touhokuteamのブログ

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お知らせ!!

いつも、ピースウインズ・ジャパン東北支援のブログをご覧いただきまして
ありがとうございます。

この度、弊団体のホームページリニューアルに伴いまして、
私たち東北チームのブログを移動させていただくことになりました。

2011年3月11日以降、現地での活動と東北チームのスタッフの声を
お届けしてきたブログを応援いただきましてありがとうございました。

今後は、弊団体のホームページの下記から、
活動ルポという形で、現地の声をお届けしてまいります。

東北の実状が新聞やテレビでの露出が少なくなっている今、
私たち現場にいるメンバーの活動を通じて、
皆様に実状をお届けし、少しでも情報として役立てていただけるよう
今後も発信を続けていきます。

今後は、下記へアクセスしていただけますと幸いです。
引き続き、応援よろしくお願いいたします。

ピースウインズ・ジャパンのホームページ

ピースウインズ・ジャパン東北ルポのページ
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2012年春、ピースウィンズ・ジャパンは、音楽家の久石譲さんからのご支援を通じて、南三陸町志津川小・中学校の吹奏楽部楽器を支援しました。
▼関連記事はこちら:被災地の子どもたちへ楽器を提供(2/2)南三陸町編

楽器を提供してから1年、志津川小学校の校長先生、吹奏楽部顧問の先生、そして生徒さんからお礼状が届きましたので、ご紹介させていただきます音譜音譜



ピースウィンズ・ジャパン様

春陽の候 皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、昨年は楽器の支援をいただき誠にありがとうございました。震災後、吹奏楽部の子どもたちも転校などにより、21名でのスタートとなりました。楽器の支援を頂いておりながら、思うように練習できない日々が続き、ご報告するような活動ができずにおりましたが、本年度になり、南三陸町の小中学校による音楽祭が復活し、そこでの演奏に参加することができました。また、志津川小学校、志津川中学校、歌津中学校、志津川高等学校4校の吹奏楽部が合同で演奏する機会にも恵まれました。おかげさまで、来年度は47名の子どもたちが吹奏楽部に入って活動する予定です。
今後とも、本校の教育活動に対してご支援・ご協力を賜りますようお願い申し上げますとともに、春暖快適の候、皆様のますますのご健勝をご祈念申し上げ、御礼といたします。



ピースウィンズ・ジャパン様

はじめまして 私は、志津川小学校の吹奏楽部を指導しておりますXXと申します。
ピースウィンズ・ジャパン様よりいただいた楽器を、大切に使わせていただいております。ありがとうございました。

震災後吹奏楽の活動どころではない中で、その年の8月から活動を再開いたしました。全員バス通学になり、朝や放課後の練習が一切できない中で、「それでも吹奏楽をやりたい」という子どもたちの思いだけで、活動を続けてまいりました。その年は、たった一曲ですが何とか形にすることができ、運動会と学習発表会で披露することができました。

震災後2年が経過し、町の瓦礫はほとんどなくなりましたが、子どもたちにとっては遊べる場所もなく、まだまだ我慢することが多い日々です。そんな中で吹奏楽は、「やりたいことを諦めなくてもいいんだ」と心を解放してくれる場になっているようです。

今も練習環境に変わりはありませんが、新しい楽器で演奏できることは、子どもたちにとって大きな励みと希望になっております。
震災の年、吹奏楽を始めた子どもたちが、3月18日に卒業しました。2年間諦めなかった思いと、ご支援をいただいたことへの感謝の気持ちを込めて、子どもたちが手紙を書きましたので、同封いたしました。お読みいただければ幸いです。

いち早くご支援をいただいておりながら、今まで活動らしいことができず、御礼もご報告も遅れてしまいましたことを申し訳なく思っております。

桜の便りも聞かれる季節になりました。ピースウィンズ・ジャパンの皆様のますますのご発展をお祈りし、御礼とさせていただきます。

※個人名は伏せさせて頂きました。


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ピースウィンズ・ジャパン様へ
この度は、楽器の支援をいただきありがとうございました。
大切に使わせていただいています。
ご支援のおかげで、音楽祭や吹奏楽祭にも出ることができました。
これからも大切にしていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

