2011-05-30 13:00:56
癒しのプロセス
テーマ:猫の話先月の半ばから今月の初めにかけて
日本に行っていました。
東京は節電で駅やデパートの中が暗く、
まるでベトナムにまだいるようで違和感があったけど、
いちばんの違和感はやはり家にいても
プントがいないこと。
私はプントが亡くなった後に一度帰っているから
プントがいないことを覚悟して帰ったのだけど、
オットは今回がその後初めての帰国だったので
気持ちの動揺が大きかったようだ。
はじめて本当にプントがいなくなったことを実感したと言っていた。
私もプントが好きだった本棚の上や、
欄間をながめては、つい、涙ぐんでしまった。
わかっていても、今までとさして変わりのない
実家の風景に、いちばん存在感があったヤツが
いないのは、かなり堪える。
両親にとっては、変わらぬ日常の中、
プントだけがいなくなった事実はさらに重かっただろう。
実家に帰ったら両親の手によるプントの作品があった。
父作、プントの肖像。
父はプントの堂々としたたたずまいが好きだったから
どっしりとしたプントを描いたんだろうな。
どっしりとしたプントを描いたんだろうな。
ものすごく、細かく色を重ねてプントの色合いを描いていた。
この絵を父は夜遅くまで起きて一心に描いていたそうだ。
他にも何枚もプントを描いていた。
これは、母の手による木彫のプント。
母はプントがなくなる前に木彫のクラスを申し込んでいたのだが
あんなことになって、クラスをキャンセルしようかと思ったそうだ。
でも、これもプントの供養と思って、
むずかしいのにあえて、坐像ではなく
元気に四本の足で立っているプントを彫ることにしたのだそう。
最初に見た時は、なんとなくフォルムが
猫と言うよりは牛?
顔の辺りが豚?
などなど、ビミョーな感じで、
好き放題ダメ出しをしてしまったのだが、
母はコツコツと彫進め、私が日本にいる間に
どんどん姿がプントに近づいて行った。
父も母も作品を作る過程で、
プントの写真をとことん見、
プントのことを思い、
その手を動かしながら、
自分たちの気持ちにゆっくりと折り合いを
つけていったのだと思う。
こういう癒しのプロセスが私にはまだ足りないようで、
写真を見るのも悲しくなるし、
日本でも友人からのお悔みを聞くのもつらく、
プントのことを口にだすこともためらいがあった。
ま、それでも日々は流れていくし
楽しいことだってある。
携帯やパソコンの壁紙のプントを見ても
ただ、ああ、かわいいなあ、と思えるようになってきた。
この記事もさほど泣かずに書くことができた。
私もずいぶん元気になった。
ハノイは今日も暑いです。
両親にとって、一番の癒しはやっぱり
モスちゃんかな~。
頼むよ!モスちゃん。

















