斉彬と西郷は一橋慶喜公と面会した.

聡明であったが,意見を率直に述べすぎるきらいがあった.


一方その頃,大奥では篤姫が輿入れしたが,一橋公は家定の母本寿院,乳母歌橋を中心に大変嫌われていた.



斉彬が帰国するに際して,次期将軍に一橋公を推す建白書を提出した.

これに猛烈に反対したのが井伊直弼であった.



帰国の途中,斉彬は近衛忠照と一橋公の推挙のため会合を持った.このころ大名と公家が会合を持つことは固く禁止されていた.


そしてその後斉彬たちは三年ぶりの帰国を果たした.



ハリスの要求に対して幕府内で紛糾している中,老中の阿部が亡くなった.

斉彬にとっては片腕をもがれる気分であった.


阿部が亡くなったことにより幕府内で混乱が起こり,ハリスを江戸に入れてしまった.

斉彬はハリスの要求の内容が気がかりであったため西郷を江戸に派遣することを決定した.







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