相変わらず愛してやまない内田樹先生の『内田樹の研究室』より
効率とリスクヘッジについての考察。
最後の一節は、言い得て妙。
そういうことなんだよなぁ。
ローリスクを想定しすぎたうえに、失ったと認めず学習もしないという二重三重の空虚。
たとえば25年後の学習では、あまりにも遅い。
知らされず、教えてもらえず育った娘たちに何の弁解のしようもない。
犠牲と呼んでいいものと悪いものがある。
お金によってリスクヘッジできるものと、できないものがある。
日本、だいじょぶかよ。
◆内田樹の研究室
効率とリスクヘッジについて
http://blog.tatsuru.com/2011/09/30_0938.php
※記事はとっても長いので ぜひ全部読んでみてほしいです。
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<一部抜粋>
社会システムが非効率的であり、経済活動が停滞して、市民が自己利益の追求に専念できないこと」を危機と考えるか、「市民が砂粒化し、自己利益の追求を優先して、公共システムが空洞化すること」を危機とみるか、その違いである。
リスク評価の適否は未来予測に依存するから、ここでいくら議論しても、どちらが正解であるか、結論は出ない。
私が経験的に知っているのは、「ハイリスク」を想定したが未来予測が外れたせいで失うものと、「ローリスク」を想定したが未来予測が外れたせいで失うものは、「桁が違う」ということである。
そのことを私たちは福島原発事故で骨身にしみて学習したのではないのか。
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