ベルガモット精油
「何かいいことないかなぁ」これが私の口癖。
...だったのに、ある日突然、そんな私の平凡な人生が一転しました。
私の名前は、愛子32歳です。5年前に夫の和樹と結婚して穏やかない日々を過ごしていました。
そろそろ、子どもを持つことも視野に入れないといけないなと思っていた矢先に事件がおきたのです。
仕事が終わり、家に戻ると夫の荷物だけが忽然となくなっていました。
わけがわからず、部屋のあちこちのタンスや棚の中を片っ端から開けました。
どういうことなの?
困惑しながら、ふとリビングのテーブルをみるとそこには夫の名前が記入された離婚届が置かれていたのです。
すぐに夫に電話をしますが、呼び出し音さえならず切れてしまいます。
今朝も普通に家を出た和樹が何の前触れもなく、忽然と私の前から和樹は消えてしまいました。
驚いたことに夫は職場も辞めて、自分の両親にさえ何も言わずに姿を消してしまったのです。
置き去りにされた私の心は日に日にすさみ、離婚届も出せず食事もロクに喉を通らず眠れない日々が続きました。
やっと幸せを手に入れたと思ったのに...。古い過去の傷が胸の奥でうずきズキズキと痛むのです。
そんなある日、仕事帰りにウッカリ一駅前の駅で降りてしまいました。
仕方なく、いつもの駅まで歩いていると、アロマのお店から香りが漂っていたので、吸い込まれるように店内に入ったのです。
小さな瓶に入った香りを嗅いでいると、店員さんが「お好きな香りがありましたら、おっしゃってください。」と声をかけてきました。
「いえ。ちょっと気になっただけです。」そう言って店を出ようとした時に、その店員さんは優しく微笑み、「ゆっくり香りをお楽しみください。私は席を外しますね。」とすっといなくなりました。
せっかくなので、ひとつひとつ嗅いでいくと、ポッカリ穴が開いたような心に染み込んでくるような香りがあったので、無意識のうちに深呼吸をしたのです。
「あの、この香りって...。」思わず声を出してしまうと、奥から店員さんがきて不思議な話をしてくれました。
「これはベルガモット精油というもので、ショックなことがあった時に食事がのどを通らなかったり、眠れなくなる人が良く好む精油なんですよ。コンプレックスが強い方もこの香りを好む傾向があるんです。お客様は何かお辛いことでもありましたか?」
思わず目の前が歪むほどの涙が溢れポロポロとこぼれ落ちて止まらなくなりました。
「実は、突然夫が出て行ってしまって。私、高校生の時も付き合ってた人にいきなり捨てられたことがあって...。」
店員さんは最後までうんうんと頷き、「それはお辛いですね。」と相槌を打ちながら私の心の内をきいてくれました。
すると不思議な事に誰にも言えずに心の中で滞っていた物がスーッと流れ始めたのです。
私は思わず、「ベルガモットください。あ、でもどうやって使ったらいいですか?」と大きな声を出していました。
そんな私に店員さんは、「一番簡単なのは、ティッシュに1~2滴垂らして枕元や足元に置いて香りを嗅いでみてください。香りはかすかに感じる程度の方がリラックスしやすいとも言われているので、試してみてください。」と言ってベルガモット精油を手渡してくれたのです。
その日から、夜寝る前にティッシュに垂らして、かすかに鼻をくすぐるベルガモット精油の香りに癒され徐々に元気を取り戻していきました。
そして、2週間後、私はやっと離婚届を提出することができたのです。
その後、しばらくして元夫から電話がきました。
「何も言わずに出て行ってごめん。実は、俺...別れる理由を伝える勇気がなくて...。」
彼の言葉を遮り、「もういいの。お互いに幸せになりましょう。さようなら。」と伝えて私から電話を切ったのです。
私と離婚したかった理由を今更聞いても元に戻るわけではありません。
それよりもまだまだ続くこの先の人生を楽しく豊かに過ごす事の方がずっと大切だとわかったのです。
あの日、一駅前で降りて良かった。
ベルガモット精油に出会えて、私は救われました。
今度は私と同じように悩んでいる人がいたら、あの時の店員さんみたいにただ話を聞いてあげられる人になりたい。
そんな夢を持ち、未来に向かって歩き始めます。
※この物語はフィクションです。
実在する実在の人物や団体などとは関係ありません。
精油の効能効果をうたっているものではありません。