海馬の光 ※30首連作

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植物へ近づくにおいをさせながらきっぱり白いシーツの孤独
降りだしてしまっただろう根が深かくあなたの中に広がってゆく
半年の余命噛みしめ海色の傘をささない家までの道
病室の管理されたる空調がまとわりついて離れぬ 離れよ
衰弱を問えばさみしくわが庭の蝉の密度が高くなるなり
切り取った臓物ひとつ見せられてその分ちいさくなったと母は
鎮痛と鎮静効果があるらしい薬品名は星とよく似て
ゆっくりと医療麻薬をとりこんで水紋さえもおこせぬか、まだ
欹てた耳につたわる音がして増殖してゆく細胞がある
さまざまなチューブつながれ輪郭のぼやけた母が眠るはつなつ
病室にホタルを放つ点滅はさみしい仕組みに思えてならぬ
肺にある影ひとつずつ指差せば風立ちてなお軽くざわめく
半月の残りがほしいははそはの母は魔物を身裡に飼って
医療用麻薬飲みたる母の背にゆるやかに欠く月の白色
せつせつと身体の一部を切りとられちいさくなったかちいさくなった
そうまるでわたしの大事な人を撃つ形で開く百合を憎めば
投薬の袋ふくらむ帰り道いつまでもある白い繊月
残された時間の砂を寄せ集め崩れぬ城を築かぬか、きみ
モニターに映った影を数えつつわが心門に錠をかけたり
幽閉の呪文のような名をもった抗ガン剤が夕焼けを呼ぶ
残された砂を掬えば話したい話し足りないことばかりある
たおやかな何かを忘れ真っ白な部屋がじわじわ侵食するなり
潮騒のいつしか止まる夜があり雨はしずかに降るのでしょうか
白昼に夢のあちこちさまよえば透明になる母の輪郭
いれものはいれものらしく魂の部分の重さが増してゆく夏
いつもより赤さを増した曼珠沙華ひとつふたつと開いてゆけり
そしてまた夏のわかれを繰り返し太陽を請う花が開きぬ
それぞれに終わりがあって海馬にはどんな光が見えていますか
夏の歌うたい損ねる真夜中の花のにおいはやたら強くて
言語化はとてもつめたく売店できらきら光る飴玉を買う
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篝火

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赤肉のメロンのような立ち位置を守って今夜は綺麗な月だ
秋空は無駄に高いね 女教授というもののを見るまじまじと見る
真っ白な理想論など語りだす妹がいてわたくしがいる
紺色のジャケットを脱ぎ白シャツの折目正しき線をたどって
依存症 症候群かと切り出せば茶葉がゆらゆら開いてゆけり
I.Qの高さは秋に嵩張って窮屈になる紺のパンプス
男なら良かっただろう 繰り返し母の美声で再生される
選択肢ふえてゆきたるふるさとは多分もうすぐ雪吊りをする
小雨なら傘はささないこれからもだれにも言えぬことばかりある
ジェンダーを指でなぞりぬ選ぶより残った方が篝火となる
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秋雨前線

テーマ:
秋雨

向日葵の種は渦巻きやさしさの入る隙間を埋めてしまった
さみしさをもちよるような逢瀬にて秋雨前線たどる指先
じんわりと芯の傷んだ果物の甘さ弱さに溺れてゆけば
秋雨の試し刷りする この恋はきっと終わった終わったはずだ
図書室にならぶ詩集の秋めいたタイトルだけが古ぼけていた
うっかりと終わってしまう秋だからしずかに雨が隙間を濡らす
秋雨の色を塗りたい月一で抱かれることの功罪は濃く
秋雨が止まずつめたい引き出しの遮光眼鏡は闇を吸い込む
空っぽのフラスコビーカー試験管いつまでも降る雨を入れたし
愛しさの浸透圧に耐えかねてプレパラートを秋にかぶせる
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