紳士が、リノベ工事に立ち会っていらっしゃいました。朝も、晩も…。その佇まいから、アパレル関係(最近、東日本橋エリアはいい感じのアパレルのショップが出来たりしていますし)かな、と想像していたのですが、やがて厨房工事が始まりました(通勤路なので、毎日前を通ってます)。 ん?激戦区にまたもバル?それとも、今度は本気で通えそうなカフェ登場?と期待に胸を躍らせて迎えた10月、ついにここ、オープン。その名もThe Lock(一階カフェはAUGUST MOON CAFE)。オーナーさんの故郷の、songo riverの水門を意味するLockは、ここ隅田川のほとりにもぴったりのネーミング。 で、肝心の正解は…どっちも(苦笑)。一階は、おいしいコーヒーを素敵な内装で(料理もやがてスタートトするとか)、二階より上は、海外の玄人ブランドの展示および販売スペース。 さっそく足を運びましたが、この日はMISTERY RANCHのバッグが勢揃い。最近でこそメディアに登場して人気が出てきましたが、それでも一般流通のアイテムは限られています。しかしここでは、一般のお店にない米国流通のみのアイテムまで勢ぞろい。これは、ファンにはたまらない…。 なんでも、このスペースは常設ではなく、一定期間ごとに、オーナーやスタッフがこだわって選んだブランドのアイテムが入れ替わりで並び、期間限定で販売されるとか。こういうスタイルも洒脱ですね。 来月あたりから、一階ではオーナーの故郷になじみあるこれまたこだわりのクラムチャウダーがいただけるようになるとか(予定)。事務所から5分。こりゃ、息抜きに通い、確定ですな。(了)▲ガラスのファサード、大きな窓など店構えも素敵ですが、中もとても雰囲気があります。

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プロフィール

或る文筆家

性別:
男性
お住まいの地域:
東京都
自己紹介:
文筆家、産業カウンセラー、アートディレクター。主な著書に『何のために生き、死ぬの?』(地湧社/推薦文...

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