志津川小学校 吹奏楽部代表6年
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東日本大震災から2年が経過しました。ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)は震災直後より、宮城県と岩手県にて緊急支援を開始し、今日まで復旧・復興支援を継続しています。現在、PWJ東北チームを支えているのは、東北出身のスタッフたち。前回のブログに引き続き、今回も東北出身の若手スタッフの復興に対する想いをご紹介します。

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奥村 真知子
東北事業 事業調整員


震災当時のようす
震災が起きた2011年3月11日、奥村はイギリスのロンドンにいました。
「現地時間の朝、インターネットで地震があったことを知ったのですが、すぐには詳細が表示されず、被害状況が全く分かりませんでした。しばらくして、ロンドンの職場にあるTVで津波の光景を目にして、すぐに仙台に住んでいる両親に電話をかけましたが、全くつながりませんでした。」
不安な日々が続いたが、東京に住んでいた友人が奥村の実家に電話をかけ続けてくれ、両親の安否を確認してくれました。

「すぐに“何かしなきゃ”と思い、生まれて初めて自分でイニシアチブをとって募金活動を計画しました。恥ずかしいとか、失敗したらどうしようなんて言っている場合じゃない。地元のためだと思ったら、力が湧きました。」
イギリスの大学院を卒業した奥村は、直ちに母校に連絡を取り、学生や友人たちと一緒にキャンパス内で募金活動を行いました。そして、大学時代にジャパンプラットフォーム(JPF)学生ネットワークでアクティブに活動していたこともあり、集まった義援金はJPFに寄付しました。また、ロンドンの日本人ネットワークを通じて、積極的に自分にできることを模索し続けました。

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決意
初めて津波で甚大な被害を受けた沿岸部を訪れたのは、2012年の7月。イギリスから一時帰国した際に、家族で宮城県気仙沼市、南三陸町、石巻市を訪れました。
「初めて津波の被災地を実際に訪れたときは、言葉がでませんでした。ショックでした。震災から1年以上経っても、まだこんなに瓦礫が残っている。事実を目の前に、涙がこぼれました。
その時、たとえロンドンで仕事をしていたとはいえ、すぐに東北に駆けつけられなかったことを悔やんでいました。
「実際に自分の目で被災地を見て、“宮城県に戻りたい。ここで働きたい”と強く感じたんです。今、戻らないと後悔すると思いました。当時、被災地はすでに緊急期ではなく、復旧・復興期に入っていたので、地元の方々が復興について考えて、行動し始めていました。東北は自分が生まれ育ったところだし、ボランティアとしてではなく、自分の力を集中して、全力で関わってみたいと思ったんです。」


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高校卒業後は、生まれ育った宮城県を離れて東京の大学に進学し、その後、日本を離れて渡英したにも関わらず、震災を期に初めて、東北に郷土愛を感じていました。
「生まれてから今まで、こんなに強く郷土愛を感じたことはなかったし、大学進学以降、ふるさとに帰ってくるなんて思ってもみませんでした。でも、実際に震災の光景を目の当たりにして、その覚悟ができました。今、戻ってきて、よかったと思っています。」
2012年11月から、宮城県気仙沼市に駐在して、復興支援に携わり始めました。


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現在の活動について
宮城県南三陸町でPWJが現地の団体と連携して行っている「南三陸町ふるさと学習会」(通称:ふる学:http://www.facebook.com/minamisanriku.furugaku?fref=ts)を通して、子どもたちの笑顔を見ているとき、仕事のやりがいを感じています。
「子どもたちは色々なことを感じながら生きているんだろうなと思うのですが、ふる学を楽しみにしてくれて、笑顔でいてくれることが何よりもうれしいです。よく言うことかもしれませんが、彼らの笑顔に、こちらが助けられているような気持ちになります。」
ふる学では、同町民を講師として招き、昔ながらの伝統や歴史、文化に関わる講座を提供しています。
「“子どもたちの笑顔のためなら”と、町の人たちが協力して、講師として参加してくれます。ふる学が、そういった町民同士の繋がりができるきっかけになるように、私もお手伝いができたらいいな。」


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最後に伝えたいこと
「震災後に東北に戻ってくる若者は、他にもいると思いますが、“ふるさとが元気になってほしい”という想いは、みな同じなんじゃないかな。私は東北で生まれ育ったので、一人でも多くの方に東北の魅力を伝えたいです。」




東北事業 広報担当:佐藤

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